1日目_05
【攻略対象一覧】
・朝比奈創史 (アサヒナソウシ) 2年1組 生徒会長/吹奏楽部
・高坂慧吾 (コウサカケイゴ) 1年3組 サッカー部
・小田切一早 (オダギリカズサ) 3年2組 元剣道部
・真里谷依睦 (マリヤヨリチカ) 2年7組 帰宅部?
・瀬名修平 (セナシュウヘイ) 1年3組担任 数学教師
・???? (*******) ***
+α
『love or death』攻略サイトより。一部を伏せて。
◇◆◇
清掃と消毒を終えて第二体育館へ戻ると、先ほどの豪雨が嘘のようにメインフロアには西日が差し込んでいた。
待機していた生徒たちは私たちの姿を見つけると詰め寄り、ゾンビが本当に出たのか、どう対応したのか質問攻めだ。
ネット上にもゾンビの発生情報が大量に出回っているらしい。けど今は、回線が混雑してなかなか繋がらないらしく、みな詳しい情報を欲しがっていた。
家族と連絡をとることもままならない通信の状態に、焦燥感の滲む表情の者も多い。
最初のピンチを犠牲者を出すことなく切り抜けた私たちだったけれど、その口は重く、誰もが饒舌に話す気分にはなれないでいた。
せめぎ合う人の波は徐々に収拾がつかなくなり、私は一早先輩に庇われるようにしてその場から離れると、高坂君と万菜ちゃんに出迎えられてさらに人垣から遠ざけられる。少しガクガクとする膝小僧のせいで、私の歩き方はぎこちなかった。
そうこうしているうちに、ステージ上に数人の教師が上がって三村先生がマイクを取る。
「今しがた校内で起こった事件について、私から説明する。全員よく聞いてくれ」
三村先生のこの発言で体育館内は一瞬にして静まりかえり、緊張で張りつめた空気に包まれた。
「先ほど、雨に濡れて帰ってきたサッカー部の三人が、その場にいた人間に襲いかかった。幸い、怪我人を出すことなく取り押さえることができたが、彼らの容貌は赤い目と褐色の髪、緑色の肌に変わっていて、会話はできず、脈も体温もなかった。残念だが……彼らは、人間ではない何かに変わってしまったものと思われる」
三村先生の話に生徒たちがどよめく。
「すでにインターネット上でも情報が流れているが、外でも同様の事件が多数起きており、校内以上に外は危険な状態だと考えられる。みんな家族や友人の安否が気になると思うが、まずは自分たちの安全の確保を優先してほしい。これから、学校の敷地内にも雨で変貌した者たちが侵入してくる恐れがある。サッカー部の三人の様子とネットの情報を総合すると、彼らは躊躇なく窓ガラスに体当たりして校舎内にも入り込んでくる可能性が高いため、今よりバリケードの作成に取り掛かることとする。それでは、作業の流れや役割分担について、曽根崎先生から説明を」
「えー、事態は一刻を争います――」
三村先生からマイクを引き継いだのは、化学担当の曽根崎先生。三十代の二児のパパだ。普段のおっとりした口調を少しだけ早めて、バリケードの設置場所や役割分担等について話し始めた。
ステージ上にはホワイトボードが持ち込まれ、説明に合わせて呉林先生が校舎の見取り図を書いていく。
ほとんどの生徒はバリケードの作成、設置に割り振られた。それ以外は、校舎の四方から敷地の境界を見張る監視班と、万一のときにゾンビと応戦する警備班だ。
警備班は、さきほど拘束したサッカー部の三人を部室棟の倉庫へ運ぶ役目も担う。
警備班に支給された武器は、職員室に配備されていた刺又二本と野球部から拝借したバット、剣道部の竹刀に伝統で集められた観光地土産の木刀という、なんとも心元ないもの。といっても、現代日本が舞台なだけあって、一部を除いて武器のレベルはほとんど最後まで変わらない。
各攻略対象の担当は、真里谷先輩が監視班、瀬名先生が特別棟廊下のバリケード作成指揮、創ちゃんと一早先輩はバリケードの設置担当で、高坂君がバリケードを固定する土嚢の作成班だ。ちなみに女子は全員バリケードの担当。
曽根崎先生の指示を聞き終えた生徒たちは、いっせいに校舎本棟へと移動を開始した。
