遠く未来より
『この苦しみはどう振り払えばいい』
その者は問いかける。
その言葉に応えてくれる者はもういないにも関わらず。
◇ ◇ ◇
ルーカスは急な頭痛で目が覚めた。
10日に一度程度だが、頭痛で目が覚めることが増えてきた。
早く起きること自体は構わないのだが、寝不足になることは勘弁だ。
妙な夢でもみていたのだろうか。
何度か続いてもその内容は思い出せないのだが……
◇ ◇ ◇
ルーカスとフィストリアが互いの感情を確かめ合ったあの日からまたしばらく日が経った。
フィストリアと王都を散策したあの休日の翌日からルーカスは南東の小国の処理について関わっていた。
結局プライオは南の大国グラディアに吸収される事になった。
東の大国側はこちらは何の攻撃も受けておりませんから、という理由で特に何も言ってこなかった。
それは南の大国が東の大国と非常に友好的な関係を築いているからこそなのだろう。
現在、東の大国と南の大国が友好国となっているのは、東の大国の式典に呼ばれて行ったルーカスの弟、第二王子エリアスが東の大国の時期女王だった女に見染められたからだ。
そこからはあっという間でエリアスも進んで、女の元に行った。これによって比較的友好的だった東の大国とさらにその仲を深めて行ったのだ。
「懐かしいな、あれからもう2年か…」
ルーカスはエリアスを思い出す。異母兄弟ではあったが、兄弟2人は仲良く、ルーカスが武に秀でたのとは逆にエリアスは文に秀でた男だった。
どうして彼のことを思い出していたのかと言えば、それは今日届いた一通の手紙が原因だった。
それは久しぶりのエリアスからの手紙で内容は南東の小国との戦争、重傷を負ったというルーカスへの心配だった。
そして、戦争の後処理が落ち着いた頃に東の大国に療養という名目で来たらどう?というものだった。
後処理が終わる頃には俺の身体はもう治りきっているだろうと苦笑しながらも東の大国を思い浮かべる。
東の大国フラクタル、あの国の王族は『契約によって人を守り、調和の道を歩もうとした』者の末裔である。
そのため、フラクタルの王族の先祖が黄金の果実に願った物というのも、契約に関係した物だ。
『国宝テミスの半冠』
文字通りの半冠———ティアラである。
フラクタルが継承している国宝は半冠であった事から女王が存在しているのだ。
テミスの半冠は契約に対する不可侵を保証する力を有している。
女王と相手の一対一、または一体多の関係で契約が遂行される。
その拘束力はこの物品を真似て派生した契約魔術のそれを凌駕しているのだ。
しかし、絶対遵守の契約を結ぶ国宝であるため、その使用にはいくつもの制限がかかっているらしい。
この状況に対してはどうするのかという問いが半冠から使用者には流れる。それに答えれなければ契約は結べないらしい。
契約魔術と違って一体多の契約も結ぶことができるが制限が多くて女王は日々大変だなと常々思う。
そういったこともあってか、使用者には膨大な知識や聡明さが必要で、もうじき女王というエリアスの若き婚約者の女の底は知れない。
エリアスが向こうの王宮に向かってこの国宝を使われた時も5時間に及ぶ契約、婚姻の儀があったと聞く。
と、フラクタルで忙殺されているであろう時期女王を思いながらルーカスは弟の言うように東の大国を訪れるということについても考える。
プライオを吸収したおかげかグラディアが面している中立国は南西の小国アルカノス。
アルカノスは西の大国エル・メディスと南の大国グラディアの間に挟まれている。
アルカノスは少し前までは積極的に外交をしていたがここ1年近く動きがない。
それは些か不安ごとだが、ルーカスは帰ろうと思えばフィストリアに転移で送ってもらうことができる。
そのことを鑑みると両国友好のためにも一度フラクタルを訪れておいても良いかもしれないと思えてくる。
