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計略


『自分の想いを伝えれたらどれだけ楽だっただろうか』


その者はついぞ叶わなかった未来を思い描く。

今それは相手に届かないと知りながら。




 ◇   ◇   ◇




建国から、グラディア王国で上層部の人間に腐敗や賄賂の話はほとんど聞かない。



自分の国でほとんど腐敗の話をほとんど聞かないのは自壊していった帝国という悪しき前例があるからだろう。



まともな人間であれば過去を見て歴史を繰り返すような真似をしない。



と王国の現状について思案していたルーカスは今、フィストリアと共にとある貴族の屋敷の前まで来ていた。



「フィストリア、行けそうか?」



「もちろん、このくらい余裕ですよ。」



2人は事前の準備を済ませて、ルーカスは彼女に軽く確認とり合っていた。



今回王子であるルーカスが出張った案件はかなり深刻なものなのだ。



珍しくここの貴族には間諜の容疑がかかっているのだ。



建国祭の近い今こういう不穏因子は排除しておかないといけない。



建国祭やルーカスの立太子が近づいている現在はグラディアにとって大切な時期だ。



ルーカスは内部が荒れていて外部との戦争がまともに続くわけないと考えているし、それは事実だろう。



王族という身分を存分に使って貴族の屋敷に入ると、ルーカスとフィストリアはこの屋敷の当主の息子、グラードに案内をされて応接室に案内された。



当主の息子はまだ若く、幾つもの装飾品を付け、野心が見え隠れする目をルーカスに見せていた。



それにルーカスは苦笑する。


フィストリアは魔術を用い、屋敷内の人間の気配を感じとっているようだ。



グラードは2人を応接室に案内するすぐに去り当主を呼びに行った。


そしてしばらくの後、初老の貴族の男が入ってきた。



「これはこれは、殿下、お待たせして申し訳ありません。ところで本日はどのような理由でいらっしゃたのでしょうか。ここのところ殿下は建国祭の件や立太子の件で忙しくしていらっしゃったでしょう。」



と好々爺然とした態度で話しかけてきた初老の男、ランドルドにルーカスは来た理由を率直に話す。



「ああ、そうだな。ここ最近は忙しくてな…。しかし、どうしても聞いておかないといけないことが出来てしまってな…。そう、お前たちがこの国に仇なす者かどうかをな。」



「まさか、そのようなことあるはずがないでしょう。私が何年国に仕えてきたと思っているのですか。」



男は好々爺然とした態度を崩さない、さすがに聞いただけでボロを出す阿呆はいない。


そこでルーカスは一つずつ間諜容疑がかかった理由を話していく。



「しかし、お前に間諜容疑が掛かっているのも事実なのだ。お前にとっては不服かもしれないが話は聞いてもらおう。先日、城都で魔族による事件が起きたことは知っているだろう。どうやらフィストリアや王宮の者たちによればあの魔族は魔術による支配がされていたらしい。」



今ルーカスが話している魔族とはあの夢魔族のことである。



ルーカスがフィストリアに対する意識を見直すきっかけを引き起こしたとも言える女魔族、あれにとどめを刺したのはルーカスだ。


死んだ魔族の体は王宮の魔術師の元に送られ、なぜ魔族の居ないグラディア王国に現れたのか調査がされていた。


その調査の結果が先ほどルーカスの言った通りのことだった。


契約魔術と対になる支配魔術。

それは対象を一方的に縛る非人道的と言われる魔術だ。

これが発展したのはグラディアから遠く離れた北の大国だ。



「魔族は大陸の北の方にしか現れない。南の大国であるグラディアは魔族が生きるには適していないんだ。これはこの大陸の魔術師の見解でもあり、歴史に残った数少ない記録でもある」



魔族がなぜ南で生きにくいのかは『黄金の果実』が関係している。


願いを叶える果実によって南北で魔族の力を忌避したいものと利用したいもので分たれたのだ。



「よってよほど強力な魔族でない限り、自らこの国に来ることはないんだ。」



「ははは、それでどうして我が家に間諜の容疑がかかったのですかな?」



態度を崩さずとも、若干の声の強張りが感じられる。少なくともルーカスの眼にはそう映った。

ルーカスはそれを見逃さずに話を続ける。



「件の魔族は強力とは言えないやつだった。転移魔術は使えたがな。そのため、どこからか連れてこられたやつである可能性の方が多大に考えられる…。………ところでお前は東の大国から北東の小国を挟んで北の大国と外交をしているんだったな。」



