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火花






エル・メディスでのルーカスの宣言から一か月。



東の大国フラクタルと北東の小国シルヴォールとの小競り合いは、深刻な膠着状態を生んでいた。



フラクタル兵に対するシルヴォール兵はその3分の2にあたる程度しかいない。



数と質においても完全に有利なフラクタルがシルヴォールを押し返せていないのには理由があった。



シルヴォール兵は全員操り人形と化し、痛覚すら失っていたのだ。



その背後には北東の小国の支配魔術があり、使用者が倒されぬ限り、操られた彼らの理性は戻らない。



さらに北東の小国の魔族も現れ、フラクタル軍の前衛をじわじわと削っていた。



 ◇   ◇   ◇



女王候補シャーロットからの緊急要請。



フラクタルはさらなる救援を同盟国グラディアへ要請した。



ルーカスとフィストリアは、グラディアから少数ながら精鋭を連れて現地へ転移した。



現場に着くと契水の小隊副隊長、フラクタル王子フレオンがルーカスたちを迎えた。



すぐさまフレオンは現状の確認をする。



「シルヴォール軍は傷ついても倒れない。それに魔族が前線を掻き乱しているんだ。厄介極まりない。ルーカス、アンタたちの力も貸して欲しい。」



ルーカスはすぐさま首肯する。



「ああ、もちろんだ。引き下がる時間はないな。フレオン、副隊長として先導を頼む。」



小隊副隊長フレオンはルーカスを迎え、魔族殲滅の任務を要請した。




 ◇  ◇  ◇



 

