猛焔
2人はその後、女王の案内で城内の遺物のところに来ていた。遺物は研究員に『天絡の浮遊石』と呼ばれていた。
遺物は保存状態がよく、発見されたところにともに保管してあった資料から名前も分かったようだ。
資料によると使用者は天を絡めたように浮遊魔術以上の旋回、移動が可能だったと言ったらしい。
しかし永遠に浮かせることはできず、物体を2ヶ月浮かせることはできたがそれ以上を超えてしまうと皆もろとも落ちてしまったらしい。
遺物自体は正二十面体の透明なガラスのような物だった。
大きさも小さい石のようで、落としたら割れてしまいそうだ。
この遺物の本当の価値は今の城のように大量の物を浮かせられるというところなのではないかと2人は思っていた。
かつて利用されていた時も人を浮かべるよりも、荷物運びに扱う側面が大きかったのではないだろうか。
遺物は今円形の台座の上で光と若干の熱を発しながら佇んでいる。
ルーカスとフィストリアはひとまず遺物に近づいてみる。
ルーカスが遺物に触れたとき彼は不思議と似たものを知っているような感覚になる。
ルーカスは一瞬の思案の後、その感覚にたどり着く。
その感覚は彼がつい先ほど掴んでいたものと同じだった。
「———フィストリア、この遺物はおそらく、黄金の果実に生み出された物だ。触れた時にアルカディアと似た感覚がした。」
ルーカスの言葉に彼女も納得のいった様子で応える。
「なるほど……そう来ましたか。確かに、果実が生み出した物ならこのでたらめな出力にも頷けます。———でも、それなら私も直せる保証が……」
果実に生み出されたものがどんな仕組みで動いているかは彼女も知らない。
直せる保証が無くなってきたが、フィストリアも遺物に触れ、その構造を調べる。
その瞬間フィストリアも何かに気付いたのか目を見開く。
「———ルーカス。これ、魔道具です……」
ルーカスはその言葉の真意を問う。
「———それは、つまり…黄金の果実が、なんらかの方法で魔術を行使して生み出した道具だということか?」
フィストリアはルーカスの問いに首肯する。
「使われている文字…魔術言語は分かりませんが、一部古い言語の文字が使われていることと確かに私の扱う魔術と似た仕組みがあるように見えます。間違い無いです…」
「でも、それならおかしくないか?黄金の果実は文字通り果実だったと聞く。物体が意思を持って魔術を行使するなんて出来るはずがない…それとも、果実か王樹に意思があったとでもいうのか?」
ルーカスの問いにフィストリアは答える。
「もしかしたらそうなのかも…知れませんね…もしくは、私も知らない魔術的なものなのか…」
2人は話が脱線していたことに気づき、思考を目の前の遺物に集中させる。
ルーカスがフィストリアに話しかける。
「魔術だというのなら、フィストリアなら魔道具の暴走を収めることは出来そうなのか?2ヶ月で落ちるという記述があったがまだ猶予はあるのか?」
「そうですね。私も知らない文字が多いので少し時間がかかりそうです……魔道具の出力的に落ちるまでの猶予はありそうなんですけれど…」
「———そうですね……それでも1ヶ月あれば止めて見せます。」
300年間魔術を学んで魔道具にも明るいフィストリアでも、知らない魔術言語の内容を推測して暴走を抑えることだけに1ヶ月もかかるのだ。
しっかり解析しようとすると数年単位でかかるかもしれない。
ただの魔道具を店で一瞬で解析していた彼女でもこれほどかかる遺物の厄介さに顔を顰めながらルーカスは考える。
「それならば先に人を下ろす方がいいか?」
「そうですね、先に女王を下ろして争いを止めることを先にした方が良いかと。私が行きましょう。」
彼女に頼り切りになっているが、これは役割分担だ。
ルーカスはそれを理解しつつも彼女の負担が増えていることを憂いていた。
◇ ◇ ◇
3人が来たのはバルトの城塞の上だ。突然現れた3人に驚いた防衛の人間もいたが、自分の役目を思い出したかのように切り掛かってくる。
この者はアルカノスの軍の人間だった。
ルーカスはそういった者を相手して逆に戦闘不能にしていく。女王がアルカノス軍に向けて話す時間を稼ぐためだ。
フィストリアは女王を連れて人目を引くように上空で爆発を起こす。
周囲の人々が集まってきた頃フィストリアは女王に拡声の魔術を施し、女王は口を開いた。
「この都市に居るアルカノスの軍の者よ。」
「アルカノス女王アメリアはここにいる。他国の領土を侵犯し、あまつさえ争いを起こすなど、自分たちの行いを恥じるべきである。」
「余はグラディア王太子と同盟を結ぶ。このことの意味がわからぬ者は居ないだろうな。軍の者たちよ、今引けば余も王国も寛大な処置を施すと誓おう。」
「余の言葉に耳を傾け、アルカノスに戻る者は前に出てくるが良い。」
女王の言葉で前に出てきた者はバルトまで侵入したアルカノス軍の半分程度だった。
