最終話 遥か彼方にて
大陸の風は古い話を運んでいる。
歴史に埋もれた男女の約束はやがて大陸に変革をもたらし、新しい時代の礎となる———
その話は誰も知らない。
しかし、確かに存在した御伽噺だ———
◇ ◇ ◇
男は戦争で最後まで戦っていた。
最後の最後、男は西の強国最強と謳われた将軍と対峙した。
「残りの将軍はお前だけだ。」
男は将軍に言い放つ。
「くくく、まだ、我らが王は生きている。それならば諦めることなどできるわけが無かろう…」
将軍の言うようにこの将軍が男を足止めしている間に王は逃げている。そんなこと男にもわかっている。
「貴様をここで足止めする…それが我の最後の戦いよ!」
「それなら、僕はお前を倒して先に進むだけだ!」
男が叫ぶ。
思えば、不思議とこのやり取りにも既視感があった———
しかし、こうして男と将軍の戦いが始まった。
戦いは終始、男が優勢だった。
西最強と謳われた将軍でもこの男の剣術には敵わなかった。
その剣術の腕前は真に大陸最強であった。
『もはや比肩する者など居ない———』
そう…経験で上回っているはずの将軍でもその若い男には隙が"一切無かった"。
将軍が上から剣を振り下ろす。
男は下から剣を振り上げる。
男の剣は長い戦いで疲労が溜まっていたのだろう。
将軍の剣の軌道をずらすことは出来ず、折れてしまった。
"しかし、男はそれを見越したかのように剣を避けた。"
「な…何っっ!」
将軍が驚愕するのと同時に男の折れた剣の鋭い断片が将軍の喉元に薄く突き立てられる。
「さぁ、お前の負けだ。」
男と将軍の間には並々ならぬ力の差があった。
男は今回の戦いで何も失わなかった。
敵の将軍を殺さずに生かすことが出来るほど実力が上回っていた。
今回の戦争、あらゆる勘が当たる気がした。
現に剣は折れたがそれも見越して動くことができた。
———男はその後も勇猛に戦い、戦争はいつのまにか終わっていた。
◇ ◇ ◇
帝国は西の強国を倒したことで大陸最強の国となった。
男はその後、戦場でのこれまでの功績から爵位が与えられることになった。
男は大陸最強の名をほしいままにした。
男は静かに喜んだ。
しかし、心にぽっかりと穴が空いたような感覚を覚えていた。
男には皇女が降嫁されるらしい、皇女は選ばれている途中らしいが、それに伴って男は公爵家当主となった。
その褒賞は…不思議と心待ちにしていたもののように思えた。
それからの日々、男はいつものように剣を振るう。
何故かこうしている時は、色んな声が脳裏を巡る気がする。
『忘れてはならない———』
男は声を聴いた気がした。
振り返ってもそこには誰も居なかった。
———今の彼には何かが足りていなかった。
しけし、今の彼は"折れた剣"などではない。
彼は"完全なる剣"として完成しつつあった。
◇ ◇ ◇
あれから数週間が経った。
男には休暇が与えられていた。
この日、帝都は暖かな陽光に照らされていた。剣を振るだけで無く、気分転換に帝都の周りを散歩することにした。
帝都は元より大陸の中央に近い所に在る。
大陸随一の国となったことでこの場所が有利に働く面も多い。
男は何も考えずに歩く。
石畳みから逸れて林に入ってみる。緑を巡りながら森に入り、気が向く方に進んでいく。
数時間歩き続けただろうか。
何かに導かれるように歩を進めた。
木の葉が宙を舞っている。
少しくらい森の中に光が差し込む。
すると、目の前に広大な空間が現れた。
そこは、平原が円形に広がり、花畑となっていた。
男はそんな神秘的な場所に足を踏み入れる。
平原の中央は少し丘になっていた。
丘に登ると同時に少し硬くなった大地を進む。
その丘は妙に円形に広がっていて違和感を覚えた。
やがて進むと細く、黒い影が見えた。
男は好奇心に駆られて近づく。
黒い影…それは"剣"だった。
ただの剣じゃない、黒と金の美しい剣だ。
ご丁寧に側に鞘まで立て掛けてある。
男はその剣を丘から引き抜く。
妙な所に刺さっていた剣は鈍である可能性もあったが、そんな考えは掻き消えた。
この剣は史上最高の代物であると。
そんな、妙な確信があった。
しかも、その剣は男の手に不思議と馴染んだ。
男は不意に剣が刺さっていた所を覗き込んだ。
そこには木のようなものが見えた。
土を払い木を確認する。
しかし、いくら払っても全体が見えない。
自分が立っているこの丘、足元が少し硬いと感じたが、まさか…
「何だ…この木…もしかして、とんでもない大きさだったのか?」
不意にそんな言葉が溢れる。
突飛な考えだが、不思議と確かなことのように感じた。
「随分と綺麗に切られた後だ。相当な腕前の人間が居たんだろうな。」
その者は自分に比肩するのだろう。
大樹……切り倒された後……黒い剣……
「しかし……まだ……何かが…足りないような……?」
