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近くて遠い人




「そういえばフィストリア、俺が記憶を取り戻すまではどんな風に俺を思っていたんだ?」




2人はゆっくりとエル・メディスのテントに向かって歩いていた。



ルーカスはふいに思った問いを投げかける。




今のルーカスと過去のルーカス公は確かに同じ人物だが、育った環境から違うのだ。




フィストリアは頬を紅潮させて口を開く。




「もちろん、愛していましたよ。今のあなたも前のあなたも、両方とも……なので、あなたが記憶を取り戻すと2人分のあなたから愛してもらえるし、愛せるなあって思ってました。」




「前のあなたには直接的に愛していると言えなかったですけれど、いずれ記憶が戻った時に今までの分も伝えようと思っていたんですよ。」



それは彼女の後悔でもあったのだろう。



しかし、そう言うフィストリアはただ愛おしい。




ルーカスは彼女を引き寄せて抱き上げる。




「それなら、フィストリアが言うように2人分愛さなければな。」




ルーカスはそのまま歩き出す。




フィストリアは今の姿を他の人に見られることを恥ずかしがったが、じきに静かになった。




ほぼ夫婦の2人が仲睦まじくて悪いことなんてないのだ。




ベリタスの待つテントに入るまでルーカスは恥じらう彼女を堪能した。




 ◇   ◇   ◇




「はあ、随分仲睦まじいようで。」




テントに入るとベリタスの皮肉で迎えられた。




ルーカスは笑みを浮かべながらベリタスに向かう。




「すまないな、未婚の王太子には酷なことだったか?」




「失礼なっ、婚約者候補くらいなら都に戻ればいくらでもいる。」




そう軽い言葉で話すベリタス。




今日までの交渉中の固い言葉はあくまで演技。




最初の会合の後、十数回と会合を繰り返すうちにルーカスとベリタスは年も近く、境遇も似ていたことで仲を深めていたのだ。



「それで、現場を押さえてきたのだろうな。本題に入るぞ!」



ベリタスの言葉にルーカスも浮き上がる気分を少し抑えて答える。



「———ああ、俺の方では作戦通り、西を攻撃するそぶりを見せたところ、イザークが暴れたから無力化しておいた。フレオンに指定の場所まで連れて行かせたぞ。」



ベリタスはルーカスの報告を頷きながら聞く。



「ああ、それについてはすでに聞いている。イザークは常に冷静な男だ。あいつが感情に振り回されることなどあり得ない。間者の影響を強く受けたのだろう。魔術師に調べてもらっている。」



次にフィストリアが口を開く。



「次は、私の方ですね。私はここの周囲に巨大な結界を張り、出て行こうとする者を捕まえて無力化していきましたよ。結果は人間2人、魔族3人でした。いずれもエル・メディスの軍服を着ていました。」



それを聞いてベリタスは息を吐き出す。彼にとっても嫌な答えだったのだろう。



「はぁ、そうか、軍部に間者が紛れていたか。そしてやはりと言うべきか、魔族が居たのか。数日前に西軍全体で奇妙な声を聞いたという症状で溢れた。それを引き起こしたのも恐らく魔族なのだろうな。その時に精神に感応する魔術でもかけられたか……」