「そうか、半分はここに残ると言うか…」
女王アメリアは悲しそうな目で少し俯く。
フィストリアが女王に忠実で前に出てきた軍の者たちをアルカノスに転移魔術で送っていく。
彼らは上層部に連れられてきただけの人間なのだろう。
女王の意見に反対する必要はないし、まだ寛大な処遇が与えられるべきだと言える。
残った者は論外であるが。
全員送り届けれた頃、ファストリアは肩で息をしていた。ルーカスにとって彼女のそんな様子を見るのは初めてだった。
「ダメだ、フィストリア、さすがに疲れているだろう。遺物を解析する前にしっかりと休養をとってくれ、君がそこまで疲れているのを見るのは心配が尽きない。」
「ええ、そうします…」
フィストリアがしっかりたら休むと言ったことにいくらか安心してルーカスも残った軍を睥睨する。
その時軍の中から男が1人出てくる。
男はどことなくアメリアに似ていたが、その目には野心や闘争心が見え透いていた。
「アメリアよ!なぜ、軍の者を下がらせたのです。魔術師の力があればこの城塞都市でさえ落とすことが出来たのですよ!この調子で行けばグラディアの領土を切り取ることだってできる!」
その欲望は薪の焚べられた炎のように燃え盛っていた。
「そうか、パレド…お前はやはりその選択をしてしまうのか…」
女王は悲しそうな目を兄に向ける。
男は自分の才能に酔っている。確かに城塞都市バルトを落とした腕前、それは戦争のあまりなかったアルカノスでは優秀さを軍のものに見せつけるのに足るものだったのだろう。
しかし、どうしても妹と比較してしまう。
妹の方には確かに王の器を感じた。
民を思う心意気を感じた。
それはパレドには感じないものだ。
戦争に酔ってしまった男…王族として、戦争は国を守る手段でなければならない。
彼は国を守ることを忘れ、堕ちた愚者なのだ。
今残っているアルカノス軍の魔術師たちも勝ったことで調子に乗り、女王は腑抜けていると叫び、パレドこそが王に相応しいのではないかと声高々に声をあげだしている。
その言葉に女王アメリアはルーカスの方を向く。
「すまない、ルーカス殿に迷惑をかけるな……残った者たちはもはや余の配下ではない。あとは頼んだぞ…」
ルーカスはアメリアに頷いて答える。
「ああ、兄の方はグラディアに敵対すると言う、それならば俺たちも容赦はしない。1ヶ月で俺が殲滅する。魔術師相手でもこれ以上の侵入はさせない…フィストリアが帰ってくる時まで、前線は俺が維持する。」
それはフィストリアにこれ以上の負担をかけないため、彼女の力を必要以上に晒さないようにするためでもあった。
ルーカスは未だバルトの街で魔術師たちを扇動しているパレドを見下ろしていた。
◇ ◇ ◇
ルーカスはグラディアの王城に戻ってきていた。
彼の手にはフィストリアの居場所と距離を発信し続ける魔道具があった。
魔術師の力を借りればいつでも彼女の場所に戻れる。
彼女は無理をしがちだ。たまに確認でもしなければ食事も睡眠も取らずに作業をしかねない。
確かに彼女はそれが出来る身であるが疲労を溜めて欲しくないのだ。
これからの一ヶ月、フィストリアの力は借りれない。
前のように重傷を負うことはあってはならないということだ。
ルーカスの真価は指揮官の時と一騎打ちの時発揮される。
フィストリアの真価は魔術相手の時と大人数相手の時発揮される。
ルーカスも適材適所というのを頭では理解している。
それでも、戦争となればフィストリアに負担がかかることの方が多い。
ルーカスは自分もその負担を分けてもらいたいと願う。
そのためにも今はアルカノス軍の対処を完璧にこなそうと意気込んでいた。
そんなルーカスは国王のところに来ている。
アメリア女王の話をするためだ。
「陛下、バルトの件について報告があります。」
「ああ、話せ。」
国王の許しを得てからルーカスはバルトの現状とアルカノスについて得た情報を話しだす。
女王が教えてくれたこと、ルーカスが独断で同盟を組むことを決定したこと、そして現在バルトに駐在している兄とアルカノス軍は戦争に意欲的だということ。
国王はルーカスのことを全面的に肯定した。
「ふむ、お前の言うことだ、信用しよう。軍の規模は確認したのか?」
「はい、軍の規模はアルカノス軍全体の6分の1以下、バルトに駐在している者で全てでした。」
国王はルーカスの手腕に満足そうに頷き、口を開く。
「ならば、お主の采配で決めるといい。勝って帰ってこい。もうじき王位はお前に譲ろうと思っているのだ。王としての手腕を見せてみろ———」
それは人々に盤王と言わしめた父王からルーカスに与えられた試練でもあった。
国を支え、導くために必要な素質。
暗に指揮官としてそれを示してみせろと言われていたのだ。
ルーカスは国王の言葉に頷き王の前を去る。
彼は今までとは違う覚悟を心の中に固めていた。
