闘争
ルーカスが金の獅子の装飾の施された黒い軍旗の先を敵陣に向けた。
そして合図の号砲が鳴り響く。砲の硝煙の匂いがする。
———それが戦いの始まりだった。
グラディア軍魔術師2000名のうち、主力魔術師1900名は弧状に配置し、構築を開始させる。
先鋭魔術師50名を前線に差し向け、後方の主力魔術師が広域にわたって構築できるよう支援する。
彼らの役目は射程勝負である。
アルカノスの魔術師1000名以上の魔術構築を封じるために先に魔術を放つ。
構築を中断させ、グラディア兵全体が有利に動く仕掛けを作る。
ルーカス自身は遊撃隊長として1500の剣士とグラディアで数少ない先鋭魔術師50を率い、砦の外に展開するアルカノスの魔術師部隊を掃討する役目がある。
敵魔術師の一部が最初の射程勝負に負けて引こうとする。
ルーカスたち遊撃部隊は転進の隙を見逃さず、その刹那に斬撃を叩き込む。
グラディアの中でも少ない、力を持った魔術師たちはルーカスとともに引こうとする敵軍を倒し、周囲に結界を張る。
魔術師が構築を組もうと手をかざすたび、最前線のルーカスは剣を鋭く振り、魔術の一文節が構築された瞬間を断ち切った。
◇ ◇ ◇
初日昼過ぎ。
グラディアの主力魔術師が張る結界は、アルカノスの前衛魔術師数百名からの炎魔術をかろうじて受け止め、互いの射程距離を維持しつつ消耗戦を誘発する。
陽炎のように揺らめく魔術の奔流の中で、ルーカスはアルカディアを構えつつ、ふと敵陣の後方、相手の先鋭魔術師が陣を張っている地点を鋭い視線で見据えた。
彼の眼は敵の魔術構築をも捉え、遠く射程外にいる魔術師の細かな動きまで見逃さなかった。
ルーカスは高い威力の魔術を放ってくる上位魔術師の動きを見つつ、自軍を上手く動かしていった。
◇ ◇ ◇
夜の帳が下りる直前。
少し引いたところで指揮をとっていたルーカスは報告を受けた。
城外掃討を担当していた遊撃隊が、敵の魔術師配置を乱しつつ、幾つかの小規模部隊を包囲殲滅したという。
中央の左右翼部隊も連携を取り、東西から徐々に縦列を詰めていた。アルカノス軍は混乱しつつある。
その折、ルーカスは土塁の上で剣を高く掲げ、全軍に一声かけた。
「明日から、左右挟撃を本格化する。魔術師たちは魔術対魔術で優位を維持し、剣士たちは敵を城壁付近まで押し込むのだ!」
前線には士気を鼓舞する叫びがこだまし、兵士たちは剣をかすかに震わせた。
◇ ◇ ◇
4日目
夜明けとともに、ルーカスは東西両翼それぞれの指揮官に号令を伝えた。
東翼には7000の剣士と300の魔術師、西翼にも同様に7000の剣士と300の魔術師を配置。
残余の剣士4000と魔術師400は中央待機で、遊撃隊が柔軟に運用する。
東翼指揮官は、アルカノス軍の東端に展開している魔術師の小隊を射程外から弧を描くように展開しつつ、剣士が前線を斜めに押し上げる。
西翼指揮官も同様に攻勢をかけ、東西の包み込む角度を徐々に狭めた。
どちらの翼も魔術師が城壁方向へ向けて妨害となる魔術を放ち、相手の横移動を阻害しつつ進撃する。
ルーカスは中央で待ち受け、遊撃隊を二班に分割する。
一班は砦外の魔術師殲滅班として、先の掃討で残った主力魔術師の追撃に向かう。
二班は東西の連携が崩れたところを突いて、先鋭魔術師が集まる地点への奇襲を担当する。
アルカノス軍の指揮官であるパレドは、騎乗魔術師数十名を用いて、両翼の攪乱を試みる。
両翼の進撃を止めようと高所から炎魔術を連続して浴びせてきたが、グラディアの魔術師たちは連絡通り、魔術対魔術の優位を活かし、結界と風魔術で炎をかわしながら、射程を詰めて防御を突破した。
敵の主力魔術師数百名は徐々に後方の先鋭魔術師の援護なしには引き返せなくなり、砦の外で混乱状態に陥る。