男は不思議と少しだけ頭の痛みを感じた。
◇ ◇ ◇
それから1年が経った。
◇ ◇ ◇
最近の大陸には戦闘が無いが、男は剣を帯びて街に出ていた。
一年前に見つけたあの黒い剣だ。
妙な事で何でも切れると思えばその通りになるような異質な剣だった。
初めてそれに気づいた時は「そんなお伽話のようなことがあるのか?」と思ったものだ。
ところで……帝都には高い時計塔がある。
滅多に人の訪れないその塔は男が不安を覚えた時に上る所だった。
帝都のほぼ全域を見渡せるのは城を除いてここだけだ。
男は高い所から人々を見て、それらを守っているという実感を得ていた。
しかし、最近はその頻度も減っていた。
不安に駆られるのが少なくなったから。
それは、戦闘自体が減ったのが大きな理由だろう。
しかし、今日はそこに向かう。
男は不思議と今日…この場に向かいたいと思ったのだ。
誰かが自分を呼んでいる。
そんな感覚を覚えていた。
日は落ちつつ、暗い綺麗な夜空が帝都を包んでいく。
階段をゆっくりと上っている時、少し離れたところから歌声が聞こえた。
その歌は耳を通り、脳裏に訴えかけてきた。
男は不思議と階段を登る速度が速くなる。
『たとえ、全ての忘却の果てでも彼女を見つけなければならない。』
そんな言葉が脳裏にこびり付く。
「何かを忘れて———」
その歌は聞き覚えがある。
「俺は———」
この夜空と自分、彼女にも見覚えがある。
酷く…頭が…痛む。
いや…そんなことも関係ない———
彼女が夜空の元で歌いながら男の方を見る。
彼女の歌、それはいつか聞いた歌だ。
「ずっと———」
それでもあの時とは違い、別れを悲しんでいた歌ではない。
男は…ルーカスは、この光景に見覚えがある……いや、あった。
涙が溢れる。
いつも何かを忘れている気がしていた。
忘れ物は無いのに何度も確認する。
それでもその感覚は消えない。
俺の前方に未来が広がっていて、その方向に進まなければならないとしても……俺が忘れたものが君ならば、俺は喜んで振り帰ろう。
女が美しい声音で口を開く。
その姿はルーカスを迎えているように見えた。
全ての既視感が繋がる。
「ずっと、ずっと……待っていました。あなたの初めの声を聞かせて下さい———ルーカス。」
指で涙を拭いとり、彼女を、この世で、最も大切な存在を見つめる。
ルーカスも声が口から溢れる。
何年…何百年…何千年と君と離れてしまおうと、その果てでこれだけは伝えたいと思っていた言葉があった……
「———君を愛しているんだ……フィストリア……」
ルーカスは声が震えながらも言葉を紡ぐ。
「———なぁ、フィストリア。俺の側で一生を共にして欲しい。どうにも俺には君が………必要だ。」
彼女はポッカリ空いた空白を埋める最後のピース。
「ええ、もちろん———私にも、あなたが必要です。」
そう言って彼女は涙を流した———
◇ ◇ ◇
———全ては忘却の彼方に訪れる物語だった。
こうして2人は運命の果てに再会する。
何回もの輪廻の果て、大陸には変革が訪れる。
王樹と果実の存在しない大陸。
大陸には人知れず大樹の力を簒奪し、戴冠した者たちがいた。
やがて王の名を冠するその者はこの時代の人々と生きる。
その先にある王樹によって与えられた変化も受け入れて。
ルーカスは夜空を見上げる。フィストリアが再び歌を歌う。
これは遠い過去から現在へ届く———
その物語は遥か彼方より歌われていた。
そう、それは大陸と彼女の王に贈られた。
高い塔では今日も歌が響いている。
その歌は、いつかと同じ、彼女が愛する人に贈る小夜曲であった。
とういうわけで、本日をもって小夜曲は閉幕となります。
1ヶ月強になるご愛読に感謝申し上げます。
初めは私のこう言う作品が欲しい!!って言うのを具現化していっただけだったんですが、意外と筆が乗るものですね。
そんな作者の思いつきで始まったような作品なので、まだまだ気になることがたくさんあるかと思います。
後日談を書けたら書こうと思っているので、お待ちいただくことになります……
ここまでこれたのは読んでくださる皆さんのおかげです。
私の拙い文章を、読んでくださる人が一人でも居ることが書き続けることのできた動力となっていました。
心から感謝申し上げます。
私もちゃんと完結まで持っていける自信はありませんでしたが、読んでくださる皆さんがいるから、作者は頑張れました。
どうか私の小夜曲が終わったあとも、楽しいと思える作品を皆さんが見つけてくれることを願っております。
小夜曲は完結しますが、これからも時間を見つけて新しい作品を書いていこうと思います。
その時、またお会いできたら嬉しく思います。
最後までお付き合い頂き、感謝申し上げます。
では、またどこかでお会いしましょう。
南空葵でした。




