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血戦




それは文字通り血塗れの戦いだった。



雷鳴は未だ止まない。



空に張られた電場は唸りを上げ、鋼の欠片が無数の軌道を描いて浮遊している。


エレクトラは地面に叩きつけられ、泥と血でその輪郭を歪めながらも、青白い稲妻を掌に集めていた。


彼女の瞳は未だ笑っている。



だが、オレ———フレオンはもう、恐れなど感じていなかった。



頭の中はただ一つの拍動で満たされている。



斬り、治し、また斬る。



痛みを受けては治し、治してはまた痛みへと跳び込む。



狂戦士という言葉がここほど似合う瞬間もない。



「まさか、愉しんでいるのか?」


エレクトラの声が空間を震わせる。


彼女は雷魔術を用いて金属の引力を最大限に引き出し、周囲の槍や盾、折れた剣を渦に変えた。


それらが空中で踊る。


オレはそれらを拳で受け止めるつもりはなかった。


むしろ恩恵として利用していた。



浮遊していく武器の一本を奪い、手早く柄を握る。


次に飛んできた盾を盾としてではなく、投擲の銛に変えてエレクトラの側面へ刺し込み、別の破片を手斧にして振り下ろす。


彼女の表情が一瞬、歪んだ。驚きではない、困惑だ。



オレの血肉は、治癒で継ぎ合わせられ、矢のような集中を失わない。



稲妻がオレの足元を走る。


水を媒介にして、オレはそれを受け流す。


水魔術はただ守るだけではない。


電流を誘導し、反撃として返す。



オレは床の泥を掻き取り、掌に絡め、短い導線を作る。


稲妻をその導線へ落とすと、周囲の金属が一斉に軋むように振動し、エレクトラの身体を取り巻く電場が乱れる。



彼女が咆哮する。だがその咆哮は、徐々に苛立ちへ変わっていった。



「あんたも、面倒なものね!」


彼女の声は鋭く、次の波状攻撃を放とうとした瞬間、左腕に走る冷たさを感じた。



振りかぶった鋭い槍が、オレの左腕を斬り裂いた。



視界が微かに揺れる。



左腕が肉と骨の断面を晒して地面へと垂れ下がる。



血が鮮烈に飛び、冷たい焦燥が全身を走った。



しかしオレは露骨にそれを無視した。



致命傷であれば治す。




だが、今は違った———オレは左腕の欠落をそのままにした。



左腕は地に落ち、泥に埋まっている。



代わりに右腕に集中し、短い詠唱で壊れた鎖骨と裂けた筋肉を繋ぎ直した。



右手に剣を握り、血の温もりを掌に感じる。



痛覚が鈍るほどの昂奮がオレを支配する。



エレクトラは目を見開いた。



「なッッ……左腕に目もくれないって言うの?己の身を割いてまで戦うなんてッ!」



嗤いと戸惑いが混ざる。


彼女は雷を、もっと強く、もっと鋭く集めた。



だがオレはもう恐れない。



むしろ、その狂気を受け止めることで、オレは自由になる。



武器は数多ある。



人は一本の腕があろうとなかろうと、武器を拾い、投げ、また新たな武器を手にする。


オレの血筋の訓練はそれを可能にした。


数多の武器を操る教え。今こそその教えを体現する。



オレは飛んで来た短槍を肘の残骸に挟み込み、逆手で振り抜いた。


鎧の破片がエレクトラの顔面を掠め、彼女は後退する。



だが、彼女も死を恐れぬ者だ。



しかし、フレオンの痛みを持たぬ戦い方を見ると、エレクトラは本能的に嫌悪と恐怖が混ざる感情を露わにした。


魔族でありながら、人の感情を若干だけ残した存在。


フレオンの眼にはそう映った。



彼女は自らの雷を凝縮し、巨大な柱状の電光を叩きつける。



それは地面をえぐり、オレを押し潰さんとする。


しかしオレは笑い、泥を蹴って跳び上がった。


空中で渾身の一撃を食らわせる。



剣がエレクトラの胸を穿つ。



彼女の身体から青白い火花が迸り、瞳が大きく見開く。



