絶望
腐食の毒雨———
それは、人々に死をもたらす。
一瞬のうちに酷い苦しみに悶えて……
連合軍の人間を、西方東方の操り兵を、全て…無差別に———
今、ルーカスは絶望に打ちひしがれていた。
皆が死んでいく現実に……
戦場で戦っていた仲間たちも、友人たちも……
———王として全てを守ろうと誓った。
———剣士として敵を倒すと誓った。
どちらも果たせないでいる———
ルーカスは抑えきれない憎悪を抱いてしまう。
この大陸の戦争に、魔術に、そして全てをもたらした黄金の果実に……
◇ ◇ ◇
雨の中、ルーカスは吠える。
「アドラス……お前は、一体……」
「……何がしたいんだッッッ!!!」
ルーカスは叫び、アドラスに立ち向かう。
アルカディアを振りながら、雨に身体を灼かれながら。
「———我が望むものか?」
「それは言っているではないか。"完全性"だと。」
アドラスは声高らかに話す。
「裏切りは苦しいものだ。人々を奈落に突き落とす悪行。それをさせないためには統制が必要。そして、愚か者を統制をするには完全性が必要なのだ……」
魔王の言い分を剣王は吐き捨てる。
「統制する人間を殺しておいて、何が完全性だ……お前に従う人間も、もういない!!」
「お前は統制すると言いながら人を殺す、その願いは矛盾を孕んだ我儘だ!」
ルーカスはアルカディアを振るいながらアドラスを攻め立てる。
「お前はその手でシルヴァリオンの民を裏切ったんだ!!」
ルーカスが正面からアドラスに向おうとした瞬間。
誰かに背後から抱きしめられた。
フィストリアだ。
「ルーカス…落ち着いて下さい。今のあなたは正気を失ってます!!」
そう言われた事でルーカスはハッとする。
アドラスに正面から向かう。そんなもの死ににいくようなものだ。
「フッハハッッッ…気づくか、女……我は支配の魔王。人の意思は脆い。簡単に崩すことができる……国王…少々頭に血が昇りやすいのではないか…?」
腐食の雨によって多くの人が死ぬ。
アドラスはそこに乗じてルーカスの精神を揺さぶっていた。
ルーカスは今世では友人を多く持った、一瞬だけそれが仇となっていたのだ。
ルーカスはフィストリアを抱きしめ返し、意識を落ち着かせる。
「ありがとう、フィストリア。助かった。周りが見えていなかったな…」
「いいえ、お互い様ですよ。先ほど助けてもらったお返しです。」
そう言ったフィストリアはアドラスの方を見る。腐食の雨は降り続けている。
二人はフィストリアの魔術結界の下にいる。
「とは言え、ルーカスが言っていたことも事実。アドラス……あなたは、帝国の血筋に似合わない下賎な男です。」
フィストリアが珍しく人を罵る。
彼女は思考する。
奴の倫理観の無さは転生の時に落としてしまったのだろう。
以前会った時は少なくとも無関係の人間までも支配する狂帝では無かったように思う。
アドラス自身は記憶を失くしていないと思っているようだけど、忘れてしまったことに気付けない方が重大だ。
それに対してルーカスは記憶がない少年時代を過ごした代わりに、その時に王としての器を手にした。
それは、剣士として人を殺すことに躊躇いがない少年時代を生きるよりもマシだったように思う。
「あなたには王の器が感じられない。我儘な子供のままに見えます。」
その言葉にアドラスは激昂する。
「我が子供とな…?つくづく不遜なる者どもめ…!!貴様も死にたいようだなッッッ…!!」
その瞬間、大量の魔術構築がフィストリアの方に向かう。
大量の爆発が空間を埋め尽くす。
やがて、その煙が掻き消えた時、二人の姿は無かった。
「フン……愚か者どもめッ。」と気を抜いた瞬間、首筋から背にかけて翼までを大きく切り裂かれる。
「グギャアアッッッ…クッ…誰だ!!」
背後を確認した瞬間、再び背に剣を突き立てられ、右翼を切り落とされる。
「グガァッッッ……貴様たちかッッッ!!」
アドラスは自身を中心に爆発魔術で敵を一掃しようとする。
一瞬のうちに周囲が爆発で埋め尽くされる。
しかし、それは自身に傷を与えただけだった。
少し離れたところからアドラスに声が聞こえる。
「ふふふっ、認識阻害がここまで上手く効くとは思いませんでしたね。ルーカス。」
「ああ、あいつにもようやく大きな傷を与えられた。それに、あの気味の悪い翼を片方だけでも落とせれた。」
そして、フィストリアは嘲笑うように言葉を紡ぐ。
「アドラス……あなた、少し頭に血が昇りやすいのでは?」
ルーカスは絶望を糧に前を向く。再びアルカディアを構え、声を上げる。
それは、己の意志をぶつける宣誓だ。
「俺の友人を、民を手を掛けたお前の罪は重いぞ。グラディア国王ルーカスとして……お前をここで処刑する…!!」
アドラスもその醜悪な顔を歪ませ、吠える。
「言うではないか……国王……貴様らこそ、我に傷を与えるとは、余程死にたいようだなッッッ……!!!!」
◇ ◇ ◇
フィストリアが魔術障壁を展開し続ける事で二人は雨に触れないでアドラスと戦えている。
しかし、その戦いは泥沼だった。
あれから、致命的な攻撃は両者共に無い。
勝敗を決する決定打がないのだ。
アドラスは右翼にあった大量の目を無くし左翼の目と頭部の八つの目で二人を追っている。
「効かぬなぁッッッ!!」アドラスは声を上げ、ルーカスに魔術を連発する。
ルーカスはそれを転移で避けながら近づき、一撃を与える。
しかし浅い。
彼は素早く引き下がる。
ルーカスはだんだんと積み重なる疲弊に息も絶え絶えになりつつある。
「クッ、駄目だ…決定打に欠ける。フィストリア…何か策はないか……?」
ルーカスがフィストリアを見た時、彼女は空を見ていた。
彼女の目には青い光が映っている。
ルーカスは瞬時に空を見上げる。
腐食の雨を降らせる、分厚い暗雲の裏で何かが光っている。
その"青"はアドラスが発したものよりも純粋な青だった。
「ルーカス…………何かが……来ますッッ……!!!」
その瞬間———
大陸全体に波動が広がる。
その場の戦いも止まり、大陸中に黄金の波動が広がる。
「な、何が……いや、これは———」
ルーカスはこの感覚を知っている。
黄金の波動……それを彼は300年前にも感じた。
大陸の皆が直感で理解した。
王樹の方を誰もが見た。
それは、人々の欲望そのもの———
それは、争いの源———
それは、願いを叶える代物———
そう……
———『黄金の果実』が今、成った。




