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現在〈いま〉此方より



『「そう、ただあなたの帰りを……」』


その者はすでに前を見ている。

すぐそばにいる存在を見ている。

それはその者が待ち侘びた瞬間でもあった———



 ◇   ◇   ◇




ルーカスは正面の魔族を睨みつけ、嫌悪感を露わにする。



「人を弄ぶ魔族め……お前をのさばらせておく気はさらさらない。ここで討伐する。」



ルーカスの口上を聞き魔族の男グラヴィティアはすこし浮いたまま見下ろし、嘲笑う。



「クフフ、この国の人間は私のことを歓迎していたのですがねえ、あなたとは気が合わないようだ……。我が主人の望みのため、この場で殺してあげましょう!」



ルーカスはアルカディアを構え、グラヴィティアと対峙する。



ルーカスは先制攻撃を仕掛ける。少し浮いている魔族の足元を狙って剣を振るう。



ルーカスは会話の間、ずっと彼の眼は魔族の足元にある浮遊魔術の破綻点を見ていた。



パリンというガラスの割れるような音が響き、グラヴィティアは体勢を崩す。



グラヴィティアはすぐさま真下に爆発魔術を放つ。



爆発を防御しながら後ろに下がった魔族はルーカスと距離を取る。



「へぇ、なかなか良い眼をお持ちのようで、ですがこれはきついでしょう!」


魔族はルーカスの周囲に球状にいくつもの構築を展開していく。



いくつもの魔術を同時に破壊することが困難な弱点を魔族の男は推測したようだ。


その推測は当たりだ。


しかし、ルーカスは周囲の魔術に目を留めず正面にアルカディアを構え、駆ける。


ルーカスの正面に展開された魔術を破壊しながらさらに進む。



魔族は怪訝に思いながらも自身の前に結界を展開した。



ルーカスは剣先が結界に当たる直前、さらに速度を上げた。


ルーカスの後方には先ほどまでルーカスの周りを囲っていた魔術が発動して雷撃が迫っていきている。




———アルカディアは万物を切り裂く。

それは結界も例外ではない。

結界を破壊するわけではない、ただすり抜けるように剣が通るのだ。



この剣は不思議と驚くほどルーカスの手に馴染む。



アルカディアは結界をすり抜けるように切り裂くと、グラヴィティアに迫る。




アルカディアは、剣が結界を抜けたことに驚き体を右に逸らすグラヴィティアの左腕に突き刺さり、切り落とす。



「グヴゥ」と苦しそうな声をあげる魔族にルーカスは追撃を仕掛けようとするが魔族はルーカスより少し離れたところに転移した。



ルーカスはそれを確認して、後方に迫っていた雷撃を走りながら一つ一つ対処していく。


避けながら見切っていくルーカスは少しずつグラヴィティアに近づいていく。



「なんですか、その剣は!…チッ、仕方ありませんね、すこし、本気で行きますよ……」



ルーカスはその言葉に怯えず、駆ける。



単発の魔術ではルーカスに見切られ、その隙に近づかれると結界をすり抜けるアルカディアがある。



魔族の男は爆発魔術を準備する。



「また、距離を取るつもりか。」



爆発魔術というのはルーカスの眼と相性が悪い。

爆発してしまえば、それはただの物質で魔術の域を離れているからだ。



ルーカスはその様子を見て一度立ち止まる。



ルーカスは近くに落ちていた剣を拾う。今ルーカスがいる場は兵と兵がぶつかっていた場所だ。剣ぐらいならいくらでも落ちている。



魔族の魔術が発動する。一瞬遅らせてルーカスは左手に持った拾い物の剣を投擲し、爆風の中を駆け抜ける。



「グッッ」と言う声が聞こえた。手応えを感じながらルーカスは先ほどと同じようにアルカディアを構えて走る。