剣士たちはその隙に突入し、小競り合いを繰り返しながらも一点一点、陣地を切り崩した。
西翼と東翼の挟み込みが進行する中、ルーカスは後方に待機していた予備隊を前進させる。
4000の剣士と400の魔術師が、城塞真下の退路を固める。
退路は二重の結界と深さ三メートルほどの溝を掘削して防衛ラインを築き、敵が後退する際の拠点を奪った。
夜になるまでに、アルカノス軍は東西から押し寄せる三方の圧力で城外に展開していたおよそ2000名を失い、5000名が城塞内部へ逃げ込まざるを得なくなった。
◇ ◇ ◇
5日目
夜を明かした両軍は疲労を残しつつも、再度火蓋を切ってかかる。
アルカノス軍は城塞沿いに散開して防御を固め、弓矢と魔術で城外を牽制しようとするが、ルーカスは高台から的確に指示を飛ばし、次のように動いた。
ルーカスはその類稀な眼で城壁上の魔術師の痕跡を観察し、三か所の先鋭魔術師の配備地点を見つけ出す。
その情報を元に、1000名の遊撃隊を三つに分割して各地点へ一斉襲撃をかける。
小高くなっている丘を駆け上がり、魔術師が円形結界を組んだ瞬間を狙って背後から剣を振り下ろせと命じた。
東西の剣士部隊は城塞正面に二列縦隊を組み、弓兵と魔術師が支援する。
矢尻や魔術の飛沫を浴びながら、一歩一歩前進し、城塞真下まで詰め寄った。
城壁上から降り注ぐ炎魔術や雷魔術によって少なくないの剣士が倒れたが、治癒術師100名が前線で応急療法を施しつつ部隊を維持する。
それでも死傷者は出てしまう。
治癒術師が目を伏せるところをルーカスは何度もその眼で見ていた。
争いの中で出た死者はルーカスに自分の責任の重さを感じさせた。
しかし、戦争自体はルーカスの有効な指揮によって敵の数を減らし、勝利に近づけていった。
◇ ◇ ◇
6日目の黎明。
ルーカスは東西からの圧力に加え、中央に布陣していた兵1500を一斉に正面突入させる指揮を決行した。
中央剣士1500と魔術師200名は結界を張り、ルーカスとともに前方からの魔術を防御しつつ城壁下まで突入する。
グラディアの魔術師とアルカノスの魔術師ではさすがにアルカノスの方に軍配が上がる。
ルーカスはグラディアの魔術師を結界を張る要員として剣士を守りながら進む。
先鋭魔術師を数名捕捉した彼らは、結界を盾に相手の魔術を遮断し、剣で急所を斬り込んでいく。
ルーカスは次々と放たれる炎や雷撃をアルカディアで切り伏せながら、剣先で構築の要点を叩き切った。
その間、東西両翼は城壁の北側でついに包囲網を閉じた。
城内退路のすべての門は鉄の扉と魔術結界によって封鎖され、敵はもはや城外へ脱出できない。
夜明け前の僅かな時間を利用し、グラディア軍は城塞の門の周囲にさらに二重三重の結界を展開した。
そして破城槌や攻城魔具を前面に配備した。
城塞都市の内に追い込まれた約5000名のアルカノス兵は、次第に消耗していった。
物資も底が見えはじめ、魔術師たちは気力が落ちていき、構築速度が落ちる。
強大な魔術は体力を大きく消耗し、構築にも時間がかかる。
パレドもバルトの西の塔から激昂し、魔術構築を号令するが、統率は乱れ、もはや挽回の余地は乏しいかった。
こうしてルーカスはおよそ6日でアルカノス兵を押さえ込み敵兵に籠城させることができた。
◇ ◇ ◇
7日目は兵士の休養に当てながら、城塞内に突入するために門の破壊が進められた。
7日目の夜、城壁前で最後の大火力魔術が昂ぶり、城門を粉砕する準備が整った。
◇ ◇ ◇
8日目未明、グラディア軍は総攻撃を敢行する。
100名のグラディアの先鋭魔術師は集中して城門正面に構築し、積み上げられた石壁を焼き払う。
同時に攻城槌十基が連打を始め、巨大な鉄球が門扉を揺るがす。