北の大国はグラディアと敵対しているが、少なからず外交はされている。


ルーカスの目の前の男の額には冷や汗が滲んでいるように見えた。

ルーカスはそれに構わない。



「ここ最近は戦争が苛烈になってきている。北の動きも怪しい。それにもかかわらずお前は以前と変わらない回数、なんなら以前よりも多い回数、外国の使者に会っているようだな。もしや、間諜の報告でもしているんじゃないかと思ってな。」



ランドルドは少しほっとした様子にルーカスからは見えた。



ルーカスの類稀な瞳には魔術構築の違和感だけでなくさまざまな機微が映るのだ。


例えば正面の相手の息遣いやら心拍数といった情報、ルーカスはこれを見逃さない。



ランドルドは言う。



「まさか、間諜の報告などとんでもない。使者は今後の外交をどうするかの交渉に来ていただけにすぎませんよ。戦争が激しさを増すことで考えられることや現在の戦況からどのように立ち回るのがいいか話し合っていたのですとも……」



初老の男は当然のことを返してくる。

ルーカスもこれくらいは想定していた。



ここでルーカスは少し安心したような男の隠していることを暴くように話を変える。



「ところで話は変わってしまうが構わないな?、これは俺も最近知ったことなんだが、どうやら魔術師は魔術構築に一人一人個別の跡が残るらしい。魔術痕と言うらしいが、指紋や癖のようなものだ。」



グラディアでは秘匿されている技術だ。


おそらく他の国々も隠している。

この技術は何かと便利なものだ。それこそ、魔術を解析し、誰が扱ったものか判別することもできる。



魔術の使えないルーカスは最近まで知らなかったのだ。

目の前の男が知っているとは考えにくい。



「ある程度優秀な魔術師はそれを読み取り、誰が作った構築なのか言い当てることができるらしい。どうやら王宮の上位魔術師などはその優秀な魔術師に当たるという。」



ルーカスが最近知った知識を初老の男に披露する。

男は先ほどと打って変わって好々爺とした表情は消え、無表情になっていた。



「王宮には魔術の才能がある者が集まる。これは民たちの中からも同様に、身分に関係なく来ている。王国は最近の戦争において魔術師の有用さに気付いているからな。魔術師の待遇をよくして、王国の各地から魔術の才能の大小構わず集めている。」


「つまり、王国で魔術の才能ある者はほとんど王宮にいるんだ。そして、王宮にいる魔術師たちの魔術痕を照合したところ魔族に掛けられていた支配魔術の魔術痕と一致する者はいなかった。そこで俺たちは王宮内にいない魔術師、つまり魔術師として働いていない魔術の才能持ちを調べることにしたんだ。」



初老の男は先ほどよりもさらに少し青くなったように見える。

息も先ほどよりも若干早まった。心拍数も上昇しているようだ。



「俺たちが調べているうちにお前の息子の話を聞いた。先ほども会ったが、お前の息子は随分と放蕩息子らしいな。装飾品を集め、酒場で魔術の類を見せびらかしているのも確認した。」



初老の男はさらに青くなる、ここまで言われるともう次に言われることも分かっているのだろう。


ルーカスは微笑を堪えながら話を続ける。



「くくっ、酒場でこっそりとお前の息子の魔術痕を確認させてもらったらなんと、驚くことに一致してしまったんだ。」


ルーカスは意地悪げに話す。


「そこからは簡単だったな、お前の家が何をしているのか、表面上はわからないよう巧妙に隠していたようだが、王宮の人員を集中させて調査をしたらすぐにボロは出た……。さあ、これが事実だ。お前はどうする?降伏するか、それともこの場で足掻いて俺に処刑されることを望むか?」



