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昔の友


 一次媒体を透明な六角板へ載せ、保水繊維で囲った容器へ収めた。


 直径一センチほどの透明な球体。


 黒光実壺。


 銀脈根壺。


 変換。


 安定化。


 共鳴。


 三つの工程を通して、ようやく生まれた中間素材。


 装置は「完成」と表示した。


 だが、それは終点ではない。


 名称は一次媒体。


 最初の媒体。


 次の工程へ渡すためのもの。


 その先に何があるのかは分からない。


 私は研究ノートを最初のページから読み直した。


 成功した実験だけを並べるのではない。


 何を見つけ。


 何を使い。


 何を後回しにしてきたのか。


 時系列へ戻す。


 最初に、銀色殻。


 黒光実へ高濃度の粒子を入れた結果、六角形模様を持つ殻が残った。


 古代施設へ組み込むと、フィルターモジュールとして認識された。


 施設稼働率、三一パーセント。


 次に、川の粒子。


 水中へ漂い、蒸発させても消えず、条件によって結晶や粉として残った。


 黒光実。


 粒子を集める。


 濃縮する。


 保水繊維へ変える。


 銀色殻へ変わる。


 黒光実壺。


 粒子を変換する反応場。


 凝縮粒子。


 安定したエネルギー媒体。


 銀脈根。


 粒子と生命の間を仲介する生体触媒。


 銀脈根壺。


 粒子を安定化し、生体へ適合する状態へ整える器。


 安定化液を黒光実壺へ戻す。


 共鳴。


 一次媒体。


 ここまで、すべて自分で工程を再構築した。


 だが蒼輝石だけは違う。


 自分で作っていない。


 四つ目モグラから受け取った。


 施設のコアへ使った。


 その結果、第3補助フィルターは完全稼働した。


 凝縮粒子。


 生命の雫。


 安定化粒子液。


 一次媒体。


 そこまでは再現できた。


 だが、一次媒体から蒼輝石へ至る工程はまだない。


 私はノートへ書いた。


 ――現在再現できたのは、蒼輝石製造の前段階ではないか。


 ――一次媒体は、中間素材。


 ――最終工程は未発見。


 書き終えても、違和感は消えなかった。


 何かを忘れている。


 未知の工程を探す前に、すでに手元へあるものを見落としていないか。



     *



 最初のページへ戻る。


 遭難直後。


 仮拠点α。


 四つ目モグラ。


 黒光実。


 透明魚。


 粒子。


 記録済み。


 古代施設。


 銀色殻。


 蒼輝石。


 フィルター。


 温室。


 記録済み。


 黒光実壺。


 銀脈根壺。


 生命の雫。


 一次媒体。


 記録済み。


 それでも、ページをめくる手が止まった。


 施設の倒れた棚。


 その下から見つけた円筒。


 両端が透明。


 中央が銀色。


《UNKNOWN COMPONENT》


《ENERGY:2%》


 エネルギー残量、二パーセント。


 四眼の民が「セル」と呼んだ部品。


 私は回収した。


 布へ包み、保管した。


 それ以降、一度も使っていない。


 次の項目。


 破損したデータスレート。


《READ ERROR》


 読み取り失敗。


 施設が三一パーセントしか動いていない時に調べ、そのまま保管した。


 透明な記録窓。


 過去の制御室。


 数十人の四眼の民。


 巨大な蒼輝石。


 白い閃光。


 見ただけで終わっている。


 天井の接続口。


 直径三十センチほど。


 用途不明。


 一度も調べ直していない。


 温室へ植えた黒光実。


《CULTIVATION IN PROGRESS》


 育成中。


 まだ結果は出ていない。


 一次媒体。


 用途不明。


 蒼輝石の最終製造工程。


 未解決。


 私は新しいページへ、未解決事項を書き出した。


 補助セル。


 データスレート。


 記録窓。


 天井接続口。


 育成中の黒光実。


 一次媒体の用途。


 蒼輝石の最終工程。


 失われたものを探す時、新しいものばかりを見る必要はない。


 以前は動かなかった。


 以前は読めなかった。


 以前は使えなかった。


