3日目_08
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情報求む。
川中地区浜浪町三丁目のマンションに籠城しています。
そろそろ食料も尽きるのでちゃんとした場所に避難したいのですが、
ゾンビが怖くて踏ん切りがつきません。
昨日の夕方、自警団のような武装した若者の集団が、大勢のお年寄りを
車で避難させているを見ました。彼らは何者なのでしょう。
全員がピンクのバンダナや帽子、ジャケットなどを着ていました。
ピンク色の派手な髪の少年もいました。
どうにか、彼らの協力を仰ぎたいと思っています。
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とある情報交換サイトより。
◇◆◇
目の前のショッキングな光景に私は戦慄した。
相手はゾンビで、自分たちも彼らを葬るつもりでやってきたというのに、手間が省けてラッキー、なんて思うことはできなかった。
防災無線のメロディが鳴りやむまで、私は呆けたように動けなかった。
再び静寂に包まれると、ちょっとだけ正気を取り戻す。
「先輩、これって……」
「ゲームにはなかったな」
誰かが展開を変えたのだ。
そう思うと、なぜだか少し怖かった。未来に影響を与えられるのは、自分たちだけではないという事実を、惨たらしい結果とともに突きつけられたからだろうか。
と、そのとき、私の耳が微かな物音を拾った。
「やばい。誰か来た」
真里谷先輩はそう言うと、音をたてないようにドアノブを回しながら倉庫の扉を閉め、私を奥の階段側へと促した。
私が耳にした音は、部室棟の玄関の鍵を開ける音だったらしい。
犯人が現場に戻ってきたのだろうか。
私は緊迫した面持ちで、真里谷先輩と一緒に廊下から左手に曲がったすぐそばの壁に張り付いた。
長い廊下に固い靴底のたてる足音が響く。
靴音の主は迷うことなく突き進んで、ゾンビの死体が転がる倉庫の前でピタリと止まった。
鍵の束から目当ての鍵を探すようなジャラジャラとした音が聞こえてくる。隠れるのに精いっぱいで、倉庫の鍵は開いたままだ。
やがて、倉庫の鍵を見つけたのか、一旦音が鳴りやんだ。その数秒後、鍵が擦れる微かな音と息を飲む気配が伝わってきた。
すぐさま扉が開かれる。
「どういうことだ……」
なぜ、彼がこんなところに!?
聞こえてきたのは、立花さんの声だった。
だけども、倉庫の惨状を見て驚いていることから、彼がゾンビを屠った当人でないことだけは確かだった。
「ビックリしたー」
倉庫の鍵を閉めた立花さんが足早に立ち去るのを見計らって、私は肺の中に溜めこんだ空気ともども言葉を吐き出した。
「俺たちもすぐに戻ろう。誰か連れてこられたらマズイ」
真里谷先輩の提案で、私たちも早々に部室棟を後にする。
外は来たときよりも陽が落ちて、だいぶ薄暗くなっていた。遠くの方で複数のカラスが鳴く声がする。
校舎内に戻れば、夕食の時間が差し迫っていた。
がしかし、想定外の出来事の連続に混乱していた私は、少しでも今見たことを整理する時間が欲しかった。それは、真里谷先輩も同じ気持ちだったみたいで、私たちは特別棟の一階西側にある施錠のされていない用務員室に入った。
「まず、誰がゾンビを殺ったかだ」
部屋に入るなり、真里谷先輩が固い表情で切り出した。
「私たちのほかにも、『ラブデ』をプレイした前世の記憶を持っている人がいるんでしょうか?」
「やっぱり、そう思うか?」
「はい。あの部屋の中を見たとき、直感的にそう思ったのか、寒気がしました」
「俺もだ。予期してなかっただけに、衝撃がでかかった訳だが。あんなシナリオ外の行動がとれる人間は、おそらく『ラブデ』の展開を知っているヤツだけだと思う」
自分たち以外にも記憶を持つ者がいる可能性を、これまで深く考えたことがなかったので、完全に意表を突かれてしまった。
だけども、あの現場を見た後なら、確かにいるのだろうと思ってしまう。
「ただ、現実の世界で起こってることですから、敷地内にゾンビがいるのが許せなかったとか、あの三人に安らかに眠ってほしかったとかの動機で、全然記憶のない第三者が動いたってことは?」
一応、他の案も出してはみたもののピンとはこない。むしろ、それらを否定することで、直感で得た答えをより確実にしたい感じだ。
「その線も無きにしも非ずだが、俺の推測では、少なくともゲームの登場人物の行動は、シナリオの範疇を出ない気がする。まあ、リアルな人間だから、それぞれに考えや信念があって、その行動自体は自発的なものだと思うが、ゲームの設定を大きく外れることはないように思う」
「ゲームに出てこなかった人は?」
