表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小夜曲はこの世が王のために  作者: 南空葵
間章「国を治める者たち」
34/57

盤王




フラクタルの新たなる女王、シャーロットの戴冠から3ヶ月近く経った頃。



エル・メディスの王宮はかつて無いほどの慌ただしさに包まれていた。



その日エル・メディスの賢王エメリアスが起きてこなかった。




———その王はすでに息を引き取っていたのだ。




宮殿の魔術師による見分では毒が検出された。



それは……明らかな暗殺であった。



残された王太子ベリタスはすぐさま緘口令を敷き、情報の統制を急いだ。


王の訃報というのは国民や兵の士気にも関わる。


兵の士気が下がる———この時期にそれは国が揺らぐほどの出来事であった。



情報を統制する中、ベリタスは怒りの炎を滾らせていった。


王の毒殺…それは宮殿内の人間が行ったことだと暗に示していた。



もはや間者をのさばらせておくわけにはいかない。



確かな怒りと決意を胸に、ベリタスは間者の炙り出しに必要な物を持っているグラディアの友人に応援を求めた———



 ◇   ◇   ◇



友人はすぐさま来てくれた。


ベリタスの部屋でその三人は会合していた。



「ベリタス……心を強く保て、それが王太子であるお前の責務だ。」



ルーカスはベリタスに会って直後、そう言葉をかけた。


今のベリタスは柄にもなく、怒りに身を震わせているように見えていたのだ。



「私の不甲斐なさが露呈してしまいそうになるな。ここまで自分の感情も抑え切るのが、難しいとは。」



彼は拳を握りしめて、天井を見ている。

その様子を二人は静かにみていた。


やがてベリタスが再び口を開く。

その目には確かな決意が宿っていた。



「二人には間者の特定、そして、父上を暗殺した犯人を見つけてもらいたい。必ず、この宮殿内に隠れているはずだ。」



その願いを二人は快諾するが疑問を投げかける。


「勿論だ。しかし、どうやって見つけるつもりだ?俺たちはこの国の内部には詳しくないぞ。」


「策については無論考えている。君たち二人に与えた物……盤外の書を用いて人々の思考を読み取り、犯人を見つけ出してほしい。」


その言葉にフィストリアは納得の表情を浮かべる。



盤外の書には範囲内の存在の思考を読み取る能力がある。

二人がウィカリア相手に苦戦する事になったその能力を逆に使おうと言うのだ。



「分かりました。全ては私たちに任せて、国内の動きを収めるのに今は尽力してください。」


フィストリアの言葉にベリタスは満足したように首肯する。



これから彼は国民に王の訃報を告げる。



その後、数日間葬式をして、自分は即位をしなければならない。


エル・メディスにはかつて無いほどの動揺が走ることだろう。


それを二人は支えなければならない。


同盟国として、友として。



 ◇   ◇   ◇



エル・メディス内には大量の間者が紛れているとベリタスが言っていたことがある。


それはこの国が北の大国に半従属しているからだ。



盤外の書も譲るし、北の人間を快く受け入れなければならない。



ベリタスにとってもそれが、この国を存続させるために必要な事だったと理解していたのだろうが、今やそれは仇となった。


彼は今回のことも北がやったことだと考えているようだ。


この国はこれを皮切りに北との関係を完全に断とうとしている。


北も、西が南と友好を深めていると知って関係を断とうとしたのだろう。



北の皇族は裏切りを命よりも憎む一族だ。


旧アンバラシア帝国の血を引いている彼らはかつての帝国の自壊を、離反を周囲の人間のせいにしている。


今の北の皇族は人を信じられないように運命付けられてしまっているのだろう。



 ◇   ◇   ◇



まずルーカスとフィストリアはベリタスが王の訃報を発表する瞬間に目をつけた。



盤外の書には人の思考が映し出される。記される文字に触れることで人の言葉のように聞こえるのだ。


この効果範囲は書に人々の動きが記されるのと同じ範囲まで可能だ。


それはエル・メディスの都内なら全範囲覆えるほどである。



加えて、フィストリアは今、擬似的な盤外の書の魔術も利用している。


ルーカスがエル・メディスで演説をした時にフィストリアが見せたものだ。これで、都中の人の位置を把握しておく。