 状況が変わった今、同じものを調べ直せば結果も変わる可能性がある。


 第3補助フィルターは百パーセント。


 水路は流れている。


 銀脈根は回復中。


 翻訳率も上がった。


 古い失敗は、今も失敗とは限らない。


 最初に出会った四眼の民が、私のノートを覗き込んでいた。


 書かれた文字そのものを読めるわけではない。


 だが、私が補助セルの絵を描くと、小さくうなずいた。


 次にデータスレートの輪郭を指す。


 自分の胸。


 施設の奥。


 装置が短く翻訳した。


《今なら、読める》


 私はノートを閉じた。



     *



 補助セルを保管場所から取り出す。


 外見は、発見した時と変わらない。


 透明部分には、ごく弱い青い光。


 中央の銀色部分へ傷なし。


 装置表示。


《ENERGY:2%》


 残量も同じ。


 充電端子らしい金属部分はない。


 差し込み口も見当たらない。


 古代文明の部品が、地球の電池と同じ方式で充電されるとは限らない。


 施設内を見直す。


 中央台座。


 壁の結晶。


 温室。


 水路。


 水路には、以前から気になっていた六角形の窪みがあった。


 修理時には、亀裂や水の流れを優先した。


 窪みそのものは壊れていなかった。


 銀色殻のフィルターモジュール。


 蒼輝石のコアソケット。


 どちらも、正しい部品を近づけると吸い込むように固定された。


 補助セルを窪みへ近づける。


 十センチ。


 反応なし。


 五センチ。


 セルの透明部分が淡く光る。


 二センチ。


 カチッ。


 無理に押し込んでいない。


 セルは手から離れ、窪みへ収まった。


 円筒形の部品が、六角形の中へ横向きに固定される。


 寸法は完全に一致。


 私はすぐ手を離し、一歩下がった。


 水路は流れ続けている。


 セルの前を水が通る。


 五秒。


 変化なし。


 十秒。


 水が、セルの前だけ一瞬青く光った。


 その光は逆流しない。


 水の流れに沿い、温室全体へ広がっていく。


 銀脈根の根元。


 葉脈。


 壁の結晶。


 ごく弱い明滅。


 装置が表示する。


《AUXILIARY CELL》


《CONNECTED》


《CHARGING...》


 補助セル。


 接続完了。


 充電中。


 使用中ではない。


 放電でもない。


 水路の中で、エネルギーを受け取っている。



     *



 数分待つ。


 セルの透明部分へ、青い光が少しずつ戻る。


 二パーセント。


 三パーセント。


 四パーセント。


 急速ではない。


 だが確実に増えている。


 水が流れる。


 銀脈根が粒子を安定化する。


 施設の環境系が作動する。


 その流れの一部を、補助セルが受け取っている。


 温室の水路は、植物へ水を与えるだけの設備ではなかった。


 灌漑。


 粒子処理。


 エネルギー循環。


 複数の機能が同じ流れへ組み込まれている。


 四眼の民たちは歓声を上げなかった。


 驚いてセルへ集まることもない。


 静かにうなずき合っている。


 新しい発見ではなく、本来の機能が戻った。


 彼らの反応は、そう見えた。


 最初に出会った一人が、水路を指す。


 次にセル。


「アル・シア」


 装置の翻訳。


《流れが命》


 水が命を運ぶ。


 粒子を運ぶ。


 エネルギーを運ぶ。


 機械と植物を分けず、同じ循環へ入れる。


 この施設で何度も見てきた構造。


 私はノートへ書いた。


 ――補助セルは使い捨てではない。


 ――水路の専用スロットで充電される。


 ――充電条件は、水と環境系の流れ。


 ――水路修復前は、充電機能も停止していた。


 ――温室水路は、灌漑設備であり、エネルギー循環設備。


 数分後。


 装置へ追加表示。


《CELL MEMORY》


《RECOVERABLE》


《12%》


 セル内記録。


 復元可能、一二パーセント。


 補助セルは、エネルギーを蓄えるだけではない。


 記録領域を持っている。


 施設の状態。


 稼働履歴。


 作業データ。


 何が残っているかは分からない。


 充電が進めば、復元率も上がる可能性がある。