「ガ、ァ……」


彼女の声は崩れ、雷の光が次第に収束していく。



金属片が一斉に落ち始める。



電場が崩れ、空に浮かんでいた武器が重力に引かれるように地面へ戻る。



エレクトラは金属片の雨を一身に受ける。



大きく息を吸い、身体を震わせながら跪いた。



顔には血がにじみ、口元は苦痛に歪む。



彼女は最後の力を振り絞って呟く。



「…これで……終わり、なの……?」



答えは出た。


フレオンは砕けかけた剣をエレクトラの胸に深く突き立て、鋼が肉を割き、生命の糸が細くなっていくのを感じた。



エレクトラの瞳がゆっくりと曇る。




最後に一度だけ、彼女は笑った。




苦い、しおれた笑いだ。





 ◇   ◇   ◇




戦場の匂い、鉄と焼けた草と、誰かの叫び声。


隊長が緩やかに死を迎えた瞬間、オレの胸の中で何かが弾けた。



あの男は昔から笑ってオレに教えをくれた。



死に際の顔を見て、オレは覚悟を決めたんだ。



『治める者ってのに憧れてたが、オレはどうやらこっちの方が"性に合ってる"みてぇだ。』



エレクトラと戦う前に想起した感覚。



武器を握るたびに血と痛みが歓声に変わる。


そう気づいてから、オレは何も惜しくなくなった。



大陸に残る最も古い王族の血筋が継承してきたのはただ剣を振るうだけではなかった。



屈強な民を導くためには、己の身体そのものを道具にする術も必要だった。


腕一つを失しても、戦いは続く。


武器は拾い、環境は利用する。


そうやってオレは、短い人生で無数の武器を手にし、使いこなしてきた。


それが今、最高に花開いた瞬間だった。




 ◇   ◇   ◇



エレクトラの死を見て、周りにいた味方の士気が、一瞬だけ上がったのを感じる。


だが、オレは振り返らない。


戦いはまだ終わっていない。



魔族はまだまだ残っている。



どこからか小さな血の匂いが立ち上がり、冷たい風が顔を撫でる。



オレの視界は滲み、だがその滲みの向こうに隊長の笑いが見えた気がした。




笑って、オレの横で倒れている……そんな感覚が。




空気が震える。オレは内なる何かが弾けるのを感じ、それが歓喜だと気づいた。



戦は残酷だが、ここにいるオレは生きている。



周囲の兵たちが呻き、誰かが泣いたかもしれない。



だがオレの胸は静かだった。



満足。



あるいは空虚。



どちらでもよかった。




 ◇   ◇   ◇




やがて数刻の間、オレは戦い続けた。



目の前の魔族の胸から剣を抜くと、血が滴り、手が震えた。


人と同じ赤黒い液体だった。



フレオンは治癒の術を短く構築し、身体を修復していく。


右腕の筋肉はゆっくり戻り、呼吸は整っていく。



左腕は、西方戦線の聖杯を用いないと元に戻らないだろう。



視界に映る自分の欠損には、どこか礼を言いたくなるほどの清々しさがあった。



オレは笑った。



声は出なかったが、心の底から笑った。



満足した感情と共に、世界が遠くなる。



意識の端が暗転し、オレはゆっくりと背中から地に崩れた。



倒れたその瞬間、戦場の音は遠く、まるで波の音のように聞こえる。



誰かが駆け寄って来る足音、綺麗なソプラノの呼び声が微かに聞こえた気がしたが、それも断片的だ。


エレクトラの冷たい瞳を最後に見下ろし、オレは満足な溜息を吐く。



これが王の器か、戦士の器か、と問いは消えた。



視界が暗くなる前に、オレは一つだけ呟いた。



『「治める者ってのに憧れてたが、オレはどうやらこっちの方が"性に合ってた"みてぇだ。」』



「オレは…戦士だ———」



その言葉と共に、オレの世界は静かに消えていった。





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