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2日目_11


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 避難者の中からゾンビ出た(ノД`) ゜・゜・。

 せっかく逃げてきたのについてないわ

 佐梅原駅南口ショッピングセンター壊滅不可避・・・

 これから両親にお別れのメール書く

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 とあるつぶやきの一つより。



  ◇◆◇



 しばらく狼狽えていた私だったけど、何とか気持ちを切り替えてみる。

 主人公の私がこれだけフリーダムに動けているのだから、これからもシナリオ通りにいかないことは沢山出てくるだろう。いちいち、思考を停止している訳にはいかない。


 私よりも冷静な真里谷先輩がトイレを見に行くと言うので、後に続く。

 二年五組の教室から一番近いトイレは東翼だ。

 だけども、東翼の男子トイレを確認した真里谷先輩は、無言でその整った顔を左右に振った。


 先輩がトイレの中を探している間に考えてみたけれど、これはもしかして私のせいかもしれない。

 私がブリちゃんをけし掛けたからだ。


 先輩の眼光も鋭さを増していて、私と同じ考えに行き当たったのかもと思う。


「私のシナリオ外の行動で、自分がゾンビ化するって悟っちゃったんですね……」


 一日目に桃井先生を助けるためシナリオと違うことをして、その後の創ちゃんの行動を歪めてしまったから、気をつけなきゃと思っていたのに迂闊だった。


「かもな。でも、もともと本人も気にしていたんだろう。大勢の中で自分だけピンポイントにブリに吠えられて、疑惑が確信に変わったのかもしれない」

「だとしたら……」

「とりあえず、屋上を見に行こう」


 真里谷先輩の提案に頷く。

 これから自分がゾンビに変わると自覚した男性がとる行動として考えられるのは、ゾンビ化の阻止――今のところ、それが可能と思われる方法は一つしか思いつかない。

 ここには、彼の大切な家族もいる。他の人間にも迷惑をかける前に、彼は自ら死を選ぶのではないかと思われた。それも頭部を損傷する方法で。

 となると、行き先の第一候補は投身自殺のための高い場所か。


 私たちは中央の階段から、本棟の屋上を目指した。

 

 二段抜かしで駆け上がっていく真里谷先輩を懸命に追い掛ける。


「くそっ! 鍵がかかってる!」


 先に屋上の出入り口に着いた先輩が叫ぶのを、踊り場の手前で聞いた。


「そんな……」


 素早く腕時計を確認すると、二十三時三十分を過ぎたところだった。

 ゲームによると夜中零時に事態が発覚し、その時点で被害者が出ていたから、男性がゾンビに変わるのは早くて十五分前と予測する。


 ゾンビに傷を負わされた人間がゾンビ化する場合、最初の雨のパターンとは異なり、寒さを訴えることはない。そのかわりに喉の渇きを覚え、それが徐々に酷くなっていく。ゾンビに変化する数分前には強烈な飢餓感に襲われるという。


「本部に知らせよう。俺たちの手に余る」


 階段を下りてきた先輩に促されて、私も身をひるがえした。

 このままなんの手がかりもなく闇雲に探しまわっても、見つけられる気がしなかった。何とか理由をつけて警備班を動かしてもらった方がいいだろう。

 事態を引っ掻きまわしてしまったことに罪悪感が湧いてくる。


「そんな悲痛な顔するなよ。少なくとも同室の人間の被害は免れたし、まだ誰の犠牲も出てないんだ。いい方向にしか転んでない」

「……ですよね」


 励ますようにして叩かれた左肩が結構痛かったけど、気遣ってくれる気持ちが嬉しかった。私は少し余裕を取り戻した。


 本部には真里谷先輩一人で行くことになり、非戦闘員の私は割り当てられた二年一組の教室で待機することにする。

 教室までは送ると言われ、その前に武器を調達するからと、私たちは一旦四階に立ち寄った。もともと、ゾンビに変化する前の男性を捕まえるつもりだったので、ロープしか用意していなかったのだ。

 先輩が割り当てられた一年六組の教室に戻る間、私は階段の向かい側にある水飲み場で待つことにした。半円形のデザインで中庭に張り出す形になっている。


 あの男性はどこにいるのだろう。今頃は喉の渇きも増して、水場周辺にいるかもしれない。少なくとも校内には入るはずだ。

 昼間、武道場で家族と一緒にいた姿を思い出す。優しそうな奥さんに、溌剌とした姉とおっとりした妹という可愛らしい姉妹に囲まれていた。

 絵に描いたような幸せそうな家族だったのに……。さぞかし無念だろう。


「待たせたな」


 そうこうしてるうちに、真里谷先輩が手に金属バットを持って戻ってきた。野球部に入っている訳でもないのに、マイバットとは……突っ込むべき?


