迷宮モノ(仮題)
『―――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』
それは声としての形を成していない膨大な規模の音を発しながら動き回っていた。
人など足元にも及ばない、ドラゴン種の背丈すら優に越す長躯。その手は四本あり、それぞれの手に巨大な武器を持っていた。武器を持つ手を振るう旅に轟音とともに空は切り裂かれ、特殊な素材で出来ているはずの壁は削り取られる。その膂力の前では人体など霞に等しいだろう。
しかし、強大なはずの巨神のその体は大きく損傷していた。中でも目を引くのは四本腕のうち三本が根元、もしくは真ん中から失われていることだろう。残った一本で持っている剣も半ばから切断され、すでに叩き付けることしか出来ない鈍器と化している。
そして、暴れ狂う巨神へ向けて跳躍する影がひとつ。
長期間にわたる戦闘によってその姿は所々に土塊が付着し、着ている服が破け血が滲んでいる箇所もある。が、その瞳に宿した戦意だけは衰えることを知らない。
高く高く跳躍し、両手に構えた刃をが煌く度に巨神の体に傷が増えていく。宙にいる内に振るわれた無数の斬撃が、巨神の残った腕を斬り飛ばした。
着地と同時に疾走。地を這うように進んだ彼は、敵を潰さんとばかりに踏み鳴らされる足の間を潜り抜ける。続けて片足のみに斬撃を集中させ、バランスを崩した。
怒涛の攻めに耐え切れなくなったのか、或いは寿命を迎えたのか、彼の持つ剣のうちの一本が甲高い音を響かせながら砕け散った。
けれど彼はそんなことは気にも留めず、ゆっくりと傾いていく巨神の頭上を越えるほど高く、再度飛んだ。
そして、一閃。
音すら置き去りにするような速度の渾身の一撃は、巨神の分厚い首を分ける様に斬閃を描き、確かに断った。
鈍く地響きを鳴らしながら巨神は地に伏した。そしてその体が青白く輝き、光の粒となって弾けた。大部分の燐光は荒い息を吐きながら佇んでいる彼の体に融けるように吸い込まれていき、残りは巨神の体があった場所に集い、一振りの剣と成って地面に突き立った。
呼気を整えた彼はゆっくりとした足取りで近づき、その剣を引き抜く。数回振るって握りの感触を確かめ、問題なしと判断し、先ほど失った剣が収められていた場所へとしまった。
彼がそうするのを待っていたかのようなタイミングで彼が来たのとは逆にあった扉が開いた。緩慢に歩を進め扉をくぐった彼は、その先の部屋の中央にぽつんと置かれた台座に手を触れた。
瞬間、彼の手を中心として複雑な模様が浮かび上がる。台座を覆うように広がったそれは、やがて床を伝い、いつしか部屋全体に及んだ。白い光の中で、彼の体は一際眩い輝きに包まれる。
光が消える頃には、もう部屋には誰もいなかった。
お試し投稿です。もしかしたら続くかも