ゾンビ発生という未曽有の事態に精神的ショックは隠せないまでも、先生たちの対応が的確だったおかげで集団でパニックになる兆候はない。不安を口にしてはいても、安全確保の必要性を理解し、まずは今やるべきことをしようと統制のとれた行動が保たれていた。
「小田切君に千歳さん、ちょっと」
人の流れに乗っかって歩いていた私たちを、桃井先生が呼び止める。
「あなたたちは無理に加わらなくてもいいのよ。川西さんや、あの場にいて動揺の激しい生徒には、今この下の指導員室で落ち着いてもらっているの。特に千歳さんは、元々体調が悪かったのだし」
彼氏の変貌を目の当たりにした川西さんのショックは大きいだろう。
後から来てゾンビを取り押さえていた人たちも、その精神的負担を考慮されて、さきほどの作業分担では警備班から外されていた。
「俺は平気だけど、萌は休んでた方がいいんじゃないか」
「そうだよ。千歳は大変な目に遭ったんだし」
一早先輩の提案に高坂君が同調する。
そこにちょうど、厳しい顔をしたサッカー部の一団が通りがかって、高坂君を問答無用で連れ去っていった。彼らは身内からゾンビが出てしまったので、集まった生徒たちの中でもひと際ナーバスになっていた。
サッカー部の面々にかける言葉が見つからず、周囲の人たちも静かに道を開ける。
「サッカー部の子たちね。桑島君たちを見送るそうよ。川西さんの様子を見に来た結城君が言ってたわ」
桃井先生が教えてくれる。ゲームではここまでの詳細は出てこない。
前世の私はゲーム序盤の展開にドキドキして、あまつさえこれから起こるイベントの数々を思ってワクワクしていた。でも、現実では悲しみと不安で押し潰されそうだ。これがリアルの重みか。
「先生、私も大丈夫です。具合もよくなったし、それに何かしていた方が気が紛れるので」
「そう。体調が戻ったのなら、それもいいかもね。真里谷君たちといい、あなた方もタフなのね。ただ、無理はしないで」
「はい。ありがとうございます」
強がり半分だけど、ハードな現実のおかげで、私は今ようやく地に足がついたような感覚になっていた。
ゾンビの発生前は、ゲームの世界が目の前に展開されていることに戸惑い、自分が何とかしなければと、体調不良を起こすほどに気負い過ぎていたけれど、あの保健室前での攻防を経て色々と悟らされた。この惨劇は自分一人で解決できるほど易しいものじゃないし、それで当然なのだと。
ゲームの中では確かに私が主人公だった。でもだからといって、現実では私を中心に世界が回っているなんてことはない。これから回収する予定のサバイバルフラグも、実際には一ミリも展開に影響を与えないかもしれない。一応やるけど。
だから、現実を受け止めたうえで、なにもかも背負うのはやめよう。私は自分の出来ることだけを精一杯やろう。
ようやく感覚を取り戻した膝で出入り口を目指しながら、私はそう考えていた。
「小田切。ちょっと相談なんだが」
そこへやってきたのは、剣道部の前副部長白石先輩だった。今日は一早先輩と一緒に引退した剣道部の練習に顔を出していたのだろう。姿勢のいい長身の先輩だ。
「警備班の装備なんだが、小手だけでもあった方がいくらかマシだと思ってな」
「そうだな、咬まれるとしたら腕回りが確率高そうだ」
「だろ。貸し出し用の予備をどこへしまったか分かるか」
白石先輩は先ほどの作業分担で警備班の班長に指名されていた。
「ああ。だったら、俺も行く。萌、真鍋さん。俺たちは武道場寄ってから行くよ」
一早先輩は、武道場の方を示しながらそう言った。武道場は第二体育館の北側にあって、一階にある渡り廊下を通れば外に出ずに行くことができる。
「また、後でな」
一早先輩たちは階段のある方の扉へと進路を変え、私と万菜ちゃんはそのままメインフロアから本棟に繋がる渡り廊下を目指した。第二体育館と本棟を結ぶ渡り廊下は、一階と二階にそれぞれある。
万菜ちゃんと連れ立って歩いていると、渡り廊下の入口の手前に創ちゃんの姿を発見した。
無表情で腕組みをして佇む生徒会長の姿に、みな何事かと視線を向けるが、彼は無反応だ。
あれ……もしかして怒ってるかも?