 私はセルを外さなかった。


 まだ四パーセント。


 本来あるべき場所へ戻ったばかり。


 満充電までの時間も分からない。


 今は水路へ置き、充電を続けさせる。



     *



 次に、破損したデータスレートを取り出した。


 薄い透明板。


 表面を走る細い亀裂。


 以前は傷だと思っていた。


 装置へ近づけても、読み取り失敗。


 施設が完全稼働した今なら違う。


 四眼の民は、中央制御室へ戻るよう示した。


 部屋の隅。


 低い台座。


 以前は倒れた棚の一部か、ただの石だと思っていた場所。


 今は中央に窪みが見える。


 データスレートと同じ形。


 私は台座の周囲を調べた。


 赤い警告なし。


 熱なし。


 水や粉もない。


 スレートを窪みへ置く。


 カチ……。


 軽い音。


 固定された。


 最初は何も起きない。


 数秒後。


 スレートの表面へ、細い青い線が一本走った。


 次に二本。


 三本。


 亀裂に見えていたものが発光する。


 割れではない。


 内部回路。


 損傷していた部分もあるかもしれない。


 だが、すべてが壊れていたわけではない。


 装置が高速で表示を変える。


《DATA SLATE》


《RECOVERY...》


《12%》


《28%》


《41%》


《68%》


 そこで止まった。


 完全ではない。


 残り三二パーセントは復元できない。


 それでも、以前の読み取り失敗とは違う。


 施設の光が制御室中央へ集まり始める。


 蒼輝石の上空。


 十二施設を映した立体地図が消え、別の映像へ変わる。



     *



 白い服を着た四眼の民。


 現在の温室より明るい空間。


 巨大な銀脈根。


 葉は天井近くまで伸び、銀色の根が複数の水路へつながっている。


 壁の結晶はすべて正常。


 水路には、青銀色の光が流れている。


 過去の施設。


 以前、記録窓で見た短い映像より鮮明だった。


 四眼の民たちは、中央の装置を組み立てている。


 その隣に、別の人物が立っていた。


 四眼ではない。


 二本の腕。


 二本の脚。


 直立した身体。


 人間に近い。


 完全に人間と同じではない。


 顔の細部は映像のノイズで見えない。


 体格も、着ている装備も私とは違う。


 だが、四眼の民よりは明らかに私へ近い姿。


 彼らは対立していない。


 同じ装置を囲む。


 部品を受け渡す。


 一方が台座を操作し、もう一方が銀脈根の状態を確認する。


 協力している。


 四眼の民だけの施設ではなかった。


 人間に似た存在と、共同で作られた設備。


 映像に音声が重なる。


 ノイズ。


 単語の一部。


 装置の翻訳が追いつこうとする。


《……環境維持計画……》


《……共生……》


 次の声。


《……粒子は毒ではない》


 私は画面を見る。


 粒子は毒ではない。


 これまで、自分は粒子を危険物として扱ってきた。


 粒子水は飲まない。


 高濃度の谷へ近づかない。


 未処理の粉は遠くで試す。


 それらの判断が間違いだったわけではない。


 実際、未制御の反応は強かった。


 黒光実へ高濃度粒子を入れれば、光柱が立った。


 水や植物へ作用する。


 外気に存在する粒子も、宇宙服の外気浄化フィルターへ影響している可能性がある。


 だが記録は、粒子そのものを毒と呼んでいない。


 音声が続く。


《……未制御の粒子が危険》


《……生命触媒を経ることで……》


 ノイズ。


 映像が乱れる。


 四眼の民と人間に似た人物が、巨大な銀脈根の周囲へ複数の透明容器を設置する。


 黒光実壺。


 銀脈根壺。


 同じ形とは断定できない。


 だが、変換用と安定化用。


 役割の違う複数の装置をつないでいるように見える。


 最後の音声だけが、はっきり聞こえた。


《この世界は、粒子によって生きている》


 映像が止まった。



     *



 粒子は世界を支える基本要素。


 危険なのは、未処理。


 未安定化。


 銀脈根や古代施設は、粒子を消すためのものではない。


 生命が利用できる状態へ変える。


 水路を通し。


