3日目_03
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『楽に仕留める方法』の再生回数がハンパない。
ぶっちゃけグロいの大好物なんだろー、おめーらw
出来るだけ、これからもエグいのUPしてくから、
知り合いその他もろもろにもよければ教えてよね。
っても、そろそろ規制入るかもだけど。そこらへんは、
適当にやりますよ。
留守番もしなきゃいけないんで。あー早くフラグ立てて
帰ってこいよ。ハニー。
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とある動画主のコメントより。
◇◆◇
空気を震わすほどのヘリの音に誘われて、高校前の道路に続々とゾンビが集まってくる。坂の上からも下からもやってくる。全方向から集まってくるようなので、いつ東西の境界を越えて敷地内に入り込んでくるかと気が気じゃない。
けど、機動隊の方も抜かりなくて、地上まであと一メートルの時点でヘリの扉が開くと、着地と同時に隊員が次々に降りてきた。紺色の服の上に黒いプロテクターをつけ、同色のヘルメットをかぶっている。それぞれが大荷物で、透明の大きな盾をまとめて持っている人も見えた。
ヘリは三往復して総勢十六名が尊陽高校に常駐する予定だ。目の前のヘリは六名の隊員を下ろすと、一度もプロペラを停止することなくグラウンドから飛び立っていった。
そして、グラウンドから正面玄関へと走る機動隊員のなかに、私は目当ての人物を確認した。
立花怜次――六人目の攻略対象だ。
高坂君に次ぐ百八十センチ超えの長身に鍛えられた体躯の持ち主。遠目にも整って見える顔立ちに、今はヘルメットに隠されている黒髪は短く刈り込まれているはずだ。
職務への責任と誇りが感じられる誠実な人柄で、それでいて洒落っ気もある人だから隊のムードメーカーでもある。
彼の個人ルートに入ってしまうと、どこぞのゾンビ映画のようなアクションが要求されるので、リアルでは生傷にまみれることになるだろう。絶対に回避したいルートの一つだ。
実際に動き回る彼の姿を見て、前世の記憶を取り戻す前から見知っていた他の攻略対象と違って、有名人でも見つけたような高揚感を覚えた。
自然と緩んでしまった表情筋に焦って周りを見渡せば、だいたい周りのみんなも同じようにテンションが高かった。
考えてみれば当たり前かもしれない。この窮地を救ってくれるヒーローの登場を見るかのような眼差しだ。期待感がひしひしと伝わってくる。
『ラブデ』的に言えば、これで攻略対象全員が出そろった。
いや、正確には正規の攻略対象が出そろったというべきか。
乙女ゲームにはしばしば、隠しキャラと呼ばれるプラスアルファの攻略対象がいたりする。隠しといっても存在自体は隠れていないことが大半で、二周目以降とか、特定のエンディングを見ることで攻略可能になるパターンが多い。ちょっと気になるイケメンキャラが実は攻略できるというお得感をもたらすサプライズだけど、前情報などで最初からバレバレな場合も少なくない。
その隠し攻略キャラは、お約束のように『love or death』にも存在するのだった。
後半から登場する『ラブデ』の隠しキャラは、この凄惨な現実を前にして水を得た魚のようにサバイバル生活をエンジョイしているというアブナイ人格の持ち主で、リアルではなかなか絡みたくない人物だ。なぜか主人公のことは初対面から気に入っていて、恋愛を進める前から『ハニー』と呼んで色々と助けてくれる。
彼を攻略しなくてもノーマルエンドは見られるけども、サバイバル面ではお世話になる重要キャラだった。
現実でも、その奇特な言動でそろそろネット界隈で騒がれ始める頃だろうから、早めに見つけて今のうちからコンタクトをとっておきたい。
第一陣のヘリが帰ると、グラウンドに面した教室に集まった生徒たちも散っていく。各自所属班の仕事を始めるよう校内アナウンスも入った。