爆風を抜けた時、正面にいたグラヴィティアの右足にルーカスが投げた剣は刺さっていることを確認する。


魔族に視線を戻した瞬間ルーカスの目に入ったのは爆発魔術を発動する直前の魔族の右腕だった。



「なっ、罠だったか!」



魔族の男はルーカスが爆風の中を駆けてくることを読んで更なる爆発魔術を用意していた。


ルーカスは咄嗟にアルカディアを盾にして右に飛び退こうとしたが、爆発をほとんどもろに受けてしまった。




「チッ、やってくれたな…」



ルーカスは全身から血を流していた…

立ち上がる前にルーカスは自身の右手にアルカディアがないことに気がつく。



10mほど後ろに自身の剣が飛ばされていることを確認した。



グラヴィティアはニヤニヤ笑いながらルーカスに近づいてくる。


ルーカスはすぐ側に落ちていた剣を拾い正面の男と向き合う。


魔族の男は魔術で剣を作り出し、ルーカスに切り掛かった。



 ◇   ◇   ◇



———激しい剣戟が続いている。


しかし、剣の腕はルーカスの方が上だ。


ルーカスの身体には小さい傷が増えているが、魔族の男はそれ以上に多くの傷が増えている。


ルーカスは少しずつ下がりながらアルカディアの方にグラヴィティアを誘導する。


剣の勝負では分が悪いと感じたのか、魔族は後ろに飛び退く。



ルーカスは近くまで来ていたアルカディアを拾い、下がったグラヴィティアに追撃を仕掛ける。



その時、魔族は自分の持っていた剣をルーカスに向かって投げる。



ルーカスはその剣を弾くとグラヴィティアに近づく。



切り付けようとした時、ルーカスの眼は魔族の様子の違和感を見切る。



ルーカスから視線が外れているのだ。こんな戦闘の最中に相手から視線を外すなんて言語道断だ。


それに今まで戦っているうちは苦悶の表情を浮かべていることが常だったのにも関わらず笑みが浮かんでいる。



ルーカスは嫌な予感を感じて瞬時に振り向く。



ルーカスの真後ろには先ほど弾いた剣が目の前にまで迫っていた。


自分の体を浮かせられる魔族だ。剣の一つ操ることは容易いのだろう。



剣を確認して体を右に逸らすが避けきれない。



ルーカスは左肩からの左半身を大きく切りつけられた。



ルーカスの苦悶の声が響く荒野……


魔族はもう一度ルーカスと距離を取り魔術を組み始める。



ルーカスは膝をつきそうになるが何とか耐える。



離れた魔族に攻撃を与えることは厳しい。



魔族が組んでいるのは爆発魔術のようだ。



ルーカスは少しの逡巡の後、再び近くの剣を拾い、アルカディアを逆手に持つ。



ルーカスはグラヴィティアから目を離さない。その瞬間、爆発が広がる。



ルーカスは爆風を受けながらも右手上げ後ろに引き、拾った剣ではなく"アルカディアを"投擲する。


ルーカスは慣れて来た痛みに耐えながら自身も魔族の方に向けて駆け出した。



グラヴィティアも投擲には気を張っていたが飛んできたのはアルカディアだった。瞬時に結界を張ったが、アルカディアだと言うことに気づくには遅すぎた。



———グラヴィティアの胸に深々と突き刺さるアルカディア



しかしまだ、グラヴィティアは息があるようだ。



アルカディアを引き抜きトドメを刺そうとするとグラヴィティアはルーカスの正面10mほど離れたところに転移した。



短い戦闘だがすでに互いに傷だらけだ。


方や左半身に大きな傷跡がある。

方や心臓を貫かれている。



血を吐きながらルーカスに向かってグラヴィティアは吐き捨てる。



「お、まえ…絶対に、生かして、返さないぞ……おまえも…おまえの仲間も……全てを、魔王様に捧げたこの身!私の命をもここで捧げましょう!お前たちもろとも吹き飛ばしてくれる!」