「おい! あれ!」


 突然、真里谷先輩が瞠目して私の背後を指さすので、私のツッコミは不発に終わった。


 ひとまず振り向いて窓の外を見れば、先輩の言わんとしていることがすぐに分かった。

 向かいにある特別棟の屋上に人がいるのだ。ゆらゆらと歩くその人影は、いかにもそれらしい。


「向こうは鍵がかかっていなかったのか……」

「行きましょう。先輩」

「時間的に、まだ変わってないな」


 スマホで時間を確認して、真里谷先輩が言った。時刻は二十三時三十七分だ。


 私たちは二人揃って再び走り出すと、西翼経由で特別棟へと向かった。

 ちなみに東翼の三階と四階は吹き抜け構造の図書室になっていて、そちらからも特別棟に行くことはできるけども、扉もあるし障害物もあるしで遠回りになる。


 西翼の廊下を走りながら具体的にどう対処するのか考えて、ノープランなことに気づく。

 当初の作戦では、自覚もなくゾンビ化する男性がその兆候を見せた時点で拘束し、本部に突きだすつもりだったのだ。

 屋上にいる男性の目的が自殺だとして、私たちはそれを止めることはできない。もし、覚悟が鈍って実行できない場合や、先にゾンビ化した場合には、何らかの措置を講じなければならないだろう。自分に何ができるだろうか。いずれにせよ、どんなことが起こるにしても、私は自分の行動の結果を見届けなければ。

 もやもやとしたものが胸に溜まっていく。結局、私のとった行動は、いたずらに男性を苦しめて追いつめるだけだったのか……


 またしても一足先を行く真里谷先輩の背中を追いかけ、特別棟に入ってすぐのT字路を右折すると、薄暗く長い廊下の奥に二人の生徒の姿が見えた。

 特別棟の四階には音楽室や書道室、美術室があって、奥の角部屋は生徒会室だ。


 即座にゲームの記憶を手繰り寄せ、人命優先のためにすっ飛ばした二日目夜のイベントを思い出す。前からやってくるのは、生徒会室でのイベントを予定していた創ちゃんのようだ。一緒にいる女子は、ゲーム未登場の姫宮先輩だろうか。

 そして、特別棟の屋上の鍵が開いていた事実に血の気が引いた。


 前を走る真里谷先輩のギアが一つ上がる。はじめから先輩はその可能性に気がついていたのかもしれない。特別棟の屋上も今夜のイベントの発生場所の一つだった。


 中央にある階段は、もう目と鼻の先だ。


「メグ!?」


 私に気づいた創ちゃんが奥から駆け寄ってくる。

 まだ距離がある創ちゃんと一瞬だけ視線が交わった気がしたけれど、私はそのまま階段へと曲がった。


 息を切らせて屋上に出るドアを潜ると、湿気を含んだ重たい風が身体に纏わりついてきた。月は出ていたけれど、所々に墨汁を染み込ませたようなぼんやりとした黒い雲が浮かんでいる。


 とそのとき、甲高い悲鳴が上がった。


 ただっ広い屋上を見渡せば、前方、第一体育館のある北側のフェンスに向かって左手に、多数の人影が見えた。それらは、何かから逃げるようにいっせいに散らばり、こちらに向かって各々走ってくる。途中、女子生徒らしき影が転んで、周囲の人間に助け起こされる。


「やべぇぞ! おっさんがゾンビになりかけてる!」

「校内は大丈夫か!?」


 先頭を切って走ってきた男子たちが口々に言う。サッカー部の三年生だ。

 ゲームでは二日目夜の特別棟の屋上は、高坂君とのイベントの舞台だった。


「校内は問題ない。その人、まだ話せるのか?」


 真里谷先輩が冷静に応対する。


「分からん。唸るように何か呟いてた。暗くてよく見えなかったが、髪の色がゾンビと同じに変わっちまってる」

「とりあえず、俺たちはこれから避難所本部まで知らせに行く。お前らも早く逃げて、屋上封鎖するの手伝ってくれ」


 そう言い残して、サッカー部の先輩たちは屋上の出入り口へと消えていった。


「行こう」


 真里谷先輩に促されて騒ぎの方へと足を向ける。


 暗闇に目が慣れてくると、逃げてくるサッカー部の生徒の背後に、よたよたと歩くゾンビに変化中と思われる恰幅の良い男性のシルエットが確認できた。


「千歳! どうしてここに?」


 高坂君だ。その後ろには、転んで怪我をしたのか、部長の結城先輩と二年の女子マネージャーに両脇から抱えられて走る衛藤さんがいた。他にも副部長の天野先輩が、後ろを気にしつつ逃げてくる。


