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2日目_05


 ブリュレ(♂) 推定三歳


 大きめの小型犬(体重はおおよそ七キログラム)

 シェットランドシープドッグと小型の日本犬との雑種

 全体的に黄色がかった茶色の長毛に覆われ、耳や顔の周辺がこげ茶色で首周りが白い

 ゾンビおよびゾンビ因子を持つ人間を嗅ぎ分けることができる

 愛称は『ブリ』


『love or death』公式解説ブックより。



  ◇◆◇



 正門の囮部隊が撤収した後も、しばらくゾンビはその場にとどまっていた。低い唸り声をあげながら、フェンスに張り付いたり、門の柵の間から手を伸ばしたりしている。それでも、人の姿が見えなくなって五分程経つと、一体、また一体と身を翻した。それまでの攻撃的でアクティブな様子から打って変わって、ゾンビたちはまるで夢遊病患者のような頼りない足取りで坂の下の方へと帰っていった。なかにはカラースプレーで完全に視界が潰れてしまったのか、植木やカードレールに向かって直進し、派手に転んでいるカラフルなゾンビもいた。

 校舎内でそんなゾンビの動向を観察していた一同は、ホッと胸を撫で下ろす。これで避難者受け入れの指針も立てられるだろう。




 さて、ついさっき朝ご飯を食べたと思ったら、もうお昼の時間だ。第二体育館で配給された携帯食を食べて一息つくと、午後一でサバ女救援部隊からの報告と、避難所活動班の仕事を開始することになった。


 まずは救援部隊の活動報告のため、関係者がステージに上る。

 リードを持つ太田先生の横をとたとたと歩くワンコにフロア中の視線が集中した。厳つい体育教師ともふもふの組み合わせが地味に笑いを誘うせいで、驚きと同時に忍び笑いの気配もする。

 初めてのゾンビ戦だったというのに、みんなの興味がブリちゃんに集まった結果、なんとも締まらない空気になった。


「みんなも気になって仕方ないと思うから、初めにコイツを紹介する。佐梅原女学院における作戦中にどこからともなく現れて、一緒にゾンビと戦ってくれた勇気あるお犬様だ。名前はブリュレ。飼い主が不明のため、しばらくの間尊陽高校(うち)で預かることになった」


 太田先生がブリちゃんを抱き上げて掲げる。ブリちゃんがお利口にも「わふん」と挨拶すれば、周囲の犬好きたちが気色ばんだ。他も概ね歓迎の雰囲気だった。


「ブリュレには、この避難所の番犬になってもらおうと思っている。管理は警備班。非常時以外は必ずリードを装着させることとする」


 三村先生が補足する。

 災害時の避難所の場合、ペットの受け入れを制限することもあるみたいだけど、今回はなんといってもゾンビという未知の驚異から逃れるための避難だ。そのゾンビ対策にブリちゃんが一役買うとなれば、正面切って異議を唱える人は出てこないだろう。

 ゲームのブリちゃんもゾンビ相手に大活躍し、その上避難所生活で疲れたみんなを癒すセラピードッグの役割も務めていた。きっと現実でも受け入れられると思う。


 その後、太田先生は緩んだ空気を引き締めるように淡々と報告を続けた。

 サバ女では教師三名と生徒十四名がゾンビ化し、無事だったのは教師五名、生徒百二十六名だそうだ。倒したゾンビ四体は外部から入ってきたものらしく、教師と生徒のゾンビは日の出とともに学校を出ていった模様。

 そして、現在サバ女では、避難所の立ち上げのために組織を編成しているらしい。救援部隊のうち佐藤先生と警備班の男子十人は、まだあちらに残って見張りやらフェンスの補強やらを手伝っている。

 と、このタイミングで、呉林先生が尊陽高校から佐梅原女学院へ移動する生徒を発表した。男子ばかりの十七名だ。女子高なんて普段は入れない女の園だから、もう少し志望者が殺到するかと思ったけれど、案外少ないものだった。まあ非常時だから、日頃の憧れよりも慣れ親しんだ場所の方を選んだのかなという印象だ。それに、サバ女の避難所との交流は今後も続くので、希望すれば再び移動も可能なはずだった。


