黒剣
『流れていく時間は多くのものを変えていく』
その者はそれを見ていた。
ただ1人変わらない、変われないまま。
◇ ◇ ◇
あれからまた数日を経て、ようやく建国祭の日がやってきた。
朝、まだ早い時間。ルーカスはフィストリアと廊下を歩いていた。
彼はグラディアの国色である黒を基調とした正装で身を包んでいる。
「それにしてもこの正装で国民の前に出るのは久しぶりだ。」
「やっぱりルーカスには黒が似合いますね。あなたらしくて良いと思います。」
2人はこの日もありふれた会話をしていた。
そんな会話も尽きる頃、ルーカスはこの日フィストリアに頼んだ仕事を確認する。
「それじゃあ、午前中は任せたぞ。」
ルーカスはフィストリアに確認する。
「ええ、安心してください。」
フィストリアは自身ありげに答える。
彼女が居たとしても今回の建国祭には不安事項がある。
先日のランドルドの一件、ランドルドは北東の小国、北の大国と繋がっていた。
北の大国は今現在、最も勢いのある国だ。
魔族の力を利用して、戦争転用しているのだ。
ランドルドの息子であるグラードはそんな国の支配魔術を学んだのだろう。
魔族の力を制御するためか北は支配魔術が発展している。
そんな北の大国からの間諜が潜んでいたのだ。
国王やルーカスだけでなく、ほかの王族も民の前に現れるこの祭は敵にとっては格好の的だ。
この機会を逃してくれるはずもない。
「今日は午前中に国王の挨拶がある。その際に俺が王太子になるということを公布し、その後民たちの前で俺が簡易的な儀式を行う。」
ルーカスはこの日、王太子となる。
父王はやはり、この日に向けて準備をしていた。
今回の祭典は建国を記念するものであるのとともに、ルーカスを王太子へ任ずる式も含まれているのだ。
民たちからの信頼も厚いルーカスを民の前で王太子に任ずることで彼の元で戦いたいと、王宮に集まる兵士や魔術師の数を増やそうと言う目論みもあり、民や兵の士気をあげようとしている。
この大陸では力のある者は戦場に送られることが常だ。
ルーカスほどの力を持っている者は大陸でも稀で、たとえ王太子となっても戦争の前線で指揮を取り戦うことになるし、他の国でも特に珍しいことではない。
その結果、王太子や王族が戦場で失われることもあるが、それはこの時代である以上、仕方のないことなのである。
力ある者が国のために戦うと言うのがこの大陸の常識なのだ。
この時代の王族は最後に国が残っていることだけを何よりも重視している———
「もちろん、覚えてますよ。あなたへの攻撃は必ず防ぎますし、民への攻撃も防いで見せましょう。」
微笑みながらそう話すフィストリアの自信はそれが言えるだけの実力に裏付けられている。
実際、先日のランドルドの一件では強力な魔術師としての力を存分に発揮してくれた。
ルーカスや国王を狙うのに絶好の今日は一人でも十分な効果を発揮する魔術師が現れると考える方がいいだろう。
ある程度強力な魔術師であれば多数の人間を葬ることは容易だからだ。
「頼みにしているぞ。」
ルーカスはフィストリアに全幅の信頼を寄せ、返答した。
◇ ◇ ◇
王族としての正装に加えて金糸の装飾がされたマントを身に纏ったルーカスは現在、国王の言葉を後ろから見ていた。
祝辞を述べる国王は威厳に満ちており、民たちからの畏怖の念も感じる。
国王が威厳に溢れているからこそ、ルーカスの接しやすい態度が民にはより一層親しみやすく感じられるのだろう。
「———そして今日この日、我が息子、第一王子ルーカス・ジオ・カーライル・ロイス・グラディアを王太子へ任ずる。」
そう重厚な声音で続けている国王の話を聞きながらルーカスも民の前に出てくる。
ルーカスは民の前まで歩き、身を翻して国王に向き直り跪く。
「これからの時代は変遷と征服の時代だ………ルーカス、お前は戦争、内政において一生をこの国に投じる覚悟はあるか…?」
それは国王からルーカスへの最後の確認であった。
前回の黄金の果実の成熟からすでに297年が経っている。
残りの3年は今まで溜めてきた国力を解放して戦争の絶えない期間になるだろう。
大陸は変遷を迎え、最後に残る派閥が大陸を征服する———
本当ならば永遠の平和を願いたいが、そんなものが無いことは歴史が証明している。
彼の願いも一時的なものにしかならないだろう。
それでも願いたいと思うのだ。
せめて自分の手の届く範囲の人が苦しまない時代を作るために。
———大陸の平穏を。
