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顕現




「グッッ…!よくも…我の至宝を…!」



パンドラの冠は既に淡い光を放っている。

もう限界に近いのだろう。



ルーカスはアドラスに背を向け後ろに下がり、愛しい人の手をとる。



「フィストリア…大丈夫か…?」



呼びかけに彼女は頭に手を当て、意識を確認する。

しかし、すぐにルーカスの眼を見つめ微笑む。



「えぇ、安心して下さい。すみません…心配をかけましたね…」


「いや、何も謝る必要はない。君は支配下に置かれてもその意思で抵抗していたんだ。」


ルーカスの慰めにフィストリアは安心する。

パンドラの冠が完全に崩壊していない今であっても、彼女が戻って来れたのも彼女の意思と技量なのだと。


そうして、ルーカスは愛しい人の無事を確認できたことに安心してアドラスの方に向かう。



「さて…アドラス。貴様には大量の余罪もあるだろう。投降するんだ…罪を重ねても、せめて皇帝としての面目は保ってやろう。」



項垂れたアドラスにそう声をかける。

ルーカスの声は静かだが、針のように刺さる。


その言葉は、かつて自分が仕えた旧帝国の血を引く者に対する一種の哀れみも帯びていた。



しかしアドラスは嗤い、言葉を絞り出す。



「この…我に…投…降…だと……?」


「完全性の化身として……我にそんな屈辱は……許されぬッッ…!」



アドラスはルーカスを睨みつけ思考を巡らせる。


己にまだ出来ることを———


そして……彼は不意に思い出す。


人間と魔術を合成したというお伽話を。


自身が四体の人工魔族を作成するに至ることになった話を。



一人は自身に最も忠実だった執事を。


一人は知略に長けて頭の切れる戦略家を。


一人は自ら志願する意思を持った魔術に長けた女を。


一人はこの国で最も古い歴史を持つ最強の将軍を。



そんな事が思い出されたアドラスは自分を信じてその中から対抗できる術を探し出す。



そしてハッとする。


未だ、一度たりともそれを自身に使ったことがなかったと———



「人と…魔術を…それ即ち、人を素材として融合…できると言うこと……」



ふいにパンドラの冠が強い光を放つ。



「アドラス!一体何をしようとしているんだ……!」



ルーカスがアドラスに近寄ろうとするが、その瞬間、大量の人間が玉座の間に溢れ出し、人の波に押されてしまう。



アドラスは弱い光を放つ冠を酷使して、自分の支配下の魔族、魔術師、操り兵を呼び寄せていた。


転移魔術で現れたそれらは爆発的に増え続ける……


その数は数秒にして数百、数千にまで上っていた。



「我は完全性が手に入るならば、他には何も要らなかった。それこそ、この帝国ですらもな……」



アドラスは拳を固め、頭上に掲げる———



「———そしてそれは、この肉体であっても同様だッッ……!!」



光と影の渦が彼を包み、形骸と魔力が溶け合う。


それは、辺りの一面を全てを飲み込もうとする。



ルーカスは本能で後退し、フィストリアの手を引いて巻き込まれないように転移魔術で城の外に飛び出ることしか出来なかった。



 ◇   ◇   ◇



「完全性を追い求める怪物……本当に神にでもなるつもりなのか…?」


「分かりません。…ですが、出来ることはしましょう。戦闘の…用意を。」


フィストリアの忠言にルーカスは意識を切り替え、アルカディアを構える。




次の瞬間———




帝城の中から"何か"が溢れ出した。



それは、黒い"青"を発しながら爆発した。


先ほどまでいた玉座の間は跡形もなく吹き飛び、城は半壊している。



やがて瓦礫の煙を払いのけ現れたのは異形そのものだった。



数こそ膨大だが、魔族と人間を取り込んだだけとは思えないその姿。



背に映える暗い翼では幾つもの眼球が瞬きをし、肥大化した頭部は壺のよう。


口元からは毛が溢れている。触手のように見える。


腹部には取り込んだ者たちのだろうか、頭蓋骨が積み上げられているのが透けて見えている。


腕から手にかけては角のようや突起があり、その手には鋭利で巨大な爪が生えている。



二人はその醜悪な姿に戦慄する。



