魚人と運命の恋に落ちた女の話。
私は薔薇の花が咲き綻ぶような情熱的な恋に憧れていました。
そうして、とうとう運命の人に出会ったのです。
私は小さいころから夢見がちな子供でした。
中でもお姫様が王子様と結ばれる絵本がとりわけお気に入りで、擦り切れるほど読んだそうです。
その私も気が付いたら大学生になり、幾人かとお付き合いをしました。
彼らとの恋愛は楽しかったものの、何処かでこんなものかと落胆している自分がいました。
そんな気持ちが伝わるのか、大体の私が振られることで幕を閉じるのを繰り返していました。
そんな自分を見直そうと海に旅行に行ったのがきっかけでした。
そこで私は運命の人と出会うことになったのです。
上手く寝付けなかった私は夜の散歩に繰り出しました。
日頃はしないような行動を取ったのは、旅行先で少々気が大きくなっていたからかもしれません。
私が海沿いを歩いていると岩陰に誰かいることが分かり、目を凝らしました。
そこにいたのが彼だったのです。
私は今となってはこの偶然を采配してくれた神様に感謝しています。
その方は頭部と胴体が魚の姿になっており、
そこから程良く筋肉の付いた足が生えていました。
その全身を覆う鱗は青みがかかっており、優美さすら感じさせました。
薄い黄色の目は、まるで宝石の様に澄んでいて酷く印象的でした。
私の目は彼に釘付けになりました。
そうして、今までに感じた事のない気持ちを抱きました。
こうして私はこの方を逃したら一生後悔する、
そんな想いを胸に勇気を出して話しかけてみました。
「何だか寝付けなくて。良かったら、話し相手になってくれませんか?」
「…変わった人間のお嬢さんだ。」
そう答えた声は渋く、私の胸は高鳴りました。
「私は大学で文学を専攻しているんです。とても興味深くて…。」
「勉強熱心な方だ。」
「そうですね、将来は文学者になりたいんです。」
「将来の夢があるのは素晴らしい事です。応援していますよ。」
「嬉しいです。」
私の話はごくごく他愛のない話でした。
内気な私はこれが精一杯で、退屈ではないかと心配しました。
それでも彼はとても熱心に聞いてくれて、心が温まるのを感じました。
彼もあまり多弁ではないようで、その不器用な様子に親近感を抱きました。
そうして、やがて口下手な彼も徐々に自分の事を話してくれました。
海の中の光景の美しさ、
魚人族の王女がすっかり成長されたこと、
友人の気の良いクラゲがもうじき結婚すること、
人間には以前から興味があったが話しかけるのに躊躇していた事を話してくれました。
私は彼の話を夢中になって聞いていて、気が付いたら随分時間が経っていました。
楽しい時間は過ぎるのは何時だってあっという間です。
もう夜も遅くて危ないからと彼に促されて、私は宿泊先のホテルに帰りました。
私は予定をすべてキャンセルして、毎日彼の元に通いつめました。
旅行最後の日に、思い切ってこれからも会いに来ていいか尋ねると、
彼は自分はいつでもこの岩陰にいるから会いに来て欲しいと言ってくれたのです。
それだけでも嬉しくて、私は舞い上がってしまいそうでした。
私は交通費を工面する為に家庭教師のアルバイトを始め、
学校の授業の隙間を縫って彼に会いに行きました。
私と彼は砕けたやり取りもするようになり、随分親しくなりました。
それでも、友人以上恋人未満で中々あと一歩が踏み出せなかったのです。
更に彼はいつしか思い悩むような素振りを見せるようになって行きました。
私はそれが悲しくて、思い切って尋ねてみました。
すると彼は暫く黙りこんだ後、改まった様子で切り出しました。
「陶子さん、種族が違う身の私がこんな事を貴方に言う資格はないのかもしれない。
それでも聞いて欲しい、貴方を愛しています。結婚を前提にお付き合いください。」
彼は真剣な眼差しで私に告白をしました。
私は嬉しくて、思わず泣き出してしまいました。
それからというもの、実に様々な事がありました。
彼が魚人族のお姫様に一目惚れされた事、
これから二人で如何過ごして行きたいか話し合った事、
人間との結婚なんてと猛反対する彼のご両親に挨拶に伺った事、
私が大学の助手として就職をして、彼の棲んでいる海に程近いアパートに引っ越しをした事。
彼と私は問題にぶつかる度に、二人でよく話し合い協力して乗り越えて行きました。
「陶子さん、愛していますよ。」
「私もです。」
彼と私は今日も仲良しです。
来月には魚人族に伝わる結婚の儀式も挙げることになり、
今まで道のりを思い返すととても感慨深い気持ちになります。