 サバ女関連の話が終わると、いよいよ尊陽高校避難所の活動班が始動する。

 初めに班分けを発表し、各班班長の先生がそれぞれの班員に活動内容を説明した後、役割分担等が話し合われることになった。

 攻略対象の所属は、高坂君、真里谷先輩、一早先輩の三人が警備班で、創ちゃんが総務班、瀬名先生が総務班の班長を務める。

 ちなみに、万菜ちゃんや片岡先輩も私と一緒の総務班だ。


 総務班の主な仕事内容は、避難所のルールの作成や運営に関わる庶務。避難者情報の管理とか、外部への情報発信とあわせて避難を希望する人たちの誘導なんかも手広く担う。


 早速私たちは会議室に戻ると、これまで連絡のあった避難希望者の情報をまとめ、委員会本部や警備班と連携して受け入れの検討を行うことになった。


「受付表と地図のコピーを頼む」


 瀬名先生の指示で、須藤君が会議室の前の廊下を挟んで向かいにある現国準備室へコピーに走る。


 今のところ、避難を希望しているのは、学校の最寄に住む八世帯だ。

 拡大コピーした学校周辺の地図に、希望者の自宅を書きこんでいく。坂の上の地域に二世帯と下方に六世帯の印がつく。下の六世帯はいずれもサバ女よりは手前にあった。

 もともと坂の上の方は住宅もまばらで、下に行くほど密集しているのが地図上でも分かる。


「まずは、一世帯を受け入れて様子をみたいな」

「ですね。あと、上の二軒は同時に行けそうな気もします」


 地図を見下ろし腕を組む三村先生の発言に、太田先生が相槌を打つ。

 その横では、瀬名先生と曽根崎先生、創ちゃん、そして黒木先輩が、避難希望者の連絡先に電話をかけ、車所有の有無や人数の確認を行っていた。


「車でないと難しいですね。こちらから迎えに行っても、引き連れていったゾンビの対処ができません。まだ食料に余裕があるようでしたら、無理はしない方がいいと思います」


 創ちゃんが電話先の相手を宥めている。お互いの安全のためにも、焦らずに確実な機会を待ちましょうと創ちゃんが落ち着いた声音で言えば、相手の人も納得してくれたようだった。

 大人顔負けの創ちゃんの話術に、私は雑務をこなしながらしっかり聞き耳を立てていた。

 他の三人の内容もチラリと聞いていたけれど、車が使用できない状況なのは二世帯で、他の世帯には詳細が決まり次第また連絡する旨を告げ、避難の用意に入ってもらう。


 と、そのとき、地図の横に置かれていたトランシーバーからノイズ音が発せられた。


『――こちら、武道場。こちら、武道場。本部、応答願います』

「こちら、本部。武道場、どうぞ」


 三村先生がすかさず応じる。

 武道場二階の更衣室には、敷地の西側を監視する警備班が配置されていた。


『西側の神社敷地内の草むらに人影あり。数は四。おそらく避難者と思われます。低いフェンスの所からの侵入を目指している模様。どう対処しますか? どうぞ』


 敷地の西側には、道路に面した南からテニスコート(ハード)、第二体育館、武道場、旧テニスコート(クレー)と並んでいて、第二体育館と武道場脇の境界に設置されているフェンスの高さは一メートルに満たない。

 そのお隣は八幡神社の敷地だ。所々に木や草むらのある砂利の敷かれたただっ広い駐車場の奥には赤い鳥居があって、そこから急斜面を昇る階段が続く。尊陽高校の運動部なら一度はお世話になる鍛練場だ。階段を上りきった先には年季の入った朱塗りのお社や社務所があり、夏祭りやお正月には尊陽高校の生徒のみならず地域の人々で溢れかえる。


「周辺にゾンビは?」

『見当た、あ! こっちに向かって走り出しました!』

「武道場の出入り口まで誘導してやってくれ。私もすぐ行く。待機組、聞いてたか」

『こちら、待機組。聞いてました。どうぞ』

「五、六人、武道場まで来てくれ」

『了解』


 三村先生と太田先生が席を立つ。

 警備班は、監視担当者とは別に、緊急時にすぐに動ける前衛組を特別棟一階の裏口に近い化学教室に待機させていた。ゲームではブリちゃんも昼間は基本ここか裏口の玄関内に繋がれている。


「ゾンビと接触してなきゃいいんだがな……」


 渋い表情で三村先生が呟いた。


「新規の避難者はひとまず武道場二階で受け入れましょう。傷のチェックはするにしても、すぐには混ぜん方がいいでしょうな」


 言いながら、太田先生が壁に立てかけてる竹刀を持つ。念のためとはいえ、鬼に金棒、体育教師に竹刀が似合い過ぎる。


「曽根崎先生、瀬名先生は引き続きこちらをお願いします」

「分かりました。車組の最初の避難者、交渉やっときます」


 瀬名先生が地図の一点、尊陽高校から坂を下って一番近い家を指し示すと、三村先生は頷いた。


「十四時開始で大丈夫ですか?」

「それで、お願いします」


 曽根崎先生の提案も通って、みんなで二人を見送った。




 ここらへん、特に『ラブデ』でも波乱は起きなくて、現実でも順当に事が運ぶ。


 徒歩で避難してきた四人は近くに住む両親と男の子二人という家族構成の一家で、慎重にゾンビを避けてきたため無傷だった。兄の方は尊陽高校の三年に在籍していて、学校にいる後輩の呟きを見て避難することにしたそうだ。