私も午前の総務班の仕事をこなすべく、現国準備室に向かう。
ゲームのシナリオ通りなら、すぐに立花さんとの接近遭遇のチャンスも訪れるはずだった。
作業中、何度かヘリの音が聞こえてきた。上空を通過するだけのものあって、それは坂の下の佐梅原女学院へ向かうものだと思う。サバ女は本格的に、佐梅原市の東地域一帯に避難所を整備するための拠点となるらしい。
仕事の合間合間に用事で会議室に入れば、運営委員会本部の教師と真剣に話し合う機動隊員の姿があった。さりげなく視線を送ると、立花さんも一瞬だけこちらを見た気がした。自意識過剰だろうか。
「千歳さんいる?」
第三陣のヘリが到着して機動隊一個小隊十六名がそろったタイミングで、曽根崎先生が現国準備室にやってきた。
「今、機動隊の人と打ち合わせが終わったところなんだけど、彼らがゾンビの詳しい話を聞きたがってるんだ。警備班のメンバーにも頼んだんだけど、もし嫌じゃなかったら、千歳さんにもお願いしたいんだよね」
「大丈夫ですけど、今からですか?」
「そう、今から。ついでに校内の案内もしてきてよ」
断る理由もなかったので、ぐるりと室内を見渡せば、創ちゃんは頷き、瀬名先生も視線で促してくれた。
私は避難者用にコピーした校内の見取り図や設備の資料を携えると、機動隊の隊員が校内で常駐するという本棟一階職員室横の事務室へと足を向けた。
訪れた事務室の中はキレイに様変わりしていて、私は目を瞬かせた。
不要な机やキャビネットがごっそりとどこかへ移動させられており、そのかわりに何かの機材や武器防具の類が運び込まれている。さらに彼らは自分たちの食糧まで持参でやってきたらしい。
塞がれていた窓は、監視用の覗き窓をつけたバリケードに改造中だった。
そんな室内にはすでに一早先輩や結城先輩、見知った顔の警備班の人たちがいて、私も臆することなく混じることができた。
ひとまず、渋川と名乗った小隊の隊長さんに持ってきた資料を渡す。
二十代に見える機動隊のメンバーを率いている渋川さんは、年長のアラサーといったところ。ほどよい緊張感を滲ませる厳つい表情ながら、きちんとお礼を言って椅子を勧めてくれる紳士だった。
バリケードや機材を設置する隊員たちを横目に、話を聞くのは隊長の渋川さんと他六名。二十五歳の若さで分隊長を務める立花さんもこっち側だ。
私が来る前から話をしていた警備班の男子たちが、ゾンビと対峙した所見を述べている。
曰く、知能は低い、がしかし、痛覚や疲労を感じていないような動きでもって、執拗に人間に襲いかかってくる。そんな内容だ。
その他サバ女での話や近隣住民の避難作戦の話に一段落つくと、私にお鉢が回ってきた。
「三村先生にお聞きしたが、千歳さんと結城君は、昨日一昨日と校内でのゾンビ事件の現場に居合わせたとか」
「はい」
「ええ」
私とサッカー部部長の結城先輩が頷く。そう言えば、偶然にも昨晩、サッカー部の面々も屋上にいたのだった。私の場合は自主的にしたことなので、彼らの不運には同情してしまう。
「ゾンビに変貌するときの様子を教えてほしいんだが」
渋川さんに乞われて私たちは語り出した。私は主に一昨日の保健室で見聞きした三人の様子を話し、結城先輩は昨日の屋上でのことを話した。
「最初からフラフラとした足取りで近づいてきて、何かと思ったら、『水、水、水をくれ』ってずっと繰り返してるんですよ。よく見たら髪の色がゾンビと同じ赤茶色で、ヤバイと思いました。そのうち顔色もどんどん悪くなって……」
結城先輩が私と真里谷先輩が辿り着く前の様子を語る。
「はじめに髪の毛の色が赤褐色に変わって、直前に肌の色が変わる。一昨日は寒さを訴えて、昨日は喉の渇きか。千歳さんは、昨日の男性が避難してきたときにも会ってるとか」
「はい。昼間にはまったく兆候はありませんでした。夜になって部屋を移動するときもです。ただ、犬が彼に向って吠えたんです」
「佐梅原女学院の敷地で保護した犬だったか」
「そうです。大人しい犬なんですが、突然走りだして、彼だけに反応しているようでした」
