第26話 総理大臣、未来を発表する
首相官邸の執務室に置かれた時計が、午後九時を少し回った頃だった。
高瀬隆一は、机の上に並べられた資料を読み終えると、最後の一枚を元の位置へ戻した。目の前にあるのは、国内の研究施設で実施された新型核融合炉の性能試験に関する報告書である。表紙には極めて事務的な題名が印刷されていたが、その内容は、これまで日本政府が扱ってきたどの技術報告とも比較にならないものだった。
最大出力、およそ十メガワット。
研究施設の測定機器が記録したその数値は、すでに何度も確認している。それでも高瀬は、書類を開くたびに同じ場所へ目を向けてしまう。
もちろん、十メガワットという数字だけなら、現代の発電技術において途方もない規模というわけではない。大型の火力発電所や原子力発電所が生み出す電力と比べれば、むしろ小さい部類に入る。
問題は、それを生み出した装置の大きさと、燃料の補給や運転に関する従来の常識をまるで無視した構造にあった。
家庭用冷蔵庫ほどの白い箱が、研究施設の実験負荷へ安定して電力を供給した。負荷の変動にも対応し、異常を模擬した試験では安全側に停止した。外装温度や周辺の放射線についても、実施した試験の範囲では問題となる値が確認されなかった。
そこまでは、白石理沙を中心とする研究者たちが測定結果として保証している。
しかし、装置の内部で何が起きているのかを説明できる者はいない。長期間にわたって連続運転させた実績もなく、十年後、二十年後の性能を予測するための材料は不足している。
人類が積み上げてきた科学の延長線上にあるようでいて、その肝心な部分だけが抜け落ちている。
それが、この技術の現在地だった。
「総理。会見資料の最終案がまとまりました」
ノックに続いて入室した三浦誠司が、薄いファイルを差し出した。高瀬は報告書を脇へ寄せ、それを受け取る。
「関係省庁との調整は?」
「発表内容については、おおむね了承を得ています。ただ、経済産業省からは、実用化時期をもう少し明確に示せないかという意見が出ています」
「示せるのかね」
「現時点では困難です。白石博士も、日程を先に決めて検証を急ぐべきではないと」
「ならば、その意見を尊重しよう」
高瀬が即答すると、三浦は小さく頷いた。
政府が大きな成果を発表するとき、どうしても将来の見通しを添えたくなる。何年後には実用化し、何年後には普及させる。国民にわかりやすい目標を示すことは政治の仕事でもあるが、今回はその数字を軽々しく口にできなかった。
装置の性能が本物であることと、それを社会の中で安全に使い続けられることは別の問題だ。
高瀬は資料の冒頭を読み、途中で顔を上げた。
「この『画期的な安全性を確認』という表現は、少し強すぎないか」
「広報側が加えたものです。試験で確認できた範囲を示すつもりだったようですが」
「国民は、我々の意図した範囲で言葉を受け取ってくれるとは限らない。『安全性に関する初期試験を実施し、所定の項目で良好な結果を得た』に直してくれ」
「承知しました」
「それから、『完成した核融合発電技術』という見出しも変更しよう。装置そのものは動いた。しかし、社会で使うための技術体系が完成したわけではない」
三浦は手帳に修正点を書き込みながら、少しだけ口元を緩めた。
「ずいぶん慎重な発表になりますね」
「慎重でなければ困る。明日の会見を聞いた人間が、来月から電気代が下がると思い込んだらどうする」
「問い合わせ窓口が大変なことになります」
「窓口だけで済めばいいがね」
高瀬は窓の向こうへ視線を向けた。夜の東京には無数の明かりが灯っている。その一つひとつを支える電力が、もし今とはまったく違う方法で供給できるようになったなら、社会は大きく変わるだろう。
輸入燃料に依存する構造、発電設備の立地、送電網への投資、災害時の電力確保。考えるべきことは山ほどある。
そして、恩恵が大きいからこそ、既存の仕組みに関わる人々の暮らしを無視するわけにもいかない。
「発表の目的を間違えないことだな」
高瀬が呟くと、三浦は顔を上げた。
「目的、ですか」
「国民を驚かせることではない。我々が何を確認し、何をまだ確認できていないのかを伝えることだ。その上で、政府として何をするのかを説明する」
高瀬は資料を閉じた。
「研究者の報告を、政治家に都合のいい言葉へ置き換えるつもりはない」
「白石博士も、それなら納得されると思います」
「彼女からは、ほかに何か?」
「実証試験の記録について、公開可能な測定条件と結果を整理した資料を別途提出するそうです。装置の内部構造に関する情報を含めず、第三者が評価できる範囲をできるだけ広くしたいと」
「ありがたい話だ。数字だけ見せて信じろと言っても、科学者は納得しないだろう」