「メグ、ちょっと」
滅多にない固い声音で言われて、人の流れから連れ出される。万菜ちゃんには先に作業場所へ行ってもらうことにして、私は創ちゃんの背中を神妙な面持ちで追いかけた。創ちゃんは先ほどの一早先輩たちと同じようにメインフロアの外へ出ると階下に降り、一階多目的ホールのドアをくぐった。
一階フロアの半分を占める多目的ホールには、先ほどまで卓球部が使用していたであろう卓球台が置かれいて、私たちの他に人はおらず、西側の窓からは夕焼け混じりの陽の光が差し込んでいた。ここの窓には、窓ガラスの破損を防止するための鉄柵が取りつけてあるので、バリケードの設置は不要だ。
なんてことを考えていると、創ちゃんがくるりと振り返る。ゲームの中で黒曜石と形容される切れ長の瞳が、射るように私を捉えた。
「まさかメグが保健室にいたなんて、知らなかったからビックリしたよ」
「創ちゃん忙しそうだったから……黙って行って、ごめんね」
「ちょうどネットの情報を精査してるところに、保健室で同じように生徒が暴れてるって聞いて、咄嗟にメグを探したけど姿が見当たらなかったとき……心臓が止まるかと思った」
そう言った創ちゃんの声は、途中から激しい感情を抑えるかのように掠れ、真っすぐな眼差しも揺らいでいた。普段冷静な彼にしては珍しいことで、その少し余裕のない様子に私も心を揺さぶられた。と同時に目の前に影が差す。
「無事でよかった……」
気がつくと私は創ちゃんに抱きしめられていた。シトラス系の仄かな香りとともに制服の下の体温や筋肉の硬さが感じられるほどにギュッとされる。
「……心配かけて、ごめんね」
心から素直に謝罪すると、抱きしめる力が弱まって顔を覗きこまれる。強張っていた創ちゃんの表情が少しだけ綻んでいた。
「顔色は悪くないけど、体調は?」
「もう、平気」
陽の光を受けて、創ちゃんの長い睫毛が滑らかな頬のラインに影を落とす。いまだ憂いを滲ませる黒い瞳に吸い込まれそうだ。
「ならよかった。本当、半泣きの真鍋さんからメグが保健室にいるって聞いたときには、寿命が縮まったよ」
私を気遣ってか、冗談めかした口調で言ってくれる創ちゃん。
だけども、実際は自分の行動のせいで周りにたくさん心配をかけたんだなと、改めて思った。保健室にいたのは傍から見れば偶然ということになっているけど、私は何が起こるか分かっていて飛び込んだのだ。
万菜ちゃんや心配してくれた人たちに、もう一度きちんと謝らなければ。
「メグ……」
少しだけ他に向けた意識を取り戻すように、創ちゃんの温かくて大きな掌が私の左頬を捕らえて視線が交わる。そしてまた軽くハグ。
「頼むから、これからは目の届くところにいて」
「…………」
ほぼ耳の近くで囁かれた声音は切なく甘い。
何コレ? 糖度高すぎるんですけど!
もちろんゲームにこんなイベントはない。保健室に特攻するという、私のゲーム外の行動から派生した訳だし。
それにしたって、序盤からこれって飛ばしすぎでしょ……
創ちゃんの腕の中で私の身体と思考は完全にフリーズした。
「って言っても、これからすぐに別行動だけどな」
固まる私に構うことなく、セルフ突っ込みをして創ちゃんは私を解放した。
「でも、できるだけ俺の傍にいて。な、メグ」
「……うん」
おかしい。私の目には今何かしらのフィルターがかかっているようだ。ゲーム画面と同じように、微笑む創ちゃんの周りがキラキラと光っている。
な、なんて罪作りな……
創ちゃんのオーラに完全に酔わされて、私は流されるままにこくこくと頷いた。