「その他大勢として省略されていると考えれば、そうイレギュラーな存在でもないと思うんだが」
「そー…ですよね。ゲームに登場しない人が自由に展開を変えられるのであれば、もっと渾沌としててもおかしくないですし」
いまだ険しい表情で話す先輩に、私は大きく頷いた。
現実ではゲームに名前が出てこない人の方が多い訳だけど、その人たちと関わったからといって、これまでシナリオの大筋が極端に変わったという実感はなかった。
「仮に、前世の記憶を持つ人間の仕業だとすると、やっぱり立花怜次の死亡フラグを回避するためか……」
「……それ以外ないですよね?」
そう考えると、物言わぬゾンビを目の当たりにしたときにそこはかとなく抱いた恐怖が、少しは和らぐ気がした。
人助けの方針で動いている人なら、今後協力し合うことができるかもしれない。
「でも、誰なんでしょう……」
「パっとは思いつかねーな」
その点については、二人ともお手上げだった。時間もないこともあって、先輩がすぐに話題を変える。
「じゃあ、立花怜次の行動はどうだ?」
「あれこそ、シナリオ外かと思います」
「機動隊の仕事に、部室棟の見回りって項目がなければな」
「限りなく記憶持ちっぽいですけど……直撃しますか?」
私たちは視線を交わした。
もし、立花さんがお仲間だったら、これほど頼もしいことはない。
「明日の朝までは様子を見よう。倉庫の件が明るみになってたら、注意して行動する必要がある」
偶然あの場にやってきた可能性も、今は捨てきれないということだ。私は真里谷先輩の提案に同意した。
「今のところ、報告してないみたいですよね」
私は扉を少しだけ開けて、いまだ静かな廊下を眺めた。通常であれば、あの倉庫の状態は隊に報告する事態だと思う。それをしないということは、ごく個人的な目的であの場を訪れたのだと考えられる。たとえば、自分の死亡フラグの原因の排除とか……
結局その後も部室棟周辺に動きはなく、夕食の時間を伝える放送が入ったので、私たちはそれぞれ第二体育館に向かうことにした。
第二体育館の二階全体を占有するメインフロアに入ると、初日に比べてどっと人が増えた印象を受けた。生徒以外の避難者もかなり目につく。すでに今日避難してきた住民が、身体検査を経て合流しているのだ。
今この避難所には、三百人ちょっとの人間がいる計算だった。
第二体育館は第一に比べれば少し狭いものの、比較的新しい建物だし、集会くらいの用途なら六百人は詰め込めるだろう。
昨日と同じようなメニューの夕食を、万菜ちゃんたち一年女子のグループで固まって食べる。
食べながらフロア内をぐるりと見渡すと、創ちゃん、真里谷先輩、瀬名先生の姿があったけれど、他三人の攻略対象を見つけることは出来なかった。
だいたいの人間が食べ終わった頃、避難所運営委員会からの諸々の報告が始まった。
まず外の動きとしては、事故やゾンビの影響で渋滞していた真北市の国道や県道に、今日の朝から十万人の自衛隊員が投入され、事件発生から四十時間以上続いていた渋滞が完全に解消されたとのことだった。これまでに車中に閉じ込められていた人間は、三万人にも上るらしい。
また、佐梅原市と真北市の周辺では、自衛隊や警察による封鎖作業がほぼ終了し、隣接する市町村の住民へも避難勧告が出されたそうだ。県内の他の地域でも、自主避難する人間が増えているようで、結果、佐梅原市真北市からの避難者を受け入れる施設が不足する問題が起きているとか。
次に、避難所内のことに関しては、最初に機動隊の紹介があって、隊長の渋川さんをはじめ、監視任務についていない全隊員が壇上に上がって挨拶した。渋川さんが、活動の主旨や今後の計画をざっくりと語る。
もちろん、そこには立花さんの姿もあった。もしかして、部室棟の話がでるかもと身構えていたけれど、一切触れられることはなかった。
その後は三村先生が引き継いで、明日以降、人員が増えることへの対応や、予定などの説明があった。
最後のアナウンスは、尊陽高校の生徒に向けたもので、今日の夜から教師による一対一の面談の場を設けるので、全員受けるようにとのお達しだった。面談の内容は、心身の状態や家族の状況の確認を中心に、困っていることや思っていることを話すようにとのことだ。
この面談はゲームでもあって、私の担当は瀬名先生になると思われた。
報告会が終わると、みんな三三五五自分の部屋に帰っていく。
私たちの部屋はちょうどシャワーの時間が割り当てられていたので、必要な荷物を持って第二体育館の一階にあるシャワー室へと取って返すことになった。
あらかじめ夕食のときに荷物を持ってきていた人もいたため、教室内にいる子はまばらで、このまま急いで向かってもすぐには入れないと、私はゆっくり荷物の整理をすることにした。