断言できないないのが残念だけど、ブリちゃんの能力を匂わせた。
「その犬、ブリュレというんですが、俺が佐梅原女学院で保護したんですけど、そのときもゾンビに対してはすごい勢いで吠えてました。少なくとも、完全にゾンビ化した人間とそうでない人間の区別はついているようです」
一早先輩も補足してくれた。
渋川さんは、顎に手を当て考えていた。
「ゾンビ化する人間を嗅ぎあてられるとしたら、便利なことこの上ないな」
「そうですね。新しい避難者には、その都度会わせてみるのもいいかもしれませんね」
渋川さんの言葉に立花さんが同調した。
その後、二、三質問されて、ゾンビについての情報提供はつつがなく終わった。
続いて校内の案内をと思ったら、渋川さんがゾンビや自殺した男性の遺体を見たいというので、私は一瞬だけ固まった。
最初の案内は遺体の安置している第一体育館に決まる。
顔を引き攣らせた私を心配してか、一早先輩も一緒に行ってくれることになった。
ゲームのシナリオに沿いつつも、ところどころに違いが出てくる。たとえば保健室でのゾンビ発生に立ち会ったがゆえの情報提供とか、遺体の安置場所への案内と一早先輩の同行がそれだ。
大筋がブレていないので、人命優先という方針は変えないで行こうと思う。
とはいえ、昨日の騒動を引っ張るのは避けたい。
私は重い足取りで、一早先輩や立花さんと連れだって、第一体育館を目指した。
第一体育館は特別棟のさらに北にあり、特別棟一階の中央部と外廊下で繋がっている。屋根はあるものの、一旦外に出ることになるため、避難所としては切り離して考えられていた。
今は館内のメインフロアの中央をネットで区切って、自殺した男性の死体と、敷地内で対処したゾンビの遺体の仮設安置所となっている。
「二日連続で遭遇するなんて、君もついてないね」
「ですよね……」
立花さんが話し掛けてくれた。テンションを上げられないでいる私を労わるような表情だ。
「でも、何事もなくてよかったよ」
「そうですね。今日こそは平穏に過ごしたいです」
「そうなるように努めるよ」
「頼もしいです」
シナリオとほぼ同じ会話をしつつ、裏口付近にあって警備班が昼の間待機している化学室等を案内する。
外廊下の手前まで来ると、渋川さんもさすがにここまででいいよと言って、機動隊の面々だけで第一体育館に入っていった。
「萌、大丈夫か」
「うん……」
気持ちは切り替えたはずだったのに、少しのことで思い出してしまう。
せっかくゲームにはない展開で一早先輩と一緒にいるのだから、好感度を稼がなきゃと思うのに、恋愛方面に思考が向かっていかなかった。
「……萌」
突然周囲の空気が張りつめた気がした。一早先輩の声音がいつになく冷たかったのだ。
「お前、本当に萌か?」
「先輩……」
驚いて見上げれば、そこには怖いまでに真剣な表情の先輩がいた。
その目力と鋭い質問内容とがあいまって、私の全身に緊張が走る。知らず、窓際のほうへと一歩後退した。
先輩がゆっくりと私の方へ手を伸ばす。
「なんてな」
一早先輩の大きな掌は、私の頭の上に優しく置かれた。
「先輩ー。びっくりさせないでください!」
頭を撫でられホッとしながら、今は柔らかい表情の先輩を詰る。一早先輩は何がおかしいのか笑っていた。
「なんだかな。人が変わったようなというか、……萌が別人に見えてしまったんだ」
「なんですか、それー」
驚かされたことに憤慨するフリをしつつも、内心でタジタジだった。聡い先輩は、前世の記憶を思い出した私に、何か感じるものがあったのかもしれない。
「萌、あまり無茶するなよ……」
どこまで感じとっているのか。意味深とも思える発言にドキリとしたけれど、先輩の瞳がとても優しかったので、私は素直に頷いた。
色んな緊張感や憂いが癒される心地だった。
その後、戻ってきた機動隊の人たちと校内を巡って歩いた。以降、ゾンビの話題にはならなかったので、私はどうにか落ち着くことができた。




