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2日目_07


【好感度目安】


 0~9 無関心

 10~ いい子。いい人

 20~ ちょっと気になる子

 30~ 何かしらの特別な感情が芽生える

 40~ 特別な女の子(恋愛未満)

 50~ 恋心が芽生える


『love or death』攻略サイトより。



  ◇◆◇



 事前に連絡のない避難者が来ることを想定して、警備班は予め作戦を立てていた。

 車の誘導、人の避難、さらにはゾンビに追いつかれて車内に人が残った場合の救出方法だ。


「おい、こら、ゾンビ! 俺らが相手になってやる!」

「なんで、俺が囮なんだー! 陸上部だからってー!」


 あれ、知り合いがいる。


 特別棟の一階とその北にある第一体育館を結ぶ外廊下は特別棟の中央付近にあって、東の端にある玄関(裏口)との距離は五十メートルもないと思う。

 その外廊下の出入り口からゾンビのいる屋外へと現れたのは、今年の体育祭のリレーで陸上部の短距離ランナーをごぼう抜きした男子バスケット部のエースと、我らが生徒会一年会計の須藤君だった。その出で立ちは、ブレザーを脱いで腕まくりしたワイシャツ姿で、足元には派手な色のシューズ。

 君は何をやっているんだ……警備班でもないのに。


 車に群がっていたゾンビたちはゆっくりと振り向いたかと思ったら、突然呪詛のような唸り声を上げ、すごい勢いで生身の二人に向かって駆け出した。半数以上が釣られている。

 須藤君、逃げて! 逃げて!


 迫りくるゾンビを前に、二人は踵を返すと西側に向かって一目散に走り出した。


「速っ」


 あっという間に須藤君とごぼう抜き先輩の姿が小さくなる。二人とも本気だ。

 それでも、ゾンビの群れの先頭を走る男性のゾンビ三体は、普通の人間とほとんど変わらない身体能力で追いかけていく。両腕を前に突きだし前傾姿勢という、不気味な走り方なのがまた恐ろしい。

 その結果、あまりにも後続を置き去りにし過ぎて後方のゾンビが車の方に戻っちゃうかもと思ったけれど、囮役の二人に釣られた十四体のゾンビは脇目もふらずに走っていった。


 そして、ほぼ同時に、須藤君とごぼう抜き先輩は私たちの視界の死角に入る。彼らは武道場の角を左折してさらに第二体育館の周りを走り、本棟正面の生徒玄関から校舎内に入る予定だそうだ。建物全体をほぼ半周することになるから、中距離ランナーの須藤君が選ばれたのもある意味納得の人選だった。

 一応、念には念を入れ、途中の武道場と第二体育館の二階の窓からは、ゾンビの気を引いたり遠隔攻撃を行う別部隊も待機しているとか。


 ひとまず、作戦の第一段階は大成功のようだった。

 車周辺に留まったゾンビは五体。あの小さな男の子のゾンビもいた。

 ここまで数が減ると車内に残された人間の姿も確認できる。若い男性が二人、後部座席で小さくなっていた。


 しばらくして、囮役に釣られたすべてのゾンビが武道場の角に消えると、作戦の第二段階が始まる。

 剣道部の元副部長、白石先輩たちの出番だ。白石先輩を含む六人は、二人一組で大きな重石のついた投網のようなものを持っていた。それで残ったゾンビの動きを封じる計画らしい。


 六人は二階の窓から裏口のコンクリート製の庇の上に降り立つと、須藤君たちと同様に口々にゾンビを挑発した。


 先ほどより近いところに現れた人間に、残った全部のゾンビがターゲットを変更する。

 ゾンビが上を向いているので、二階で見守っていた待機組は、全員窓枠の外に身を隠した。

 私は一早先輩と高坂君に挟まれた状態のまま膝をつき、窓枠から顔の上半分だけ覗かせて、白石先輩たちの仕事を見ていた。


 重量のある重石のため、漁師のようにとはいかなかったけれど、彼らは二人一組で網を広げるようにしてそれを投下した。


「やったか!?」


 高坂君が中腰になって下を覗いた。


「どう?」

「一匹逃した!」


 となれば、攪乱のため、私たちは立ち上がって窓を開け放った。

 一体残ったのは、ふくよかな体系の四、五十代くらいの女性のゾンビだった。買い物帰りに雨に降られた主婦といった感じだ。ゾンビ化する前は優しそうな人だったかもしれない。

