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BAD KARMA  作者: 暗黒わらび
テイク・バイ・ハンド
12/12

――◇

 しっかり根を張った草の葉が一斉に倒れては戻り、波打つ。木が少ないこの辺りは空が広かった。気紛れに吹き抜ける突風は野を奔る精霊のようだ。焦っているのか猛っているのか知らないが、みんなして日の沈む方向へ、唸りを上げて去っていく。

 カルフディルは正直なところ、心穏やかではなかった。丘を登りきったら、いることがわかっているのだ。赤茶けた肩布、弓を背負い、頑強な体つきの人間。腕の傷は教わった手当のおかげで思ったよりましだが、まだ痛む。先日以来、狩人は苦手なものの最上位になっていた。姿を見るばかりか近付くなど、胸に石が詰まる心地がする。

 だが少年は足を進めた。役割が与えられたのだから、協力しなければうまくいくものも失敗するかもしれない。もし逃げ出したら、ラドゥは単に危険に晒されるのではなく、彼のせいで余計に危険な状況になるのだと、理解できていた。なにをやっても死にそうに思われないラドゥであっても、それには関係ない。

 なだらかな丘をとうとう登りきる。風が背中を叩き、前方からは輝く夕陽が視界を奪う。目を焼くそれを手で遮った。彼は視線を感じ、向けて、ひたむきな若い瞳と遭った。狩人、弓を構えている。

 ひと呼吸分。お構いなしの風の霊が走りぬけた。矢でもって狙われたカルフディルには、不思議な余裕があった。このとき獲物だったのに、落ち着き払った目で見つめ返していた。矢の先は定まらず、弓は下ろされてしまった。

 麓を回りこんで潜んでいたラドゥが軽快に駆け、若者に肉薄する。直前まで反応はなく、それでは遅すぎた。膝裏を蹴って崩し、首を絡め取って倒す。無造作で鮮やかな手口。狩人になりそこねた獲物は仕留められた。彼らと自分たちの間柄では容易に立場がいれかわるのだと、それがこの時行われた事の語るものだった。明快な原理。

 だがもうひとつ、不思議なことが起こっていた。なぜ弓で狙うのをやめてしまったのだろう? 躊躇(ためらい)は焦りと深く結びついた自分の中の敵だ。カルフディルは何度も失敗して、身をもってそれを学んだ。あの若者は、かわいそうに、この失敗が命取りになってしまった。

 成功しても気を緩めてはいけない。たまたま離れて行動していたそいつの仲間が、探しに来るかもしれないから。丘の上に留まって警戒を続けたが、他にはいないようだった。若者の体をかついで上がってきたラドゥに問われ、誰もいないと答える。

「単独行動か。うかつなのか、鬼狩りとは関わりないのか」

 その言葉にカルフディルはすこし考えたが、よくわかっていなかった。それよりも先日、本人的には大活劇をして怪我をして、そのせいか空腹を感じている。ものほしげな眼差しに応えて、ラドゥは肩の荷を横たえた。

 夕陽はあっという間に沈んで、星が輝き始める。広々とした夜空の地平を指で示して、ラドゥが話す。

「星は決まった巡り方をするが、それぞれの道と季節を持っている。あそこに、赤と、青で三つ並んだ目立つ星があるだろう。あれらは冬を知らせる星々だ。その下に、もっと大きくて、白く輝くもの、あれが道しるべの星だ。あれはいつもあそこにある。夏も冬も、夜も昼も」

「………」

 返事はない。指の先、彼方の空を、呆けた顔で見詰めている様子からは、理解の兆しが伺えない。けれどもラドゥはただ微笑んで、出発を促した。

 幽鬼たちの飢えを満たしぼろぼろになった肉体は、丘のてっぺんに横たわる。視線の交錯したあの一瞬が、なぜこうも記憶につよく刻まれたのか。カルフディルはもう一度ふりかえり、変わり果てた姿の上に生前の様を思い浮かべていた。

7月15日

ここにあった内容を前話に統合し最新話を入れました。

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