 これを受けて総務班は、尊陽高校避難所のアカウントを取得して、周辺地域の住民に向けて避難情報を呟くことにした。

 高校のホームページも、業者が作ったスタイリッシュなものから現状を案内するシンプルなものに変更することにする。


 そうこうしているうちに、準備の整った呉林先生と男子十七名が、再びマイクロバスで佐梅原女学院へと出発した。彼らとは、しばしお別れだ。運転は太田先生で、向こうに残って作業していた警備班のうち六名を連れて無事に帰ってきた。


 その後、車で避難してきた最初の一世帯が問題なく学校に辿り着く。走行距離が短かったため、車に群がるゾンビは六体と少なめだった。

 順次、坂の上の二世帯と下の三世帯を避難させる予定だ。


 私はというと、ただ今、現国準備室でコピーに勤しんでいた。

 背後の机では瀬名先生がパソコンで作業していて、別のプリンターで何やら出力している。

 運営本部になった会議室は、もともとそれほど設備が充実していない。今はみんな他のことで手一杯だから、余裕ができたら大型のコピー機やパソコンのネット環境等をきちんと整えようという話にはなっていた。


 それでもって、教室よりも若干狭い部屋に攻略対象と二人きりとなれば、イベントが発生しない訳がない。

 できれば、このイベントをリアルでやるのは避けたかったけれど、瀬名先生の好感度を計るためにあえてやっておくことにする。


 瀬名先生の攻略方法はちょっと特殊で、いくら一対一で頑張っても、せいぜい好感度は二十どまり。その壁を超え、恋愛系の選択肢を増やすためには、他の攻略対象との同時攻略が必須だった。

 具体的には、生徒の攻略対象四人のうち三人の好感度が三十を超えると、先生の態度が対生徒モードから恋愛モードに切り替わる。つまり、先生の態度の甘さによって、他の攻略対象の好感度もある程度計れることになる訳だ。

 ゲームでは、最短でこのイベントから先生が恋愛に参戦してくるのだけども、はたして現実はどう進んでいるのだろう。

 私の予測では、創ちゃんと高坂君は四十以上、一早先輩がよくて二十、真里谷先輩に至ってはゼロ……

 いや、でも、高坂君が謎の急上昇をとげていることだし、何があるか分からない。ノーマルエンドのルートに入るためにも、ここは確実に確認しておこうと思う。


 ああ、これがゲームだったら、いくらでもステータス画面に好感度が表示されるのに。


 どうして私がちょっと憂鬱かというと、このイベントが虫系だからだ。

 ありがちな話だけど、作業する主人公の近くに蜘蛛が出てくる。それを見てきゃっきゃっ言う主人公を瀬名先生が助けてくれるという流れだ。先生が恋愛モードになっていると、蜘蛛に脅える主人公のことを可愛い可愛い言い出し始める。

 はっきり言って虫は苦手だし、出ると分かっているのにゲームと同じように行動するのは腰が引ける。それに、事前に知っているからゲームみたいに上手くリアクションをとれるかも心配だった。


「先生、何かコピーとるものがあったら、やりますよ」

「じゃあ、これ五部ずつ頼むよ」

「分かりましたー」


 いつにもましてイベントの開始に身構えながら、私はコピー機のボタンを押した。


 窓に近い壁際にコピー機は設置されている。

 その壁に蜘蛛が張り付いているというのが、ゲームのシチュエーションだ。

 今のところ、壁にはシミ一つ見当たらない。


 可愛らしい悲鳴ってどんな感じ? なんて考えならが、コピー済みの書類を整えていると、目の前を上から下に何かが通過した。


 ぼたっ。って音がした。


「ぅぎゃあ!」


 目の前の書類の上に黒い蜘蛛がいた。大きさは二センチもないけれど、唐突に上から落下してきたら、そりゃあ私も汚い悲鳴をあげて飛びのくよ。


「千歳!?」


 瀬名先生はすぐさま席を立って駆けつけてくれた。蜘蛛を見て納得すると、書類を一枚手にとって、窓を開ける。無造作に書類を振れば、はい終了。


「すごい悲鳴だったから、何かと思えば。千歳も女の子だね」

「先生、ありがとうございます! いきなり天井から降ってきたから、びっくりして」


 そう、なんでゲームよりハードな登場方法だったのか。思わず奇声を発してしまった。先生は痛い子を見るような目で苦笑しているし、このクレームはどこで受け付けているのでしょう。


「ゾンビに比べたらカワイイものだろう」

「確かにゾンビに追いかけられてたら、蜘蛛が何匹いたってがむしゃらに走って通りますけど、今のこれとは別ですよ。ぼとっていきなり落ちてきたんですから。鳥肌が、ほら」


 私は力説した。

 先生は「分かった。分かった」と言って、宥めすかすように私の頭をぽんぽんと撫でた。


 結論。先生にはまだまだ一生徒としてしか見られていない。



7/30 22:00

佐梅原女学院へ呉林先生と男子十七名が出発する一文を追加しました。


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