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1日目_09

 --------------------

 助けてください!

 ゾンビに襲われています。

 先生も友達も咬まれてゾ

 ンビになってしまいました。

 残った子たちで更衣室に

 立てこもってます。

 場所は佐梅原女学院です。

 警察に電話が繋がりませ

 ん。お願いします!誰か

 助けて!

 --------------------


 とある女子高生のつぶやき。



  ◇◆◇



 いたー!


 視聴覚室の中に消えた金髪の襟足に、私はサイレントで叫んだ。これでなんとか望みが繋がった。


 あとはどうやって攻略するかだ。

 真里谷先輩は登場の仕方がゲームと大幅に違うので、これからの会話がまったく予想できない。

『ラブデ』本来の展開だと、先輩はちょうど今頃ゾンビの包囲網を掻い潜って、友人宅から避難してくるはずだった。仲間二人と正門を乗り越えて堂々正面からやってきた先輩は、警備班の誘導に従って武道場と特別棟を繋ぐ渡り廊下の屋根に這いあがり、二階の窓から校内への侵入を果たす。

 しかしこのとき、先輩は腕にかすり傷を負ってしまい、ゾンビによる怪我だと疑われるのが面倒なので、咄嗟に傷を隠す。

 その後、こっそり視聴覚室で手当てをしているところに偶然やってくるのが主人公だ。口止めのために先輩に脅されつつも、主人公が怪我の治療をしてあげるというのが、二人のファーストコンタクトになる。


 それまでの学校生活で、不良と呼ばれる真里谷先輩と主人公の間には一切接点なんてなかった訳だから、この視聴覚室でのイベントはとても重要だ。それは現実でも同じこと。


 たぶん、今の先輩は怪我なんてしてないはずだけど、ここでゲーム同様に私の存在を認識してもらって話を進めれば、もしかしたら今後はゲームと同じ展開になるかもしれない。


 差し当たって参考にするシナリオがないので、ここは自分の引き出しをしっちゃかめっちゃかやって、なんとか乗り切るしかない。だというのに、自分のオリジナルだと思うと攻略という行為が妙に気恥ずかしく思えてくる。


 なんて、六股狙ってるくせに今さら恥ずかしがってどうする!

 ながば開き直って、私は扉をノックした。


「……」


 いきなり返事がなくて私の気合いが萎んでいく。


「失礼します……」


 なんとかもう一度自分を奮い立たせ、恐る恐る扉を開ける。

 細い隙間から中の様子を窺えば、固定された長机と長椅子が並ぶなか、真里谷先輩は窓際の机の端に腰掛けてこちらに背を向けていた。


「あのー、真里谷先輩。偶然ここに入って行くのお見かけして……その、昼間のお礼を言っていなかったので、今ちょっとお時間いいですか?」


 返事を待たずに教室の中に滑り込む。

 ゆっくりと振り向いた真里谷先輩は、あからさまに迷惑そうに灰色の瞳の眼差しを鋭くした。

 それまで操作していたのか、手にはスマホが握られている。


「誰、お前」


 若干のイラつきが伝わってくる冷たい声音だ。

 想像以上に厳しい態度に心が折れそうになる。出会いのイベント替わりに無理やり押しかけたことを後悔する程だ。


「一年の千歳萌です。昼間は保健室の前でゾンビから助けていただいて、本当にありがとうございました」


 とにかく声をかけてしまったので、私は誠意をこめてお礼を言った。彼に救われたことは事実なのだ。真里谷先輩があの場に駆けつけてくれなかったら、何人被害者が出ていたことか。


「ああ」


 短くだが応えがあった。

 ほんの少しだけ、彼を取り巻く威圧感が減った気もした。


「お前……なんであそこにいたの?」

「え?」


 予想外の質問だ。そんなこと、むしろ私が先輩に聞きたい。


「具合が悪くて保健室にいたんです。それで居合わせて……」

「……それは、災難だったな」


 言葉とは裏腹に、気遣っている様子は微塵もない。


「あの、先輩。どこかお怪我とかされてませんか」

「はあぁ!?」

「っと、スミマセン! 別に何か疑ってる訳じゃなくて! ただの決まり文句というか社交辞令というか、出来心です」


 どうしてもゲームのシナリオが頭から離れず、流れに乗って聞いてしまったら、先輩の眉間に思いっきり皺が寄って、これぞ不良の嗜みです的にガンつけられた。美形が凄むと恐ろしい。