魔族はルーカスを睨みつける。



グラヴィティアは自身の魔族としての生命力を力に変換して、その膨大な力の塊を正面に放とうとしていた。



体の内側で力を溜め込んでいる以上ルーカスにはどうしようもなかった。






ルーカスは後方を確認する……どうやらグラヴィティアとルーカス、グラディア軍は一直線に並んでいたようだ。



こんなところでまでグラヴィティアの実力の高さが窺える。



ルーカスが避けると、グラディア軍は甚大な被害を被る。


ルーカスが防ぐことで被害が減るなら、これを見過ごす考えはなかった。



ルーカスは大きく息を吸う。



アルカディアを地面に突き刺し盾のようにする、右足を前に左足を後ろに置いて耐えるための体勢を整える。



右手でアルカディアを握るルーカスの右腕にはバングルがはまっていた。


すでに崩れかけのバングル。



フィストリアもすでに気づいてしまっているのだろう。



ルーカスは王太子である身でありながら、この場で死んでしまう可能性が一瞬脳裏をよぎる。



グラヴィティアの胸部から光が溢れ出した。



ルーカスはフィストリアのことを想いながら構える。



想像よりも早い後悔だ。


彼女を連れて来ていれば、きっと自分は無傷だったのだろう。



おそらく彼女はこの場に来てしまう。


ただルーカスは彼女だけを想う。


彼女が来る時、その時に自分の想いを伝えることができればと……



グラヴィティアが光を放出する。


ルーカスは構わず光に呑み込まれた。






 ◇   ◇   ◇






フィストリアはその日もマーシーとともに過ごしていた



日が落ち、曇り空、月の見えない暗く深い夜が始まった頃、マーシーはフィストリアの居室を退室してフィストリアは1人で窓の外を眺めていた。



その時のことだった。



お守りとしてルーカスに掛けていた魔術から反応があった。



魔術に反応するのは血が大量に流れた時である…



フィストリアは反応に息を呑む。



「っ…ルーカス……」



血が大量に流れた時という状況……これまでの戦闘で積み重なった流血量がこの基準を超えただけだということも考えられたが、フィストリアはこれを誤作動と思うようなことはしなかった。