 一方で網にかかったゾンビたちは、狂ったように叫んでもがいている。なかには倒れた拍子に頭を打ったのか、緑色の血みたいなのを流してぴくぴくしている個体もあった。


「ここに大量に人がいますよー!」

「鬼さんこっちら!」


 二階にいた待機組がいっせいに窓を開けて存在を主張すると、主婦のゾンビは獲物を決め切れずにオロオロとする。

 そこへ裏口から第三陣が出てきた。


 刺又を持った二人の男子が二人がかりで主婦のゾンビを押さえ、盾を持った四人の男子が網にかかったゾンビを警戒しながら車へと走る。それにバットを持った一団が続く。

 ようやく、車内の二人は外に出られた。


 そこからは、はっきり言って目を覆いたくなる展開だったけれど、私はしっかりと見た。


 最初は主婦のゾンビから、頭部を狙ってバットが振られる。二本の刺又で動きを固定されているため、抵抗らしい抵抗はない。同様に網にかかったゾンビにも、弱点と言われている頭部へとバットが振り下ろされた。生々しい鈍い音が二階の私のことろまで聞こえてくる。子供のゾンビの声は大人より甲高くて、まさしく断末魔のようだった。苦々しいものがこみ上げてくる。

 何の罪もなく一日前まで平穏に生活していたのに、ゾンビになってしまった人たち。そして、それを倒さなければ、自分の身が危ない私たち。どちらにとっても、突きつけられた現実は残酷だった。


 やがて、集中的に狙われて拉げたゾンビの頭部から、緑色に混じって赤黒い血が流れ出す。それがゾンビとしての生命活動が停止した証だ。


 両脇の二人に気遣われながらも、私はそれを最後まで見届けた。

 これがゲームだったら、そのとき選択した攻略キャラが「見ちゃダメだ」的な台詞とともに視界を塞いでくれるんだけど、現実では一早先輩が私の意を汲んで自由にさせてくれた。


 その後、裏口付近に残った五体のゾンビすべての《死》が確認されると、車の避難者が全員校内に退避できたということで、須藤君たちに釣られたゾンビは放置された。校内にいる人間が静かにしていれば、五分ぐらいで帰っていくだろうという推測に基づく判断だ。


 ボリュームを抑えた校内放送で事の顛末が説明され、屋内にいる人間はゾンビが帰るまで息を潜めることになった。


 がしかし、今の時間は午後四時を回ったところ。

 外はまだ明るいけれど、日は確実に傾いており、ゾンビによってはそのまま徘徊活動に移行するモノもいるかもしれなかった。ゲームの設定では、本格的なゾンビの徘徊は日没後となっていたものの個体差があって、早めに活動を始めるものや人間に反応してそのまま起きているゾンビもいるらしい。


 案の定、残っていた十四体のゾンビのうち三体が敷地内を徘徊しだし、二体がセミナーハウスの影で蹲ってしまった。


 そのため、本日の地域住民の避難作戦は、ここまでとなった。

 夜に備えて、再び校内の空気が張りつめていく。


 そして私も、夜の惨劇に備えて、秘密の単独作戦を開始することにした。

 昨日の保健室のように、今日の深夜にも校内でゾンビが発生する事件が起きるのだ。ゾンビに転じるのは、午後に避難してきた中の一人。

 ゲーム内の記述によると、とある中年男性が、ゾンビに腕を掴まれて負傷したことを隠している。本人は服の上からのことであったし、かすり傷程度だったので、問題ないと自らも信じたかったようで、周囲にはこのことを黙っていた。だけども、ゾンビ因子は徐々に体内を駆け巡り、負傷から九時間後の深夜十二時、ついにゾンビへと変わってしまう。

 その犠牲者は同室の避難者二名。選択肢によっては体育の太田先生まで咬まれる事態になる。バッドエンドまで行くと、ゾンビになった太田先生一人によって避難所全滅っていう……

 いやいや。バッドエンドなんて絶対阻止するし、ゲームでは救えない同室の二人も私は救いたい。そのための作戦だ。


 私はやる気満々だったのに、現実はなかなかうまくいかないものである。


「千歳、トイレとか寄ってく?」

「ううん。平気」


 自分で望んでおきながら、ゾンビに止めを刺す光景が脳裏に鮮明に焼きついて離れず、私は少しグロッキーになっていた。

 思いっきり高坂君に心配されている。西翼目指して普通に歩いているつもりなんだけど、背中には手が添えられていた。


 一早先輩に至っては、足早に西翼の方に消えたと思ったら、なんと創ちゃんを連れて戻ってきた。保護者を連れて来るなんて、先輩の好感度はいまだ三十未満ってことかー。

 私は一層項垂れた。


「メグ。無茶して……」

「ごめんなさい」


 創ちゃんは高坂君とは反対側に立って私の腰に手をやった。うわあ、めっちゃ逆ハー状態。

 っていうのは冗談で、正直、想像以上にきつかった。後悔もしてる。私のほかにもトイレに駆けこんでリバースする人や、泣いている後衛の女子もいた。私の考えが甘かったのだ。