———薄い結界が張られた草原。



フラクタル兵とグラディア兵が連携し、盾と剣で操り兵を退ける。



その光景を尻目にルーカスとフィストリアは魔族を探す。



すでに10体以上は倒していた。



今回はアルカノスから友好の印として受け取った天絡の浮遊石を展開している。



浮遊魔術や空間に干渉することのできる魔道具である天絡の浮遊石。



あまりの強力さに対人相手ではできるだけ使わないようにしていた。



しかし、相手が魔族となれば話は別だ。



ルーカスの周囲には6本の剣が浮遊している。


持ち手と刃だけで鍔のない単純な剣だ。



この6本を動かしつつアルカディアで敵を切る。


今は6本が安定して動かせられる限界だが、まだ増やそうと思えば増やせられる。


この使い方はかつてフィストリアの言っていた使い方だ。




走っている瞬間、突然、前方に強力な気配を感じ、ルーカスは走る速度を緩める。



草原の丘を超え、森の前に1人の魔族が立っていた。



ルーカスはその強力な気配にアルカディアを構えて問いかける。



「まさか、お前は魔王直属の4魔族の1体か?」



正面の男は答える。



「なんと、そこまで知っているのですか。グラヴィティアが漏らしてしまったのですかね。」



男は右手に本を携えている。その内容に何度か目を落としながらルーカスに答える。



「僕はウィカリアと。以前グラヴィティアがお世話になったようで。あなたたちはとても厄介だと我らが王より聞き及んでいます。」



ルーカスとフィストリアはウィカリアと名乗った魔族、明言していなくても言い方から目の前の奴が魔王直属の魔族だと勘付く。



2人はウィカリアに人々を支配しているのかと聞こうとした時だ。



「アハハ、確かに僕が支配して人間と魔族を操っていますが、僕と戦うつもりですか?今の僕はあなたたちの全てが分かるのに?」



ルーカスはその言葉に驚く。


ウィカリアの答えは今まさに自分たちが聞こうとしたことの答えだったからだ。



ふいに、ウィカリアが持っている書に目を向ける。


古さを感じるが、上等な本の装丁はそれがただの本でないことを示していた。



ルーカスたちはその本の正体に勘づく。



「……お前、まさかその本…盤外の書か?」



盤外の書……西の大国エル・メディスの国宝だった遺物でグラディアとの戦争を引き起こした遺物でもある。


魔族はにやっと口角を上げて答える。



「そうですとも。戦場を操るのにぴったりであるこの本があれば、あなたたちと言えど僕に勝てるでしょうか。」



現在は行方不明の物だったが、北の大国の魔族が持っていることが分かったのは幸運だった。


とは言え、それくらいなら海に落ちてしまっていた方が嬉しかった。



魔族は生まれ持って力を持っているため力に驕り人間を舐め腐っている節がある。



ウィカリアが自信に溢れて自分の情報をすらすら話していたのはそんな性質や盤外の書を持っているからだろう。



「それは西の国宝だ。返してもらおうか。」



聞きたいことは全て聞けた。



この戦争は目の前の魔族を倒さない限り終わらない。



支配魔術を掛けられてしまえば使用者にしか解除ができないのだ。



ルーカスはアルカディアをしっかり握る。フィストリアもすでに魔術構築を組み終えているようだ。



ルーカスは一直線に駆ける。



天絡の浮遊石を行使し、剣を3本ずつ魔族の両脇を狙って飛ばす。


正面にルーカスはアルカディアを縦に振り下ろす。



3方向からの攻撃をウィカリアが結界を展開して後ろに飛び退く。



飛び退いた所を狙ってフィストリアは空間魔術で縦に裂く。



だがウィカリアは微笑み、空中に転移した。



ルーカスが石の力で空中を駆ける。



6本の剣をウィカリアの周囲に散らばらせルーカスと同時に突き刺す。



変則的な攻撃にウィカリアも唸る。


奴の身体には数筋の切り傷ができていた。



ルーカスの攻撃を避けたウィカリアをフィストリアが追撃する。


しかし、そのフィストリアの攻撃を避け切る。



その攻防は2人の思考、行動まで分かっているはずのウィカリアを追い込む。



ウィカリアが唐突に首を傾げる。


「アハ?可笑しいですね。あなたと剣と、その浮遊のことについては何故か書に記されませんね。」



その言葉をルーカスも不思議に思いつつも攻防を続ける。


2人の攻撃をなんとか捌いていても少しずつ不利になってきたことを悟った魔族は逃げに徹する。



しかし、2人は魔族を逃すつもりはない。



ルーカスが魔族の方に左手を伸ばし、掌を握る。



空間魔術を使う時に制御を楽にする仕組みのようなのようなものだ。



ルーカスとウィカリアの間の空間を圧縮する。



ルーカスは右手のアルカディアを振り下ろす。



急に引き寄せられた魔族は驚愕の表情をしつつ防御の体勢をとる。



しかし、アルカディアはそんな防御をいとも容易く切り裂く。



魔族は痛みに耐えながらルーカスに蹴りを入れて距離を離す。



「フ、フフ、随分お強いようで。我が王が危険視するのにも頷けます。」



そう微笑みながら言い放つウィカリアは多くの切り傷を受けながらも余裕そうである。



話を続ける魔族を睨みつける2人は魔族が裏で組んでいた魔術に気づかなかった。



ウィカリアは正面に2人の視界を塞ぐように炎魔術を放つ。



フィストリアを守るように彼女の前に立っていたルーカスがその魔術を切り裂くと魔族は別の魔術を展開していた。



正面に目眩しの光が瞬く。



予想だにしていなかった行動に二人は目をつぶされる。


2人が目を開いた時、すでに魔族はその場から消えていた。



魔族は常に撤退に力を向けていたのだ。



ルーカスが悔しそうに口を開く。 



「くっ、逃してしまったか。奴をここで仕留めれば戦いは終わったはずなのに……」



アルカディアを強く握るルーカスにフィストリアが宥めるよう話す。



「大丈夫ですよ。あの魔族も傲慢さは隠せてはいませんでした。逃げたとはいえ、この戦線が望める場所にいるでしょう。場所をどう暴くかは考えないといけませんが……」



ルーカスは彼女の言葉に納得して一度本陣に向けて歩を進める。



主犯格が分かったことを報告共有し、奴を戦場でも探せるようにするため。





 ◇  ◇  ◇





———戦線は膠着のまま深まっている。



操られたシルヴォール兵、彼らは一応罪なき人間だ。


彼らの無駄に殺害してしまっては掲げる正義の名が曇るだろう。


それに支配魔術の仕組みを知っている魔術師たちも不安を募らせる。


討ち果たすべきは支配魔術の使用者ウィカリアのみ。

とは言えここで無血は不可能だ。



奴は姿をくらまし、兵たちも倒せない。



フレオンが提案する。



「魔族を呼び出す罠を張り、殲滅するべきだ。そうでもしないと、このまま操り兵たちを攻撃し続けるしかなくなる。これ以上の消耗は……」



その提案にルーカスは質問を返す。


「だが、それには時間が掛かる。その間、操り兵はどうする?」



「ではこうしましょう。私が結界で操り兵の動きを止めます。そうすれば魔術師か魔族が出てくるしかありません。現れたところをあなたと私で一網打尽にしましょう。」



フィストリアの案は大量の兵をどうにかしながら魔族を呼び込める、安定した案だった。


「そうだな。多少賢い者なら誘い出されているのは分かるだろうが、そうなれば出てくるしか無いからな。だが、盤外の書はどうする?俺たちがされたように書を扱えば擬似的な思考盗聴が出来るんじゃないか。今の作戦も盗み聞かれていたりしないか?」



