表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/57

戴冠




アルカノスとの同盟調印から二か月が経過し、ついにこの日が来た。



ルーカスの即位と戴冠。



それは奇しくもフィストリアと出逢ってから丁度一年の日でもあった。



南の大国グラディアでは、王位継承から戴冠式を挟んで二日間にわたり盛大な行事が執り行われる。建国祭以来の吉事である。



街中には国章の旗がはためき、王宮へ続く大通りには人々が詰めかけている。



朝靄の残る城壁の石畳には、既に早朝から貴族や軍の高官たちが整然と並び、緊張に満ちた面持ちでその時を待っていた。



国王の居室では、現国王が静かに書状を前に佇んでいた。つい先ほどまでの賑わいからは想像できないほど室内には厳かな雰囲気が漂う。



「———果たして、この国が無事に次の世代を受け入れられるのか、儂も年を取ったものだ…」



 杖をつきながらつぶやく国王の背後には、ルーカスが王衣を身にまとい、静かに佇んでいる。



国王は杖を支えにしながらゆっくりと振り返り、息子へと微笑みを向けた。



「ルーカス。準備は整っておるか」



「ああ、父上。すべての儀礼が整っている。貴族のほうも軍の者たちも、国民の支持も得られている。心配は何もいらない。」


ルーカスは衣装を確認して、王太子としての品格をまとう。


彼の眼には覚悟と希望が宿っていた。


国王はそれを見て少し息をついた。



「ならば、行こうか。お前がいよいよ王となるのだ」



ルーカスはゆっくりと頷き、王衣を整えると二人並んで殿下待合の広間へ進み出た。




 ◇  ◇  ◇




殿下待合の広間は大理石の床に煌びやかなシャンデリアがゆらめき、窓辺には芳しい花々が飾られている。


不思議と普段と違う雰囲気に感じられる。



そこには既に貴族や高位の軍人たちが並び、少し緊張した面持ちで扉の開く瞬間を待っていた。


中央には玉座がしつらえられ、黄金の玉座の左右にはそれぞれ王冠と王笏、そして国宝アルカディアが置かれている。



「王太子殿下、ご無事にお戻りくださいましたか」



 貴族の一人が平伏しつつ声をかける。彼の言葉に他の貴族たちも続いて頭を下げる。


ルーカスは深く礼を返した。



「皆、今日はよく集まってくれた。これから俺は王として、皆を導き、戦い、国を守っていくと誓おう。よろしく頼む」


その言葉を受けて、貴族たちの中からは小さな声で「おお」と歓声が上がる。


彼の指揮官としての実力も人格も、その言葉を受け止めるのに必要十分なものであった。


軍人たちも胸に手を当て、敬礼しながら応じた。


外部からの批判どころか、むしろ「ようやく新しい時代が始まる」という期待感が満ちている。



これは戦争でも国内でもさまざまな功績を残して来たルーカスだからだろう。



「では、儀式を始めるとしよう」



儀礼長を務める大司祭が儀礼書を開き、その声が広間に響いた。


ルーカスは玉座へ進み出る。



儀式の一環として、「国王の証」である冠と笏、アルカディアを手にする。



聖別の儀式では、香を焚き、祝福の祈祷が捧げられた。


精緻な刺繍が施された儀礼服をまとったルーカスの手には、一瞬の躊躇もなく王冠が置かれる。



「ルーカスよ、グラディア王たる証を受けよ」



大司祭が祝福の声を上げる。


その瞬間、聖なる光が玉座に降り注ぎ、厳かな祝福の鐘が鳴り響いた。


王冠を頭に戴いたルーカスは、国宝アルカディアを手に取り、ゆっくりと掲げる。



これまで彼が歩んできた剣士としての道と、フィストリアとの絆、戦乱を治めた手腕を象徴するかのように、アルカディアは輝きを放って見えた。




続けて国王の方へ振り返ると、父王は杖を持ちつつ深く一礼した。


ルーカスは父王の胸元に歩み寄り、尊敬を込めて頭を下げる。


「父上……俺は、新たな王としてグラディアを導いていこう。」


 国王は優しく微笑み、深く頷いた。


「ああ。お前ならきっと、国を正しく導いてくれると信じている。」



しかし、その表情の奥には一抹の寂しさも垣間見えた。


父王にとって、長年育んできた我が子へ王位を譲るのは歓びと同時に寂しさを伴うものなのだろう。





———やがて、その玉座には新たな王が着する。


その王の願いはただ一つ。


『大陸に自由と平穏をもたらすこと』


それだけが彼が戦い続ける理由で信念でもあった。




 ◇  ◇  ◇




一日目の戴冠式は、夕刻まで続いた。



貴族や高位軍人から祝辞が述べられ、市民代表が花束を手向ける。


一方、外では広場に設けられた仮設演壇からパレードが行われていた。


楽師たちが祝賀の歌を奏で、兵士たちは新王の即位を祝して剣を振りかざし、馬上行進を見せる。


その行進路を埋め尽くす見物人たちは、老若男女問わず「新たな王に期待している」という瞳を輝かせていた。


人々の口々には、「ついに来た」「これからが楽しみだ」という声が上がり、沿道に並ぶ子どもたちは、遠巻きに手を振る王太子夫妻に向かって一生懸命たくさんの花を投げていた。