今後、魔族を利用した怪しい動きを見せている北の大国に対抗するためにも……
ルーカスはこの件をフィストリアにも話してから決めようと思い立ち、愛しい彼女を探しに動き出した。
◇ ◇ ◇
フィストリアは自身の居室で魔術の研究をしていた。
マーシーは部屋で静かに掃除をしていた。
集中している彼女の邪魔をしてしまうのは憚られたが肩を叩いてフィストリアの正面にまわり椅子に座ってルーカスもその様子を眺める。
「あっ、ルーカス、少し待っていてください。」
そう言う彼女にルーカスは首肯する。
相変わらず彼女の魔術はよく分からない。300年近く魔術を研究し続けることができた彼女の魔術は常人では理解のできない域にまで達しているらしい。
ルーカスが彼女を王宮に引き入れてすぐの頃、王宮の魔術師が彼女の所を訪れて、フィストリアがルーカスの側に仕える魔術師に相応しいのか知識比べをしたことがあったらしいが……王宮の魔術師は悉く敵わなかったみたいだと以前マーシーが胸を張って話してくれた。
実際ルーカスの眼にも彼女の魔術構築の綻びは見えにくい。彼女が言うには自分は無意識に文章の切れ目を見つけているとのことだが、彼女を見ているとこればっかりに頼っていては駄目だと感じることが最近は増えた。
自分は魔術が使えないからと魔術を学んでいなかったが、意識的に見切れるように学んでもいいなと思う。
ルーカスがそんなことを考えだしたころにフィストリアは魔術構築を解いた。
「ふぅ、すみません、待たせてしまって。ところで今日は何のご用ですか?」
彼女の問いにルーカスは自身が来ていた理由を思い出し、フィストリアに先ほどの手紙の話を伝えた。
「へえ、あなたの弟がのちの王配としてフラクタルに行っていたんですね。確かにずっと見ないなとは思っていました。———あと、フラクタルに行くことは賛成ですよ。あなたの言うように私たちは転移でぱっと帰ってくることができますから。」
フィストリアは軽く言っているが転移魔術だって高等魔術のはずだ。
二地点の座標から距離を出してその間の空間を圧縮して短くしている転移魔術は南の大国から東の大国までの長距離となれば彼女のように熟練した魔術師でなければ出る地点が大きくずれたり、地中に埋もれたりするのだろう。
彼女を信頼しているルーカスには不安など無いのだが。
そんな時、マーシーが話に入ってきた。
「フィストリア様、フラクタルと言えば白い水の都ですよ!街並みもとっても綺麗だとか。それに、お土産楽しみにしてますよ!」
主君に対してずうずうしいそんな態度はフィストリアにも好印象だったようだ。
というか、そういう明るい性格の子を選んでいたのだ。
「はいはい、分かりましたよ。甘いものでも買ってきます。」
2人の様子を見ていたルーカスが話の終わった頃を見計らって口を開く。
「分かった。フィストリアが賛成なら日程を組んでおく。少しずつ準備をしておいてくれ。」
「はーい。分かりました。」
ルーカスはフィストリアとのんびり観光をすることを思い描くとそれがとても楽しみだった。
◇ ◇ ◇
それからまた数日が経ち、現在2人はフラクタルの王都に立っていた。
契約、秩序、調和を掲げるフラクタル王国。
剣術、規律、融和を掲げるグラディア王国とは大きく異なる。
フラクタル王都は別名、水の都としても有名だった。
湖のほとりを建築された城は白を基調としていてとても美しい。
グラディアの王都は黒を基調とされた古き良き城下町が残っている王都であるが、フラクタルはしっかりと区画整理されていて整った印象を感じる。
2人がグラディアからフラクタルに来る時には認識阻害魔術を発動してから転移した。
そういえばこの魔術も彼女が考えた物らしい。
ルーカスは何も知らなかった、自身の魔術の知識の無さを少し恥じたが、よくよく考えればここまで強力な魔術が広まっていないには理由があるのだろう。
