束縛
私はあれから、ずいぶんと長い時を1人で過ごしてきた。
昔の記憶は薄れ切って、思い出せないと思ってた。
だからあの歌は何度も歌われた。
———忘れないために。
それでも、そんな日々は終わりを迎えた。
あなたもきっと分かっている。
私はあなたにたどり着いた———
◇ ◇ ◇
フィストリアと出会った日からあっという間に数日が経過した。
彼女には無駄に広い王城の一室を借して、ルーカスに助力してもらっていた。
ある日、彼女がルーカスに問うた。
「そういえば、グラディアは契約魔術で労働者と雇い主を縛らないんですか?」
ルーカスは彼女の言葉に本来ならしなければならない手順を忘れていたことを思い出す。
大陸には魔術という学問が存在する。
一部の者しか扱えないが強力な効果を持つものだ。
魔術言語と呼ばれる文字を文法にそって書き綴った円環を重ねることで事象を引き起こす。
その中でも大陸には2つほど、相手を縛り付ける魔術が存在する、
片方だけ縛る支配魔術と互いを縛る契約魔術
契約魔術は相手が信用に足る人物かどうかに関係なく保険をかけておくことができる。
南の大国グラディアの同盟国である東の大国で発展した魔術だ。
無意識のうちに彼女は自分を裏切るようなことはしないだろうと考えていたからだろうか。すっかり頭から抜け落ちていた。
無論、彼女には正当な報酬と対応を約束しているが今の変遷の時代、雇われている身というのは不安定なものだ。
彼女が不安に思うのも無理はない。
「っ…すまない。失念していた」
ルーカスは自分の浅慮さに苛立たしく思ってしまうが、ここ最近は忙しかったのも事実。
もう2週間後には建国記念祭が控えているのだ。
ルーカスが頭を抱えたのを見てフィストリアは微笑んで話しかける。
「構いませんよ。あなたは不思議と魔術が使えないようですし、私が言わなかったので忘れていたのも無理はないでしょう。」
続けて彼女は「では、今から施しましょうか。」と言い手早く準備をする。
ルーカスは紙に契約内容を書き連ねていく。
フィストリアは名義上はルーカスお抱えの魔術師となるが、ルーカスの仕事の補佐もしてくれる。
これはここ数日の間で彼女の能力の高さを買ったルーカスが頼んだことでもあった。
彼女と会話をしていると品の高さが伺えるのだ。
彼女は深い教養もそなえているようだし、ルーカスにとってもありがたい事である。
流浪の旅人として培ってきたであろう視点から物事を俯瞰できる存在がそばにいる点もありがたい。
「はい、確認しました。では準備をしますね」
そう言うと彼女はいくつかの魔術言語で魔術を構築していく。
言語ごとに円環に綴られ、それが十重となる。
比較的簡単な魔術だ。
契約に用意するものは少ないが、契約書と担保として、等価とされる身体の一部を用意する必要がある。
そして魔術の発動時に、身体の一部には両者にしか見えない印が刻印される。
一方的に契約を破棄すると、かけていた身体の一部に修復困難な傷が与えられるのだ。
「ええと、それでは私は左腕を担保としましょう」
「それなら俺は剣を振る右腕をかけよう」
ルーカスとフィストリアは互いに腕をかけて契約魔術を発動する。
発動とともにルーカスとフィストリアの首元には黒い刻印が浮かび上がった。
「ほう、これがあの契約魔術か…」
ルーカスは自身の首元を近くにあった手鏡で確認する。
何かの紋章のように見える刻印は彼女の出生に関わっているのかとも思ったが、彼女が自分から話さない限り詮索することはないだろう。
契約魔術は300年ほど前に…前回の黄金の果実によってあくまで対等な関係での使い方しかできないように定められた。
あまりに多様な扱われ方のされる果実の限界を知りたくなる。
「実際にこの魔術を受けるのは初めてだ」
ルーカスは物珍しそうに刻印を見つめる。
「これで契約は成されました、よろしくお願いしますね」
微笑みながらそう言うフィストリアを確認してルーカスは話す。
「ああ、こちらからお願いするくらいだ」
彼女を確認してルーカスは頼み事があったことを思い出す。
「そうだ。近いうちに建国祭があるからな、お前にも任せたい仕事がいくつかある。これからも頼んだぞ」
椅子に座っているルーカスにフィストリアは嫣然と微笑む。
「私の殿下は日々忙殺されていますからね。今度は、私が一緒に背負いましょうか」
ルーカスはその言葉を聞いて少しの気恥ずかしさを感じながら仕事をこなしていた。
この日、2人の出会いから5日。
———これからの記録を紡ぐため、そして互いを縛る契約が成された。
プロローグとの間の間章みたいな感じで短めです謝罪…
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