真実
二人はあれから、再び王樹の最深部へと足を踏み入れていた。
黄金の果実を手に取っても、王樹の黄金の光は収まりを見せない。
王樹は途轍もない力を蓄えている。
何かがあれば、今以上の惨劇を引き起こしかねない。
アドラスの導きもあり、この場に二人は立っていた。
ルーカスはアルカディアを腰に、フィストリアは黄金の果実を手に、王樹の様子を確認していた。
今や黄金の果実の魔術言語を完全に理解した彼女が主に様子を見ていた。
今まで、果実の生成物を目に穴が開くほど解析していたことが、黄金の果実の言語を紐解くことで全てが繋がったらしい。
ルーカスも辺りを見回す。
「それにしても、ここは黄金の光が溢れているな。よく見ると、光は一つ一つが火種のような小さな光だったんだな。」
不意に、ルーカスは外側から一つの火種が寄ってきていることに気づいた。
彼は好奇心から、それを視線で追いかける。
すると、果実が成っていた部屋の壁に、火種が溶け込むように消えていった。
それに違和感を覚えたルーカスはフィストリアに問いかける。
「なぁ、フィストリア。もしかして、この奥にもう一つ部屋があるんじゃないか?」
「自由にしてみて構いませんよ。今、何か少し…変なものを感じていたので。確認していますね。」
彼女の許可を得たことで安心したルーカスは火種が吸われていった壁をよく観察する。
ルーカスの眼に違和感は映らないが、不思議とここに何かがあるようにも感じる。
ルーカスはアルカディアを構えてその壁を切り刻む。
一瞬でその壁は崩れ去る。現れた細い通路はより強い光が溢れていた。ルーカスは外よりも強い光が溢れる通路に歩を進めた。
◇ ◇ ◇
通路は想像よりも短く、すぐに広い空間に出た。
そこは位置関係的に王樹の中心なのだろう。
そこには、火種が無数に集まって蠢いていた。
「王樹の光の源なのか?」
ルーカスはその光に触れようと手を伸ばす…しかし、その瞬間。
自分の脳裏に知らない記憶が流れ込んだ———
その少年はある村の出身だった。
その少年は弱かった。
その少年が近くの山に行っていた間に村は魔獣に破壊され尽くした。
その少年は剣を握った。
その少年は生きるために軍で職を手にした。
その少年は弱かった。
その少年はしかし誰よりも努力をした。
そして、その少年は一介の騎士として人生を全うした。
ルーカスは素早く手を引き、そしてよろめく。
0.1秒と満たないその一瞬で流れ出した記憶の塊…もう少しでも長く触れていれば、脳が焼き切れていたようにも思えるほどだった。
その記憶は誰かの人生のように思えた。
しかし、ルーカスには勿論そんな覚えはない。
彼は確かに、前世、少年と似た村に生まれ、村が破壊され、剣を握った。そして、軍に所属し、生き続けた。
しかし、明確に違う点があった。
それは、ルーカスが個として強力である点だ。
それでも、不思議と少年のことを他人事に見えなかった。
ルーカスと似た剣筋を確かに持っていた。剣を振る癖が似ていた。それだけじゃない。同じ顔、そして体格まで殆ど一致していた。
そして、今のルーカスはこの感覚を知っていた。
記憶を呼び起こされる感覚。
それは———
「魂に…刻まれた記憶……」
しかし、彼は顔を振る。
「これを、俺が経験した…?あり得ない…意味が…わからない。」
「それこそ、人の魂が輪廻しているみたいじゃないか……」
大陸における死生観は、死んだ人間の魂は空気中に溶け消え、安息を得られると言うものだ。
もし、ルーカスの呟きが真実であれば、大陸を根幹から揺るがすことになる。
「おかしい…が…確かに…少年の記憶の村は俺の出身の村とほとんど一緒だった…」
それどころか、暦、周囲の人、出会う人、その全てが同じだった。
違ったのはそれこそ、地形くらいだった。
少年の村が襲われた時居た山はルーカスの記憶ではもっとなだらかな丘のようなものだったはずだ。
二人の記憶の間に長い時間があったとしても———
「いや……たとえ、輪廻していたとしても、そんな偶然があるはずがっ———」
「ルーカスっっ!!」
その時、フィストリアが後方から走ってきた。彼女の表情からは焦りが見える。
「っ…どうしたんだ。フィストリア?」
「まずいです。端的に伝えますよ!!この王樹……爆発寸前です!!」
◇ ◇ ◇
それは、ルーカスが通路に進んで行った頃。
フィストリアも王樹に触れ、何かに違和感を持っていた。
「王樹が集めていたエネルギー………は、どこにいったのでしょうか…ほとんどが果実に使われているのでしょうか?」
しかし、その考えをすぐに否定する。
「いえ、魔術構築に近い黄金の果実に青を発するほどのエネルギーは必要ないはず……」
