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1日目_08

【真里谷依睦スチルまとめ】


・No.1『月を背に』


 一日目、真夜中の視聴覚室にて。

 机の上に押し倒されそうになった際に、彼の背後の窓に上弦の月が浮かんでいる。

 強制イベントで表示。


『love or death』攻略サイトより。


 ※スチル=イベント時に挿入される一枚絵。



  ◇◆◇



「来たな」


 若干気の抜ける音階とは裏腹に、現国準備室の空気は瞬時に張りつめた。


 なぜなら、この放送がゾンビの侵入を知らせるものだからだ。街を彷徨うゾンビが、徘徊の末、ついに学校の敷地内に侵入を果たしたようだ。

 だけども、この軽快なメロディが流れた場合には、私たちの存在がまだゾンビに知られていないことを示していた。だから今取るべき行動は、これまで以上に気配を消すこと。

 この放送はゾンビが敷地内にいる限り、毎時零分に繰り返される。途中運よく全部のゾンビが出ていけば、通常の放送でそれを知らせるルールになっていた。


 警戒するに越したことはないけれど、『ラブデ』に出てくるゾンビは、鉄筋コンクリートの壁一枚を隔てた人の気配を感じられるほど敏感ではなかった。ただ、注意喚起のメロディは朝まで鳴りっぱなしなんだけどね……


 ゲームの展開では、これから避難所となる尊陽高校は、ハード面でも運用面でも堅固な守りで、バッドエンド以外でバリケードが破られることはなかったはずだ。

 なので、気合いを入れてバッドエンドフラグを回避していこうと私は決意を新たにした。

 本格的にゾンビが動き始めると、『ラブデ』ではサバイバル系の選択肢が大量投入されてくる。あからさまなものから、そうでないものまで色々だ。


 ちなみに現状の敷地内を徘徊するだけのゾンビについては、警備班は積極的に排除を行わない方針だ。ゾンビが私たちに気づいて校舎に突撃してきたときに、そこで初めて応戦する。それも数が多ければ、なるべく戦闘は避けて第二体育館に籠城する作戦になっていた。


 よって、警備班の仕事は戦闘よりも監視に重点が置かれている。今も、敷地内に入ってきた個体の行動をすべて監視できるよう、目視はもちろんのこと、既存の監視カメラの他にハンディカメラやスマホのカメラを導入して、死角ができないよう勤しんでいるらしい。

 本当に頭が下がるっていうか、この学校サバイバル(りょく)高い人多いなーと改めて思う。

 きっと、主人公(わたし)が表立って派手に活躍するゲームではないので、そうなっているのだろう。うん、私は地味にフラグ回避を頑張るよ。


 時計を確認すれば、時刻は二十一時三十四分になっていた。


「中心部の惨状を考えれば、持った方だな」


 創ちゃんが、形の良い眉をひそめてぼそりと言った。


「ホントに。なあ、創史。自衛隊の掃討作戦って上手くいくと思うか?」

「どうかな。壊滅状態とはいえ、立て篭もっている人間も多いはずだ。どれくらいの火器や車両が使えるかが問題だろう。正直、難しいと思う」

「ま、爆弾一発ドカンって訳にはいかないよな」


 黒木先輩が物騒なことを言う。しかしその表情は硬い。

 それもそのはずで、ゲームでは黒木先輩の家族の中で買い物に出かけたお兄さんとだけ連絡がつかない状況だった。

 創ちゃんの個別ルートだとお兄さんの無事が確認できるので、他のルートでも同じだと願いたい。


「初期の段階で、それは百パーないだろう。でも実際のところ、今日明日で投入できる人員の数を考えると、佐梅原市と真北市の閉鎖作戦の方が無謀だと思う。総理は会見で言い切ってたが、市内への派遣は時間がかかるんじゃないかな」

「そうだな、退路の確保もないまま下手に強行して、ゾンビ取りがゾンビになってもな」


 パソコンで作業をしつつ会話する創ちゃんと黒木先輩は、運用部分のマニュアルをゾンビ対応バージョンに改訂しているらしい。


 よくタイピングしながら話せるなーと思いつつも、その内容にもドキッとしてしまう。

 確かに、ゲームでも自衛隊による対ゾンビ作戦は色々な理由で上手くいかない。それは、一気に片がついてしまったら物語が続かなくなってしまうということもあるし、ある意味リアルを追求した演出でもあったようだ。


 そうこうしているうちに二十二時になって、『ピロリロピロリン!』と放送が入る。

 ある程度予想していたので、やっぱりか、というのがみんなの反応だ。


 黒木先輩も分かってましたとばかり、余裕な感じで大きく伸びをして口を開いた。


「あー、俺、ちょっと警備班とこでゾンビ見てこようかな」


 で、出た。バットエンドへの前振り。

 そう思った瞬間、黒木先輩とばっちり目があった。


「ちーちゃんも一緒に行く?」

「おい、黒木、警備班に負担をかけるな」


 即座に創ちゃんが釘をさす。


 ここで黒木先輩と一緒に行動すると、警備班に断りもなくゾンビを間近で見るために一階まで赴き、ゾンビに気づかれた上になぜかバリケードの設置も甘くて一部が崩壊、二人して万事休すというバッドエンドが待っている。