「———神こそ出なかったが、悪魔が出来てしまったようだな。あれが…奴の想像した完全性なのか…?」


「先ほど溢れた黒い青も、恐らくあれが発したのでしょう。途轍もない圧力を感じます。」



いつかグラディアで流星群を見た時、青い光は途轍もない力を抱擁していると予想したことがある。


ルーカスも、もし、その予想が正しければ、奴がどれほどの力を蓄えているのか恐怖する。



そして、更に場面は最悪に傾く。



「クハハハ……」


「我は成し遂げタぞ…冠もろとも融合したのは正解だったナ…」



「なっ…意識が残っているのか…?」


数百もの存在を取り込んだアドラスはしかし、冠をも取り込んだことで配下の意識を支配したまま自分の意識だけ残すことに成功してしまったようだった。


「ん…?貴様たち…生きてイタのか…?」


「運が良かったのだろう…いヤ、それは不運だッたな…」



頭部の目と同時に翼の眼球もルーカスたちを見つめる。


ギョロっと擬音が付きそうなその様は不気味さが際立っていた。



ゆっくりと右手を上げ、爪先で二人を指差す。



「どれ、貴様たちは力試しダ。我の最初の糧となレ……!!」



 ◇   ◇   ◇



「クハハハ…これほどの力を溢れたことは過去含め感じた事がナイ…!もはや…そこの女など必要ない…我コそが…大陸を支配する魔王ナり……!」



真の魔王となったアドラスはもはや必要なくなったフィストリアとルーカスを排除しに動くようだ。



「おいおい、図体がでかい奴は動きが遅いのが定石なんじゃないのか……!」



遠く離れていたアドラスはルーカスの目の前に現れた。


ルーカスは驚きながらもアルカディアを構えたまま防御の体勢を取る。



「モはや今の我は全能の神なりッッッ!!」



アドラスの異形から放たれた殴打をルーカスはアルカディアの腹で受ける。



「カハッ」と声が出る。

肺から空気の飛び出す感覚がする。


その瞬間ルーカスはアルカディアと共に尋常でない距離を吹き飛ばされていた。




ルーカスは空中で体勢を整える。




「空中だったから衝撃は受け流せれたが、地上に叩き落とされたら死んでたんじゃないか…?」


天絡の浮遊石がこの戦いでの命綱になりそうだ。



「ルーカス!無事ですか?」



ふいに隣にフィストリアが現れる。


ルーカスが飛ばされた瞬間、転移魔術で追いかけてきたのだろう。


「なんとかな…」そう返すことしか出来ないルーカスはアドラスの様子を探る。



奴は身体中からどす黒い液体が溢れ出していた。


そこでルーカスは違和感を感じ取る。


「妙だな。あいつ、どうしてあんなにも血を吹き出しているんだ。」


「融合による力の増幅に身体が耐えられていないのでしょうか?」



「い、いや、待て……違う……」



ルーカスは思案する。


肉体が割れ、血が吹き出す。



「俺たちはこの症状を知っている———」



「———まさか、あの奇病か?」



それは、フィストリアが果実によって克服し、ルーカス公の死因となった病。


そして………今のルーカスをも蝕む呪いであった。


「奴には対して傷害になっていないようだが、なぜ急に…」


いや、既に予想はついている。


この奇病についてもかつて、推測したことがあった。


力を持つ者に発症するのではないかと———





「フッハハハッッッ!これほどまでとハ……!」


当のアドラスは今、遠くで高笑いをしている。


アドラスは自身の中に溢れる全能感に酔っているようだ。



「奴が正気に戻って他の場所に移動する前にどうにかしないとまずいぞ。あんなのが世に放たれて仕舞えば…」


「それは、そうですが…どうしたら…いいのか。」


「落ち着け、フィストリア。…俺たちなら…大丈夫だ。なんのために俺たちは力を磨いてきたんだ。」




第一優先は互いの片割れを守るため。


二人は一度大切を失くしている。


それは、親友か愛する人か。


その記憶が自分たちを奮い立たせているのだ。




「そうですね。することは決まっています。それに、私たち以上に人として力を持っている存在はいません。私たちが戦うしかありません…!」



ルーカスはアルカディアをアドラスに向けて構える。



「次は俺たちから行くぞ……アドラス!」