夜には宮殿の大広間で祝宴が催された。


豪奢に飾られた長卓には、南の大国らしく肉料理を中心に、各種の軽食と甘美な菓子が並ぶ。


特製の燻製肉やハーブを効かせた煮込み料理、黄金色に輝く蜂蜜酒など、味覚の饗宴が用意されていた。



シャンパンが注がれ、グラディア王家の御紋が入った銀の杯が乾杯を告げた。



「新王ルーカス陛下、戴冠おめでとうございます!」



侍従長が盛大に杯を掲げると、大広間は大きな拍手と歓声に包まれた。


ルーカスは深く杯を掲げて礼を返し、隣にいるフィストリアの方を見た。


事前に発表されている通り、フィストリアはまだ正式な婚儀を挙げてはいないものの、「次期王妃」として皆の前に紹介されることになっていた。



フィストリアは淡い水色のドレスに身を包み、宝石の髪飾りが月光のように揺れる。


その清楚で可憐な姿は、国民の期待を一身に集めるかのようだった。



「フィストリア、この国の未来を、俺と共に築いていこう。」



ルーカスの言葉に、フィストリアは軽く頭を下げ、優しい微笑みを返した。



会場の貴族や軍人たちは、明らかにその場を盛り上げるために大きな拍手を贈った。国の未来を託すに相応しい存在だと、誰もが頷いた。



「フィストリア殿下は、グラディアにとってかけがえのない存在です。これからの王妃として、民を慈しみ導いてくださると信じています」



老練な宰相が口を開き、厳かな口調で続けた。今や彼女はルーカスを支える存在として国内外にその力を示した。


国内では人格者として、国外では聡明な賢者として。


会場は再び拍手に包まれ、その拍手は夜通し鳴りやまなかった。



祝宴の合間にはアメリア女王からの祝辞が読み上げられた。


アルカノスとの同盟を象徴する書状を手にしたアメリア女王は、自ら祝辞を披露し、「二国の絆はこれから更に深まるであろう」と望みを込めて言葉を贈った。


賓客として招かれていたアメリア女王の護衛隊は格式高く整列し、その堂々たる姿勢には誰もが感嘆の声を上げた。



「アメリア女王、今日は遠路はるばるよく来てくれた。」



ルーカスは固い言葉を並べながらもにこやかに頭を下げ、続けてアルカディアを指しながら述べた。


「この国宝も、貴方たちの力添えがあってこそ、これからの世を照らす光となるだろう。アルカノスとの友好は、グラディアにとってもかけがえのない誇りだ」


その言葉にアメリア女王は柔らかな頷きを返した。


彼女は今や平和の使者として扱われており、その堂々とした態度と慈愛に満ちたまなざしは、人々に大きな希望を与えているようだった。




 ◇  ◇  ◇




二日目は宮殿内で行われる、王としての誓いと、臣民への饗宴が中心である。


朝から大司祭による祈願式が行われ、霧がわずかに残る朝の空のもと、ルーカスは自らの剣を持たず、素朴な白い礼服に身を包み、王座の前に立つ。


民衆代表の少女が一輪の花を捧げ、彼に向かって小さく語りかけた。



「新王陛下、お父様の時代から伝わるこの国を、私たちの未来へとつなぎ続けてください……」


少女の声には恐れや躊躇はなく、むしろ「この国を信じています」という強い意志が込められていた。


ルーカスはその言葉に静かに頷き、優しいまなざしを返す。



「ありがとう。約束しよう、俺はこの国を、皆とともに導き、平和と繁栄をもたらすことを誓う。」



その眼差しは柔らかく、それでいて確固たるものがあった。


国民たちは歓声を上げ、歓喜の声を響かせる。


群衆の先には、「また新しい時代が始まった」という期待と、「この王ならきっと戦乱の世を治めてくれる」との安心感が共存していた。



 ◇   ◇   ◇



二日目の正午過ぎ、王城大庭園では戴冠を祝う饗宴が行われた。


並べられた長い白木の大卓には多彩な料理が次々と運ばれ、食事と酒が振る舞われる。



招待客は貴族や諸侯のみならず、各地から集まった商人や文化人、民衆代表まで幅広い顔触れで、まさに国民全員をもてなす場そのものであった。