高瀬はそこで、机の隅に置かれた別の書類へ目を向けた。
表題は、協力者の情報保護に関する取り扱いだった。
発表内容の検討に先立ち、政府は紬側へ公開予定の範囲を伝えている。装置の性能、研究施設で得られた試験結果、国内実用化に向けた政府の方針。そこまでは公表してよいという返答が、合意済みの連絡経路を通じて届いていた。
一方で、創造者の身元につながる情報や、装置が提供された経緯の詳細については、公開しない。
それは単なる広報上の配慮ではなく、政府が守ると約束した条件の一つだった。
「協力者についての質問は、必ず出るだろうな」
「はい。特に、技術の開発主体と権利関係は避けられません」
「存在しない研究機関をでっち上げるわけにはいかん。しかし、本人の情報を明かすわけにもいかない」
「そのため、会見では『政府が協力を受けている民間の技術提供者』という説明にとどめる案です。研究開発の経緯については、安全上および個人情報保護上の理由から回答を控える、と」
高瀬はしばらく考えた。
「それでいこう。ただし、政府が開発したかのような印象を与えないようにしてくれ。我々が成し遂げたのは、提供された装置を検証するための体制を整えたことだ。装置を作ったわけではない」
「承知しました」
「それと、提供者への質問を封じるために、研究者の説明まで曖昧にしてはいけない。隠す必要がある情報と、公開できる情報は分けて考える」
三浦が頷いたところで、高瀬は椅子の背にもたれた。
あの小さなペンギンが初めて執務室へ現れた日のことを思い出す。
今でも、現実だったのかと疑いたくなる光景だ。だが、彼が連れてきた若い女性が置いていった装置は、すでに研究者の手で測定され、政府の政策判断を左右する段階にまで来ている。
それなのに、彼女自身が望んでいるのは、驚くほどささやかな生活だった。
政府がその願いを軽んじたことも、高瀬は忘れていない。
「三浦君」
「はい」
「会見が終わったら、協力者側にも発表内容を記録として届けてくれ。公表前に伝えた内容と食い違いがないことを、本人が確認できるように」
「手配してあります」
「そうか」
高瀬は一度だけ頷き、会見原稿を開いた。
国民の前で何を語るべきか。
その答えは、ようやく整理できていた。
◇
翌日の午後二時。
首相官邸の記者会見室には、普段よりも多くの報道関係者が集まっていた。
政府が事前に発表したのは、「新たなエネルギー技術に関する重要会見を実施する」という短い案内だけである。具体的な内容は明らかにされておらず、会見開始前から室内には落ち着かない空気が漂っていた。
前方には演台が設けられ、その横には大型の画面が用意されている。画面にはまだ政府の紋章が表示されているだけだった。
高瀬が三浦とともに入室すると、カメラのシャッター音が一斉に響いた。
いつもなら、冒頭の挨拶から質疑応答へ移るまでの流れは決まっている。だが、今日ばかりは、原稿を持つ手に普段とは違う重みを感じた。
高瀬は演台の前に立ち、記者席を見渡した。
「本日は、日本政府が確認した新たなエネルギー技術について、国民の皆様へご報告いたします」
室内が静かになった。
「政府はこのたび、民間の技術提供者から協力を受け、小型の核融合発電装置について性能および安全性に関する初期検証を実施しました。その結果、研究施設において、約十メガワットの電力出力を確認いたしました」
一拍遅れて、会場のあちこちから声が漏れた。
高瀬はそこで言葉を止めず、正面の画面へ視線を向ける。
映し出されたのは、白と青を基調とした小型装置の写真だった。背景には大きさを比較するための目盛りがあり、装置が家庭用冷蔵庫とさほど変わらないことがわかる。
「こちらが、今回検証を行った装置です。政府の管理資料では、提供時に指定された名称である『ぺんぎんぽかぽか炉』と呼称しています」
会見室の空気が、奇妙な方向へ揺れた。
何人かの記者が思わず顔を見合わせる。先ほどまで真剣に原稿を追っていた者も、画面に表示された名前を二度見していた。
高瀬自身、最初にその名称を聞いたときの三浦の表情をよく覚えている。
しかし、正式に指定された名称である以上、勝手に変更する理由はなかった。
「名称については後ほどご質問をお受けしますが、まずは検証結果をご説明します」
高瀬が続けると、会場は再び静まった。
画面が切り替わり、測定結果の概要が表示される。
「今回の試験では、段階的な出力確認、負荷変動への対応、異常時の停止動作、外装温度および周辺放射線の測定などを実施しました。試験を担当した研究者からは、実施した項目について、おおむね良好な結果が得られたとの報告を受けています」
高瀬は、あらかじめ用意していた原稿から目を上げた。