 ◇   ◇   ◇



この戦い……主戦力はルーカスのアルカディアとフィストリアの魔術だ。



ルーカスは浮遊石に込められた空間魔術でアドラスの側に現れ、剣を振るい、アドラスに少しずつ傷を与えていく。



「ちょこマかと動きおっテ…!」


とは言え、大きな傷は与えれていない。

奴の巨大な体躯ではアルカディアが与える傷は小さいものだ。


「ルーカス!離れて下さい!」


フィストリアの声に反応して素早く下がる。

その瞬間、アドラスの周囲の空間が捻じ曲げられる。


「グッ…」と奴の唸り声が聞こえる。


フィストリアはアドラスの四肢を捩じ切ろうとしたようだが、奴も彼女に比べて拙い魔術で対抗しているようだ。


何人もの存在が混ざっているからだろうか、その感覚に慣れていないように見えた。



「しぶといですね…」


「だが、意識がアドラスのものだからだろう、魔術は奴の意思でしか使えないらしい。奴が、支配し吸収した存在を操り、魔術を行使する前にある程度傷害を与えなければ…!」



それは二人が恐れている事だ。

魔族は一人一人が強力な魔術師である。


そんな存在の大量に融合したアドラスがそれらを操り、共に魔術を行使すれば、フィストリアと言えど防御が厳しい戦いになる事だろう。



そう言ってルーカスは剣を手に再び転移する。


フィストリアによって抑えられているアドラスの側に出現し、その巨大な四肢に傷を刻んでいく。


剣を振り下ろした瞬間、転移し、別地点で振り上げ、転移する。


それの繰り返し。



アルカディアは全てを断ち切る剣。


熱したナイフをバターに撫でるようにアドラスの身を裂いていく。


「俺は王としてッッ!負けるわけにはいかない!!」


そして最後に、ルーカスの体躯以上の太さをもつ左腕を切り落とす。



「グガァッッッ!!!」


アドラスの絶叫とと共に傷口からは人間のものよりも黒く濁り切った液体が流れ出した。



「クッ…ハハハッ……小癪ナ……」



しかし、その時、アドラスはニヤリと笑い残った右腕を頭上に掲げる。



「我が手加減をしていれば、良い気になりオって…!!」



「だが、それも終いダ……」



「貴様たちは矮小な人間どもを守ってイるように見える…ならば、その望みを……断ツ……」


二人は顔を顰める。


「チッ…頭の切れる奴め…」


「勘付かれましたか…」



「フン…己の無力さを知り、後悔しろ……貴様たちハ絶望を知るガ良いッッッ……!!」


「貴様たチが守ろうとするもの全てを破壊しテくれようッッッ……!!」



その瞬間、掲げられた掌に魔術構築が展開される。


それは、とても一人の魔術師に可能な規模ではない。


数十もの円環が無数に展開されている。

 


それは、二人が恐れていた事だった……


「クッ…最悪だ…既に隠していたのか……!!」


「まずいです…何をするつもりで……!」



「フハハハッッッ…!我が一体何年人間を支配シていたと思っている…!我は皇帝であり、魔王なのダッッ…!!」



その瞬間魔術が発動し、上空に暗雲が広がる———



「一介の人間とシて、その無力さを知り、抵抗したことを悔いるが良い……!!そして、絶望を与えてやロう!!」



その暗雲は瞬く間に広大なシルヴァリオンの領土を覆い、人々に暗闇を与えた。



「なんだ…この魔術は……」


ルーカスの呟きに答えようとフィストリアは脳を回転させる。

自分が知らない魔術は存在しない……なんのためにこれまで魔術を学んできたのかと…


瞬間、一滴の雨粒が落ちる。


その雨粒はフィストリアに一瞬の痛みをもたらした。



思い当たる魔術は一つしかなかった…



「ハッ…これは、腐食の雨です…!ルーカス!」



かつて北東戦線で敵魔族ウィカリアが行使した魔術。

あらゆる物質を腐食し、あっという間に人々を崩壊させるもの。

ルーカスは治癒魔術のバングルを付けていたおかげで、表面の傷跡で済んでいたが…


常人なら10秒と持たずに溶け死んでしまうだろう。



「もう雨粒が———」



フィストリアが危険性を訴えようとした瞬間……




大陸は悲鳴に包まれた———




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