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小夜曲はこの世が王のために  作者: 南空葵
間章「国を治める者たち」
35/57

啓王




啓蒙の道を行く女王の一日は、いつも慌ただしい。



「———アメリア様!」



そんな声で目を覚ますのが、日々の始まりとなっていた。その声の主は扉を叩き乱暴に開けて入ってきた。


その若き女性は魔術師のレイア。


女王と接する人間としてなっていない彼女を寝ぼけた目で見つめるアメリアが話しかける。



「なんだ、また研究にでも失敗したのか?」


「いえ、緊急の用事でございます…!」



アメリアは若干眉を顰める。


「緊急の用事だと?……しばらく前に、研究部の失敗で城が浮き上がったことは鮮明に覚えているが、まさか、それほどではあるまいな。」



もう一年以上前のことになるが、それまでで一番大きな声で起こされたのはそれが最後だった。


女王として生きて来て、一番頭を抱えたのはそれが最初だ。



「安心して下さい、そこまでではないです…」


そう言うが彼女の持ってきたものは別の意味でアメリアの頭を抱えさせるものであった。



「王都内で高位貴族の暗殺未遂が起こっています!」



アメリアは何故そんな話が自分に回ってきたのか頭を抱え、ため息を吐く。


こうした事柄は本来、警備隊や諜報部の管轄だ。レイアが行くべきなのは警備隊や軍なのではないか。



「……それは、まあ、緊急だな。———しかしその事案、余は必要なのか?警備隊にでも、軍にでも任される仕事のはずだが。」


「ダメですよ!アメリア様だって狙われる可能性が有るんですから、耳に入れておかないと!」


「まぁ、そうだな———」



エル・メディスの王が死んだという話はすでにアルカノスにも届き、大陸は緊張を増していた。



その事件を機にシルヴァリオンとの手を完全に切ったエル・メディスはグラディアと本格的な同盟を結び、南派閥に付いた。



そんな大陸情勢もあり、北の影はもはや暗躍を隠さなくなってきている。


アルカノスでも要人の殺人未遂が起きたのだ、アメリアも危機を覚えるべきだという事なのだろう。



———そんな会話から一日が始まる。



「それより、今日は良いのか?」


「あっ、勿論お願いします!アメリア様の知識を私たちに!」



レイアは膝をついてお願いしているがこれも通常通りだ。


それはアルカノス城内に居る人の大半は魔術師であることと関係している。


皆が皆自身の魔術を研究している。


その研究の情報を全て握っているのがアメリアなのだ。

だからこそレイアはアメリアを頼る。


彼女の知見で魔術の指南をしてもらうために。



アメリアは微笑んで答える。


「他の者の機密は護らねばならないがいつも通り助言をしようではないか。」



 ◇   ◇   ◇



「さて、今日はどんな魔術を考えてきたのだ?」


「ふふふ、アメリア様…聞いて驚いてください!」


二十もの言語で織りなされた円環は淡い青光を帯び、薄紙のように宙へと重なり浮かんでいた。


空気はわずかに震え、魔術文字が光を帯びるたびに研究室の壁が影絵のように揺れる。


その様子にレイアの瞳は子どものような輝きを増していた。



「紛失物探し.改訂版.βです!」



アメリアはその魔術構築を見つめ、首を傾げる。


「ふむ、観点は良いが、既存研究が無いか確認していたのか?」


そんな問いに「あっ」と声を上げて頭を抱えたレイアはその場に蹲ってしまった。


「しかし、まあ、既存の魔術よりも単純化されているのは良い点であるな。0から考えたにしては良いところまで行っていると言っても良いであろうよ。」


アメリアの慰めを聞きレイアは顔を上げ笑顔を取り戻していた。


「ですよね!既存研究があったとは言え、改良版になっているなら大丈夫ですよ!」


「ははっ、お主はいつも楽観的であるが、その気の持ちようは褒めるべきか……?」