それについてはフィストリアが補足した。


「それはおそらく大丈夫です。大量に人間がいる中で特定の人間だけ、なんて不可能に近いです。範囲を設定してその内側の思考を盗聴しているのだと思います。」


その答えにルーカスは納得する。

森で2人は気配を感じた方にウィカリアがいた。人が限りなく少ない方に誘導されたと見れば筋も通る。


戦場でしようとしたら大量の人間の思考で溢れてしまうのだろう。




 ◇   ◇   ◇




こうしてフラクタル・グラディア合同の誘い込み殲滅作戦が始まった。



これからフィストリアは数時間掛けて結界を練る。



物理的に通れなくする結界というものは高等魔術に含まれる。


魔術を通さなくする結界は簡単なのだが、物理を通さなくする結界はまた違う仕組みになっているのだ。



ルーカスはその間、浮遊石を用いて浮かぶ剣を振るい、人々を転移させ、戦場で操り兵を押し込んだ。





 ◇  ◇  ◇





結界が展開されたのはすでに辺りが暗くなった頃であった。



操り兵といえど食事や睡眠を与えなければ死んでしまう。



支配魔術の使用者は操る中でも最低限の食事と睡眠を与えている。



死人兵となれば魔術師の殲滅を受けてしまうと分かっているのだろう。


北東の兵には支配魔術で強引に連れられた民間人も多く含まれているように見えた。


あくまでウィカリアは人間を生かしたまま操り、無辜の人々という攻撃しにくい存在を扱っているのだ。



暗くなっても入れ替わりで戦い続ける操り兵。



フラクタル兵を常に戦場にいる気分にし、疲弊させていた。



しかし、フィストリアは結界を張ることができた。


ほとんど妨害が来なかったのは、魔族の傲慢さか、他に策があるのか。



ルーカスは脳内で敵の動きを窺っていた。



結界を張ったことで、戦いは完全に止まる。


この戦い、残りは一部の先鋭たちが終わらせる。



長く戦っていたフラクタル・グラディア兵はこれによって一時の休息を得ることができた。




 ◇  ◇  ◇




ルーカスとフィストリアは結界の中で操り兵の前に立っていた。



魔族や魔術師が現れることが想定されるため他の兵は下がらせている。


フレオンも指揮官としての才能は素晴らしいものだが大量の魔族や魔術師相手は厳しいため本陣の守りに徹させ、不測の事態に備えさせている。


 ◇   ◇   ◇


現在の大陸には二つの特異点が生まれている。


それは一生では届かないほどの力を蓄え振るう者だ。



———その二人は別方向に力を極めた。


———大陸で比肩する者はお互いだけなのだ。




一人は大陸で敵う者のいない魔術師。



戦場に来れる魔術師は、老練な魔術師でも5、60年生きた者がせいぜいだ。



その程度しか生きていない人間が、食事も睡眠もしなくても生きることができる、300年間魔術を研究した魔術師に勝つことは不可能である。




一人は大陸で敵う者のいない剣士。



前線を張ることの多い剣士はそれに伴って死亡率も高い。



かつて大陸最大の乱戦の世を若くして生き抜いた力と才能。その眼にはあらゆる情報が映り、違和感を見逃さない。魔術こそ使えなくなったが、今の彼には天絡の浮遊石がある。質量攻撃や空中を歩けるようになり、かつてよりも間違いなく強くなっている。



