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3日目_04

 

【小田切一早スチルまとめ】


・No.3『凛として』


 三日目午前、屋上にて。

 雲の隙間から降り注ぐ日差しの中、木刀を構える立ち姿を激写。


『love or death』攻略サイトより。



  ◇◆◇



 雨は完全に上がった。それでも、空は雲に覆われていて、濃淡を描く雲の隙間から光の筋だけが細く地上に差し込んでいる。時折吹く風は冷たく、秋の深まりを感じさせた。


 ――また来る。


 かなりの上空にあっても聞こえてくるのはヘリの音だ。

 市外からサバ女へ向かうヘリは二桁に迫るほどに往復している。向こうには五十名近くの機動隊員が派遣されるらしい。県警の威信をかけた作戦だとか。


 開放された屋上の手すりにもたれて、私はスマホを操っていた。

 さっきからネットが重たい。各携帯会社が相次いで、佐梅原市と真北市エリアにいるユーザーの利用を無制限で無料にしたせいだと思う。

 救出活動が進まないなか、支援を表明する企業は徐々に増えていた。たとえば、某コンビニでは店舗の品物の無償提供を申し出ている。とはいえ、無事にお店まで辿り着ければの話になる上に、そこに店員さんがいるとも限らないという……


 ネットには刹那的なつぶやきでなく、冷静な避難者発信の情報がぽつぽつと出てきた。どこに何人立て篭もっているとか、駅の地下街がゾンビだらけだとか、ゾンビに遭わずに移動できるアーケードや住宅の屋根を使ったルートだとか、実のある内容のものだ。

 それを安全圏にいる有志でもってまとめて、個人のつぶやきと関連付けたり、避難者同士を繋いだり、政府の発表やメディアの報道、救援情報等を提供したりするサイトも開設されていた。

 が、しかし、早くも連絡が途絶えてしまったところもある。佐梅原駅南口ショッピングセンターがそれだ。昨夜の十一時過ぎからネットに散見された情報を集めると、どうやら、立て篭もっているなかからゾンビが出てしまったらしい。あらためて内部崩壊の恐ろしさを思う。


 そんな私の足元では、ブリちゃんが誰かから与えられたソフトテニスのボールにがしがしと齧りついていた。

 ときおり、私の足にボールを押しつけて放ってと要求してくるので、人のいないところへ向けて投げてあげる。ダーッとボールに一直線に走って、上手いこと口でキャッチし、とてとてと戻ってきては私にボールを渡してくれるのをまた投げる。それを二、三回繰り返すと、再び足元ではみはみやっている。


 ここ尊陽高校に機動隊がやってきて、総務班の仕事も増えた。今は近隣の住宅全戸へのコンタクトを試みていて、電話帳を元にしらみつぶしに電話をかけている。昨日新たに避難してきた人たちがいるので、多少の増員はあったものの、ひとつひとつの案件が重い。

 そのため、ノルマのリストを終えた者には三十分の休憩が与えられていた。


 息抜きに訪れた屋上には、警備班の非番組が思い思いに過ごしている。もちろん目当ての人物もいた。

 一早先輩は、剣道部の部員たちと一緒に素振りの練習に励んでいた。


【素振りをする小田切一早を前に】


 →声をかける

 →見守る

 →写真を撮る


 一番好感度がアップする展開を狙って、私は木刀を構える先輩の横顔にスマホを向けた。


 まっすぐな立ち姿と凛々しい表情の先輩に、効果的に差し込む陽光。絵心をくすぐられる光景だ。いつもは防具をつけた先輩をモデルに絵を描いているのだけど、制服姿というのもいいかもしれない。

