2日目_09
【ホイッスルが落ちている】
→拾う ★必須サバイバルフラグ
→拾わない
『love or death』攻略サイトより。
◇◆◇
第二体育館のメインフロアに着くと、同じクラスの子たちが固まっているのを見つけたので、そちらに混ざろうと思ったら、創ちゃんにさりげなく誘導されて生徒会メンバー含む総務班のみんなと食べることになった。
お湯で作った非常食の炊き込みご飯をメインに、おかずの缶詰を分けつつ食べる。
食欲はなかったのだけど、この後のことを考えるとそうも言っていられず、なんとかお腹に入れた。
大事な場面で走れなかったり、力が出なかったりして、せっかく見えていた未来が見通せない展開に変わってしまうのは避けたいところだ。
ご飯時は、監視組や電話番を除いてほとんどの人が集まってくるため、壇上に上がった曽根崎先生から連絡事項が告げられる。
まずは、各活動班が問題なく始動したこと。
そして、新規の避難者を受け入れたこと。高校生以上の避難者には、活動班に所属してもらう予定だ。
さらには、明日にも警察の機動隊が派遣され、より安全が確保されるのと同時に、本格的に近隣住民に避難を呼び掛けることが説明された。
一方、順調な避難所運営とは反対に市内の状況は芳しくないらしい。
ヘリでの救出作業は自衛隊から、警察庁、消防庁、海上保安庁と、米軍の協力まで得て、史上稀にみる大規模作戦を行っているものの、いかんせん対象人数が多すぎる。その上、緊急を要する中心部ほどヘリが安全に着陸できるスペースが確保できないという難しい状況だ。ホバリングしながら救助者を引きあげる作業は、時間もかかるし高度な技術も必要で、投入している機体数の割に避難は難航しているそうだ。
かといって、自衛隊本隊による掃討作戦もいまだゴーサインが出ず、渋滞の国道、県道に取り残された車の乗員を救うという名目で、じわじわと市内への進入を試みているとか。
ちなみに、大人な事情で、米軍の掃討作戦の参加は無理らしい。このゾンビ発生が、奇病か人災か、はたまたテロなのか、はっきりしないうちは人命救助以外の協力は出来ないそう。現状のヘリを出してくれるだけでも特例らしい。まあ、世論的にも条約的にも、自衛隊以上に取扱注意な案件とういことなのか。
以上の曽根崎先生の話は、あとで生徒会書記の奥谷先輩がまとめて、パス付の避難所専用サイトに掲載する手はずになっていた。避難所のネット関連は、奥谷先輩が取り仕切っている。
夕食後、少しだけ仕事をして、電話番以外の人は就寝時間の二十二時まで自由時間になった。私もひとまず、割り当てられた部屋に戻ることにした。
すでに日は完全に沈んでおり、校内には明かりが灯されている。明かり自体がゾンビを呼び寄せることはないとテレビでやっていたので、教室の窓はカーテンのみを閉めた状態だ。ただし、遮光カーテンではないため、窓際への接近は厳禁。
また、昨夜は毎時零分に鳴らしていた注意喚起メロディも、今夜からは取りやめになった。どうしたって、夜中にゾンビが敷地内を徘徊することは避けられないと、昨日のゾンビの動向をみての判断だ。
そうして時刻は二十時十分。
私は本棟三階にある二年一組の部屋で、簡易マットを敷いて毛布にくるまれ、ゴロゴロとしていた。
同室の一年女子はほとんどが顔見知りだ。
同じ部活、もしくは同じクラス、またはそのミックスでそれぞれ集まって、今日あったこと、自分の所属する班の活動などをボソボソと喋っている。ときには、全員で共有すべき話題やこれからのことを部屋全体で真面目に話したりした。
私は話題が途切れたところで、両親へのメールを書き始めた。メールを送信すると、さすがにバッテリー残量が十パーセントを切ったので、部屋に配られた充電器の順番待ちに本体を並べる。
しばらくダラダラして英気を養い、四十分を過ぎた頃、私は一人教室を抜け出した。
廊下に出ると、部屋の異なる者同士が集まって喋っている姿がちらほらと見受けられる。何気にカップルが多い……
まあ、それは置いといて、私は中央階段から二階に下りると、三年二組の教室を訊ねた。この部屋には、敷地の南側を監視する警備班が常駐してる。
「すみませーん。ブリュレちゃんはいますか?」
ほぼ知らない男子ばかりの部屋に特攻するなんて、前世の人見知りな私にはハードルが高い行為だったけど、今の私には余裕だった。
扉を開けると、窓際に座っている男子たちの足もとに寝ていたブリちゃんが反応して、私の方に駆け寄ってきてくれる。思わず感動して、私は教室の入口付近でしゃがみ込むと、ブリちゃんの黄褐色の長毛を撫でまわした。よーし、よしよし。