最後の一撃が閃光と衝撃を伴って鳴り響き、砦の門は轟音とともに崩れ落ちた。
ルーカスは剣士1000名と先鋭魔術師50を連れ、最初に城内へ飛び込んだ。
石畳の通りは崩壊した瓦礫と黒焦げの魔術の痕で埋め尽くされていた。
そこに残るアルカノスの魔術師たちが最後の防戦を試みるが、結界で守られながらルーカスが飛び出し、アルカディアによる一閃で魔術構築の一節が切り裂かれ、できた隙に剣士たちが敵魔術師を殲滅する。
砦内に立てこもったアルカノス兵約3000は、三つの区画に分かれて抗戦を続けていた。
ルーカスは副指揮官に「北翼」「東翼」「南翼」の三隊に分かれ、同時進行で掃討するよう命じる。
剣士隊は狭い通路での白兵戦を強いられるが、魔術師と連携し、結界を張って敵の退路を断ちつつ進軍した。
◇ ◇ ◇
そして10日目の黄昏。
城塞西の角楼で、ついにパレドが追い詰められる。
パレドは高い角楼の最上階で、巨大な魔術を構築していた。
彼の周囲には最後の先鋭魔術師30名が結界を築き、パルスの援護をしていた。
そこへルーカスは単身で切り込みを図った。
剣を軽く振り、二重三重の結界を一瞬で断ち切り、部屋の中央へ突入する。
周囲の魔術師が慌てて結界を張ろうとするが、ルーカスの眼は、彼らの構築の綻びを一瞬で見抜き、次なる一閃で構築をを無効化していった。
塔の最上階で、ルーカスはパレドと対峙する。
決着は一瞬のことだった。
風が巻き起こり、魔術の残滓を吸い込むように剣光が閃く。
パレドは魔術で塔ごと地割れを起こそうと最後の悪足掻きを見せるが、ルーカスはその魔術の一瞬前に跳躍し、渾身の剣閃でパルスの脇腹を貫いた。
短い断末魔の叫びが響き、塔の大窓から彼の身体が崩れ落ちる。
残された砦内の魔術師たちは、その光景を見て恐怖に凍りついた。
これを機に、砦内の残存部隊は一気に戦意を喪失していった。
◇ ◇ ◇
残りの残存兵を部下に任せてルーカスは椅子に座って休んでいた。
「ふぅ、なんとか終わらせることができたか…」
ルーカスは戦闘を振り返る。
少ない魔術師を前線に配置して剣士を守らせながら牽制。
ルーカス自身が前に出て戦うことも多かった。
「やはりフィストリアが居なければ魔術師相手はきついな…」
ルーカスは愛おしい人を想う。今頃彼女は遺物の解析に忙しくしている。
ルーカスは彼女のことを考えながら自身も事後処理に向けて立ち上がった。
◇ ◇ ◇
13日目には戦いが完全に収束する。
グラディア兵はようやく最後の残存兵を倒すことができた。
アメリア女王から言われたように女王の命令を無視したこの者たちは謀反者も同然である。
ルーカスも王太子として王国に仇なす存在を残しておくことはできない。
アルカノス兵のほとんどはグラディア兵によって倒された。
◇ ◇ ◇
14日目以降は城砦の復興や囚われていたグラディアの兵を解放して、民衆たちの救済に回った。
早朝、治癒術師が一枚ずつ布を取り除き、名簿にひとつずつ線を引く。
『王というのは人を死に向けて命令できる者なのだろう。』
少なくともこの時代ではそうだ。
ルーカスは父王も背負ってきた責任を見定めていた。
民衆たちには食料や飲料、応急薬を配給した。亡くなった者も居たが他国からの侵攻を受けた街にしては死傷者は少なかった。
慰霊碑前には死傷者の名が刻まれこの惨禍が繰り返されないように祈りを込めていた。
◇ ◇ ◇
15日目、ルーカスはバルトに復興役に兵の一部を残して王都に向かって少数の軍を連れて撤収を開始する。
「これにて、本戦役は終わりだ。皆、よく任務を全うした。この勝利を持ち帰り、王へ報告するぞ。」
ルーカスの言葉で兵士たちは戦が終結したことに安堵し束の間の安息を得ることとなった。




