希望
「黄金の果実が……成った……」
ルーカスが呟く。
「どうして…………まだ、300年も経っていません!!」
フィストリアが焦りを見せる。実際、まだ半年近く時間があるはずだった。
遠く王樹から黄金の光が垣間見える。
それは、暗闇に包まれたシルヴァリオンの大地からも見えていた。
この瞬間ルーカスの脳内には様々な願いで溢れる。
フィストリアのこと、友人のこと、民のこと…
しかし、次の瞬間。
ルーカスの真横をすごい速度で通り抜けた存在がいた。
アドラスだった。
「フィストリア!!奴に奪われてはダメだ!!」
ルーカスは咄嗟に言葉を発した。
フィストリアは頷き、アドラスに魔術を放つ。
奴は黄金の果実に向けて一直線に"飛んでいる"。
ルーカスは奴の違和感を感じ取る。
「なんで奴は転移魔術を使わないんだ…?」
「融合から少しずつ、思考が鈍化しているのかもしれません。冠も壊れかけでしたし…それか、魔術に関する記憶の一部が欠落しているのかも……」
アドラスは崩れかけのパンドラの冠を用いて意識を繋いでいたように感じた。
それが壊れかけているなら、取り込んだ数多の存在と意識が溶け合っているのかもしれない。
どちらにせよ、そうして二人はその希望に向けて移動した。
◇ ◇ ◇
我は金色の光を見た瞬間動き出した。
あれは、我が今、最も欲しいものだった。
我が真に完全性を手にするため———
我を誰にも否定できない存在にするため———
そのためならあの二人などどうでも良かった。
アドラスの脳内には幾万もの願いが溢れる。
地上には帝都に向かっていたであろう連合軍の亡骸が幾千幾万と倒れていた。
しかし、そんなもの今のアドラスの目には入っていなかった。
数十秒でシルヴァリオンの領空を抜けた。
目の前には王樹がある。
そこからは黄金の光が……
「あぁ…ようヤクか……我の……果実ヨ……」
しかし、光る果実の前、王樹の最深部には人影があった。
アドラスはその時初めて、絶望と憎悪を覚えた。
その者たちに叫ぶ———
◇ ◇ ◇
一瞬の間に二人は王樹の目の前、空中に来ていた。
今王樹は、その木の葉の間から黄金の光を漏らしている。
王樹の周辺にも少なくない人間が集まっている。
二人以外にも黄金の果実を手にしようと言う人は少なくないようだった。
しかし、誰よりも二人の行動の方が早かった。
二人は王樹の最深部にまで飛んでいく。
「果実は俺たちが長年望んだ願いの結晶だ……」
そして、大陸の命運を決める対決…その決定打になるもの。
「そうですね。本当に、長かったです……」
フィストリアも感慨深さを覚えているようだ。
300年近いの時間は彼女に多くのものを与え、奪ってきた。
やがて、『黄金の果実』の前に二人は立つ。
それは、いつか見た時と同じ見た目のままでそこにあった。
その瞬間ルーカスは願いが溢れる。それは確認でもあった。
「俺の身のノソフォトラを治してくれ。」
その瞬間光が溢れる。
光が収まった時、ルーカスはバングルを外す。
治癒魔術の刻まれた魔道具であるそれは、ルーカスの命綱でもあった。
外したが、肌がひび割れる感覚はしない。
「本当に……黄金の果実なんだな———何でこんなに早く…いや……俺たちはこの時をどんなに望んでいたことか。」
「ようやく…ですね。あなたにとっても私にとっても。」
二人はその果実が本物であることを確かめた。
ルーカスの頬を一筋の涙が伝う。
口から言葉が漏れる。
それは、前世からの自分の原動力となった願いだ。
「俺はフィストリアと共に生きたい。その願いを叶えるために俺は今、ここまで来たんだ。」
フィストリアは優しく微笑んだ。
「えぇ、あなたのお望みのように……」
ルーカスは息を飲み、口を開く。
「『俺に……健康な状態を保ち、回復能力を高めた、一生修復される肉体を与えて欲しい。』」
そう言うと再び辺りには光が溢れる。
次の瞬間、ルーカスに刻まれていた切り傷が修復していく。
「俺の今の願いはこれくらいだ。後は———」
そう言って果実を手に取った時。葉がざわめく音が聞こえた。
「それは、我ノものだッッッ!!!」
背後の声と轟音に二人は振り向く。
「奴との決着をつけてからだ……」
アドラスが一足遅れてようやく王樹に辿り着いた。
◇ ◇ ◇
ルーカスは左手に黄金の果実を、右手にアルカディアを握っている。