日差しに照らされる花々が揺れ、音楽隊は軽やかな調べを奏で、舞踏隊が優雅なステップを披露する。



「新王陛下、未来が輝かしいものでありますように!」



吟遊詩人が詠唱する祝歌に合わせ、ルーカスは杯をまた一度掲げた。


隣にはフィストリアが寄り添い、彼の目尻をそっと指で撫でるような仕草を見せた。


晴れやかな雰囲気の中で、誰もが「これからのグラディアは大丈夫だ」と確信を深めているようだった。



祝宴の最中には、東の大国フラクタルから来賓として招かれていたシャーロット女王候補と、女王候補と婚姻しているルーカスの弟、エリアスも庭園に姿を見せた。



エリアスは颯爽とした紋章入りの外套を羽織り、表情には誇らしさが滲んでいた。


シャーロットはその傍らで純白のドレスに高貴な装飾をまとい、優雅に微笑んでいる。



「兄上、戴冠おめでとうございます」



エリアスは長い槍を軽く掲げながら、兄に深く一礼した。ルーカスは弟の笑顔を見て、にっとほほえむ。



「エリアス、お前もよく来てくれた。王女ともども元気そうで何よりだ」


シャーロットも女王候補としての格式を漂わせつつ、手を合わせる。



「こうしてルーカス様が戴冠される日を拝見できて光栄です。フラクタルとの友好がさらに深まることを願っておりますわ」


シャーロットの言葉に、周囲の君主や貴族たちも拍手を贈った。南と東の絆がますます強固になることを象徴するかのように、彼らの出席は歓喜と期待を呼び起こす。



 ◇   ◇   ◇



その後、宮殿に戻ったルーカスは正装を解き、民と触れ合う場として臨時に公開された一般参観の大食堂へと向かった。



数百の民衆が長机を仕切って座っており、その中には幼子の手を引く母親や労働者姿の父親など、普段は壇上から眺めるだけの市井の者たちが集まっている。


「ふふ、ルーカス様だ!」


子どもたちの一群が「王様だ!」と駆け寄る。


ルーカスは童らの頭を優しく撫でながら、立ち止まって丁寧に手を振る。



「ああ、ありがとう。すまない、そばに寄ってこられると驚いてしまう、少しずつ集まって来てくれ。」



ルーカスは穏やかに笑い、優しい調子で話しかける。子どもたちははしゃぎながらもその声に耳を澄ませ、また再び集まってきた。


「これからも頑張ってください!」


ある少女が真っ直ぐにルーカスの瞳を見つめ、その手を強く握った。ルーカスはその小さな手をそっと抱きしめ、誓いの言葉を改めて胸に刻んだ。


「もちろんだ。君たちが安心して過ごせる国を作るのが俺の役目だからな」


周囲からは歓声が再び上がり、笑顔の輪が広がっていった。


フィストリアはその光景を見つめながら、心の中で静かに祈っていた。


彼女もこの国の王妃となる未来を、誰よりも楽しみにしているのだ。




 ◇  ◇  ◇




この日、王宮内外で行われた戴冠の儀式と饗宴は、二日間を通じて大成功に終わった。



民衆の支持は揺るぎなく、貴族や軍からの反発も一切見られない。


アルカノスのアメリア女王や東のフラクタルからの客人も、「今のグラディアなら安心して協力できる」と口々に称賛した。



夕闇が迫るころ、王宮の塔からは祝賀の花火が打ち上げられ、夜空を鮮やかに彩る。


広場には市民たちが集まり、一斉に歓声をあげながら色とりどりの光を見上げる。



その光景をルーカスは玉座の間の窓から眺め、深く息をついた。



「これで本当の意味で、俺もグラディアの王となったのか。」



隣に立つフィストリアが小さく頷き、ルーカスの手をそっと握る。


「忘れないでくださいね。これからは私たち二人で、この国を守っていくのですから。」



ルーカスは彼女をそっと抱き寄せ、短く言葉を返した。



「ああ、そうだな……」



新しい夜明けが、ここに始まる。二人は高い城壁のうえで消えゆく花火の余韻に浸りながら、未来へと思いを馳せた。