カバンの中身をマットの上に広げていると、扉をノックする音がした。出入り口付近にいた子が対応してくれるのを横目に体操服を畳んでいると、名前を呼ばれる。
「千歳さん。高坂君来てるよー」
取り次いでくれた子にお礼を言って廊下に出てみれば、若干の疲労感を滲ませる高坂君が立っていた。
「悪いな。呼び出して」
「ぜんぜん大丈夫だよ」
「シャワーの時間だったんだな。出直そうか?」
「ううん。たぶん二巡目になるから、少しなら時間あるよ」
私が寝泊まりしている二年一組の教室は、本棟三階の西の端にある。教室前の廊下は、七組の教室まで一直線に伸びていて人目もあるので、私たちは自然と西翼の廊下へと入った。
「やっぱり、あのゾンビは研介だった」
「そっか……」
悔しそうに下唇を噛みしめる高坂君に、短く応える。彼にかける言葉が見つからなかったからだ。
前世の記憶がある私は、どうしたって『ラブデ』というフィルターを通して現実を見てしまうので、何を言っても薄っぺらくなりそうで嫌だった。逆に言うと、そのフィルターを通していなければ、この悲惨な現実を前に正気を保つのが難しかったかもしれない。
「でも今は、すぐに何とかしようっていう気はないんだ。昼間は、頭に血が上って冷静に考えられなくなってた。ごめんな。千歳には迷惑かけた」
真摯に頭を下げる高坂君にいたたまれなくなる。たぶん彼は悪くない。おそらくゲームのシナリオに引っ張られただけなのだ。
「そんな、迷惑だなんて思ってないよ」
「いや、千歳に一緒に行くだなんて言わせて、ようやく自分が馬鹿なことを考えてるって気が付いたんだ」
「仕方ないよ。こんな状況だもの」
「だけど……」
「じゃあ、二度と無茶なことは考えないって約束して」
叱られた大型犬みたいにしょぼくれている高坂君の顔を下から覗きこむ。そこへ、本棟の廊下の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ちょっと、こっちって女子の部屋しかないよ」
「トイレじゃない?」
「まさか。わざわざ?」
「でも、階段降りて左に曲がったの見たんだもん」
三人分の女子の声。そのうち一人は、サッカー部のマネージャーの衛藤さんだ。彼女は高坂君に矢印を飛ばしているので、鉢合わせすれば面倒なことになりそうだ。
高坂君も気付いてるようで、気まずそうに天井を仰いでいる。
どんどん近付いてくる気配にどうしようかと焦っていると、高坂君に腕を掴まれ、すぐそばにあったLL教室に二人して逃げ込むはめになった。
「悪い、千歳」
「いいよ。私も揉めたくないし」
渋い表情で囁く高坂君に、私も苦笑して見せる。
「あ、すみませーん。高坂君探してるんですけど、来ませんでした? そう、サッカー部の」
恐ろしいことに、女子の一人が近場の三組から奥の一組までの教室を、順番に訊ねて回る声が聞こえてきた。高坂君が私を呼びだしたことを知られるのは、時間の問題だった。
そして、あっけらかんとした声が廊下に響く。
「あーらら。高坂ってば、千歳さんに会いにきたみたいねー」
私は内心でびくびくしながら、早く彼女たちが去ってくれることを祈った。
「今頃、二人でよろしくやってるんじゃない?」
「そうそう。なんか今日一日、新規のカップルがやたらと目に着くんだよね」
本人がいないと思って、好き勝手に言ってくれる。私は思わず出て行きそうになって、高坂君に肩を掴まれた。
いや、私だって出ていった方が拗れるってことは分かってるよ、うん。
「智沙、高坂のことは潔く諦めなよ」
「嫌よ! 千歳さんには生徒会長がいるんだし、私にだってチャンスはあるはず」
「でもなー。この際はっきり言うけど、高坂はあからさまにあんたのこと避けてるよ」
こんなところで喧嘩はやめて。そして創ちゃんの存在をチラつかせないで!
高坂君のルートには、創ちゃんがきっかけのヤンデレフラグが……
暗いLL教室の中で、私と高坂君は意外と密接して立っていた。恐る恐る彼の顔を見上げるも、影になって表情まで判別できなかった。
「そんなの分かってるわよ! だけど、どうしたらいいってのよ? 押しまくるしかないじゃない」
「えー、一回引いてみれば?」
「それか、いっそのこと告白して振られるとかね」
「あんたたち、面白がってるでしょ?」
「まーまー」
徐々に遠ざかっていく話声に、私は胸を撫で下ろした。
「ええと、何の話してたんだっけ?」
衛藤さんたちの乱入をなかったことにしたくて、すっとぼけてみる。
廊下に戻ろうと引き戸に手を掛けると、なぜか高坂君が扉に手を突いたので、開かなくなってしまった。
「……高坂君?」
これは、壁ドンの亜種ということでよろしいか?