 ゾンビの実態を知っておきたかったとか、ただ単に守られるだけじゃなく警備班の大変さを少しでも感じたかったとか、そんな綺麗事は今さら言えなかった。


 私は大人しく創ちゃんに促されて、避難所本部の会議室に戻った。


 で、ここにも私以上にヘバっている人がいた。

 会議室の片隅の長机に魂が抜けたように上半身を投げ出している。


「おーい、須藤くーん……生きてるー?」


 十九体というゾンビの前に果敢にも飛び出し、見事囮役をやり遂げた須藤氏だ。


「さっきは、カッコよかったよ」

「は? み、見てんじゃねえよ!!」

「おっと」


 須藤君はガバっと起き上ると、手近にあった空のペットボドルを投げるマネをした。


「って、お前、顔色悪くね?」

「ええ。ちょっとのっぴきならない事情があって……」


 須藤君の追及をうやむやに答える。でも、自分より弱ってる人を見たらなんか回復してきたようだ。まあ、お互い様かもしれないけれど。


「もしかして、ちーちゃん。須藤の囮、ナマで見たの?」

「はい。黒木先輩。すごい逃げ足でした」

「おい、それ、褒められてる気がしないんだけど……」

「俺も見たかったなー」


 側にいた黒木先輩が、口に手を当て人の悪い笑顔を見せた。


「最後まで危なげない余裕の走りだった」


 横に立つ創ちゃんが、顎に手をやり、思い出したように呟いた。


「げ、創史、俺に黙って見に行ったの? ずりぃーよー」

「先輩、見ててくれたんですか?」


 不満そうな黒木先輩に、心なしか照れている須藤君。わざと生温かい視線を須藤君に向ければ、一瞬だけムキっと睨まれる。


「須藤なら大丈夫だと思ったんだが、気になってな。三の二の教室から玄関に入るとこ見てたんだ」

「あざーす。やってやりましたよ、俺は! あんな変なフォームのヤツらには負けません」

「ああ、ゾンビ相手に身一つでよく頑張った」

「ちぇっ、一言誘えよな、創史」

「今度な」

「ちょっ、今度って、朝比奈先輩! 一回だけの助っ人って約束じゃないですか!」


 須藤君がめちゃくちゃ下手から、創ちゃんにツッコミを入れる。


「あのー、そもそもなんで須藤君が? 警備班でもないのに」


 男三人で戯れだしたので、気になっていたことを聞いてみた。


「あー、一匹やたら速いゾンビがいたらしくて。元はと言えば、ソイツのせいで車内に人が取り残されたらしいんだけど。太田から指名されて、断れず……。四百(メートル)のタイム、俺が一番速いとかで、そんなん言われたらやるしかないだろ?」


 苦虫を噛み潰したような表情で須藤君が言う。

 確かにその言われようだと、自分より遅い人にやらせて何かあったときにはいたたまれない。

 よくよく須藤君を見れば、なんだか午前中よりヤツレテいるようにも見える。実はかなりの恐怖体験だったんじゃなかろうか。


「脳筋に見えて、意外に黒いな、太田のヤツ」


 黒木先輩がにたりと笑う。あなたも相当ですよ。

 気になってぐるりと会議室内を見渡せば、この部屋に今いる教師は曽根崎先生一人だけだった。その先生も真剣にパソコンの画面を見ていて、こちらの話は聞いていないようだ。


「まあ、明日には西側に罠を仕掛けるって話だ。そうなったら、五十か百メートルのタイムで人選するだろう」


 最後は創ちゃんがフォローした。


 それから、黒木先輩が銀色の車の人たちに避難者カードを書いてもらいに行くと言うので、私は一緒に行くことにした。

 今夜ゾンビ化するという男性を特定しておきたかったのだ。

 私は意気揚々と、避難者の待機場所になっている武道場二階に乗り込んだ。


 ところがどっこい……

『中年男性』って、曖昧すぎるでしょ!

 冷静に考えれば分かり切ったことだけど、扉を開けたそこには、六、七人くらい当てはまる人がいらっしゃった。


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