「あー、千歳?」
幸か不幸か知り合いがいた。サッカー部の副部長天野先輩だ。残念なことに、部長の結城先輩の姿は見当たらない。
それにしても、この人警備班に入ったんだなーと、少し感慨深かった。初日のゾンビとの遭遇で、懲りていると思ってたから意外だった。
他の四人の男子は見かけたことはあっても、名前まで知っている人はいなかった。
だけども、向こうは私のことを知っている様子。私は創ちゃんの幼馴染として、ひっそりと知られているらしかった。
「ブリュレに何の用事?」
気だるげに長めの茶髪を掻き揚げて天野先輩が問う。
「あの銜えてた人形をどうしたかなと思いまして」
「あー、あの不気味な人形なら、ここ」
天野先輩は、さっきまでブリちゃんが寝ていたマットの上を顎で示した。そこには、黒い木製の体に赤い紐の髪を巻きつかせた、何かに呪われてそうな人形が放置されていた。やっぱり遠目に見ても怪しい一品だ。
「そんなとこにあったんですね」
「これ回収しに来た訳? でも、持って行こうとするとブリュレが銜えて離さねーぞ」
「いえ、ある場所が分かればいいんです。一応大切なものなので」
不本意だったけど、あの呪い人形をブリちゃんに会う口実にした。
実際、ブリちゃんをモフりたがってる人は沢山いると思う。高体温な毛玉と戯れれば、ささくれだった心も癒されるだろうし。
それをみんな遠慮してるなかで抜け駆けをするには、ブリちゃんを釣ったアレを持ち出すしかないと思った次第。
ブリちゃんはつぶらな瞳で私を見上げると、湿った鼻を私の口元に押しつけてくる。ああ、可愛い過ぎる。ブリちゃんのキスに応えるように、私は首周りの白い毛をその下のお肉ごと揉み倒した。
心なしか男子たちの目が呆れてるような……
「これって、千歳が小田切に渡したんだろ?」
「はい。縁起ものらしいので、先輩を守ってくれればと思いまして」
私にとってはブリちゃんと合流するためのキーアイテムでしかない訳だけど、対外的には片岡先輩の説明を貫き通す。あ、今ちょっと警備班のみなさんからイタイ子認定されているかも。
「一早先輩も無事でしたし、天野先輩もよろしかったら、どうですか?」
「は?」
「天野先輩だったら、腰から下げてもきっと似合うと思います」
朝の屋上での仕返しとばかりに、イタイ子キャラをイメージして邪気のない笑顔で勧めてみた。
「……まあな。紙一重でおしゃれアイテムに。って、やんねーよ、俺は!」
「ノリ突っ込みだ……」
「俺を手玉に取るとは、ホント恐ろしい子だな、千歳。つうか、『王子』のみならず小田切とも知り合いな上に、うちの高坂にまで唾つけるなんて、なんなの? 魔性なの?」
うっ。まさか天野先輩に指摘されるとは!
銀色の車の避難者救出作戦のときに、見られていたのかも。
「じゃあ、天野先輩も混ざりますか……」
「じゃあって、お前。しかも嫌そうに言うなよ。地味っ子のくせに」
苦肉のリアクションを一蹴される。
確かに面白くなかったか。
「ええと、結城先輩はどちらに」
「……」
恐る恐る周囲の男子生徒に訊ねると、彼らは苦笑して首を横に振った。同じ班ではないらしい。
頼れるお母さん的先輩にこの微妙な空気を収拾してもらおうと思ったのに。
「千歳、一つお前にアドバイスしてやる」
「……なんでしょうか」
おもむろに真面目な表情を作った天野先輩に、何を言い出すのかと、私はブリちゃんを抱き上げ姿勢を正した。
「高坂はサッカー部のスーパールーキーで、時期エースだ。アイツ目当てにグラウンドに集まってくる女も多い。あんまり、派手にやるなよ」
「肝に銘じます……」
「特に、一年のマネージャーの智沙には気をつけろ。アイツは初めかっら高坂狙いだからよ」
予想に反して、まともなアドバイスだ。
衛藤智沙さんは朝の屋上でも、嫉妬の視線を隠すことなく向けてきてた。彼女はゲームに登場していないから、展開にどう影響を及ぼすか読めない。関わらない方が賢明だろう。
「はい。ありがとうございます」
昨日まで話したこともなかったのに心配してくれるとは。私は嬉しくなって、抱えたブリちゃんの影でこっそり相好を崩した。
「まあ、高坂が暴走しそうになったら、止めてやってもいいけど……その前に、お前は一人に絞れ」
「あはは……」
ごもっともです。半開きの口から脱力した笑いが零れた。
街のみんなのために、なんてキレイ事を言うつもりはないけれど、下手に前世の記憶があるおかげで、私は私でベストを尽くしたいと思っている。反面、自己満足だっていう自覚もあるので、振り回している形になる攻略キャラのみなさんには謝罪のしようもない。