そんな時代を王太子として、次代のグラディア国王として、生きていく覚悟があるのかを国王はルーカスに聞いているのだ。
ルーカスは国王の目を見つめ返す。
「覚悟など、とうの昔にしてきました。私は自分の一生をこの国、この大陸のために使いましょう。」
そう短く返したルーカスを見て、国王は一瞬暝目して自身が携えていた剣を鞘から引き抜きルーカスへ手渡した。
その両刃は黒く、鍔には金色の装飾がなされ、握り部は黒と金のその剣は一般の兵士や騎士、近衛兵が持っている剣とは違う物であると……異質さを示していた。
◇ ◇ ◇
グラディア王国がまだ、グラディア公爵家だった時、公爵家の初代当主が果実に願ったことがある。
その者はとんでもない剣の実力を戦場で示し、若輩者ながら帝国で皇帝の娘を貰うまでに至った男だ。
自身の剣の腕を磨くことに一生を捧げ、皇帝から与えられた果実の利用権をも自分の剣の腕を上げ、自分の理想に到達するために使った。
その願いが、『苦しみや万物を断ち切り、理想を手に取れる剣』だったと伝わっている。
当主の男は自身の力に剣の方が耐えられないことを憂いていた。
そこで果実に剣を願い、世界で最も優れた一振りを手に入れたのだ。
———その剣はグラディア公爵家が王国となってからも受け継がれている。
◇ ◇ ◇
『国宝アルカディア』を帯び、ルーカスはゆっくりと民に顔を向けた。
その剣は王族の中でも最優の剣士に与えられるものだった。
遠くの方、2人が初めて出会ったあの城都で最も高い時計塔にはフィストリアの姿が見える。
再び国民の方をしっかり見てルーカスは宣言する。
「グラディア王国の民たちよ!ルーカス・ジオ・カーライル・ロイス・グラディアは王太子として、前線に立ち、戦線を保持する剣士として大陸の争いを終わらせることを約束する!」
その言葉に国民は沸き立つ。
ルーカスは国民を前に大胆なことを口にした。
とは言え、この言葉は彼の決意でもあり実現可能な未来でもあった。
現在存在している大国はそれぞれが黄金の果実に願いを叶えてもらった者たちの子孫である。
祖先が願った物の中でもアルカディアは最も攻撃性能の高い代物だ。
この剣は継承者たちが、自らの理想郷を切り開くために使用した代物である。
グラディア王国となってからの236年間……その意志を汲んでルーカスは大陸から争いの途絶えた理想郷を作るために戦うことを国民に宣言したのだ。
沸き立つ民衆にルーカスはその後も挨拶を続けていた。
◇ ◇ ◇
国王が祝辞を述べる前———
フィストリアは城都にある高い時計塔からルーカスの居るであろう場所を眺めていた。
はじめはこの場で知った第一王子。
それまでは名前も顔も知らなかった。
それでも自分の希望で王子に仕えることにした。
彼とは契約魔術による契りを交わした。
フィストリアの首元には黒い刻印が残っている。
それは自分の生家の紋章———
今はもう無い家とは言え、少々軽率な事をしてしまった。
私は彼にこの紋章を継いで欲しかったのだろうか。
この刻印に特に意味はなかったはずなのに頭の中で反芻される。
歴史の荒波に埋もれた記録であるが、彼が気づいてしまう可能性もある。
そして、ランドルドの一件では自分の力を見せてしまった。
恐れられるかとも思ったが彼は変わらずフィストリアに接していた。
『次こそ彼は私を恐れてしまうだろうか』
密かながら自分が長年恐れていたことだった。
そして今日は王都の警備を任されている。
「出会ってから数週間の女にこんな事を頼む王子なんてあなたくらいですよ……」
とフィストリアは自らのことながらあまりに怪しい自分を微苦笑しながら強大な魔術構築を組んでいた。
魔術は言語ごとに円環に文字が綴られる。それを何重にも重ね合わせて効果を強力にしたり、破綻点を隠したりする。
魔術言語は1万近くあると言う。
彼女の腕の中には数百もの円環が組み合わさっている。
その巨大な魔術構築は彼女が1時間ほどをかけて組んでいた代物であった。
難しさも最初にルーカスに見せた風魔術の比ではない。
「任された以上、あなたの城都で殺傷事件は起こさせません。」
国王が出てこようとしていることを確認して、
フィストリアは自身の両腕を空に向ける。
フィストリアが組んでいたのは広範囲の結界である。
魔術の反応を感知する結界で発動場所までの距離を測り瞬時に転移できる代物である。
魔術師が多ければ多いほど転移魔術を乱用することになってフィストリアに負担が大きいが、今回騒動を起こすのは多く見積もっても30人の魔術師といったところ……