【黒木の誘いをどうするか】

→断る

→了承する


 ここは迷わず――


「ちょっと黒木君。千歳さんは昼間恐ろしい目に遭ったばっかりなのよ。いくらお気に入りだからって、構い過ぎると嫌われちゃうんだから。それに警備班を冷やかすのも駄目だからね」


 シナリオ外からの強烈な助け舟は、常識人姫宮先輩だった。いつも穏やかな人が語気を強めると説得力がある。


「す、すまん。姫宮」


 さすがの黒木先輩もタジタジの様子で頭を下げた。

 私は戦わずして勝負に勝った!


「姫宮先輩。お気遣いありがとうございます」

「いいのよ。気にしないで」


 そう言う姫宮先輩は、慈愛に満ちた笑顔をくれる。創ちゃんと同じ吹奏楽部に所属して、フルートを担当している姫宮先輩。私の中でフルートって可憐なお嬢様のイメージで、先輩にはぴったりだと密かに思っている。もちろんフルートを吹く姫宮先輩はすごく絵になる。


「ごめんね。ちーちゃん。俺無神経だったわ」

「気にしてないですよ」


 いえいえ、むしろ同情します。黒木先輩はバッドエンドフラグ乱立の犠牲になったのだ。

 お兄さんのことで精神的に不安定だったとしても、バッドエンドフラグの影響さえなければ、黒木先輩はあんなことを言いださなかっただろう。


「気分転換がしたいなら、中庭にでも行ってこいよ。ただし、土嚢のために掘った穴には気をつけてな」


 創ちゃんもフォローする。


「いや。今の姫宮の活で目覚めたわ。も少し頑張る」


 そう言って、黒木先輩は再びパソコンに視線を戻した。

 ゲームでも、限界までお兄さんのことは伏せていた黒木先輩。直接は言えないけれど、お兄さんが無事でいますようにと、心の中で祈った。


 それからゾンビ退去の放送もなく、二十三時になって再びピロリンと放送が入った頃、私たちの仕事はほぼ形になった。


「萌と須藤はもう戻っていいぞ。よく頑張ってくれた」


 創ちゃんからのお達しだ。


「え、俺まだやれますよ」

「ああ、分かってる。そのやる気は明日に取っといてくれ。実際の運用に移す明日の方がよっぽど大変だからな」

「分かりました」


 須藤君は納得して手元のパソコンを終了させた。


 あの多目的ホールでの約束があるから、帰りも創ちゃんが送ってくれるかもしれないと思ったのだけど、それはなかった。

 ゲームの進行だとこれから強制イベントがあるはずなので、創ちゃん同伴ではカオスになる。

 正直、ノーマルエンドを目指す身としては、『できるだけ傍にいる』というあの約束はなかったことにしたい。原因を作ったのは自分だし、頷いちゃったのも自分だけども。

 ただ、私たちの間にはリアルで幼い頃から詰みあげてきた信頼関係があるから、創ちゃんは私の行動を制限したりしないっていう確信もあった。また保健室みたいな無理をしたって、彼は私を見放さないだろう。

 乙女ゲームの攻略対象の中には、いきなり腹黒く豹変したりドSスイッチがついてたりするキャラもいるけれど、創ちゃんに限って言えば、一切そういうことのない安心安定のメインキャラなのだ。


「お疲れ様」

「おやすみー」

「お先です」


 各々自由に挨拶して、私と須藤君は現国準備室を後にした。




 人気のない暗い廊下を会話もなく歩く。西翼の廊下を南方向にまっすぐ歩いて突き当たりが三年一組の教室で、右手に折れれば第二体育館へと戻る。二人して角を右に曲がったとき、後方で二組の引戸が音もなく開いた。