 ああ、攻略対象という認識がなければ、絶対に彼と関わり合いになろうとは思わなかっただろう。


「一言お礼が言いたかっただけなので、もう、私行きますね。お邪魔してスミマセンでしたー」


 ここは逃げるに限る!

 ゲーム内のスチルみたいに押し倒されるとか、謹んで辞退したい。今押し倒されたら、それは恋愛イベントでなく、暴力沙汰一歩手前みたいになるからね。


「ちょっと、待て、コラ」


 巻き舌が入った恫喝まがいの呼びかけに、私は扉に手をかけたまま硬直した。


「な、何でしょう?」

「……」


 逃げ腰の状態で振り返ると、真里谷先輩は自分で呼び止めておきながら一瞬視線を彷徨わせて、どこか躊躇しているようにも見えた。眉間の皺がますます濃くなる。


「俺のロッカーに、一ヶ月分のカラコンが置いてある……」


 やっと口を開いたかと思えば、何の話だろう。

 カラコンといえば、先輩のグレイの瞳は天然ではなくカラーコンタクトのなせる技だ。『ラブデ』の中では最初から終わりまでグレイの瞳で描かれていたから、普通に考えれば、この非常時にわざわざコンタクトを装着していた訳で……


「明日からもつけたほうがいいと思うか?」


 なぜにそれを私に聞く!?

 言い出した本人は苦虫を噛み潰したような表情で、不本意極まりないっていうオーラをばんばんに放っている。まったく意味が分からない。


「ええと、先輩のポリシーに従っていただければ……」


 ビビりつつ進言すれば、盛大な舌打ちが返ってきた。自分から聞いたくせに逆切れか。


「分かった。もう行けよ」


 用済みとばかりに顎をしゃくる先輩に内心で憤りつつも、個人的にはカラコンはつけて欲しいなと思ってしまった。やっぱり『ラブデ』の真里谷先輩のイメージは金髪に灰色の瞳だから。


「お邪魔しました……」


 ここから恋愛関係に発展する未来がまったく想像できない。私は意気消沈して、すごすごと視聴覚室を後にした。




 その後屋上に戻った私は、警備班のみなさんに別れを告げ、須藤君に連れられて第二体育館へと帰った。屋上から見た月はゲームと同じ上弦の月で、真里谷先輩とのことを思うと少し凹んだ。

 第二体育館に戻ってくると、メインフロアの待機場所はすでに明かりが落とされていたけれど、ランタンが間接照明のように置かれ、身内との連絡を試みている人たちがかなりの数、焦れた表情で端末をいじっていた。

 須藤君におやすみを言って、私は一人一階多目的ホールへと向かう。

 ホールの中は全面にマットが敷かれていて、多くの生徒が横になっているなか、眠らずにスマホなどを操作する人も目についた。ここにもランタンが置かれていたので、完全に真っ暗ではない。

 部屋に入った私に、半身を起してスマホを見ていた同じクラスの夏帆ちゃんが気づいて手招きした。一年の女子は入口付近に固まっているようで、万菜ちゃんの隣に私分のスペースが確保されていた。お礼を言おうにも、万菜ちゃんは創ちゃんの言いつけ通り、すでに夢の世界に旅立っていた。彼女の穏やかな寝顔に和まされる。


「お疲れ、千歳っち。そこのダンボールに生活用品入ってるから、歯磨いてくれば」


 夏帆ちゃんに言われるままに、私は災害用の備蓄品から歯ブラシセットをもらい、一旦ホールを出ると廊下の突き当たりにある水飲み場へ向かった。


 怒涛の一日を振り返りながら歯を磨く。

 流しの上にある塞がれた窓からは、ガリガリと引っ掻くような不穏な音がたまにする。おそらくゾンビの仕業だろう。

 ゲームではうっかり外を覗いてゾンビと目が合い、バッドエンド直行なんてこともあった。それは選択肢として出てきたために一回は選ばずにいられない心理が働くせいであって、リアルではもちろんそんな不用意な行動はしない。