フィストリアは首肯する。


「そうでしょうね、イザーク元帥は良くも悪くも単純な方ですから魔術に掛かりやすかったのではないかと。」



ルーカスも自分が感じた人物像を答える。


「たしかに、俺も戦ってみた感じ、エル・メディスのためにという点を突き詰めた男という感じがしたな。それ以外が見えていないような…」



ベリタスは2人の言葉を肯定する。



「2人の言う通りだ。あいつは昔から愛国心が強い男でな。国に害をなす者を誰よりも許さないやつだった。」



フィストリアは捕らえた魔族の目論見を推測する。


「魔族は西軍の不安や猜疑心を煽ってグラディアに対する攻撃性を高めていたのだと思います。」



ベリタスは再び息を吐き出す。



「はあ、それならば、やはり北か北東が犯人なのだろうな。」



同盟国が裏切り的行為を行なっている事実は彼にとって耳が痛いことなのだろう。



「グラディアには北の大国の話がなかなか入ってこないんだが、何か情報はあるか?」



ルーカスは今後の作戦を立てるためにも情報を聞き出す。



「そうだなぁ、同盟国ではあるが、構わないだろう。」





「北の大国シルヴァリオン……そこの王は魔族を完全支配し、どうやら国民から"魔王"と呼ばれているらしい。」





話したことの中に出てきた言葉にルーカスが反応する。




「………魔王……ここで、その言葉が出てくるか。」




もう随分昔のことのように感じる。




南東の小国プライオの指導者を殺し、ルーカスに重傷を与えた魔族グラヴィティアが信仰していた存在。



フィストリアによると随分前の北の大国にも似た存在がいたという。




「そういえば魔族を完全支配するって信じられないくらい大変なことなんですよ。」




フィストリアの言葉を聞いてベリタスが推論を口にする。



「いや、シルヴァリオンには国宝パンドラの冠がある。あれは支配魔術の祖となった遺物だ。あれなら支配魔術よりも強力な支配ができるはずだ、うまく利用しているのかもしれない。」



ベリタスの推論をフィストリアは否定する。



「そうですかね?一度パンドラの冠の前で支配魔術を掛けられそうになった事がありますけれど、使用者の技量のせいか私の魔術防御が強かったせいか効かなかったんですよね。」



それを聞いてルーカスはギョッとする。



「フィストリア、なんでそんなことしたんだ。危ないだろう。」



「いやぁ、あれは仕方がなかったんですよね。シルヴァリオンで魔術本を対価に魔族を捕らえて、その功績を讃えようと言うので城に行ったらの仕打ちでしたから…」



「フィストリア、そいつの名前を教えてくれ、俺が刺す。」



ルーカスは苛立ちが抑えられない。



しかし、フィストリアが整然と答える。



「もうその人は死んでますよ。…でもそう言えば、あなたも知ってる人です。かつてのシルヴァリオンにも魔王と呼ばれた人がいたと言ったでしょう?その人ですよ。」




意外なところで出てきた魔王という存在。




ルーカスは自分がいなかった間に彼女を支配しようとした魔王とやらに苛立ちを覚える。



そんな様子のルーカスを見てか、フィストリアが答える。



「そんな顔をしないでください。それに私は記憶が薄れたことはあっても、昔も今もずっとあなただけの存在ですよ。」




フィストリアはさらに妖艶な微笑みを浮かべてルーカスの手を握る。




「それに、もう二度とあなたは私を離さないでしょう?」




フィストリアの言葉に「もちろんだ。」と短く、しかしはっきりと返したルーカスは彼女を引き寄せ……




「んん゛っ、そういうことは自分たちの城にでも戻ってからにしてもらえるかな?」




未婚の王太子が声を荒げる。



理性的な彼もこの2人の前では随分と砕けた口調になる。



2人は肩が当たるほど近い距離に座りながら、本題に戻す。



「とにかくっ!北の大国があまりにも怪しいということでいいのだね!」



ベリタスは荒げた声で確認する。



「ああ、そうだな。魔族を手足のように扱えるのは北の支配魔術をよく学んだ者だけだ。今の時代、北の大国に留学など出来ないからな、北の大国からの間者でまちがいないだろう。」



「それなら盤外の書は結局、北の大国か……」



「なんだその言い方は。他の国なら良かったかのように聞こえるぞ。」



ルーカスはベリタスの言い方に違和感を覚えた。



「ああ、君たちの国力、団結を見ていると個人的には南派閥の国が待っててくれた方が良かったと思ってな。」



西の大国の動き方を王太子自身が話出す。



「エル・メディスがシルヴァリオンについているのはそこが強国だからだ。だから仕方なくあの国に従っている。欲を言えば支配魔術なんていうものが発展した国に従うなんてしたくはないんだ。」



北の大国を非難するベリタスにルーカスは微苦笑を浮かべる。



「ふっ、なるほどな。南派閥の力が強いならそっちにつくことも考えていたわけか。変革の時代にあった生き方だな。」



ルーカスは西の大国の賢い生き方を素直に褒める。



「それで、どうする?エル・メディスはシルヴァリオンと同盟を組んでいるわけだが、グラディアと同盟を組むとなると、まるで大陸中の国が仲良く線で繋がっているように見えるな。」