人目につかないところで解除して2人は街を見ながら王城の方に歩いていた。
事前にエリアスに手紙で転移で向かうということを伝えてあったため2人はすんなりと王城に入ることができた。
◇ ◇ ◇
ルーカスとフィストリアは王城の応接室に通され待っていた。
少し待つと、茶髪で右目にモノクルを付けた理性的な青年が入ってきた。
フィストリアはその青年を知らなかったが、ルーカスは知っていた。
「お待たせしました。グラディア王太子殿下とその婚約者様。」
ルーカスはその恭しすぎる態度に微苦笑してしまう。
「どうした、エリアス。畏まり過ぎていないか?」
ルーカスのその言葉にエリアスも苦笑する。
「一応だよ……兄さん。婚約者様も居るんだから最初くらい丁寧にしておかないといけないと思ってね。」
そう言ってエリアスはフィストリアに向き直る。
「婚約者様、私はルーカスの弟、エリアスでございます。普段より、兄は自由な男ですので迷惑を被っておられるでしょうが、真面目で努力家で天才肌なところは本当ですのでどうかこれからも兄のことをよろしくお願いいたします。」
と、エリアスはフィストリアにとても丁寧に兄のことを任せる旨を伝える。
フィストリアも簡単に自己紹介をする
「私はフィストリア、魔術師として婚約者としてこれからの人生、ルーカスを支えていく所存ですのでご安心ください。私とルーカスは互いに己を託し合って生きていきますよ。」
2人がそうして軽く挨拶を済ませてしまうと、エリアスがニコニコしながら話し始める。
「いやぁ、2人も随分仲が良さそうで良かったよ。」
2人もという言葉からエリアスも彼の婚約者とうまく行っている事にルーカスは安心する。
手紙で確認はしていたが、やはり本人の口から聞くのとでは印象が異なる。
ほとんど政略的な婚約でもエリアスが幸せそうなら良かったとルーカスは感じていた。
「そうだ、兄さん。僕の婚約者のシャーロットさんも兄さんたちが来ることを歓迎していたよ。怪我は治ったみたいだけれど2人で王都の観光でもして来たらいいよ。」
「ああ、そうするつもりだ。」
ルーカスはエリアスにそう返すとエリアスは2人を来客用の部屋に案内した。
案内し終えたエリアスは「また後で色々話聞かせてね。」とルーカスに言うと帰ってしまった。
ルーカスは部屋に入ると途中から静かになっていたフィストリアを気遣う。
「フィストリア、大丈夫か?やはり、複雑な魔術の使用に疲れたのか?」
ルーカスの言葉にフィストリアはすぐさま首を振る。
「あっ、いいえ、そういうことではないのですよ。フラクタルに来てから、すこし昔のことを思い出していたんです。グラディアではあなたとの日々の方が強くて気になっていませんでしたが、ここに来ると意外といろんなことを思い出します。」
「……疲れが溜まっていなければいいんだが」
フィストリアはルーカスと生活する間は感じていなかった郷愁をフラクタルに来てから感じているようだ。
「ルーカス、私が流浪の旅人として旅を続けていた事は知っていますよね。その間は、魔術の学びになる物だけを集めて勉強して、周囲に集まれる物がなくなれば移動するっていう、生活を続けていたので人と関わる機会がほとんど無かったんです。」
「なのでどちらかと言うと人の移り変わりというより、建物だとか景色とか、そういうところに感傷的になってたんですよ。」
それは遠く未来からの感傷だった。
ルーカスは今まで知らなかった彼女の孤独な旅の一部を知って胸が苦しくなる。
もしかしたら、彼女が本当の年齢よりも見た目年齢のような反応を多くするのも、そういった事を今までしてこなかったからなのかもしれない。
「俺はこれからの人生、ずっと側に居るぞ。」
これは彼自身の覚悟と願いのようなものでもあった。
「ふふっ、どうしたんですか?私が感傷的になってたから、寄り添おうとしてくれているんですか?」
ルーカスは首肯する。
