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2日目_03


【ロッカーから何を持っていきますか】


 →色鉛筆セット

 →夜空の写真集

 →(まじな)い人形 ★必須サバイバルフラグ


『love or death』攻略サイトより。



  ◇◆◇



 真里谷先輩が一番手の名乗りを上げた後、フロア内は異様な流れになってしまった。いい意味で。

 俺も俺もと手が挙がり、あっという間に志願者がサバ女救援部隊の募集人数に到達してしまったのだ。

 男子だけでも百二十七人もいると、サバイバル(りょく)に自信があって、かつ、逆境に追い込まれるほど頼もしくなっちゃう鋼のメンタルの人や、ゾンビに対する対抗心とか正義感が桁外れに強かったり、この一日で溜めたストレスの燃やし所を探してる人がそれなりにいたみたいだ。

 でもやっぱり、一番の原因は真里谷先輩がいいタイミングで煽ったことだと思う。


 終わってみれば定員よりも候補者の方が八人も多く、二部隊編成にするとか作戦の幅も広がりそうで、救援部隊はすぐさま作戦会議へと直行した。


 そうして、今回の作戦に参加しない警備班の班員と新たに設けられたバックアップチームへの加入希望者は、武器や防具の準備に取り掛かることになった。もちろん夜勤明けの班員には寝てもらって、交代で新しい監視役が見張りにつく。

 残った者は朝食の用意や倉庫からの物資の搬入、就寝所のマットと毛布を本棟の教室に移動させる作業が振り分けられた。


 避難所の活動班の班決めは、サバ女救援部隊が出発してからすることになったのだけど、私たち文化祭実行委員会は、半分が運営委員会直下の事務方で、もう半分が総務班に強制的に割り振られるらしい。

 私は総務班の所属になっていて、総務班は他にも生徒会メンバーが全員参加することになっていた。


 なので、私は昨日書いた校舎の見取り図を元に、総務班の初仕事として指示を出した。

 三十分程すると案内係はお役御免になったので、サバイバル関連のフラグを回収することにする。


 現在地は本棟二階、三年三組の教室前。

 これからの行動を選択肢的に表わすと、『美術準備室(特別棟四階)に行く』、『西翼経由で』、途中で出会う『一早先輩にお願い』して一緒に行く。って感じだろうか。


 シナリオ通りになることを祈って私は西翼に入り廊下を突っ切った。

 すると通り過ぎた会議室の扉がタイミングよく開く。振り向けば救援部隊の会議が終わったようで、ぞろぞろと人が出てくる中に一早先輩と真里谷先輩の姿があった。


 一応ここでは真里谷先輩という選択もある。ただ、彼は何かと斜め上を行っているので除外しよう。しかも、よく見れば今日の真里谷先輩はグレイのカラコンをしていなかった……。なんか凹んだ。こんなの真里谷先輩じゃない、なんてことは言わないけれども。

 真里谷先輩は私と目があっても、ぷいと顔を背けていってしまった。


「……」


 ああ、真里谷先輩の好感度が七十五に達する未来が想像できない。ノーマルエンド攻略の予期せぬ障害に私は心の中でうろたえた。


「萌。どうしたんだ、こんなところで」


 思わず立ちつくす私に気づいて声をかけてくれた一早先輩の優しい態度が余計に染みる。

 先輩は昨日保健室で巻き込まれたゾンビとのギリギリの攻防を経験してもなお、警備班に志願して今もサバ女まで赴こうとしている。彼の場合は圧倒的に正義感のなせる技だろう。


