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決闘




巨岩を越え、黒い影がゆっくりと歩を進めた。



夕暮れの光がその輪郭を縁取り、静謐とした熱を周囲の空気に残す。



やがて、その影はルーカスの数は前にまで迫ったところで歩を止めた。



ルーカスはアルカディアを構え、戦場は一瞬の静寂を取り戻したかのように感じられたが、その静けさの裂け目から、影は歴戦の猛者のような声でその名を告げた。



「我が名はストロニア。シルヴァリオンの一角、魔王直属の四魔族が一体だ。だが今日、我は将軍としてここに立っている。貴公らの策は見事だった。膠着の裂け目を突き、我が軍を追い込み、我が面目を潰した。されどよい———領に入るための代価として、我が力を以て最後の障壁となろう。貴公よ、我と一騎打ちをするがよい。」



その声は威厳に満ち、駆け寄る兵士の心を震わせた。


だがそこには侮蔑も嘲りも無く、ただ真摯な敬意が混じっているようにも感じた。



ルーカスは背筋を伸ばした。


剣士として、王として、彼は瞬時に脳裏の策を整理する。


ストロニア……目の前の男は魔族でありながら、魔術師らしくない。


どちらかと言えばその姿は剣士だ。


その存在はルーカスが今まで戦ってきた魔族の中でも異彩を放っていた。


いま目前にいる魔族は、かつての戦争で戦ったような古い戦士の匂いを放っていた。



「俺が…お前とか?」



ルーカスは低く応える。


剣先は揺るがない。


ストロニアはゆっくりと話す。



「この盆地での掃討は我に課せられた任だが、もしお前が望むなら条件を提示しよう——無論、操り兵の支配を解くことだ。お前が勝てば、我はその支配を解除し、盤上の一手を譲ろう。」