フィストリアは思案する。
そのエネルギーの塊こそがアドラスが忠告した危険なのだろうか。
彼女は王樹内部の力を探り出す。
自身の解析技術はこの3年弱で飛躍的に向上した。
天絡の浮遊石や盤外の書は良い研究資料だった。
そんな彼女が王樹を探るのだ。
その行動に、大して時間は掛からなかった。
しかし、その結果に彼女は軽く絶望する。
「王樹の力はほとんど排出されていない………王樹の内部に溜め込まれた力は既に満杯……爆発寸前……ということ…ですか…?」
その瞬間、愛する人が王樹の内部に近づいていたことに気づく。
「っっっ…ルーカスっっ!!」
◇ ◇ ◇
「こんなの、どうしようもありません…言わば、王樹による大陸の浄化作用……人の身で止めることなんて出来ません……!!いっそのこと二人で何処かへ———」
「落ち着くんだ…フィストリア。君の誘いは光栄だが、俺たちには…まだ出来ることがあるはずだ。」
慌てている彼女をルーカスは宥める。
「そ…そう…ですね。少し、取り乱しすぎてましたね…」
「王樹ほどの大樹に溜められている力の爆発、大陸の文明どころか、人間もほとんど死滅するんじゃないか…?」
「自然の理に触れている魔術でもこれはどうにも…」
アドラスは一瞬なりとも、神に近しい力を手に入れた。
アルカディアの本質と果実の成熟、古代魔術への到達。
ほぼ同時に起こった奇跡の積み重ねが彼を打ち倒せたのだ。
だが、その彼が言ったのだ、君たちに託すと…ならば、何かこれを打倒し得る何かがあったはずだ。
ルーカスは思考を巡らせる。
フィストリアの思考は論理的な考えに特化している。
突飛な発想は俺の分野だ。
アドラスは何と言っていた…?
『「貴殿に…任せよう……」』
アドラスは確かにそう言っていた。
「俺になら何かが分かるのか…?」
二人にではなく、貴殿に。
それは、フィストリアには無くてルーカスにあるものが突破口になっているということなのか。
それも、アドラスが知っていること……
ルーカスは彼との激闘を振り返る。
まず、アルカディア…担い手の意志に応えるという本質を知ったことで今なら最大限力を発揮できるだろう。
天絡の浮遊石…いやこれは、極論フィストリアにだって可能だ。
王としての地位?いや違う、そんなもの今役には立たない。
友人の喪失?それはルーカスに絶望を与えたが魂が輪廻しているという仮説がある今、喪失の苦痛は少しだけ和らげられた。
———魂の輪廻……?
ルーカスは知っている。魂の熱を……
そして、それはアドラスも同じだ……
そうだ、忘れていた…
己が感じた魂の感覚…
それこそ目の前の———
「…まさか…今目の前にある黄金の火種……それが全て人の魂だと言うのか…?」
思えば黄金の光が王樹から溢れ出したのはアドラスによる腐食の雨で大陸の半分の人間が死んだ後だった。
崩壊寸前の王樹と魂の輪廻。
「王樹が魂を回収して…崩壊と共に文明を原初に帰す———」
「そうして崩壊した大陸に始めの魂が肉体を得る。それから再び文明を再構築していく。今と同じように……?」
それが先ほどの記憶の正体と言われれば、自分の口から溢れ出した言葉は不思議としっくりきた。
ルーカスがつい先ほど視た記憶はそう言うことなのだろうか。
同一の魂を持つ者は似た運命を辿る……
それこそ、環境が似ていれば更に酷似するだろう。
数回…数十回…数百…数千と繰り返されたのかもしれない。
その果てに今…自分が居る。
ルーカスは努力と継続だけが取り柄だと、小さい頃感じていた。
それは、今もそう思っている。
それがあったからこそ…今の自分が有るのだと。
それは、あながち間違いではなかったのかもしれない。
少年の記憶とルーカスの記憶の相違はそんな小さな努力と継続の結晶なのではないかと。
ルーカスは予測する。
ルーカスの類稀なる眼は過去の自分が学んだ魔術構築から違和感を感じ取っているんじゃないのか?
元々ルーカスは大して魔術の勉強をしてこなかった。
それでも魔術を見ればそれがどんなものなのか理解し、破綻点を見つけることができる。
魂に刻まれた太古の記憶がルーカスを助けている。
既視感を覚えるのも、勘が鋭いのも全て、一度見ているから……
それは———
過去の自分の積み重ねがルーカスを創っている。
と言っても間違いはなかった。
「人々はこの大陸に縛られ続けている。王樹につけられた枷によって……」
ルーカスはフィストリアを見つめる。
それは、継続を選ぶか、変革を求めるかの重大な分け目だった。
「フィストリア…俺の考えを聞いてくれ……これは、大陸と王樹の真実に関する推測だ……」