「美術準備室に行こうと思って。警備班に差し入れできそうなものがあるんです」

「装備品か?」


 首をひねって考える先輩。今日も凛々しいです。


「よければ一早先輩も一緒に見てもらえますか?」

「いいよ」


 先輩は一つ返事でOKしてくれた。


「作戦ってどうなりました?」


 二人して人気のない特別棟の廊下を歩きながら、気になっていたことを聞く。


「ひとまずバス一台分で行くことになったよ。速攻で正門と裏門を閉めて、敷地内のゾンビを各個撃破ってところかな」

「何体ぐらいいるんでしょう」

「少なくとも四体はいるらしい。向こうの生徒と回線をつないだままリアルタイムで情報を仕入れて、慎重にやるさ」


 ゲームでもそんな感じだったと思う。創ちゃんの死亡フラグさえ折ってしまえば、サバ女の救援イベントはあっさりと終わる印象だ。


「桑島先輩たちみたいに縛って閉じ込めるんですか?」

「いいや。今回は倒す方向で決まった。ゾンビを効率よく倒す方法ってのが、もうネットに動画付きで上がってるんだ。そういうのを参考にして、な」

「それは、すごいですね」

「萌は見ない方がいいぞ。精神衛生上よろしくない」


 必要に駆られてというより、このサバイバルホラーな現実を嬉々として受け入れる奇特な人が僅かながらいたりする。ゲームでも積極的にゾンビを退治するため、徒党を組んで武装している人たちが出てきた。倫理観に垂らし合わせれば眉をしかめたくなる彼らの行為も、人命を脅かすゾンビが闊歩する非日常では、その行動によって助かる人が多くいることもまた事実だった。

 それに、そんなアブナイ人のつぶやきをフォローしたり、特定のまとめサイトをブックマークしたりするのも、回収しなきゃいけないサバイバルフラグの一つだ。現実でもタイミングを見てネット検索するつもり。

 とは言っても、正直グロ画像の閲覧はなるべく遠慮したいところ。


「先輩は強いですね」


 素直に思ったことを口にした。


「そうか? もし、そう見えるんだとしたら、ゾンビに対する前知識が少ないからかもな」

「前知識?」

「そう。俺ってゲームとかあまりしないし、映画もマンガものめり込んで見るタイプじゃないから、必要以上にゾンビに対する恐怖心を持ってないんだ」

「なるほど」


 それで言ったら前世の私は、主にゲームで色んな種類のおどろおどろしいクリーチャーなゾンビを見てきた。ヤツらはときにアクティブで、ときに群れをなし、あるゲームでは物陰から不意に現れて絡みついてきたり、死体のフリをして待ち伏せてたりと、初プレイ時には散々な目にあった記憶がある。それがゲームでは楽しかった訳だけども、現実で同じ目にあうのは恐怖以外の何モノでもない。


「実際ヤツらに生命反応はないって話だが、ゾンビっていうくくりにされたことで、しなくてもいい最悪の想像を大勢の人間がしてしまってるんじゃないかってな」

「耳が痛いです……」


 確かに、ゾンビという単語から、ゲームのバッドエンドや、映画の世紀末みたいな世界的大流行(パンデミック)を勝手にイメージして自ら不安を増長してしまってる感は否めない。


「ま、大量発生してるところにいる人たちにとっては、ゾンビだろうが他の何かだろうが関係ないけどな。俺はただ、こんなときだからこそ、先入観や不確かな情報に踊らされることなく冷静に判断して行動したいんだ」


 ゲーム『love or death』と同じことが起きているこの世界では、ゾンビはゾンビという認識で、私もその思考から抜け出すことはできないだろう。だからこそ、先輩の考え方は単純に心強いなと思った。やっぱり先輩からは後光が出てみえる。


 そうこうしているうちに、私たちは階段を上って四階に着いた。


 あらかじめ用意していた鍵を使って美術準備室の扉を開けると、漂ってくる独特の画材の臭いに心底ほっとする。私の日常が一瞬だけ戻ってきた気がした。最後に部活に出たのは一昨日の金曜日だというのに、もうずっと前のことのように思える。