「あれ? 偶然だね。二人ともお疲れ」


 声をかけてきたのは、生徒会の一年生書記望月さんだった。女子ながら、生徒会のイケメン偏差値の底上げをしてると噂の美少年、もとい美少女である。

 いつもハキハキとしゃべる印象の彼女も、さすがに今は声を抑えている。


「あー、望月。今当番なの?」


 須藤君がそっけなく聞く。

 校舎の南側を監視する警備班が、三年二組の教室に屯っているらしい。


「そうだよ。ごめんね。生徒会の方顔出せなくて」

「いや、いいよ。こっちも大事な仕事だ。で、今何匹くらい入ってきてるんだ?」

「結構動きが活発で出たり入ったりしてるんだけど、今は六体かな。そろそろ慣れてきたよ」

「色々逞しいな、お前」


 呆れを通り越して尊敬してます的な口調で言う須藤君。あなたも大概失礼な人だよ。


「二人とももう上がりでしょ。よかったらこれから屋上まで一緒に行かない? あったかいコーヒーご馳走するから」


 望月さんは手に持っていたトートバックからポットを見せた。


「どうしたんだ、それ?」

「女子の有志からの差し入れだよ」

「行こうかな。外の空気吸いたいし」


 コーヒーにつられた訳じゃないけれど、もう強制イベントに入っているはずだから、私は素直に付いていこうと挙手をした。


「待て。駄目だ」


 そこでまさかの須藤君からの横槍に私は目をむく。

 名前こそ出てきてないものの、一年生男子の生徒会役員として、須藤君も『ラブデ』に登場していたはずなのに、阻止するとか……


「そんな顔しても駄目だから。お前はこのまま第二体育館に戻るの。悪いな望月、俺会長からコイツのお守任されてるんだ」

「そうなの?」

「違うよ。望月さん。そんな話一言も言ってなかったし」

「一緒に帰したってことは、言われなくてもそういう意味だろ。だから俺も今日は切り上げたんだ」

「いやいや、深読みしすぎだってば」


 須藤君の余計なお節介なのか、それとも創ちゃんとの約束の水面下での影響か、寝耳に水な展開に私は焦って首を横に振った。


「会長だからね」

「望月さん、納得しないで」

「とにかく帰るぞ、千歳。コーヒー飲みたいなら、俺が後で仕入れてくるから」


 いやだ。いつのまにかコーヒーが飲みたくて駄々こねてるみたいになってるし。


「もう、須藤。千歳さんを虐めるな。別に寄り道くらいいいじゃないか。行こ」


 そう言って、望月さんは私の手のがしっと握った。お、おう。


「こら、待て望月」


 須藤君が背後で声を潜めてキレている。私は望月さんに引きずられるままに、中央の階段を目指して走った。本棟には中央と西翼、東翼にそれぞれ階段があって、屋上まで行けるのは中央の階段だけだ。


「あー、くそ。もういいよ。行きたきゃ行こうぜ。俺も行く。外がどうなってるか興味もあるしな」


 陸上部の須藤君は後れをとることなくついてきて、しぶしぶといった感じで諦めてくれた。階段の上りは走らずにすんだ。




 屋上の扉を開けると、外はひんやりしていて空気は澄んでいた。

 雨の影響は全く見られず、校舎の外壁が緑色に染まっているということもない。むしろ、あの雨と現状が嘘のような綺麗な星空だった。


 高台にある尊陽高校の屋上からは、晴れていれば緩く下っていく街並みと平地の住宅街、そして川向こうに続く中心部までがかすかに望める。

 がしかし、現在は夜。街灯や民家の明かりが所々点いているところを見ると、一見普通の街並みにも見える。ただ、明かりの数は普段より少ないのではないだろうか。加えて中心部の方は暗くてよく見えなかった。


 私たちはグラウンドのある正面側のフェンス際に集まっている警備班に合流して、女子有志からのコーヒーを差し入れた。

 班を仕切っていたのは元剣道部副部長の白石先輩。十代とは思えない落ち着きのある三年生だ。


「お前らも、きたのか」

「はい。ばったり望月に出くわして誘われまして。外の様子どうですか?」


 須藤君は体育会系の人なので、先輩には基本礼儀い正しい。


「街にも徘徊するゾンビが一定数いるようだな。明かりがついている民家は人がいるか不明だが、ゾンビが殺到している様子はない。大きな動きもないし、他に収穫も期待できないんで、しばらくしたら引きあげる予定だ」


 白石先輩は突然押し掛けた私たちにも丁寧に接してくれた。

 話を聞きながら、望月さんが配るコーヒーをありがたく頂く。


 眼下には、街灯に照らされたグラウンドをフラフラと歩くゾンビが二体確認できた。

 遠くから見る分には、普通の人間のようにも見える。だけども、ゾンビの本性は生きている人間を目の前にした際に発揮される。その怖さを、私はもう身をもって知っていた。


「明かりイコール人がいるという思考はないらしい。積極的に徘徊はしているが、左右前後は見ても、上に視線を上げることはほぼない。音にはある程度反応するようだ」


 白石先輩の説明を須藤君は興味深そうに聞きながら、双眼鏡まで借りてグラウンドのゾンビを観察していた。


 私は頃合いを見計らうと、望月さんにトイレに行く旨を告げた。

 須藤君はチラリとこちらに視線を向けはしたが、ついてくるとか無粋なことは言わなかった。


 本棟のトイレは、西翼と東翼へ折れる廊下の曲がり角にそれぞれある。

 私が向かうのは、四階視聴覚室の正面にある西翼のトイレだ。

 シナリオ通りであれば、真里谷先輩のイベントが待っているはずだけど、これまで真里谷先輩はゲームと行動が違い過ぎるので心配だ。

 ノーマルエンドを目指すためには、真里谷先輩の好感度も七十五まで上げなくてはいけない。そのとっかかりがこのイベントになる。今のままでは、知り合いとさえ呼べない関係なのだ。


 祈るような気持ちで廊下を曲がった私は、視聴覚室に入る真里谷先輩の姿を目撃した。


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