 植物へ渡し。


 環境へ戻す。


 除去ではなく制御。


 廃棄ではなく循環。


 自分が実験で見つけた現象と、古代の記録が一致し始めている。


 黒光実は粒子を集める。


 銀脈根は粒子を安定化する。


 施設は、その工程を惑星規模で運用する。


 粒子を完全に取り除けば、生命維持系そのものが止まる可能性もある。


 問題は、存在することではない。


 流れから外れ、制御されないこと。


 装置へ表示が残る。


《RECOVERY:68%》


《ADDITIONAL DATA》


《ENERGY REQUIRED》


 追加データの復元には、さらにエネルギーが必要。


 水路の補助セルは充電を始めたばかり。


 充電が進めば、残りの記録を読める可能性がある。


 映像に出た人間に似た存在。


 環境維持計画。


 共生。


 白い閃光。


 第7施設の異常。


 すべての答えは、まだ復元されていない部分へ残っているかもしれない。


 最初に出会った四眼の民は、映像が消えた空間を見つめていた。


 次に私を見る。


 表情の意味は完全には読めない。


 懐かしさ。


 悲しみ。


 期待。


 どれにも見える。


 彼は短く言った。


「……アル・トモ」


 装置の翻訳。


《昔の友》


 映像の人物。


 私。


 同じ存在だと言っているわけではない。


 姿が似ている。


 かつて協力した相手を思い出している。


 そう受け取る方が自然だった。


 私は過去の誰かの代わりではない。


 彼らの文明を知っているわけでもない。


 だが、かつて人間に似た者たちと四眼の民が同じ施設を作り、同じ粒子循環を守っていた。


 今、私は四眼の民と水路を直し、失われた工程を再構築している。


 行動の形が重なっている。



     *



 研究ノートへ、新しい事実を書く。


 粒子。


 世界を支える基本要素。


 危険なのは、未制御、未安定化の状態。


 銀脈根。


 生命触媒。


 粒子を生体へ適合する状態へ整える。


 古代施設。


 粒子を除去する装置ではなく、環境へ循環させるための制御設備。


 四眼の民。


 人間に似た種族と共同で環境維持計画を進めていた。


 補助セル。


 水路で充電。


 記録領域あり。


 データスレート。


 復元率六八パーセント。


 追加エネルギーが必要。


 最後に、一つの注意を書く。


 ――粒子が生命に必要であることと、人間が未処理粒子を吸って安全であることは別。


 記録が正しくても、自分の身体に対する安全性は証明されていない。


 宇宙服の外気浄化フィルターを外さない。


 高濃度粒子へ無防備で入らない。


 生命に必要な水でも、量や状態が違えば溺れる。


 粒子も同じかもしれない。


 危険物という認識を捨てるのではない。


 単純な毒という認識を改める。


 制御。


 濃度。


 状態。


 曝露時間。


 調べるべき条件が増えた。


 私はデータスレートを台座へ残した。


 補助セルの充電が進むまで、無理に取り外さない。


 六八パーセントの記録を繰り返し再生することもしない。


 残存データを損傷する可能性がある。


 今は充電。


 待つ。


 昔の友が残した記録は、流れが戻るにつれて少しずつ目覚めている。


 新しい実験を重ねるだけでは見つからなかった。


 後回しにしていたものへ戻ったことで、粒子の意味そのものが変わった。


 世界を汚染する異物。


 そう見えていた青白い光。


 実際には、この惑星を生かす流れの一部。


 壊れていたのは粒子ではない。


 粒子を生命へ渡す工程だった。


 四眼の民は、充電中の水路を見ている。


 青い光が流れる。


 補助セルへ入る。


 温室へ広がる。


 銀脈根の葉脈へ届く。


「流れが命」


 彼らの言葉を、私はノートへそのまま残した。


 それは水だけを指す言葉ではなかった。


 粒子。


 エネルギー。


 記録。


 種族同士の知識。


 失われたものは、流れが戻れば再びつながる。


 昔の友が残した工程も。


 今ここにいる友と作り直している循環も。



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