「俺は君に寄り添って生きたいと思っているし、そうでありたい。」
ルーカスはフィストリアを後ろから抱きしめる。
「フィストリア、気分を変えるために王都に出よう。」
ルーカスは今のしっとりとした空気を変えるためにフィストリアを外に誘った。
フィストリアもルーカスの意図を汲んで彼の手を握った。
◇ ◇ ◇
水の都と言われるフラクタルの王都
その名に相応しく、街の至る所を水が流れる路で張り巡らされている。
「私が以前来たのはもう30年以上前になりますから、結構違いがあるように感じますね。」
彼女は昔の記憶と照らし合わせるように街を見ていた。
街の美しい光景を眺めながら2人は歩いていると、一つの大きな建物が目に入った。
「あっ、懐かしいですね。ルーカス、この建物は図書館なんですよ。」
「ほお、別の国の図書館には行った事がないな。入ってみてもいいか?」
ルーカスがフィストリアに聞くと彼女は「かまいませんよ。」と返した。
図書館に入った2人、フィストリアは相変わらず魔術関係の書物を探していた。
ルーカスが図書館に入りたいと言ったのはいくつか理由があった。
一つは『黄金の果実』について…
その歴史は闇に包まれていて、少しでも情報のある方が2人の役に立つと考えたのだ。
もう一つはルーカスの眼について…
今まで世界にルーカスと同じ眼を持っていた人間が居なかったという事はないだろう。ルーカスは不思議と確信していた。
その者の記述で眼をもっとうまく扱えるようになりたいと思ったのだ。
2人は目当ての本を見つけて長椅子に並んで座り、それぞれが本を読んでいた。2人の肩は触れるほど近かった。
2人はこういった会話のない静かな時間でも互いがそばにいるという実感だけで幸せを感じていた。
ルーカスが今読んでいる本。それはいくつか選んだ書物の中でもルーカスが何故か惹かれたある男の伝記だった。
ある男、それは大陸の乱世を剣一本で生き抜いた当時最強と謳われた剣士。
彼の眼はありとあらゆる情報を映していたという。
ルーカスはその男に何となく親近感を覚えていた。
その男は帝国に仕え、最後の戦いは西の強国との戦争だったらしい。
最後の戦いの後、男は暫く憔悴しきった様子で、それまで共に戦っていた戦友を亡くしたかのようだったという。
男は我を忘れたかのように剣を振る。
人々は男を恐れ、剣を支配した王———剣王と呼んだ。
その時、男の眼は青く光っているように見えたという
戦いの終わった後…その男は最後に病に倒れる。
肌が割れて血が溢れる奇病だったという……
フィストリアがルーカスの読んでいる本の内容を一瞬だけ見て、顔が固まったことにルーカスは気づかず本を閉じてしまう。
そしてルーカスはそのまま思考する。
今日いくつかの書物を読んだが、どうにも大往生した英雄は少ない、というかいない。
戦場で勇猛に戦ったが殺される。
同じような奇病に罹り、やがて息を引き取る。
この2択しか無い。
ルーカスはこの共通点に違和感を感じていた。
不思議と病が人を選んでいるかのような錯覚を覚えてしまう。
ルーカスはそう考え始めてから、その考えを捨てる。
ただ単に流行り病だった可能性の方があると思ったのだ。
それにしても男の伝記はやはりなぜか引き込まれる。
自分によく似た力の持ち主だからだろうか……
ルーカスはこの時一瞬、頭痛を感じた。
◇ ◇ ◇
フィストリアは気になった本があったらしく本を借り出ていた。このように本を借りることができるのも契約魔術のおかげだ。
明日ルーカスはフラクタルの兵の訓練場に行こうと思っていたため、彼女は部屋でその本を読むつもりなのかもしれない。
2人はその後、グラディアでは見られない食事を楽しんで、湖を見て、お土産を買い、フラクタル王宮に戻って行った。
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