「ただし、ここで強調しておかなければならないことがあります。今回の試験は、実用化に必要な検証のすべてを終えたことを意味しません」
会見室に向けられたカメラの赤いランプが、いくつも点灯している。
「装置の内部原理については、現時点で政府および検証を担当した研究者が十分に説明できる段階にありません。また、長期間の連続運転や、実際の電力系統へ接続した際の挙動についても、これから検証する必要があります」
高瀬は少し間を置いた。
「本日、政府が申し上げられるのは、研究施設において十メガワット級の出力が実際に確認されたという事実です。それ以上のことを、確認済みであるかのように説明するつもりはありません」
その言葉を聞きながら、三浦は会場の端で静かに息をついた。
発表前の調整では、もっと華々しい表現を求める声もあった。だが、高瀬は最後まで譲らなかった。
その判断が正しかったかどうかは、これからの時間が証明することになる。
「政府は今後、追加の安全性評価と長期運転試験を進めるとともに、国内での実用化に必要な制度および設備の整備に着手します。すでに国内向けの製造設備も確保していますが、現時点で一般向けの量産や販売を開始するものではありません」
記者たちのペンが一斉に動く。
「また、発電設備としての利用にあたっては、既存の電力系統との接続、安全基準、保守体制、災害時の対応など、技術以外の課題も検討しなければなりません。政府としては、拙速な導入を避けながら、必要な準備を進めてまいります」
高瀬は原稿の最後のページへ目を落とした。
「日本は、長年にわたりエネルギー資源の多くを海外からの輸入に依存してきました。新しい技術が将来、その構造を変える可能性はあります。しかし、可能性と実現を混同してはなりません」
言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。
「国民の皆様に対し、政府は確認できた事実を示し、確認できていないことについても説明する。その姿勢を保ちながら、この技術の実用化に取り組むことをお約束します」
冒頭説明が終わると、会場には短い沈黙が生まれた。
最初に手を挙げたのは、最前列に座っていた全国紙の記者だった。
「総理、確認させてください。今回の装置は、従来の核融合研究で課題とされてきた、投入エネルギーと取り出せるエネルギーの関係を解決したものなのでしょうか」
「今回の試験で確認したのは、装置から外部へ供給された電力出力です。装置の内部でどのような過程が起きているのかについては、先ほど申し上げたとおり、十分な説明ができていません。従来の核融合研究における課題が、すべて解決されたと断定することは適切ではないと考えています」
「つまり、仕組みがわからない装置を政府が実用化しようとしている、という理解でよろしいですか」
鋭い問いだった。
会場の空気が再び引き締まる。
「その点は、正面から受け止めなければなりません」
高瀬は質問した記者を見た。
「原理が十分に解明されていないことは、検証上の大きな制約です。だからこそ、現段階では一般社会へ導入していません。外部から確認できる性能や停止動作、周辺環境への影響を検証し、さらに長期的な試験を重ねる。その結果を踏まえて、利用できる範囲を判断していく方針です」
「内部の調査は行わないのですか」
「提供者との合意により、装置の分解や改造などには制限があります。政府は、その条件を守った上で実施可能な検証を進めます」
「制限のある技術に、国家のエネルギー政策を委ねてよいのでしょうか」
「現時点で委ねるという判断はしていません。既存の電源を置き換える計画を、本日発表しているわけでもありません」
高瀬は声を荒らげることなく答えた。
「新しい選択肢としての可能性を検証することと、国の電力供給をその技術に依存させることは、まったく別の判断です」
記者が着席すると、今度は別の手が挙がった。
「経済誌です。国内向けの製造設備を確保しているとのことですが、これはすでに量産体制が整っているという意味でしょうか」
「いいえ。製造設備そのものは確保していますが、製造された装置を社会で運用するための検証や制度整備が完了したわけではありません。試験製造された装置についても、個別の性能確認が必要です」
「設備の製造能力はどの程度ですか。年間何台の生産を想定していますか」
「製造能力や運用条件に関する詳細は、現時点では公表を控えます。実用化の見通しが立たない段階で、生産台数だけを示しても適切な情報提供にはならないと考えています」
「将来的に電気料金は下がりますか」
会場の関心が、その質問へ集まった。
高瀬は一度頷く。