アドラスはその憎悪をむき出しに、その巨大な体躯から手を伸ばす。
奴の体からは魔術が溢れ出し、上空に再び腐食の暗雲を作り出し始めていた。
もはや、大陸の半分以上を包み込んでいる暗雲にルーカスは苦い顔をしながらアドラスに言葉をかける。
「お前にも願うものがあるだろうが、先に、俺たちは決着を付けなければならない。」
多くの者が死んだ。
この果実に願ってもアドラスは死なない。
死んだ者も生き返らせれない。
黄金の果実は人の死を操ることはできないのだ。
これは、フィストリアから聞いたことだ。
「貴様…国王…!!それは、我が望んでいたものダぞ!!!」
「お前より、俺のほうが長く望んでいたさ。」
ルーカスは300年掛けた願いへの意志の強さを呟く。
次に、二人は王樹の最深部から転移で離れ、再び上空に戻ってきた。
周囲に集まっていた人間も雨に灼かれた。
アドラスはそれをもさらに無差別に吸収してルーカスが握る黄金の光を目掛けて高速で近づく。
しかし、アドラスは物理障壁に強く衝突する。ガツンと轟音が空間中に広がる。
「ルーカス…魔術が……」
フィストリアが驚いてルーカスの方を見る。
彼女が今組んでいた魔術は雨よけの魔術障壁だけだ。
「一生修復される…か。死には干渉できないのに、俺の魂に刻まれた欠落を治せるとは思わなかったな……」
今の魔術はルーカスが組んだものだった。
彼自身も驚いているのだ。
しかし、魂の欠落の修復はルーカスの中にあった魔術の知識の記憶も共に蘇らせた。
短い間とは言え、彼女と共に魔術を学んだ腕は伊達ではないのだ。
その時、ルーカスは周囲の状態に目を向ける。
「次に俺たちがするべきことは……」
ルーカスは左手を掲げる。
彼の視線は遠く空の暗雲に向いている。
暗雲が広がった時から周囲は漆黒の闇に包まれていた。
「大量の人間を死に追いやった暗雲…それを払う力をこの手に……」
しかし、黄金の光は何も起こさない。
「何も起こらない…?どう言うことだ。」
果実をフィストリアに手渡し、ルーカスは思案する。
黄金の果実は人の意思を読み取ってそれに対応する物を与えてくれるように感じたことがある。
それこそ、アルカディアのように———
その時、彼はハッとした。
果実が何も示さなかったのはそれに対応した物を、既に自分が"持っている"からなのではないか…と。
「あの暗雲を切り裂く力を……俺は持っている……」
ルーカスは右手を見る。
切り裂く力と言えばそれが真っ先に思いついた。
「アルカディア……お前なら可能なのか……?」
理想を胸に振るうことで力を発揮するというグラディア王家に伝わる伝承。
それは、もしかしたら自分も気づかなかったアルカディアの本当の力なのかもしれない。
不思議とアルカディアからも力が伝わってくるような感覚がする。
ルーカスはそれを信じる。
この場にいる誰もに聞こえるようにその意志を明確にする。
「俺たちはこの暗雲を払いのけ、昇る陽光で大地を照らさなければならない!!それは、連合軍の、果ては大陸のためだ!!」
ルーカスはアルカディアは両手でしっかりと握る。
「俺たちの理想に応えよ———アルカディア!!」
その瞬間、頭上に構えたその剣が"青い光"を纏う。
その様子を見ていたフィストリア、そして、アドラスまでもが驚く。
青を戴くほどの強い意志が今、アルカディアに宿っていた。
ルーカスはその剣で下から天を裂いた———
青い斬撃は天を裂き、暗雲を退け、深い夜空を曝け出した。
戦っているうちに夜明けが近づいていたようだ。
遠く陽光が覗き見えている。
「担い手の意志の強さに応える剣……」
朝日が後光のように差し込むルーカスにフィストリアが呟く。
それは、アルカディアに込められたかつてのルーカスの願いを表していた。
万物を切り裂くと言うのはルーカスがそう信じていたからこそ。
この剣は初めから、担い手の味方をしていた。
ルーカスは青を纏った黒い剣を手に魔王を見つめる。
「アドラス…お前は俺たちに絶望を与えると言ったな。既に俺たちは仲間を失い、失意の底を知った。」
「だが、その中でも俺たちは今、希望を手にしている!!」
ルーカスもフィストリアも今…真実に近づきつつある。
「掛かってこいアドラス…!!今のお前はもう、上手じゃない……!!」
こうして真の意味で最後の戦いが、王樹を背景に始まった。