 ◇   ◇   ◇



そんな2人の前にはじめに現れたのは魔術師だった。



操られている魔術師が操り兵を押し除けて前に出てきた。結界の破壊をさせるためだろう。



比較的前に留まっていた数十人の魔術師はフィストリアに向けて魔術を放っていく。



ルーカスは空を踏んで彼女に向かう魔術を無効化していく。破綻点を見極め、瞬時に剣を振るう。質量攻撃には浮遊石で質量攻撃を返した。



彼は、その勢いのまま魔術師の前まで飛び出て無力化していく。



魔術師の無力化は簡単だ。

手首から切り飛ばし、魔術言語を書けなくしていくだけ。



ルーカスがしていることは外から見ると惨いことではあるが、西の治癒術師の力を借りればどうにかなる、ということをついニ月前に心から思い知っていた。



並の魔術師はこれで無力化できるが、ある程度治癒魔術にも明るい魔術師がいれば自身で修復してしまう。


ほとんどの治癒魔術師は今のように手首を切り落とされた時のために治癒魔術の込められた魔道具を常備しているものだ。



北東の小国にも少なくない数の先鋭魔術師が在籍している。



しかし、そういう相手にはフィストリアの出番である。



彼女は自分が倒れれば結界が壊れて操り兵が溢れてしまうということを理解しながらもルーカスに攻撃が行かないように矢面に立ち、敵魔術師の相手をする。



ルーカスに高速で切り落とされた手首を修復しようとする魔術師を見つけては風魔術で周辺の空気を弄って気絶させていく。


意識がない間は操ることができない。これはウィカリアが操り兵たちを生きたまま使っている弊害でもあった。


フィストリアはこれを逆手に取っていた。



 ◇   ◇   ◇



そうして2人で対処した魔術師の数が数百人、数千人に昇った頃。



次に魔族が現れ出した。



魔族はピンキリといえど、今の戦場にいる魔族はそこまで強くない。

北との大戦である訳でもないのだ。ここで全戦力を出してくるとは考えにくかった。



奴らの中で優秀なのはウィカリアだけ。


あの魔族が飛び抜けて強力であるということに気をつけなければならない。



魔族が相手の時、ルーカスは浮遊石を使う。



魔族は支配されていても、支配されていなくても人間を襲う厄介な存在である。

奴らにも意識はあるが、ルーカスは生まれてこの方人間に友好的な魔族に出会ったことはない。


人間からしてみれば魔族は、人を模した、言葉を話す化け物なのだ。


そんな魔族を倒すことをルーカスやフィストリアは厭わない。



ルーカスは6本の剣とアルカディアを振り回して、切り付けていく。


浮遊石に組まれた空間魔術も用いて魔族の身体を裂き、潰し、数を減らしていった。



グラディア公時代から戦場で生きていたルーカスは、いまさら血を浴びたり、人や魔族を殺すことに忌避感はない。



それがこの大陸では当然で、日常で、そうしなければ自分たちを守れないことを知っているからだ。



レオを失った経験。


それを思い出したことは少なからず彼を変えた。レオはルーカスの内なる人格であったが、かつてのルーカスは確かに喪失感を覚えていた。


ルーカスは自分の大切を失わないようにするためにただただ剣を振るう。




フィストリアはルーカスのように空間魔術を用いたり、炎や雷魔術で魔族を消し炭にしていく。


ルーカスの援護をしつつ、空中から魔術を放っていく。



300年間で彼女も多くのものを見てきた。


人や魔族を殺すことも幾度となくあった。



彼女は300年の間で多くのものを失った。


その中でもルーカスを失ったことは彼女に尋常でない喪失感を与えていた。


フィストリアもまた大切を失わないためにただ魔術を組み、敵を殲滅していく。



———魔族を倒していく方が早く終わった。



北東の魔術師のように操られている生きた人々ではない魔族たちを倒していくことはあっという間に終わっていった。




2人は数時間休まず戦ったことによってすでに肩で息をしていた。



しかし、2人の前にはこの作戦においてずっと待っていた男がいた。



「よくも、ここまでやってくれましたね。私の操り兵もひどい有様ですし、血の海が広がり、魔族の死体が転がっている。こんなこと盤外の書で見ても信じられませんでした。」



ルーカスはため息をつき、目の前の魔族を睨む。



「はぁ、ようやく現れたか、ウィカリア。」



ウィカリアも二人を憎々しそうに睨みつける。


「あなたたちの力は本当に人の域を超えてますね。すこし、見誤っていました。」


「どうした、もう一度逃げるのか?」


ルーカスは挑発をしてみる。魔族なら人間の挑発にのってくるだろうと思ってのことだ。



「いえいえ、そんな事しませんよ。私はここで散ってこいと言われたので来たのにすぎません。」



微笑みながら死にに来たと言い放つウィカリアはあまりにも不気味だった。

おそらく、それも魔王とやらの命令なのだろう。



「しかし、魔王様の命に反してでもあなたたちに怪我を与えて、あわよくば殺すことができれば……」


ウィカリアは口角を釣り上げる。



その様子を見てルーカスもフィストリアも戦闘態勢をとった。



北東戦線最期の闘いの幕開けはすぐそこであった。







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