 パシャリ。と一枚。

 被写体のおかげか、我ながら神々しい写真が撮れた。というか、スチルと完全に一致している。


 一人感動していると、ふと、先ほど第一体育館に続く廊下の前で聞かれた鋭い質問が頭をよぎった。


『お前、本当に萌か?』


 一瞬、一早先輩も前世で『ラブデ』をプレイした転生者なのかもと思ってしまった。

 ゲームのシナリオを無視して、初日に保健室へ駆けつけた真里谷先輩。同様にゲームでは初日のゾンビ化事件には関わっていないのに、一早先輩も私を心配してあの場にいた。

 ただ、二日目夜のゾンビ騒動には立ち会っていないので、転生者である可能性は低いような。


 考え込む私に、足元のブリちゃんがぽとりとボールを落として見上げてくる。

 そのきょとんとした顔が可愛くて、私は欲望のままによーしよしよしとブリちゃんを撫でまわした。


 ――カシャ。


 シャッター音に顔を上げれば、一早先輩が私にスマホを向けていた。


「萌。その撫で方、犬を飼ってる人間の撫で方だ」

「……そうですか?」


 たるみのある首周りのお肉をモミモミしていたのが玄人っぽかっただろうか。現世でペットを飼ったことはない。


「いい写真がとれたよ」


 ドキリとしていた私をよそに、一早先輩は満足げにスマホを操作する。


「ホントですか?」

「実に萌っぽくて安心する」


 私は先輩の隣に並んで、どれどれとスマホの画面を覗き込んだ。

 が、そこには締まりのない顔でブリちゃんと戯れている私の姿が映っていた。これが私っぽいって、先輩の中の私の認識とは一体……


「け、消してください!」


 それにしたって、スチルにもなった先輩の写真と比べると、緊張感がなさすぎてなんだか申し訳なくなってくる。

 好感度五ポイントのためとはいえ、そんな写真を先輩のスマホに保存させていいのだろうか!?


「どうして? 平和そうなところがいいよ」

「間抜け面過ぎていたたまれません……」

「萌だって、さっき俺の写真撮ってただろ?」


 スマホに特攻する勢いの私をかわして、先輩はスマホを持つ手を上に挙げた。


「それは、次回作の資料として、です!」


 背伸びをしてみても身長差のせいでかすりもしないし、先輩は涼しい顔だ。面白がってる風でもあったので、調子に乗って追いかけごっこを楽しんでみた。


 近くで見ていた白石先輩に、「バカップルがイチャついてる」とツッコミを入れられるまでふざけ合う。


「だったら、撮り直してください!」


 私はブリちゃんを抱き上げてキリっとしてみたけれど、一早先輩と白石先輩に生温かい頬笑みを頂いて撃沈した。

 なけなしのキメ顔だったというのに。

 いっそのこと、面白おかしく突っ込んでほしかったよ。




 地味系主人公がさ、キラキラの攻略対象に対抗しようとしたのが敗因かな。

 少しばかりの傷心を抱え、休憩を終えた私は仕事へ戻るために廊下をとぼとぼと歩く。

 そういえば、『ラブデ』のスチルには、意図的に主人公が映り込まないようにした構図が多かった気がする。なるほど……


 何かを悟った私は、それからバリバリ働いた。

 気がつけばお昼の時間になっていた。


「メグ、一緒にお昼に行こう」


 創ちゃんに声をかけられて、私は棚上げしていた問題の存在を思い出した。

 このまま創ちゃんと行動を共にするのはマズイと思う。彼のファンクラブの関係者に見られたなら、要らぬ誤解を与えかねない。彼女たちと争うつもりはないのだ。


「ええと、それについては、ちょっとご相談が……」


 他の班員の目もあり、私は言葉を濁しまくった。


 私は正直に、今朝ファンクラブの人たちとの間にあったことを、創ちゃんに話すことにした。一人で解決できるのならいざ知らず、持て余しているのなら、当事者に黙っていてもいいことはないと思ったのだ。


 人には聞かせたくない内容だったため、私たちは特別棟四階の東側角部屋にある生徒会室で話すことにする。移動する際にも、人目の少ないルートを使った。

 生徒会室には、避難所のネット関係を取り仕切る奥谷先輩たちのグループが仕事をしているのだけども、お昼ということで出ていってもらう。


「で、どうしたんだ、メグ」


 創ちゃんはいつものように泰然としていた。何でも受け止めてくれそうなオーラが出ていて安心する。


「実は――」


 一条先輩に言われたことを、ほぼそのまんま告げた。四人の迫力が怖かったとか、余計なことは伏せておく。


「そうか。ごめんな。俺のせいで余計な気を遣わせた」


 そう言って創ちゃんはすまなそうに私の頭をひと撫でした。


「ううん。一条先輩の言うことも一理あると思ってさ」


 だからこそ悩ましい案件だった。創ちゃんもそれは分かってくれると思う。

 ところが当の本人は思い悩むどころか、おもむろにスマホを取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。