「国民の皆様が最も気にされる点の一つだと思います。ただし、現時点で料金への影響を数字でお示しすることはできません」
発電装置の性能だけで、電気料金が決まるわけではない。
設備の設置、維持管理、送配電網、事業者の運営費用。さらに、既存設備との調整や新たな安全基準への対応も必要になる。
高瀬はそれらを簡潔に説明した上で、続けた。
「将来的に発電コストを大きく変える可能性はあります。しかし、電気料金がいつ、どれだけ下がるかについては、必要な検証を終えた後に説明すべきものです」
「家庭への導入は想定していますか」
「現在のところ、一般家庭への設置を検討しているわけではありません。まずは適切な管理体制を備えた施設での運用可能性を評価する方針です」
質問は途切れなかった。
装置の耐用年数はどの程度なのか。事故が起きた場合の責任は誰が負うのか。国内の電力会社はどの段階で関与するのか。既存の原子力政策や再生可能エネルギー政策は見直されるのか。
高瀬は、答えられるものには答え、現時点で決まっていないものについては、そのまま決まっていないと伝えた。
会見室の後方で、三浦は記者たちの質問を聞きながら、今後必要になる調整の多さを改めて実感していた。
技術が存在するだけで、法律や設備が自動的に整うわけではない。
新しい発電方式を受け入れるためには、行政も産業も変わらなければならない。今日の発表は、その仕事の始まりにすぎなかった。
やがて、ある記者が手を挙げた。
「総理、そもそも今回の装置は、どこで開発されたものなのでしょうか。政府が協力を受けた民間の技術提供者という説明でしたが、企業なのか、研究機関なのか、個人なのかを教えてください」
高瀬は、その質問が来ることを予想していた。
「技術提供者の具体的な属性や身元については、本人の安全と個人情報の保護に関わるため、公表を控えます」
「それでは、政府が正体のわからない相手から装置を受け取ったということですか」
「政府として必要な連絡と協力の枠組みは確保しています。ただし、それを理由に、提供者の私生活に関する情報を公開することはありません」
「国民の税金を投入するのであれば、提供者について知る権利があるのではないでしょうか」
高瀬はすぐには答えなかった。
国民に対する説明責任は、政府にとって避けて通れない。一方で、その責任を果たすために、一人の民間人の生活を無制限に明らかにしてよいわけではない。
「公費の使途や政府の判断については、説明責任があります。その点は今後も果たしてまいります」
高瀬は静かに続けた。
「しかし、政府の事業に協力したというだけで、その方の住所や家族、経歴などが公表されるべきだとは考えていません。説明すべきなのは、政府がどのような条件で協力を受け、どのように検証し、どのような責任を負うのかということです」
「技術提供者が一方的に協力を打ち切る可能性はありませんか」
「協力は、相互に合意した条件に基づくものです。政府が相手方へ無制限に協力を命じられる関係ではありません。その前提を尊重しながら、安定した協力関係を築いていく必要があります」
三浦は、高瀬の横顔を見た。
その答えは、単に会見用に整えた言葉ではなかった。
少なくとも高瀬は、約束を破った結果として何を失いかけたのかを理解している。今後も同じ姿勢を保てるかどうかは、実際の行動で示すしかない。
「もう一点、よろしいでしょうか」
別の記者が手を挙げた。
「装置の名称についてです。『ぺんぎんぽかぽか炉』というのは、政府が親しみやすさを狙って付けた愛称でしょうか」
高瀬の隣で、三浦の表情がほんのわずかに動いた。
高瀬は平然と答える。
「政府が付けた名称ではありません。提供時に指定されたものを、そのまま使用しています」
「変更する予定は?」
「現在のところ、ありません」
「学術的な名称を別に設ける考えはないのでしょうか」
「研究上の分類や表記については、必要に応じて専門家が検討することになるでしょう。ただし、装置の固有名称を変更する予定はありません」
記者席のどこかで、控えめな笑い声が聞こえた。
高瀬は気に留めず、次の質問を促した。
「海外への提供について伺います。今回の技術は、世界のエネルギー事情を大きく変える可能性があります。日本政府として、他国との共同開発や輸出を検討していますか」
「現時点では、国内での検証と実用化に向けた準備を優先します。製造設備や装置の海外提供を行う計画はありません」
「将来的な国際協力も否定するのですか」
「将来について、現段階であらゆる可能性を断定することは適切ではありません。ただし、今回の協力には利用上の条件があり、政府が独断で用途や提供先を変更できるものではありません」
「軍事利用については?」