「で、何を取りに来たんだ?」


 一早先輩が準備室をぐるりと見渡す。

 ゲームでは『石膏像』なんて、ふざけた選択肢もあった。選んだときの先輩のお茶目な返しも捨てがたいけれど、ここは真面目にやろう。私は目当てのモノを手に取った。


「これです。役に立ちますか?」

「ああ、いいかもしれない。試す価値はあるな」


 それは、ラッカースプレーのスプレー缶だった。去年の文化祭に、部員全員の合作として、美術室の廊下の壁一面に飾ったスプレーアートを描いたときに使ったものだそうだ。

 絶対に人に向けて噴射してはいけない代物だけど、ゾンビ相手ならば問題ないだろう。ゾンビだって痛覚が麻痺しているとはいえ、目に異物が入れば隙だって出てくるはず。よくて目潰し、視覚が奪えれば万々歳だ。


「じゃあ、あるだけ持っていきましょう」


 そう言って、近くにあった金網製の籠に全色放り込んでいく。


 あとは……あれだ。スプレー缶も大事なアイテムではあったのだけど、メインはむしろこっちで。


 私は部員用のロッカーの自分に割り当てられたスペースを除きこんだ。画材や資料をどけた奥に茶色の紙袋が押し込めてある。


「あの、一早先輩」

「ん?」

「これなんですけど、お守りとして持って行ってくれませんか……」


 私はおずおずと紙袋を差し出した。ドーナツ四つ分くらいの大きさだ。

 先輩は素直にそれを受け取ると、中身を見てギョッとした。


「萌……」

「ふざけてなんていませんよ! 部長から、片岡先輩から南の島土産にもらった由緒ある呪具なんです。きっと、先輩を守って身代わりになってくれたりしますから!」


 袋から取り出されたのは、燻された黒い木片に黄土色の端切れが巻かれたマリオネットのように関節の動く人形だった。頭部には編み込まれた赤い長髪とのっぺっとした表情が張り付いている。


「片岡からか……そういえば、夏休みに東南アジアを回ったとか言ってたな」


 ゾンビとの初遭遇でも冷静な先輩が困惑する姿に本気で申し訳なくなる。私だって『ラブデ』という前情報がなければ、持て余していた呪いの人形を在庫処分みたいに押しつける真似はしなかったはず。


「萌がそう言うなら、有り難くもらっておくよ。確かに、何かに効きそうな感じはすごくする」


 先輩は意を決するように頷くと、男前にも制服のズボンのベルト通しに人形のストラップを巻きつけた。全長二十センチ弱の気持ち悪い人形が先輩の腰にぶら下がっている光景に罪悪感が止まらない……


「さて、あとはもういいか?」

「はい。もう大丈夫です」


 先輩はすでに平常心を持ち直していて、スプレーの入った籠を持ってくれた。

 ゲームでは文章だけだったものが絵になると、その破壊力は半端なく、私は前言を撤回する言葉を何度も飲み込んだ。

 絶対役に立ちますから、今だけはごめんなさい。颯爽と歩く先輩の横顔を盗み見ながら、私は心の中で拝み倒した。




 第二体育館のメインフロアに戻ると、バックアップチームの製作による盾や刺又が最終調整に入っていた。盾は警察の機動隊が持っているような大型のものだ。素人が見様見真似で作ったにしては上出来だと思う。

 材料は、毎年の体育祭や文化祭で使用する装飾品をバラしたり、今回の文化祭のために共同購入していたものを投入したらしい。

 救援部隊のメンバーも、盾の持ち手を確認したり、刺又の使い勝手を生徒相手に試したりしていた。

 その輪の中にラッカースプレーを持っていくと概ね好評で、盾を装備しない生徒たちが持っていくことになった。

 それでもって、予想通りというか、一早先輩の腰に下がった呪いの人形には全方向から突っ込みが入った。だけども、先輩が「ゾンビ避けだ」とさらりと返すと、意外にもみんなも欲しがって、私は一人影で恐縮しまくりだった。


 呪い人形で一盛り上がりしていると、救援部隊用の朝食ができたと連絡が来て、そこで一旦お開きになる。


 そして、午前八時四十五分、サバ女救援部隊二十六名は学校のマイクロバスに乗り込むと、居残り組に見送られながら尊陽高校を出発した。


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