「話があるから生徒会室まで来てくれる? そう、一人で」


 穏やかな口調でめっちゃナチュラルに呼びつけているけど、誰宛ての電話でしょう……

 話の流れからいって一条先輩だとしたら、き、気まずすぎる。


 戦々恐々とする私に、電話を切った創ちゃんは余裕の表情で微笑んだ。


「俺が話をつけるから、メグは何も心配しないでそこにいて」

「……うん」


 これまでの経験上、この一つ年上の幼馴染に頼って悪い結果になったことはない。私は不安に思いつつも、すべてお任せすることにした。


 だけども、生徒会室にやってきた一条先輩を見て、直感的に同席したことを後悔した。

 一条先輩は走ってきたのか、若干息を弾ませていた。上気する頬に加えて瞳は潤んでいて、それはもう、恋する乙女そのものだった。

 そんな一条先輩は、部屋の中に創ちゃんだけでなく私がいるのを見つけた瞬間、少しだけ悲しそうに表情を歪めて、みるみるうちにファンクラブ会長の顔を取り戻した。

 見てはいけないものを見てしまった気がした。


「忙しいのに、悪いな」

「ううん。全然大丈夫だから、気にしないで。朝比奈君」


 一条先輩の表情の変化に気づいていない態で、創ちゃんは普通に話しかけた。


「話っていうのは、(めぐむ)のことなんだけど――」


 多くの女子に好印象を与える柔らか物腰で単刀直入に切り出すと、一条先輩はてきめんに慌てた。


「ごめんなさい! 朝比奈君! 考えなしなことをしてしまって。朝比奈君に変な気苦労をかけたくなかったから、直接千歳さんに相談させてもらったんだけど、やっぱり朝比奈君抜きで話すことではなかったよね」

「いや、こちらこそ、すまない。いつも一条に頼ってしまって」

「いいのよ。好きでやってるんだもん」


 頬を染める一条先輩。恥ずかしいのか俯きがちで顔を逸らす。


「でも、かなり負担をかけてしまってるだろ? 今回のことも、俺がもう少し配慮すればよかったんだ」

「ううん。朝比奈君は悪くないから」


 私の想像では、一条先輩はもうちょっと事務的に創ちゃんに接してると思ってた。

 今朝、私が話した理知的な先輩はどこに行ってしまったのか。


「みんながいるところでは、俺も気をつけるよ。萌に限らずね。ただ、一条も知ってるだろうけど、萌は家族みたいなものなんだ。彼女の両親にも頼まれてる」

「うん、そうだよね」

「だから、親しい人間しかいない場での接触は制限しないでほしい」

「もちろんよ。もともと朝比奈君の行動を縛るつもりはないの」

「ありがとう。一条」


 創ちゃんが満面の笑みでお礼を言えば、一条先輩の目にはもう創ちゃんしか映ってないようで、瞳をキラキラとさせてうっとりとしていた。


 ええと、簡単すぎませんか、なにもかもが。私は呆気に取られてしまった。今まで機会もなく覗くことのなかったファンクラブの内側、ファンと創ちゃんの関係性は、私にとって不可思議なもだった。

 それにしても、初めから本人に話を持って来ていれば、あっけなく解決した訳で、少しだけもやっとする。


「千歳さんも、ごめんなさいね」

「い、いえ!」


 いきなり視線を向けられてきょどった。

 彼女の瞳に、創ちゃんを見つめるときの甘さはない。


「じゃあ、朝比奈君。引き続き、みんなが千歳さんに過度に接触しないよう気をつけるね」


 最後に一条先輩はそう宣言すると、張り切って帰っていった。


 モブ女子によるディープな嫉妬のシーンなどなかった『ラブデ』にあるまじき展開が、目の前で繰り広げられたことへの衝撃がじわじわときてる。

 今の出来事は現実(リアル)だからこそ起きたことだ。

 そしてそれは、ゲームとはまた違った朝比奈創史の一面を垣間見た瞬間でもあった。

 前世の記憶を思い出す前の私であれば、そういうものとして流してしまったことだろう。でも、攻略キャラという枠にはまった朝比奈創史を知る現在の私にとっては、彼が血肉を伴った人間であることを再確認させられる出来事だった。


 私は訳も分からず、ひっそりと身震いした。


「メグ、これで大丈夫だと思うよ」

「うん、ありがとね。創ちゃん」


 創ちゃんが気の置けない幼馴染に向けた親しみの籠った眼差しで話しかけてくれたけど、動揺が静まりそうにない。

 ゲームよりも複雑で奥深く、生々しいこの世界って、一体何なのだろう。


「街をゾンビが徘徊してるなんていう訳の分からない事態に、彼女たちも混乱してるんだと思う。これを機に、俺が幼馴染だけに心を砕くかもって不安で、直接俺に言えなかったんじゃないかな。悪く思わないでやってほしい」


 言われるままにこくりと頷く。


「本音を言えば、あまりメグから目を離したくないんだけど仕方ないか。普段より閉鎖的になってるから、メグに変な皺寄せがいくようなことはしたくないし、避難所内の安定も、俺の望みでもあるからさ」


 色々考えてくれているようだ。私は尊敬の眼差しで創ちゃんを見つめた。


「そう言えば、メグに聞きたいことがあったんだ」

「何?」


 何の気なしに首を傾げれば、それは不意打ちに近いタイミングでやってきた。


「真里谷とはどういう関係なの?」


 あ、そこ聞きます?

 



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