「認められていません。政府としても、その条件を遵守します」
質問した記者がさらに口を開こうとしたところで、高瀬は補足した。
「なお、災害対応など人命を守るための活動と、軍事目的への転用は区別して考える必要があります。利用条件の詳細については、今後の運用においても厳格に確認してまいります」
質疑応答はその後も続いた。
ある記者は既存の発電産業への影響を尋ね、別の記者は原子力関連施設との安全基準の違いを問いただした。政府が装置を独占するのかという質問もあれば、民間事業者が参入できる可能性について確認する声もあった。
高瀬は、まだ決まっていない政策を既定路線として語ることを避けた。
それは、記者たちにとって必ずしも満足のいく回答ではなかっただろう。
だが、今日ここで安易な約束を重ねれば、後になって政府自身がその言葉に縛られる。何より、装置を提供した女性は、政府が勝手に決めた計画に従う義務など負っていない。
会見が始まってから一時間近くが経過した頃、最後の質問が許可された。
「総理。これまでの説明を聞く限り、まだわからないことが非常に多い技術だと感じます。それでも政府が、この段階で公表に踏み切った理由を教えてください」
高瀬は、その質問をした記者へ向き直った。
この会見で、最も伝えたかったことに近い問いだった。
「理由は二つあります」
高瀬は指を折ることなく、落ち着いた声で続けた。
「第一に、今回確認された性能が、将来のエネルギー政策に大きな影響を与え得るものだからです。政府がその事実を把握し、検証を進める段階に入った以上、公開可能な範囲で国民へ説明する必要があると判断しました」
そして、少しだけ言葉を区切った。
「第二に、わからないことが多いからこそ、今の段階を正確に伝える必要があると考えたからです」
記者たちの視線が集まる。
「成果がすべて揃うまで何も知らせなければ、国民の皆様は、政府がどのような判断を重ねてきたのかを知る機会を失います。反対に、未完成のものを完成したかのように発表すれば、誤った期待を生むことになります」
高瀬は、画面に映された白い装置へ目を向けた。
「我々が今日お示ししたのは、未来の完成図ではありません。その可能性を確かめるための、最初の確かな結果です」
しばらくの間、会見室には質問する声が上がらなかった。
高瀬は再び正面を向いた。
「政府は、この技術を一時的な話題として終わらせるつもりはありません。同時に、期待の大きさを理由に必要な検証を省略することもありません。国民生活に役立つ形で利用できるかどうかを、一つずつ確かめてまいります」
それを最後に、会見は終了した。
高瀬が演台から離れると、再びシャッター音が響き始める。
会見室の扉を抜け、報道関係者の視線が届かない廊下へ出たところで、三浦が隣に並んだ。
「お疲れさまでした、総理」
「君もな。ずいぶん長くなった」
「質問が多かったですから」
「少ない方が心配だよ。あれだけの発表をして、誰も疑問を持たないようでは困る」
三浦は、手にしていた資料を開いた。
「発表した測定結果の概要と、白石博士が確認した公開用資料は、予定どおり政府の公式窓口から閲覧できるようにします。会見の記録も整理して公開します」
「頼む。研究者が検証できる材料は、可能な範囲で残しておきたい」
「協力者側への報告も、会見記録がまとまり次第、合意済みの経路で送ります」
高瀬は頷いた。
「ところで、三浦君」
「はい」
「名称については、やはり質問が出たな」
「予想はしていました」
「君はまだ納得していない顔だ」
「いえ。正式名称として扱う以上、異論はありません」
そう答えながら、三浦は少しだけ眉間に皺を寄せた。
「ただ、総理大臣が全国に向けて『ぺんぎんぽかぽか炉』と発言する場面は、何度準備しても慣れませんでした」
高瀬は、こらえきれずに小さく笑った。
「命名した本人は、きっと満足しているだろう」
「そうでしょうね」
廊下の先では、次の打ち合わせに向けて職員たちが待っていた。
会見が終わったからといって、仕事が一段落するわけではない。むしろ、これから始まる調整の方が、はるかに多くの時間を必要とするはずだった。
高瀬は歩きながら、もう一度だけ先ほどの会見を振り返った。
発表した数字も、示した課題も、すべて現時点での事実だ。
そこへ都合のいい約束を付け足さずに済んだことを、今はよかったと思っている。
あの装置が将来、日本の電力供給をどこまで変えるのかは、まだ誰にもわからない。
ただ一つ確かなのは、今日を境に、政府がこの技術の存在を知らないふりはできなくなったということだった。
そして高瀬は、その事実を公表した責任が、発表そのものよりもずっと長く続くことを理解していた。




