ゆんゆん電波なデンコちゃん、と僕
「ゆんゆん。おはよう兎塚くん。前世は麻縄ひとつで南米を震撼させた連続猟奇殺人鬼アダムスキーだった兎塚くんおはようございざいます。お元気ですかな?」
「やあデンコ。朝っぱらから胸くそ悪くなるようなハイブロウな挨拶をありがとう。僕はちょっと寝不足だよ」
今日も気の滅入る一日が始まったことに僕は「やれやれ」と溜息をこぼした。
「夜な夜な精が出るね。足はつかないように気をつけるんだよ。殺ったらきちんと解体すんだよ?」
「いやいやいや深夜映画を観てたせいだから。この寝不足は、君がでっち上げた架空の前世設定とは無関係だから」
「そうだ。今度の凶器は耳掻きにしなよ。鼓膜を破ってブレインスクラッチっ。新境地開拓だねっ」
「……」
ジト目になる僕を尻目に、デンコはまるでこの世の素晴らしさを語るような口ぶりで毒々しい電波を垂れ流し続ける。
某電力会社でリストラされたイメージキャラクターとは関係ない。電波な女の子なのでデンコ。
今日もそのニックネームに嘘偽りはない。
この場で、彼女の首に麻縄を絡ませて黙らせたくなるのは、きっと架空の前世とは関係ないに違いない。
僕はいつものようにそっと溜息をついた。
見た目だけなら可愛い女の子だと思う。
事実、何も知らない馬鹿どもから愛を告げられている現場を度々目撃したことがある。もし彼女の背中にマナーモードがついていたとして常時ONにしていれば本校のアイドルになれること間違いなしだろう。
ついでにあのくだらない趣味も止めさえすればの話だけれど。
「ゆんゆんゆん。さてさて休み時間になりました。本日も『実験』を開始したいと思います」
「……で今日は一体何の『実験』?」
「よくぞ訊いてくれました」
デンコが嬉しそうに、鞄から何冊もの何かの冊子を取り出すと、僕の机を埋め尽くす。
曰く『三日で彼を好みに仕立てる即席洗脳術』、『丁寧な怪文書の書き方』、『完全毒電波対策マニュアル』などなど。
廃品回収に出せばご近所からヒソヒソ話されること請け合いの素敵タイトルばかりである。
「本日はこの通信教育の教材に挑戦したいと思います」
「なるほど。また新しいガラクタにお小遣いをつぎ込んだわけだね」
説明すると、彼女の趣味はふたつある。
ひとつは雑誌裏にあるような怪しげな通販で色んなものを買い漁ること。
そしてもうひとつはそれらの効能を『実験』と称して試すことだ。
どんな趣味を持とうが構わない。
だがひとつお願いがある。
どうか僕を実験台にするのだけは止めて欲しい。
「じゃあ今回はこの『ドキッ穢れた貴方の本音に迫る深層心理テスト講座』を実践してみるね」
「あのさ次の授業は体育館だから」
「ではこれから貴方にはいくつかの質問に答えていただきます」
「聞いちゃいねえ」
デンコはマイペースにテキストを捲ると、こほんとせきをしてから文章を読み上げる。
「Q1貴方がかかりつけになりたい診療科は何科ですか?」
のっけからバファリンが欲しくなるような質問。誰が好き好んで病院など通いたいだろう。
「耳鼻科。外科とかは痛そうだからやだ」
「ふふふ病気によっては耳鼻科も地獄だよう」
「……嬉しそうだね」
「Q2ポリバケツを漁っていたら、農薬に当たって苦しみだした鴉の鳴き真似をお願いします」
「ぎゃあぎゃあぎゃあ……質問の意図がわからないよ」
「Q3貴方の好きな十三桁の数字は?」
「ないよ。777777777777777。これで桁あってる?」
「はい質問はこれでおしまいです」
「こんなので何が分かるの?」
「さて今の質問でわかること。それは貴方が挑戦してみたい殺人の仕方、使いたい凶器、それから好みの被害者のタイプです」
テキストのページをぺらぺらと捲って興味深そうに「ふむふむなるほどねえ」と頷いてから、デンコは顔を上げる。
「判明しましたっ。ズバリ好きな殺し方は絞殺。好きな凶器は麻縄。好きなタイプは女子高生ですね?」
「……インチキ」
冷たく突っこみを入れる僕に、デンコは意に介した様子もなく、スカートのポケットから見覚えのあるものを取り出した。
「はいどうぞ」
「何それ」
意味不明にももじもじするデンコ。
「麻縄だよ。まだ中学生だけど私が相手でも……いいかな?」
「十年早い」
彼女のトマトのように茹った顔をテキストで殴りつけると、僕は教室を後にした。
ああもう付き合ってられません。。
幸いなことに体育の授業が自習になったので、僕は体育館の隅っこに座り込んでクラスメイトのバスケを観戦しながら、精神的疲労を回復することにした。
「ああ、デンコももうすこしアレな趣味を控えてくれればなあ」
「兎塚くんは私のこと嫌い?」
「いやどちらかと言えば……っておい」
見るとちゃっかり隣に座り込んでいるデンコがいる。彼女はおもむろにシャツをたくし上げて、お腹にしまっていたらしい先ほどの怪しげなテキストを取り出した。
油断をするといつもこれである。
「兎塚くんはどんな子がタイプかな?」
「顔が可愛い子」
「現金だなあ。じゃあ胸は?」
「それはあんまり気にならない」
ちなみにデン子は胸のわりに体型はすこしぽっちゃりしている。体育着を着ているとそれがよくわかった。
「じゃあうなじが綺麗な人は?」
「それは殺しがいがあるね」
「だよねえ。でも私は跡形もなく焼いてくれたほうが嬉しいな。前世が冤罪で火あぶりになった無名の魔女らしいし」
「君はさ、もうすこし前世とか魔女とかを自重したほうがいいよ」
僕は溜息をついて、彼女を嗜める。
それからふと違和感に気がつく。
先ほどの会話でなにかおかしなことがあった気がしたのだ。
「……ねえ。今おかしなこと口走らなかった?」
「さあ?」
まあ気のせいだろう。四六時中毒電波を垂れ流してる友人がいるせいでちょっと疲れが溜まっているのかもしれない。
横目でデンコを見ると、彼女はさっきとは別の怪しげなテキストを熱心に読んでいる。
そのタイトルは『三日で彼を好みに仕立てる即席洗脳術講座』とあった
僕はすこしだけ心配になり、念のために訊いておくことにする。
「ねえデンコ」
「なあに兎塚君?」
「それの実験てもう始まってるわけ?」
顔を上げこちらを向いたデンコは何も言わずににっこりと笑った。
ちょっとした息抜きです。作者の。
連載『ラストダンジョンに挑んだその日、俺は戦士であることを、いや人間であることを卒業した』もうしばらくお待ち頂ければと思います。