「下でも何かあったのか? ここは危険だ。あの人ゾンビになりかけてる」


 結城先輩の問いかけに、私は首を左右に振った。


「本棟からこっちの屋上にゾンビらしき影が見えたんで確認しにきた」


 高坂君に答えたのは真里谷先輩で、早く行けと出入り口の方を顎で指す。


「ゾンビが出たって、本当か!?」


 そこへ、創ちゃんも駆けつけてきた。


「ああ、生徒会長。ひとまず屋上に閉じ込めようと思ってる」

「そうですね。これで全員ですか」


 結城先輩の提案に、周囲を見渡して創ちゃんが同意する。会話してる間に、屋上にいた全員が出入り口付近まで退避していた。


 そんななか、真里谷先輩が男性の方へと足を踏み出した。

 私も創ちゃんに捕まる前にそれに続いた。


「メグ!」

「千歳!」


 創ちゃんと高坂君に咎めるように名前を呼ばれた。


「私が追いつめちゃったから、行かなきゃ……」

「何を言って!」


 創ちゃんが追ってくる。他にも心配する声が聞こえてきたけれど、私は無視して前に進んだ。


「助け、て、くれ……死に、たくない……」


 男性は変わり果てていた。髪の毛は錆色で顔色は真っ青だった。辛うじて目に理性を残してはいるものの、そこに光はなく絶望に染まっていた。

 そして生への未練を断ち切れないでいるようだった。当たり前だ。彼には心残りが沢山ある。


「悪いが、俺にあんたを助ける術はない」


 真里谷先輩は、感情の読めない固い口調で切り捨てた。右手に持ったマイバットを右肩に乗せている姿は、どこからみても柄の悪い不良だ。


「あんた、ここへは何しに来たんだ?」

「と、飛び、おりて、死のう……と、でも! 怖い! 死にっ、し、死にたく、ない!」


 男性は涙を流して、その場に蹲った。


「だったら、そのままゾンビになれば。そうしたら、俺が()ってやるよ」

「真里谷先輩!」


 突き放すように言う真里谷先輩に、思わず声が出た。創ちゃんは私の横まできて黙って聞いていた。


「夜、まで……何も、なかった、から……だ、大丈夫、だと、おもった、のに…………な、んで、こんな、こ…と……にっ…………」


 気がつけば、サッカー部の部員と姫宮先輩が、遠巻きだけども先ほどよりは近くに来てこちらを窺っていた。


「遺言、聞いてやるよ」


 男性の嗚咽が小さくなったところで、真里谷先輩が小さく言った。


「あんたの最期とあんたの言葉を、家族に伝える」


「……家族、には、メールを……でも、もう…すま、ほ、反応、しなくて……」


 男性はジャケットの内ポケットからスマホを取り出した。ゾンビ化した手ではタッチパネルが操作できなかったらしい。その手はすでに緑がかった青色をしていた。


「私が、死んだら……送って、ください。パスは――」


 ロック解除のパスワードを呟いた男性は、蹲った体勢から私たちに土下座をするように頭を下げた。


 次の瞬間だった。

 男性は勢いよく立ちあがると、驚く私たちには目もくれずに、北側のフェンスに向かって走り出した。そして、フェンスをよじ登り、まるで水泳の飛び込みのように頭から地上へと落ちていった。


 私は息を飲んだ。後ろで小さな悲鳴が上がる。続いて、重量のあるものがコンクリートの地面に叩きつけられた大きな音が辺りに響いた。


 しばらくの間、全員が呆然としてその場に立ちつくした。


 男性の死に対する恐怖や悲しみ、見過ごすことしかできなかったやるせなさに涙が出た。

 その滲む視界の端で、真里谷先輩がしゃがみ込むと、男性のスマホを淡々と操作していた。彼が家族へ言葉を残せたことは、唯一の救いかもしれなかった。


 その後、避難所本部から教師と警備班が駆けつけて、屋上は一気に慌ただしくなった。

 だけども、男性の覚悟の死を目撃した面々の表情は硬く、みな何かしら思うところがあるようで言葉少なだった。


 いつのまにか、月には雲がかかって、屋上に濃い影を落とす。

 豪胆にも真里谷先輩と創ちゃんは、三村先生と一緒に北側のフェンスから下を確認している。

 男性の遺体はゾンビに変化することなく、地面に横たわっているらしかった。周辺をゾンビが徘徊しているものの、死体に興味を示すことはない。遺体の回収は、明日の朝行われることになった。


 こうして、二日目の夜は胸の痛みとともに更けていった。



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