ノーマルエンドのためには全員の好感度を高水準に保つ必要があるけれど、せめて、本命を一人に絞るのだけはやめようと心に誓っている。股がけしておきながら、誰かを贔屓するのは悪い気がするのだ。せっかく言ってくれたのに、目指すことろは忠告とは真逆だったりする。
それから、窓の外をふらついているゾンビの話をちょっとして、私はさりげなくブリちゃんのトイレ事情を聴きだした。
「夕方に一回中庭を散歩させたらしい。寝る前にもう一度連れて行こうとは思ってるんだ」
見るからに柔道部の部員っぽい二年生が答えてくれた。
「だったら、今私が行ってきてもいいですか?」
ここぞとばかりに申し出ると、あっさりとオーケーになった。
渡された小さなトートバックの中には、小型のスコップやビニール、足拭き用の雑巾などが入っていた。
「じゃ、いってきまーす」
私は計画通りに、二十一時ちょっと前にはブリちゃんを連れ出すことに成功した。
部屋割を四階の教室から埋めていった関係で、二階の廊下に人の姿はない。
リードに繋がれてトテトテと私の前を歩くブリちゃんと一緒に、私は西翼の廊下へと曲がってそこで一旦足を止めた。
西翼の会議室と現国準備室の上方にある換気用の窓からは明かりが漏れていて、まだ誰かが仕事をしているようだった。
とそのとき、タイミングのいいことに、第二体育館の渡り廊下の方から大人数がやってくる気配がした。
新規避難者が待機時間を終え、割り当てられた教室へ移動するのだろう。
ブリちゃんはピンと耳を立てて声のする方を向き、そしていきなり走り出した。
「ブリちゃん!」
そんなに力強く引っ張られた訳ではないし、ブリちゃんは小型犬であるから、私の力でも余裕で制止できるのだけど、私は止めることなく小走りで後についていった。
避難者を誘導していた桃井先生が、驚いて私とブリちゃんを見る。
続く四十人弱の避難者と荷物持ちの生徒の間をすり抜け、一団の中ほどまで来たところで、ブリちゃんは唐突に吠え始めた。特定の一人に向かって。
「な、何で犬が!?」
ブリちゃんが吠えたのは、メタボちっくな中年男性。武道場でチェックした二人目の人だった。
可愛らしいワンコに敵意を剥き出しに吠えられて、男性は動揺している。
「すみません! ごめんなさい!」
私は素早くブリちゃんを抱き上げると盛大に謝った。ブリちゃんは抱っこした途端に、役目は終わったとばかりに大人しくなる。
「ちょっと、千歳さん。どういうこと?」
「すみません。ブリュレのトイレに行く途中に、急に走りだしちゃって」
自分で焚きつけたみたいなものだったから、心苦しく思いながら、桃井先生とそれから周囲の人たちに頭を下げた。
騒ぎを聞きつけたようで、さっきまで一緒にいた警備班の人たちや、会議室からも人がやってきた。思った以上に大事になってしまった。
避難者の子供たちは、興味しんしんでブリちゃんを見てた。
事情を把握した桃井先生が改めて避難者を誘導し、私は駆けつけた三村先生と太田先生にも説明をした。
三村先生は誰に向かって吠えたかもしっかりと聞いてきて少し驚いた。察するものがあったとしたら、すごいと思う。
その後、当初の予定通り、中庭に行ってブリちゃんを放した。なぜか監督役として天野先輩がついてきた。
ゾンビ因子を持つ人は特定できたけれど、喜ぶ気にはなれなくて、逆に心は沈んでしまう。
騒ぎになったことを気にしていると勘違いしたのか、なんだか天野先輩が優しかったけれど、私は上の空だった。
ブリちゃんを再び三年二組の教室に戻すと、低空飛行な心情のまま、本棟南側の中央に中庭側へ張り出す形で設置されている水飲み場へと向かった。
太田先生の死亡フラグを折るために必要なアイテムがそこにある。さくっと回収して気持ちを切り替えようと、俯いた顔を上げれば先客がいた。
窓から差し込むささやかな月明かりに、金色の髪が鈍く輝いている。
「真里谷先輩……」
「おう。大活躍だな」
どういう意味?
彼も前世の記憶持ちっていう仮定がますます現実味を帯びて、私の思考を埋め尽くす。
「探し物はこれか?」
「!」
真里谷先輩の右手から放り投げられて、その手にキャッチされたもの。それは銀色のホイッスルだった。
太田先生の落とし物だ。これを本人に返さないと、真夜中のゾンビ発生時、先生はゾンビに咬まれてゾンビ化する。
「先輩は――」
もし、そうだったら、すごく心強い。
「千歳、『love or death』ってゲームで遊んだことあるか?」
「はい、あります。…………前世で」
それは頼もしい味方を手に入れた瞬間だった。