 ◇   ◇   ◇



「ふむ?すまぬなレイアよ。所用が出来てしまったようだ。」


「所用ですか?」


「ちと、野犬が城に入り込んだようだ。」


「わ、わかりました。行ってらっしゃいませ!」



レイアが礼を言うと、アメリアは研究室を後にする。


いくらか歩いて中庭に出ると風が冷たく、白い城壁が朝陽を跳ね返していた。


「ふははっ、あやつほど面白い者は中々見ん。」


アメリアは中庭の中で笑っていた。

彼女は確かに抜けたところがあるが、自分の研究室を持つくらいには優秀なのだ。


そんな誰もいない中庭に人影が近づいていた。


「なぁ、お主もそうは思わんかね?」


アメリアは自身の後方に向けて声を投げかける。


「さぁ、出てくると良い。北の国の野犬よ…」


低く呟くと、影が応じるかのように人影が現れた。


「お主が殺人未遂の犯人であろう?」


問いに相手は黙した。返事をしないのを良しと見て、アメリアは杖を構える。


「答えぬか。まぁ、良い。」


「どちらにせよ余が相手をしよう。」


 ◇   ◇   ◇


戦闘は、およそ十手で決着した。


刺客はまず、アメリアの風刃を避けて近づくが、続けて放たれた小規模爆発魔術から距離を取る。


煙が立ち込める中、相手は再び間合いを詰め、爆発の余波で接近するつもりだった。だがその間にもアメリアは隙を見つけ、雷撃の追撃を差し込む。


風刃が石畳を裂くたびに白い粉塵が舞い上がり、爆発の衝撃で焦げた匂いが鼻を突く。


熱気が頬を焼き、雷撃は空気を裂く轟音とともに青白い閃光を視界に焼きつけた。その一瞬ごとに、敵の荒い息遣いが近づき、また遠ざかる。


概ねこれの繰り返しだった。


魔術師であるアメリアにとって近接戦は少し無理がある。ある程度の距離を取りつつちまちまと敵に傷を与えていくのだ。


最後は後方から近づいて来ていた警備兵に気付かなかった相手が拘束されて終いであった。


 ◇   ◇   ◇


「此奴には然るべき処置を受けてもらおうか。」



アメリアはそう言うと、自身の杖で床を突く。



「魔術の知を以て愚者にも世の説を説く王となろうと。」


「余は戴冠の折にそう宣言しておるのだ。」



目の前の魔族は未だ暴れている。警備隊の者がそれをどうにか抑えようとしていたが、拘束を振り払ってアメリアの方に向かってくる。



「しかし、世は無常でな。いくら正論でも聞けない者がいる。…其奴らに与えられてきたものは皆同じだ。」



魔族が高速でアメリアに近づく。しかし、アメリアの杖の射程に入った瞬間、苦しげに身をよじり、やがて風とともに崩れ消えた。



「そう(みな)に与えたもの、それは……等しい終わりのみなのだ———」



その場に残ったのは乾いた砂のような残滓だけだった。



真っ当な者であれば、彼女の言葉を無視できない。


だからこそ彼女は一度は寛容さを見せる。



人は改められると信じているから。


頭を垂れるならその者はまだ人であると信じられるから。



しかし何かに狂わされている存在はその素振りも見せない。


かつてグラディアに喧嘩を売った自身の兄は戦争に狂っていた。



だから女王はその男を見放した。



今の大陸に彼女ほど人を信じ、愛している女王は居ないのだ———



 ◇   ◇   ◇



数日が過ぎ、城の人々はまた日常へと戻っていく。


アルカノスにはレイアのような若い研究者がいることで、常に思考を刺激される日々が続く。



「———アメリア様!」



その声の主は喜怒哀楽を隠さず、自身の知識欲を満たすために求め続ける。


彼女ほど人間らしい人は居ない。


そんな者たちと向き合うこと———それがアメリアの務めであり、喜びでもあるのだ。




啓蒙の道を行く女王の一日は、今日も慌ただしい。




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