ストロニアの目が鋭く光った。


その眼差しは、長年剣を交えてきた者だけが持つ静かな凄みを宿している。



ルーカスには目の前の魔族の条件が信じられなかった。


今まで彼が出会った魔族は狡猾で、傲慢で、とても信頼できる存在ではなかった。


目の前の魔族には何か秘密があるのかと勘繰る。



ストロニアはルーカスの疑心の眼を気にせずに話す。


「我の眼には貴公がこの場で最強の剣士であると見える。我は貴公の一撃を受けるに足りるだろう…?戦士である以上、全ては武を以て語るのみ。」


彼は片手を引き、戦の構えに入る。


それを見て、ルーカスもアルカディアを構える。


ルーカスが軽い手振りで周囲の人間を下がらせた所を見て、ストロニアも軽く手を振る。



その瞬間、周囲の地面が一瞬で凹み、戦うのに最適な戦場が現れた。


「フフ、これで、存分に闘えるであろうよ。」


それはストロニアの空間魔術なのだろう。

ルーカスは魔術の腕も良いストロニアを危険視する。



周囲の戦いは一時的に止まり、双方の視線が二人に注がれていた———



 ◇   ◇   ◇



剣戟が始まると、やはり戦闘は規格外の重さを帯びた。



ストロニアの一撃は軍の突進の如く甚だしく、体躯の一つひとつが衝撃波となって空気を裂く。


彼の剣さばきは剛と柔の両義に長け、長年に渡る戦場で鍛え上げられた間の取り方を巧みに使う。


ルーカスはアルカディアの柄を強く握り、突然の衝突に剣が震えるのを手の内で受け止めた。


刃同士がぶつかる度、金属音が盆地に反響し、兵たちの鼓動が脈打つ。




最初の十手、二十手は力比べのようであった。


ストロニアは剣の重みをそのまま運ぶように斬り、ルーカスはアルカディアの独特な切れ味で受け流す。


魔族は大きな斧のような斬撃を繰り出し、ルーカスはそれをアルカディアで弾き、続けざまに相手の脇腹を突く。


肉薄の中、ストロニアの腕が一閃し、ルーカスは肩に深い痛みを走らせるが、彼は折れない。



ルーカスは相手の呼吸を読み、屈託なく踏み込む。


両者の動きは戦場の喧騒さえ掻き消し、ただ刃と刃の語らいのみが残る。



戦いの中盤、ストロニアは一段と速い斬撃を放つ。


ルーカスは受け止めるが、次の瞬間、相手の膝元に切り込みを入れて体勢を崩す。


だが、ストロニアは転倒せず、砂塵の中から跳ね起きて、片手で巨岩を押し上げるように剣を振るう。



その一撃は戦場に地割れを作り、衝撃波が周囲の兵をざわめかせる。



ストロニアは頭が切れるが戦略家ではない。


その魔族は戦場で刃を振るい、敵の心を断ち、味方のために道を開く者だ。


だがその単純さは無為と紙一重ではない。


奴の所作はまるで千の戦を経て磨かれた流れのようで、そこに宿るのは肉体的な強靭さだけでなく、時代を跨いだ武の精神であるように感じた。


奴が繰り出す一振りは、ただ敵を打ち砕くためのものではなく、己の存在を証明するための儀礼のようにも見えた。





そんなストロニアの攻撃に込められた将軍としての運用を思わせる精密さは、ルーカスの内部で古い記憶を呼び覚ます。



片隅に差し出された昔の戦の景色、鋼が鳴り、仲間が倒れ、レオという名の戦友を失った瞬間———



その断片が、戦いの中でぼんやりと繰り返された。



「お前は、昔戦った西の将軍に似ている。」



ルーカスはふと、斬り合いのすき間に問いかける。



「もし、お前の王が生きているなら、たとえ負け戦だとしても目前の戦闘を戦い抜くのか?」



ストロニアは短く笑った。



「無論。我が王に誓ったのは、刃向かう者を斬ることだけではない。盟に生き、盟に死することだ。たとえ王が不在でも、我が誓いは揺らがぬ。」



その声は冷たくも暖かく、武人として将軍としての美学を帯びている。



ルーカスは言葉の端に、かつて自分が皇帝に仕えていた時に持っていた以上の高潔な精神を見た。



忠誠、誇り、そして戦うことへの純粋な希求。



彼は剣を振るいながら、認めざるを得なかった。



魔族でありながら、ここには武人しかいない。



ルーカスはふっと笑みを浮かべる。



「魔族だからと、俺はその精神すらも侮っていたな。……シルヴァリオン将軍ストロニア、グラディア国王ルーカスが相手しよう。俺がお前の最期の相手だ!」



ルーカスの言葉に、ストロニアもニヤリと笑う。

その笑みは決して嫌な笑みではない。



戦士として最高の闘いが出来ることに対しての笑みだった。



 ◇   ◇   ◇



やがて攻防は速度を増した。



「貴公は一体何を為す?王として、それか剣士として。」



ストロニアが問う。


ルーカスは息を整え、答える。



「両方…と言うのが今の俺に近いな。俺は王として民を守り、剣士として困難を断つ。今の俺は、かつての俺よりも守るものが増えた…ただそれだけだ!」


答えは短く、そして真実だった。


戦いは思想のぶつかり合いでもある。

互いの矜持が剣の振幅へと変わる。



時間の経過と共に、膂力の量は双方に効いてくる。


だがストロニアは独特の持久を示す。


たとえ一撃が防がれても、次の一撃には別の意図がある。


彼は角度を変え、重心を移し、ルーカスの体の使い方を研究する。