 迂闊な言動さえしなければ、ほとんどのバッドエンドは回避できるだろう。

 すべての選択肢は覚えていなくても、キーとなる重要なものは頭に入っている。前世の私は、攻略サイトに頼らずにノーマルエンドを何度も見ていた。ただし、真里谷先輩のようなイレギュラーにはどう対処したものか……


 前世の私といえば、記憶が戻った最初のうちは混乱して、前世の人格に上書きされてしまったような気がしていた。が、今の私は確実に千歳萌の人格を保っていると言い切れる。多少ミーハー精神が顔を出すことがあっても、前世の記憶は今の人生で経験したものとは別の場所に仕分されているような感覚だ。


 それにしても、前世の私はどうして死んだんだろう。そこに関しては記憶がない。

 学生だったことは覚えている。不慮の事故とかで、自覚もなく死んでしまったんだろうか。

 若くして死んでしまった訳だから、家族に与えた影響を考えると申し訳なくなる……


「うっ」


 無意識に口の中のモノを嚥下しそうになって、慌てて吐き出した。

 あっぶなー、なんてブクブクと口をゆすいでいると、薄暗い廊下の反対側から二年生と思われる女子生徒三人を引き連れた瀬名先生がやってくるのが見えた。

 四人は多目的ホールの出入り口の前で立ち止まって、何やら話をしている。一人の女子が先生に纏わりついて「添い寝してください」とか、本気か冗談か分からない口調で言っているのが微かに聞こえた。


 ゲームだと攻略キャラが他の女子と絡むことは滅多にない。リアルならではだなと、私は気配を消して見守った。

 どう説き伏せたのか、三人はわりとすんなりとホールの中に入って行き、そして先生と視線が交わった。


 歯磨きを終えた私は、苦笑いする先生に歩み寄る。


「お疲れ様です。先生」


 瀬名先生は本当に疲れた表情をしていた。この状況下での教師の負担は相当なものだろう。


「千歳もご苦労だったな。生徒会の手伝いをしてたんだろ」

「はい。あまり大したことはしてないですけど」

「いや、ありがたいよ」


 小さく吐息を吐いてそう言った先生は、手がかからないだけでも助かる、と言外に言っているような気がした。


「なんだか、お前の顔見るとホッとする」


 自嘲気味に笑う瀬名先生。言っていることは多分本心なのだと思う。

 格好良すぎる数学教師として女子人気ナンバーワンの先生は、アイドル視されたり、ガチに恋されたりと、日々色んな女子の好意に晒されている。普段は流せるあれやこれも、極限状態では重みに感じてしまってもおかしくない。

 私みたいな無害な女子生徒が相手だと、気を遣わなくて楽なのだろう。って、今の私は、先生を攻略しようと裏で密かに画策してる悪い女なのだった。


「おい、千歳、何ニヤけてんだ……」

「あ……、ちょっと考え事を」


 はっと気がつけば、先生が呆れた表情で私を見下ろしていた。


「本当にお前は……」


 そう言って先生は少し雑な手つきで私の頭を撫でてきた。手が邪魔してその表情は窺い知れない。私が何だと言うのだろう。


「早く寝ろ」


 ぱっと手を離した先生の顔には、いつもの余裕が見て取れた。


「はい。おやすみなさい。先生」


 ここは素直に引いておこう。

 何しろ瀬名先生は、基本追われるより追いたい派なのであるからして、こっちから積極的に仕掛けてはいけないのである。


 先生を見送ってホールの中に入ると、私はまだ起きていた夏帆ちゃんにおやすみを言って毛布に潜り込んだ。

 緊張や不安で寝付けないかと思いきや、私はあっさりと意識を手放す。


 こうして私たちの波乱の一日目は終わったのだった。


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