実際には敵対しているのに西を通じて南と北が線で通じてしまう。


南と北は一触即発の関係であるにも関わらず。



「まったく、そうなんだ。南派閥がかなりの力を持っていることは今回の戦いでこそ分かったが、シルヴァリオンも強力だからな…へたに敵に回すことは避けたいんだが。」



「とりあえず、今回の戦争は長期戦になったから交渉で収めることにした、という筋書きで問題ないんじゃないか?」



「それでもこちらとしては構わないのだが、国民をどう説得したものか…」



そこでフィストリアが何か気づいたのか口を開いた。



「多分ですけど、国民の人々も煽動されているんじゃないでしょうか?」



ベリタスはフィストリアの推論に納得を覚える。



「なるほどな、確かに軍部の精神を煽ることができるなら確かに国民など容易いだろうな…」



ルーカスが案を出す。


「俺たちがエル・メディスの都まで行き、声明を発表しよう。そこでフィストリアが扇動に上書きとして魔術で軽く暗示を掛けるのでいいんじゃないか?」



「まあ、それが楽ですけど、いいんですかね?」



フィストリアはルーカスの案に賛成しつつも若干の倫理面の問題もありベリタスの意見を求める。



「ああ、構わない。暗示というが安心感を与えるようなものなのだろう?それぐらいなら国民の精神にも影響はないだろうし、国内で意見が割れている方が危うい。」



「じゃあ、それで行こう。」



ルーカスはベリタスの首肯を受けて、決定を口にした。




こうして3人だけの会合は終わりを告げた。






 ◇  ◇  ◇






ルーカスはフレオンの元を訪れていた。



「フレオン、イザーク元帥との戦いは助かった。」



「そう言ってもらえると嬉しいものだが、剣の腕も経験も何も元帥に及ばなかったな…」



フレオンはそう言って少し前の自分を顧みていたようだ。



「今回は使わなかったが、お前には水魔術だってあるだろう。それに、俺から見たら剣の腕はイザークと同等だったと思うぞ。経験が圧倒的に違うだけだ。」



ルーカスは戦っている間に感じたことを嘘偽りなく伝える。



「そうか?まあ、経験はこれから積むか……アンタにはこれからも模擬戦をちょくちょくしてもらうからな?フラクタルにもたまには来いよ。アンタとて国王として忙しいだろうがな。」