ルーカスは自分たちが調べた結果を初老の男に叩きつける。


初老の男は確かに間諜をしていた。



この男の部下、この間諜に関わった者はほとんどが処刑になるのだろう、ルーカスは初老の男に早く死ぬか、惨めに少しでも長く生きたいかを聞いているのだ。



ルーカスは立ち上がって、白くなっているランドルドを見下ろす。



初老の男がふいに立ち上がる、ルーカスは念の為自らの剣の柄を握る。


その時男は叫んだ。

「グラード!」


その時応接室の扉が開き、グラードや他の兵士たちが入ってくる。


ルーカスはその様子を見つめる。



「これは…、敵対の意思ありだな?」



そう口にすると、ランドルドは自身の口元を歪めて言い放つ。


「まさか、そんな魔術痕なんていう痕跡が残っていたとはな。王宮もよほど厳重に隠していたらしい…、しかし、ワシはまだ諦めてはおれんのだ。お前たち!王子の傍の女を狙え!」



ランドルドは長年国に仕えていたことでルーカスの武勇は知っている。そこでルーカスが連れていた女を狙うことにしたらしい。



だがそれはこの場で最もしてはいけない愚かな行為だった。



グラードが魔術構築を組むと真っ赤な火球をフィストリアに向けて放つ。



ところでフィストリアは今まで黙っていたがそれは広い屋敷を囲む結界を張っており、ルーカスに全てを任せていたからだった。



これは屋敷に入る直前から決めていたことだった。



屋敷に入る前に彼女に準備ができているか聞いたのはそのためでもあった。


何人たりとも逃さない結界……フィストリアにとっては造作もないことらしいが集中しておくに越したことはないし、それによって相手が舐めてかかってくれているのだ。



そんなフィストリアの状態を知っているルーカスが構築を破綻させようと一歩前に出るのをフィストリアが制止した。



フィストリアはルーカスに「ずっと確認していましたが誰1人として屋敷の外には出していません。皆庭に避難しているようです。」とだけ伝えてすばやく目の前に結界を張る。



火球が結界に衝突する。


窓が割れて爆発が広がる。



ランドルドたちは確かな手応えを感じていたが、黒煙が風に流されて晴れた時そこには、一片の煤も付いていない男女の姿があった。


グラードはその光景に驚く。非力そうな女は魔術師だったのかと考えを改める。



もう一度別の構築を組もうとしたが、それよりも早くフィストリアが左腕を上げる。


すでに結界のものとは別の魔術構築が組まれている。




「吹き飛べ。」




フィストリアの美しい声音が部屋に響く、その瞬間尋常でない音が響き渡り、ランドルドたちのいる場所を残して屋敷の他の部分が吹き飛んだ。



ランドルドたちはその時気づく、ルーカスよりも一瞬で多数の相手を用意に葬れるのはこの女の方だったのだと……





 ◇  ◇  ◇





その後ランドルドたちはすぐに降伏した。



応接室の床と少しの壁を残して屋敷は消え去っていた。



王都から離れているこの屋敷だから出来たことだ。


そんな規格外な様子を見て戦意の残っている者は居なかった。



その有り様にはルーカスも流石に驚いていた。


目の前に結界を張ってから、火球ぶつかり黒煙が晴れるまでの少しの時間で組んだ構築でこれだけの威力を見せたのだ。


さらに時間をかけるとどんなことになるのだろうか。




ルーカスはふいに彼女の魔術を防ぎ切ることができるかどうか考える。


彼女のではなくてもいいのだ、戦争に出るならば、魔術師と相対することも増える。


こういった大規模魔術を防ぐことができれば相手の虚を突くことができる。



遠距離で力を発揮する魔術師に剣士であるルーカスは相性が悪いのだが。




ルーカスには稀代の瞳がある。




常人のそれよりも能力の高いその瞳には風の流れや爆風の流れ方、なんでも見ようと思えば見れるのだ。



うまく往なす方法を今後考えていかないと行けないと結論づけるルーカスは今、フィストリアと2人でルーカスの執務室にいた。





「フィストリア、ご苦労。今日はいつもよりも強大な魔術を使ったんだ疲れただろう。」



ルーカスはフィストリアの側に座り、彼女を労う。



フィストリアは執務室ないの長椅子に腰掛けていた。



「ええ、久しぶりに使った魔術だったもので、確かに疲労は溜まったのかもしれません。」



そう言うフィストリアは普段の様子よりも萎びれ見える。



ルーカスはすこし躊躇いながら彼女の頭を撫でる。



髪に手を滑らせる。



本当にシルクのようでいつまでも触れていたくなる。



フィストリアはルーカスの手を振り払わない。



それを良いことにルーカスはしばらく彼女の髪の質感を感じながら彼女の頭を撫で続けた。


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