フィストリアは自分が涙を流していることに気がつく。



彼を失いそうな状況が本当に訪れるとは思っていなかったのだ。



どこまで行っても彼であれば必ず無事で帰ってくる、そう思っていたのだ。


だからこそ、この留守番を引き受けた。



フィストリアは彼を守るための結界を組みながら反応があった地点にすぐさま転移した。






 ◇  ◇  ◇






ルーカスは光の中にいた。



アルカディアがこの力の奔流を脇に寄せているようだ。



兵たちにも被害はほとんど出ていないだろう。



それでもアルカディアの真後ろに立っているルーカスをひどい痛みが襲う。



奔流がルーカスを内側からも焼き尽くす。 



全身が焼けていく感覚がする。

身体中から血が流れている。

視界もぼやけてきた。



外傷は少ないのに身体が焼け付く感覚が続いている。





突然、奔流が弱くなった。




正面をよく見ると1人の女が立っている。




彼女が残りの力の奔流を受け切るとすぐに、ルーカスの方に向き直る。




「くくっ、フィストリア……来てくれたのか…」



ルーカスは膝をつき、彼女を見つめる。



「…っ…話さないでください、怪我がひどいです……内臓も、損傷しています。」




フィストリアにそう言われてもルーカスは言葉を続ける。




「……すまないな…すこし、ヘマをしてしまった…」




フィストリアは大粒の涙を流しながらルーカスの治療をしている。



ルーカスはフィストリアの色素の薄い髪に触れる。



それは今言うべきではないのだろう。



彼女に後悔を覚えさせてしまうかも知れない。



それでも何故か今だと思ったのだ。



ルーカスは途切れそうな声で言葉を紡ぐ。








「なあ、フィストリア……











……愛している」











ルーカスはずっと言いたかった言葉をフィストリアに送り、意識を失う。













 ◇  ◇  ◇













フィストリアは意識を失ったルーカスを近くの医療テントに転移させた。



中にいた治癒術師は王太子のボロボロな姿にギョッとした様子だったが、涙を流しながらルーカスの治療をしているフィストリアを見て、すぐに他の治癒術師を集め出した。



内臓の損傷はあらかた治癒させることが出来た。



それでもルーカスの身体は血だらけで息も浅い。



「うぅ、ルーカス…ルーカスゥ……」



フィストリアは涙が止まらない。この息が止まってしまうことが何よりも恐ろしい。


ようやく見つけた彼を失うことが嫌だった。


治癒術師が集まって来た。皆がそれぞれ治癒魔術をかけている、かけている者たちは戦争で治癒をしている熟練者たちだ。


それぞれの判断でルーカスを生かそうとしている。










自分はどうしてルーカスを失うことをこんなにも恐れているのだろうか。








たった4ヶ月にも満たない短い時間、フィストリアが生きてきた時間から考えると本当に短い時間だ。





———その答えはすでに出ている。




それでもフィストリアは過去を振り返る。




遠い昔の記憶が自分を恐れさせているのかもしれないと分かっているのだ。




自分がいつかルーカスに話そうと思っていたけど、結局未だ話していない自分の過去の話。




かつてルーカスと同じようにここまで自分のことを愛してくれた人が居たのだ。








———そう"居た"———







全ては過去のことだが大切な記憶である。


ルーカスの胸に手を置き治癒を施しながらゆっくりとしかしはっきりと動いている心臓を確かめながら、フィストリアはその懐かしい記憶を引き出す。




長い時間のせいかぼんやりとしていた記憶……




今なら自分の答えが間違っていなかったことが分かる。




やっぱり、あなただった。




彼の想いのおかげで自分はずっと生きていられたのだ……




ルーカスは彼とは違うけれど……いや同じ……確かに同じだ……






ああ………そう………




彼の名前も———













 ◇  ◇  ◇










歌声が聞こえる。懐かしく感じるような、美しい声音だ。



彼女の歌声を最初に聴いたのは初めて出逢った時だったか。



その"時計塔の情景"が脳裏に浮かび上がる。



少し目を開くとぼやけた視界の右側に白とも銀のようにも見える髪の女が見える。




男の身動ぎを感じたのか、歌がとまる。




女は男の側に近寄る。




女の声が聞こえた。




「ねぇ、ルーカス……起きてください、もう朝に、なりましたよ………」




「———あなたが目覚めて最初に言ってくれる言葉は何でしょう……」



少し、淋しげな声に男、ルーカスの意識がはっきりしてくる。


彼女の頬に手を伸ばす。








「………愛している、って言うのは、どうだろうか?」








もう視界もはっきりしてきた。目の前の女、フィストリアはルーカスの言葉に大粒の涙を流す。



ルーカスは今確かに生きていた。



明けない夜などなかった。






「ええ…私も………あなたを愛しています。」






これは、暗く深い夜、その夜明けであった。






フィストリアが歌った歌はいわば、彼女からルーカスに……愛する人に贈られる小夜曲〈セレナーデ〉なのだった。








 ◇  ◇  ◇









ルーカスの傍らには絶世の美女フィストリアが居る。




ルーカスは感慨深くつぶやく



「なんとか、帰って来れたのか……」



「ええ、まったくですよ、あんな無茶をして何の後遺症も残らなかったのは奇跡です。」



未だに涙の潤んだ様子のフィストリアはルーカスに告げる。



「ルーカス、私はあなたを愛しています。それと一緒に聞いてもらいたい話もあります。」



ルーカスは彼女の言葉を遮らずに聞く。



「私がずっと隠していた過去のことです。今まで自分から誰かに話したことなんてない話です。そのせいであなたにも伝えることが遅くなっていました。」



「俺が、君の過去を知ることでいまさら離れる人間に見えるのか?」



ルーカスがからかうようにフィストリアに聞くと、フィストリアは微笑んで返答する。




「離してくれないと思ったから話すんですよ。」




そう言ったフィストリアは嫣然とした様子で話を続ける。









「私の名前は、フィストリア・アス・バンシィ・アミエナ・アンバラシア、かつてこの大陸を統一し『黄金の果実』を手に入れた帝国、アンバラシアの第三皇女、それが私です。」



ルーカスとフィストリアの首元には契約の際に生まれた刻印がある。


そのアンバラシア帝国の紋章が黒く目立っていた。





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