それ以上の魔術師を、捕らえられ処刑される可能性の高い敵国に送ることはしないだろう。
そう考えるフィストリアは早速、探知にかかったことを確認して転移した。
◇ ◇ ◇
フィストリアが転移したところ
場所は国王から100mほど離れている路地の出口であった。
相手の魔術師は4人。
急に現れたフィストリアを見て隊長格の男が口を開いた。
「何者だ!…いいやそんなこと構わん。お前たちその女を拘束しろ!」
と瞬時に判断した魔術師たちはフィストリアに拘束の魔術を放つ。
フィストリアはそれをするりと避けて同じく拘束の魔術を放つ。
一瞬反応の遅れた者から捕まえられていき、あっという間に残りは隊長格の男だけになってしまった。
「なんだ……なんなんだ、お前は。その魔術構築、洗練されすぎている。20年やそこらじゃ到達できやしない!」
男はフィストリアに風魔術を放つ。
風刃が彼女の頬を掠める。
しかし、彼女の頬の傷はスッと修復される。
その様子は人かどうかも怪しいものであった。
「ッ…なんなんだお前は———」
と、そこで隊長格の意識は途絶えた———
「年のことを勘繰るなんて、ダメですよ。」
フィストリアはため息をつく。
「はあ、それに、やっぱり見る人が見ればわかるものなんですね……。私が広範囲結界を展開しながら魔術を利用していることなんかは……。」
物音に人が少しだけ集まってきたが、フィストリアは構わず拘束して気を失った魔術師たちを連れて転移する。
やがてそこには警備の人間が集まり、民衆を解散させるのだ。
フィストリアは捕まえた者たちを牢屋の前に放り投げる。
「ええと、ここに置いておけば後は王宮の魔術師や兵士がどうにかしてくれるんでしたよね。」
そう言いながら次にかかった地点に転移した。
◇ ◇ ◇
フィストリアはあらかた終わらせて時計塔に戻ってきていた。
「ふぅ、少し疲れましたね。探知に掛からなくなりましたし、これで終わりでしょう。」
フィストリアが捕まえた魔術師は16人。
その他にも怪しい動きをしていた者を4人捕えた。
フィストリアは王の呼び声で前に出てきたルーカスを眺めていた。
「あっ、今こっち見たかも。」
とフィストリアはルーカスの視線に気づく。
1Km以上離れていもはっきりと自分に気づくルーカスにフィストリアは微苦笑する。
「私もおかしい存在ですが、あの人も大概ですね……」
流浪の旅人として旅をしてきた中でもルーカスのような魔術構築を見切れる眼を持った人間に会うことは多くなかったし、その中でも彼の黒い瞳は、飛び抜けておかしい。
あの全てを呑み込んでしまいそうな黒色の眼差しと彼の黒剣アルカディア———その2つは"彼を"象徴するものでフィストリアはふっと昔のことを考えてしまう。
国宝アルカディアを構えて、魔術で拡声されている彼の声を聞きながらフィストリアは昔のことを思い出していた。
◇ ◇ ◇
舞台を降りて正午を回る頃、自室に戻るとすでにフィストリアが待っていた。
昔日を思うような双眸でルーカスを見つめていた彼女に少々不満を覚える。
確かに自分を見ているが絶妙に別の人間を見ているかのようなその双眸がすこし気に入らなかったのだ。
「どうした、フィストリア。そんな昔のことを思い出すような眼で俺を見て。どうせなら俺自身を見て欲しいんだが……。」
ルーカスがフィストリアに話しかけるとフィストリアは少し焦った様子で切り替えた。
「いいえ、すこし、古い知り合いを思い出していただけですよ。」
そう返すフィストリアは自分の心に少しの痛みを覚えた。
そのことのわからないルーカスは話を続ける。
「そうか、まあいい。午前中はよく働いてくれたそうじゃないか。魔術師16人と不審人物が4人か……助かった。」
率直な感謝を返すルーカスにフィストリアは微笑みながら答えた。
「ふふ、言ったでしょう。余裕ですよ。」
「そんなこと言ってたか?…とは言え、確かにフィストリアには余裕だったらしいな」
とそんな台詞を言いながらも微笑む彼女を見て一瞬頭痛を感じたが、朝のことを思い出すと、自信満々だった彼女が思い出されルーカスも笑みがあふれる。
「午後からはどうする?城都に出てみるか?」
そう聞くルーカスにフィストリアは
「そうですね、最近は忙しくて城都にあまり出れていなかったですし、今日くらい外に行ってみましょう。国民も喜びますよ」
そう言うフィストリアにルーカスは午後からの外出に思いを馳せる。
ルーカスの腰では黒剣アルカディアの黒と金で施された鞘の装飾が煌めいていた。