ルーカスはアルカディアの万物を断ち切る癖をうまく利用し、相手の視界を分散させる。


戦いの流れは常に二手三手先を見越した心理戦へと変じる。



ある刃の交差の瞬間、ストロニアの目に光るものが見えた。



それは敗北を認めるかのような一瞥ではなく、得難い敬愛の色だった。



激闘は進み、両者の裁断線は深まっていく。



ルーカスはかつてレオと交わした戦場の囁き、友の死を思い、そして今ここにいる自分の在り方を確かめた。


ストロニアは誇り高き将であり、魔族であるが故の孤独を背負っている。


二つの孤高さが剣に昇華し、互いを削り合う。



観衆の間からは静かな、だが強い応援が漏れた。


それは戦士を戦士として見守る者の声だ。



「確かに…我が最期の相手は貴公であろうな。」とストロニアは低く呟く。


「しかし、我とて諦めるわけにはいかないのだ!」



ルーカスは息を切らしながら頷いた。



「あぁ。ならば…俺が見届けよう。ただ君の最期を。」





 ◇   ◇   ◇





戦場は彼ら二人のための闘技場となった。


剣が空気を切るたびに砂塵が渦を巻き、日光が鋭く散る。


ルーカスは自らの体内に流れる血を感じつつも、その脈は冷静さを奪わない。



ルーカスはふと立ち止まる。



戦の中に潜む不思議を見たのだ。



魔族という枠組みと、人の武人としての矜持が交差する場所。


彼は自分の剣が、かつての友の血によって研がれたことを知っている。


レオの死によって己はアルカディアを得て、ルーカスは剣を振るい続けた。



彼の構えは無駄がなく、だが情は込められていた。


そこにあるのはただ勝利や名誉だけではない。

守るべきものへの静かな誓いだった。



ルーカスが一瞬見せた笑みは、勝利の笑みというよりも、戦いを共有する者への敬意だった。



ルーカスの身体には幾つもの浅い傷が刻まれていた。



だが心は澄み切り、思考は研ぎ澄まされる。


彼は戦いの意味を刃の応酬の中に見出した。


守るべき人々の顔が一瞬、彼の瞼に浮かぶ。


フィストリアの笑み、仲間たちの疲弊、不安に震える兵の瞳。


これらが彼の刃に重さを与え、迷いを断ち切る糧となるのだ。



 ◇   ◇   ◇



最後の斬り込みは、極限の読み合いであった。


ルーカスはストロニアの呼吸、肩の落ち、剣の微かな傾きまでをその眼に映し、アルカディアを一点に集中させた。



力を込めて踏み込み、刃はストロニアの胸を貫いた。



時間は遅く、しかし確かに流れる。


彼の目に映るのは、刃を通して見下ろす相手の顔だ。


そこには苦悶と、そして満足が混じっていた。




ストロニアは大の字に崩れ、砂塵に背を預けるようにして倒れた。


ストロニアはそして微かに笑った。



「ふ……く、はははっ、満足だ。」


彼の胸には戦士の満足と、静かな安堵が混ざっているようだった。


「貴公は我が生涯で最も強い剣士だ。我は貴公と戦えたことを誇りに思う。」



彼の声はもう弱々しいが、誇りに満ちている。


「あぁ。……俺も同じ気持ちだ。」


ルーカスもまた息を弾ませながら頷いた。





 ◇   ◇   ◇





離れたところで操り兵の様子を見ていた兵が反応を示す。


ストロニアは確かに約束を守ったようだ。



ベリタスは兵を落ち着かせ、静かルーカスのもとへ歩み寄った。


彼の顔は引き締まり、眼差しには新たな決意が宿っていた。


数日後にはこの地で何が語られるのか、彼は既に見据えているようだった。


今の戦いは剣に生きる王であるルーカスの戦記にまた新たなる頁が増えた瞬間だった。


「ルーカス、君からみて彼は確かに武人だったか……?」


「あぁ、魔族であるには惜しいほどにな。」


戦場の人々はストロニアの最期に異なる感情を抱く。


憎しみ、驚き、敬意。


魔族に対する意見は単純に善と悪に分かれるわけではない。



ルーカスはその事実から彼が魔族であることを惜しんだ。


魔族と一括りにして憎むことは容易いが、ここにあるのはもっと複雑な真実だ。


忠誠も、誇りも、愛憎も、全てが剣と同じように人を動かす。


 ◇   ◇   ◇


戦いの後処理は速やかに行われた。


フィストリアが手を振ると、結界が展開され、負傷者は一箇所に集められる。


治癒術師たちが駆け込み、聖杯の水は速やかに回される。


負傷の度合いは重く、戦場の惨状を物語る。


だが、何よりも大きいのは操り兵たちが自由の空気を取り戻したことだ。


彼らの瞳には、失われていた自我の断片が戻り、震えるような感謝の念が混じっていた。



西方戦役はこうして、ひと時の休息を得られる———



それでも兵たちの胸には知れていた。


シルヴァリオン帝都で待ち受ける魔王との決戦が、大陸の未来を変えるということを。



今は戦況の新たな波を前に、決闘の幕引きは次へと譲られる。



ルーカスはアルカディアを強く握り、その場に立ち尽くした。



遠くの地平線に、不穏な気配が蠢いている。決着は近い。



だがそれは、また別の朝の物語になるだろう。






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