戦闘時に大量の人の思考で書の内容が乱されるのは死に近づく。だが、今はただ大人数の思考が必要だ。




王の訃報、暗殺されたという事実。




それを聞き、思考した都の中の全ての人間をしらみ潰しに判断していく。



ルーカスが自身の眼で盤外の書を見つめ、発見した敵の居場所をフィストリアが特定する。



これが最も早く都内の間者を炙り出せるだろう。



王の暗殺、それは北の作戦だったのだろう。


前々から王に反抗心を抱いていた者と間者は判断せねばならないが、暗殺に反応する者は全てが敵だと見て構わないだろう。



 ◇   ◇   ◇



やがて、ベリタスが演説を始める。



その声は風魔術によって拡声されていて、都中に響いている。


まず間違いなく全ての人に届いている。



二人は盤外の書を見つめ、大量に記され続ける思考の渦の中から、成功だの、これで本国がだの、と考えた者の居場所を特定する。


「当たりだな。」


「そうですね。ここまで上手く行くとは思っても見ませんでした。支配魔術下でも人並みの思考は出来ているのかもしれませんね。」


支配魔術の効果をそう分析した二人は発見した敵を排除するために別れていった。




 ◇   ◇   ◇




二人が別行動で人々を捕らえて行き、ようやく息をつけたのは既に深夜を超えて都に静かさが広がった頃だった。



捕らえた存在は196人。


その中には魔族も30体含まれていた。



これらの中にはエル・メディス内で副法務大臣や将軍といった重要な役職を持つ存在も少なくなかった。



「一国の中にこれだけの間者が紛れているとはな。」


「私としてはこれは想定内なんだがな。」



この結果にはルーカスも驚きを隠さなかった。


間者は全てが北の大国からの差金だった。

ここでは北東を経由して間者を送る必要はないのだろう。


北が同盟国をどれだけ信じていないのかが良く分かる結果だった。



 ◇   ◇   ◇



次に、二人は捕えた196人の中から当日王に近づくことの出来た存在を洗い出した。


今のベリタスの願い。



それは言わば復讐の欲望。



父親を殺害した張本人を特定すること。



メイド、付き人、料理人、毒味役……


そう言った職業の人間と二人は会話していく。


盤外の書を持っているのは本当に一部の人間しか知っていないはずだ。


フィストリアはルーカスに認識阻害の魔術を施し、自身はその巧みな話術で相手の思考の中を探る。


彼女はルーカスと違い、根っからの皇族で、これまでの経験の幅が桁違いだ。



相手を自分の思うように思考させるために対話することも難しくなかった。



 ◇   ◇   ◇



王に最も近い所で働く付き人兼護衛ヴィラハム



消去法で減らしていった怪しい人の中で結局最後に残ったのはその者であった。


朝、王の死体を発見し、ベリタスに報告しに来たのも彼であった。



「お前が王を殺したのか…?なぜだ、なぜお前が…!」



王の付き人、それは即ち王から多大なる信頼を受けている者だ。



長年王に付き添ってきた友人であるはずの彼が王を手にかけたことが信じられない。



その事実を知りながらもベリタスは怒りに身を震わせていた。


「ベリタス様…申し訳ございません。ですが、全ては、王の計略の一部なのでございます。」


「———父上が?…どういうことだ…!説明をしてみせろ!」


「王は危篤な病気を患っていました。宮殿の聖杯で症状を抑えていましたが王の命の火種が絶えるのも時間の問題でした———」


付き人はポツポツと事情を話す。



 ◇   ◇   ◇



賢王エメリアス、彼は寝台に横になりヴィラハムを見つめる。


「ヴィル、儂ももう終わりが近づいて来ているようだ。」


「そのようなことを仰らないで下さいませ。しっかりと退位した上で休養をとれば、まだ回復するはずでございましょう。」


王は深く咳き込む。その手には赤黒い液体が付着していた。しかし、それを気にせずに話出す。



「ヴィルよ。ここ数日、儂の命を狙う刺客が度々訪れているな…」


「誰にも言うなと仰られた件でございますね。」


「儂はそれを上手く使って見せようと思う。ベリタス…我が息子、彼奴にはまだ足りないものがある。」


「足りないもの…でございますか?」



ヴィラハムは疑問に思う。王が刺客に襲われた件を不思議と隠したがっていたのにはベリタスが関わっていたのかと。



「彼奴には決意が足りていない。」