フレオンはそう言ってから思い出したように顔を顰めてルーカスの方を見る。



「あっ、そうだ、急に高笑いするのやめろ。イザーク元帥もさすがにビビってたぞ。あと、妻に対する愛も本人のいない前で呟くな。人が周りにいる中で言うな!」



フレオンの言葉にルーカスは微笑して答える。



「なんだ、お前もベリタスみたいに妬んでんのか?ベリタスに妹でも紹介して貰えばどうだ。お前も王族なんだから位とか確かだろう。」



「妬んでない。一般論として、アンタに忠告してんだわ。ベリタス王太子の妹については今はいいだろ。」



そう言ってから「というか、ベリタス王太子も言ってたのかよ、自重しろ」と呟くフレオンは一般論という点を強調していた。ルーカスはそれに笑いが溢れる。



「くく、それなら、素直に受け取っておこうかな。」



ルーカスが国王となっても謙らないフレオンを嬉しく思う。




フレオンはもしかしたらベリタスと息が合うのかもしれないと思いつつ、笑いながら撤収するフレオンを見送った。




フレオンはルーカスから離れると苦笑しつつぼそっと口にした。



「はぁ、王族、王太子、国王…かぁ…」



彼の声は誰にも届かない。


彼の本当の願いを知る者も今はいない。





 ◇  ◇  ◇





その後はあっという間にことは進んだ。




3人が話した内容でその後の交渉は上手くいき、イザークも回復した。




イザークは頭を地面に擦り付けて謝罪の意を示した。




南派閥はイザークが魔術にかかっていたことを知るとその謝罪を受け入れた。




死人が出ていなかったことがその謝罪を受け入れれた要因でもあるのだろう。




そうして両軍はなだらかな丘のある広い平原から撤退していった。




両軍ともに大量の怪我人は出たが、死者は出なかった。




両国の何も知らない人間は死者を出さずに他国を退けたとして総指揮官のベリタスやルーカスを讃えた。




これが全て仕組まれたことと知らずに。




全て今回の戦いは事前の密談で決まっていたことだった。




互いに死者は出さずに、長期戦を演じ、痺れを切らした間者を叩き潰す。




ベリタス、ルーカス、フィストリアの間で決定していたことだ。



そのためグラディアでの怪我人を救護するためフィストリアには忙しく働いてもらうことになったが、そのおかげでグラディアでも死者は出なかった。



一進一退の攻防の膠着戦で兵士たちも疲弊してしまっているが、皆生きている。




フラクタルのシャーロット、エリアス、アルカノスのアメリアには今回の密談の内容を事後報告になるが伝えた。




女王であるアメリアはルーカスの軽率な行動を諌めはしたが、ルーカスの実力を知ってか、あまりくどくど続けることはなかった。




最上層部にしか伝えなかったのは情報が漏洩して西と南が結託していたことを北の大国に知られないようにするためだ。



国に戻り、ベリタスからの連絡が届いたのは戦争が終わり、2週間ほど経過した時のことだった。





 ◇  ◇  ◇





現在ルーカスはフィストリアとともにエル・メディスの都に来ていた。



ルーカスが壇上に立ち、フラクタルからフレオン。


王族の少ないアルカノスからは宰相が来ている。



そして、そばにはベリタスと彼の妹であるメアリー王女も立っている。





今回の戦いで周辺国との戦いも一段落して婚約者が決まったらしいベリタス。



今朝ベリタスに会った時に自慢された。


「私にもようやく婚約者が出来たぞ!、これで未婚(約者)の王太子など言わせないぞ!」


と言うベリタスを笑いながら「そうか、良かったじゃないか」とルーカスは話していた。





ところで、フィストリアは民衆に安心感を与えるためにいくつか魔術構築を組んでいる。これらはいつでも発動出来るように準備をしていた。



ルーカスが口を開く。



「エル・メディスの民たちよ!此度はグラディアが其方らの国宝、盤外の書の奪取、この否定に来た。書の奪取……これは今の南派閥には必要のないものである。なくとも、我らは魔術を用い、類似した現象を再現することができる!」



ここでフィストリアが一つ魔術を発動する。



都の建物や人の位置が映された、半透明で都の様子が分かるものだった。



西の都の民はこの魔術に驚く。



盤外の書をよく知っている民たちはこの魔術が書と同等以上の働きをしていると分かる者も多いのだろう。



「南派閥の魔術師が開発したこの魔術を…エル・メディスの魔術師たちにも伝授しようではないか。」



実際にはフィストリアがさまざまな地点で観測している情報を映し出しているため、並の魔術師には困難な魔術なのだが、民たちに南と西の友好関係を示すのには十分だろう、



「そして、盤外の書の奪取について、フラクタル、アルカノス、そしてグラディア、この3国を代表して我が、否定しよう!」



「ルーカス・ジオ・カーライル・ロイス・グラディアの名において、南派閥は盤外の書奪取に関与していないと宣言する!」



ルーカスの言葉と同時にフィストリアが例の魔術を都全体に掛ける。


ルーカスの声が都の広場に響くと、最初は緊張で固まっていた群衆がゆっくりと息を吐いた。


子どもが一人、手を叩く音が始まり———それがやがて千の安堵の拍手へと広がった。



ルーカスの言葉と同時に安心感を得ることで人々は大丈夫なのだと錯覚するのだ。




こうして南派閥はエル・メディス国内の疑惑を晴らしていった。



それによってグラディアはシルヴァリオンから明確に敵として認識されるだろうが、じきに戦争になると思っていた国だ。


魔族の扱い方も支配魔術という存在についても意見が合わないのだ。



いずれぶつかることになるとルーカスは思っていた。




その時が来たというだけである。





 ◇  ◇  ◇





北の大国シルヴァリオン、魔族を支配し支配魔術を操る魔王が治める国。




南の大国グラディア、剣を支配し全てを思い出した大陸最強の王が治める国。




東の大国フラクタル、水を支配し契約魔術を操る女王が治める国。




西の大国エル・メディス、生を支配し治癒魔術を操る王が治める国。




南西の小国アルカノス、魔術を支配し魔術師を操る女王が治める国。




北東の小国シルヴォール、人を支配し軍を操る公王が治める国。





———これら6つの国は現在大きく二つの派閥に分かれている。


南派閥———南、東、南西


中立———西


北派閥———北、北東



大陸の命運を分ける戦いが始まろうとしていた。



大陸中央、王樹の『黄金の果実』が実るまで残り、1年と半年———






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