 ◇  ◇  ◇




翌朝、王宮の内側にある私室で、ルーカスとフィストリアは静かな時間を過ごしていた。



重々しい鏡の前には新たに誂えられた玉座衣装が掛けられており、その艶やかな刺繍が太陽の光を受けてきらめいている。


フィストリアはその横に腰掛け、目を細めて隣国と結んだ同盟と、新たに築いた国の未来について思いを巡らせていた。


ルーカスは小窓から差し込む朝陽に照らされ、眼前の光景をじっと見つめている。



「フィストリア、城の雰囲気も昨日までとはまるで別の世界みたいだな。あの穏やかな時間は、戴冠の大役を終えた者しか持ち得ないもののように思える。」



ルーカスは静かに呟き、愛おしそうに彼女を見つめる。


フィストリアはくるりと体をルーカスの方に向け、微笑みながら答えた。


「ルーカス……あなたは立派な人です。昨日の夜、人々の歓声を聞いていると、本当に胸がいっぱいになりました。これからもあなたの手腕で国を導いていくこと、それを隣で支えることが私の務めだと改めて感じました」



その言葉にルーカスの肩の力が少し緩む。彼は深呼吸し、目を閉じた。



「ありがとう。君がそばにいるだけで、俺の覚悟は揺らがなくなる。君がいなければ、俺はきっと不安で胸が張り裂けそうになるだろう。」



フィストリアは柔らかな声で笑い、ルーカスの手をそっと握った。


「あなたがそんなことを言わなくでも、私はあなたの側を離れるつもりはありませんよ。まあ、あなたがそう言うなら、私ももっとしっかりしないといけないですね。」


フィストリアの鼻歌混じりの言葉に、ルーカスは頷きながらも


「フィストリア、君が正式な王妃となるまではもう少し時間がある。まだまだ、学ばないといけないことが増えるな。」


「そうですね。私はこれから、新たに王妃としての役目を果たすために、さらに魔術や経済、外交など多くのことを学ばないといけませんね。」


 フィストリアは瞳を輝かせながらも、その頬には戦乱を乗り越えてきた者だけが持つ強さが感じられた。


ルーカスはそんな彼女を誇らしく見つめ、そっと額に口づけをした。


「これからも二人で歩んでいこう。フィストリア、俺は君となら、どんな困難も乗り越えられると信じている。」



その言葉にフィストリアは静かに頷き、ゆっくりと目を閉じた。二人は互いの鼓動を感じながら、これから始まる長い旅路を思い描いていた。




 ◇  ◇  ◇




戴冠式を終えた後には、新たな政務が待っている。


指揮官として戦うことの方が多いため、父も未だ政務から解放されてはいないが、ルーカスも王としての公務は増え、多くの書簡や外交文書が毎日舞い込むようになった。


ルーカスは王座に座り、臣下たちの報告書や外交使節からの書簡に目を通す。フィストリアはそんな彼の隣で、魔術書を開きながら今後の魔術師育成計画を練っている。



「ルーカス、王宮魔術学校の予算案をまとめておきました。これでさらに多くの若い魔術師たちを育てることができるでしょう」


フィストリアは淡々と書類を示し、構想を語る。ルーカスは彼女の才覚に改めて感嘆しながらも、自身の公務にも目を戻した。



「よし、それでいこう。王宮魔術学校は我が国の未来を担う宝だ。しっかりと支援しよう」


ルーカスは書類に朱筆を入れ、フィストリアに向き直る。


彼の眼差しには深い信頼が滲んでいた。



フィストリアは微笑みながら書類をしまい、静かに頷いた。



「ありがとうございます、ルーカス。私もあなたの側で、この国を支えるために力を尽くしましょう。」



その言葉にルーカスは微笑み、そっと彼女の手を取った。



二人は静かな王宮の一角で、これから迎える戦乱の時代を乗り越えるための覚悟を確かめ合うように佇んでいた。




こうしてルーカスとフィストリアによる統治の記録と変革の時代を生きる戦いがはじまる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