「この国を守りたい気持ちは本物だろう。だが、その後の願いが彼奴にはないのだ……今の時代、全ての国の王が持つ欲…それを持っていない。」



「それは、問題…なのでしょうか。次代の王となるものとして倹約であることは美徳でありましょう。」



彼の問いに王は微笑みながらも首を振り応える。


「願いは人を動かす原動力だ。それの無い者に今の時代を生きる意味など無い。果実を追う者として尊大な願いがあってこそ一国の王と言うものだ。」


「ベリタスにもエル・メディスの血が流れておる。彼奴もどこかで人を失うことを恐れている。儂らエル・メディス家の願い『全ての人が苦しまずに天寿を全うすること』そのぼんやりとした願いを儂の死を以って確固たるものにして見せよう……!」



そう言って満足したようにエメリアスは目を閉じる。



「儂に終わりを見届けるのだ。それがお主に与える最後の命令だ。」


「儂が死ねばベリタスは盤外の書を持ち出し、犯人を探すだろう。国のためにもここで間者を一掃しておくことが必要だ。よもや儂の灯火は、刺客に奪われるか、病に奪われるか、お主に看取ってもらうかの三択だ。間者は儂の訃報を聞けば作戦が成功したと思うのだろう、ベリタスならばそこを突くであろう。」


「エメリアス様…それは…」



ベッドの薄暗い光に、エメリアスの目が静かに光る。


彼は瓶を指で転がしながら、低く言った。



「ヴィル、聞け。儂の王としての生涯の終幕を———これをベリタスの『願い』に替えるのだ。事は非道かもしれぬ。されど国にとっては最上の一手となるだろう」



ヴィラハムの指が震える。


言葉はそこまでで、王は瓶をわずかに傾けた。



 ◇   ◇   ◇



全ては王の計略だった。


自分が死に、ベリタスが犯人を探させることも。


間者を炙り出し、王の最期を見届けたヴィラハムを見つけることも。


ベリタスが確固たる意志を持って王になることも。



「王の計略は成功へ向かっております。」



「我が王は最後まで賢明なる王でございました…!」



拳を握りしめて壁を強く叩く。


「ぐっ……父上が…私に忠告を……?」



ベリタスは確かに考えていた。間者がこの国に危害を与えていなければ北との関係のためにも排除するのは後で構わないと。



しかし、彼の知らないところでは既に間者の暗躍が始まっていたのだ。


北の侵略は内部から始まっていた。



侵略は始まってからでは遅い。



王はそんな簡単なこともベリタスに残していた———



 ◇   ◇   ◇



やがて、王の死から暫く経ち、エル・メディスにも新たなる王が即位する。


———その王は父親の忠告を聞き受け、自身の中に決意と願いの火を燃やした。



『ただ己の大切な人を失わないために戦う。』



その願いは奇しくもルーカスの願いと同じであった。



———その王は戦闘能力こそ低いが、父親譲りの賢明さを備え、盤上を俯瞰するように兵を動かす。



———その王は今、国民の前に立っていた。


その目は鋭く、その思考は切れている。



王の側には、普段はその重さと、転移魔術に抵抗する厄介さから動かされない国宝アスクレピオスの聖杯が持ってきてある。



聖杯から一杯の水を汲み上げ、それを一気に飲み干す。



本来の戴冠の儀式では自身の利き腕に一冊の本があるはずだった。


そんなエル・メディスのもう一つの国宝を思い出す。


「盤外の書は彼らに与えてしまったがな———」


ベリタスは小声でそう言い、フッと笑う。




再び彼が顔を上げた時、彼には新たなる決意が漲っていた。




「先王エメリアスの急死は皆に深い絶望を与えただろう。」


「その暗殺を企てた全ての元凶こそ!北の大国、シルヴァリオン!」


「戦場を見通す書など無くとも、この私が!エル・メディスを、導いて見せよう!北など恐るるに足りん!」



今回の事件を機に完全に手に切った北の帝国シルヴァリオンは現在大陸でも最も勢いがあり強い国だ。



ベリタスは近く訪れるであろう北との大戦を見据えていた。


彼の戦場での在り方はルーカスの父親と同じように先を見据えた動きをする指揮官だ。



彼は杯を高く掲げる。



「この私が、次の時代の盤王として、きたる戦争を計略の渦に沈めてやろう!」




それがエル・メディスの新たなる王の誕生であった———





続きを読みたい! と思って頂けましたら、

是非下のボタンから評価をしていただけますと幸いです……!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