王城からもいくらかの軍を率いてルーカスは城塞都市バルトを目指して行軍する。
転移魔術が無ければ移動にも1週間近くかかる距離だ。そんなところでもフィストリアのことが思い起こされる。
ルーカスは道中で貴族の領地をまわり、軍の兵数を補強していく。
万全な状態でパレドと対峙するために。
◇ ◇ ◇
グラディア軍が城塞都市バルトの見えるところまで来た時、グラディア軍の規模はアルカノス軍の3倍程度であった。
戦争論的にはそれで両軍は対等と言われる数だった。
通常の魔術師は一般の剣士の3、4人分の働きができると言われている。
アルカノス軍はほとんどが魔術師で構成されている。
今でこそ敵軍は城砦の外に出てきているが押していくと籠城戦に持ち込まれるだろう。
そして、籠城戦は守りの方が有利だ。
魔術師の少ないグラディアは魔術師に対抗すること自体が困難なのだ。
この戦争で前線を維持できるかはルーカスの指揮の腕前にかかっていた———
◇ ◇ ◇
ルーカスがバルトに近づいて戦略を練っている頃、フィストリアは浮遊城で遺物の解析を行っていた。
フィストリアはいくらかの人員を残して女王を含んだほとんどの人間はアルカノスに帰していた。
それは城が消えてしまったアルカノスを女王に復興してもらうためだ。アルカノスに送る時に確認したが、復興には長い時間がかかりそうな惨状であった。
軍の人員を復興にも回していたから、バルトまで来ていたのは軍の半分以下で、さらにその半分以上は女王の説得でアルカノスに帰った。
もうそろそろルーカスが戦う敵軍の数は少なくないが、彼ならばアルカノス軍を抑え込んで相手の籠城戦にまで持ち込み、やがて勝利を掴むだろう。
彼女が解析している遺物『天絡の浮遊石』について1週間で分かったことは今の状況は暴走というより、遺物の力を最大限発揮した上で制御だけができない不具合が起こっている状態であるということ。
そして、フィストリアが解析している古代の言語は意外にも自分の知っている言語との共通点が多いこと。
魔術言語はどれもやはり似通ったものである。大陸内で発展したものである以上、古代のものも似通っているのが当然だが、その割には大陸の各地で生まれた魔術言語の文字が満遍なく現れているような気がする。
フィストリアはルーカスのためにもさらなる解析を続ける。
◇ ◇ ◇
翌朝、薄曇りの空の下、ルーカスは胸を張って前線陣地の高台に立っていた。
ルーカスの視界の先には、城塞都市バルトを背にして陣取るアルカノス軍の大群が波のように広がっている。
彼らはおよそ7000の兵を擁し、そのうち魔術師は9割強。彼らは黒ずんだ法衣を翻しながら陣列を組んでいた。
その中には、アルカノスの先鋭である魔術師150名以上も含まれている。
それらの対処を上手くしなければこちらは壊滅してしまうだろう。
敵軍の兵士はぞろぞろ動いている。
これから始まる戦いへの気配を濃く漂わせていた。
対するルーカスの麾下にはおよそ20000人の兵が集まっていた。
アルカノスとは対照的に歩兵や重装歩兵は18000名ほどいるが、それに対して魔術師は2000名。そのなかでも先鋭魔術師は100名ほどだ。
こちらの先鋭の割合が多いのは戦いのない間のフィストリアの指南のおかげだった。
グラディアにこれだけの数がいても魔術師の範囲殲滅力の前には手が出しにくい。ルーカスは敵の魔術師をどう抑えて剣士を生かすか最近ずっと考えていた。
剣士と魔術師の比率はルーカスにグラディアの魔術師の少なさや、アルカノスの魔術師の多さがはっきりと示していた。
魔術師の数こそ少ないがフィストリアのおかげで質は高めで、敵を騎士や剣士の大群で押し返す、という構図。
ルーカスは深呼吸し、すぐ横に控える副指揮官たちと最終確認を進めた。
「左右両翼の歩兵部隊は敵魔術師の射程外に退きながら、徐々に縦列を詰めていく。中央の魔術師部隊は、向こうの魔術師と対峙しつつ結界を張り、敵陣の奥で展開する先鋭魔術師対策に備えろ。グラディアが誇る剣士、騎士隊は、魔術師を討ち漏らさぬように懐に飛び込み、一瞬でも構築を組む隙を与えるな。十人程度の魔術師相手なら、俺がひとりで足止めする。」
副指揮官たちは頷き、旗をひるがえす。騎馬隊や槍兵、重装歩兵が低い構えをとり、緊張が広がる。
「これはただの戦争ではない。我らの領域を荒らした者たちへの、鉄槌だッ!」
二千の魔術師たちは指揮官からの号令を待ち構えている。
ルーカスは腰に佩くアルカディアを軽く撫で、ほんの一瞬だけ、バルトの上空に思いを馳せた。
フィストリアはまだ浮遊城で遺物の解析にあたっている。
自分だけでこの戦いを維持しなければならない。
ルーカスはその覚悟と共に、彼は旗の先を敵陣に向けた。
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