フィストリア
『フィストリア・アス・バンシィ・アミエナ・アンバラシア』
彼女は、アンバラシア帝国の第三皇女として生を受けた。
彼女は、14歳までは普通の少女として生きていた。
彼女は、14歳にして帝国で最も美しいと言われるほどに成長していた。
彼女は、魔術師としても熟達していた。
彼女は、皇女として知識も磨いていた。
彼女は、歌までも上手かった。
そう彼女は美、力、知、技、を我が物とした完璧を身に宿した存在だった。
そんな彼女を奇病が襲ったのはその年のことだった。
彼女を襲った病は歴史的にも数の少ない奇病だった。
歴史に残る実力者に発症しやすいと言うその奇病。
肌が割れ、血がとめどなく溢れる。肌がボロボロになっていく。
発症者はやがて失血多量によって死ぬ。
死ぬと肉体は風化して崩壊する。
あまりにも異常な症状が現れる病。
それは『ノソフォトラ』と呼ばれる奇病だった。
彼女のように高価な身分で、常に治癒術師が就けるような環境でなければあっという間に失血死していたのだろう。
その点では彼女は"幸運"だったのだ。
彼女の父親、アンバラシア皇帝はさらに躍起になって黄金の果実を求めた。
———愛娘の病を治す為に。
もとより強国だった帝国は彼女が病に瀕してから6年で大陸を統一した。
フィストリアは6年間を狭い自室で過ごしていた。
そして、帝国は『黄金の果実』を手にした。
果実への願い———その結果、彼女の奇病はたしかに完治した。
フィストリアは治癒魔術なしでも生活できるようになった。
彼女が6年間出来なかった外出を楽しむようになってからしばらく経った頃のことだった。
彼女は凶刃に襲われた。
彼女の学や力、美貌を妬んだ者の犯行であった。
ちょうどその頃、皇帝は失った配下を生き返らせようとしていた。
しかし、その願いを果実が叶えることはなかった。
皇帝はこの事実に絶望した。
果実に出来ないことなどないと信じ切っていたのだ。
そんな時に皇帝に愛娘が凶刃に襲われたという連絡が入った。
皇帝は急いで愛娘の状態を良くする願いをした。
死んだ者を生き返らせることは出来ないと知ったからだ。
その中で最も効果のあった願い、フィストリアの人生を大きく左右することになった願いが———
『フィストリアの回復能力を高め、健康な状態を保ち、一生修復される肉体を与えてほしい』
という願いだった。
その願いは確かに彼女の肉体を変質した。
それに気づいたのはある時、落としてしまったティーカップの破片に触れた時だった。
彼女は破片で指を切ってしまった。
しかし、一瞬痛みを感じただけで傷跡は残っていなかった。
身体の回復能力の向上、修復され続けるというのは擬似的な再生能力となっていたのだ。
フィストリアはそれを最初の頃こそ喜んだ。
皇帝も彼女が良いのならと判断に任せていた。
それから2年が過ぎ、『黄金の果実』が腐り果ててからも同じく2年近く経った頃、彼女は気づいてしまった。
———身体が衰えないと、
皇帝は永遠の修復能力を願った、それにより彼女の肉体は衰えなくなってしまっていたのだ。
衰えようとする細胞を修復してしまう。
20歳の時の状態にまで……
常人に訪れる終わり……それが彼女には無かった。
肉体の元の姿を維持する、それは実質的な不老不死と同義であった。
人々は彼女を陰ながら恐れた。人であって、人でなくなった彼女を。
フィストリアは次第に人々から離れて部屋に篭り、知識と魔術をただ磨くだけになっていた。
彼女はその後300年近い年月を孤独に過ごすことになった———
———ここまでがフィストリアの過去だ。
ここから先はフィストリアだけの記憶ではない。
悲しみに暮れ、忘れようとした———しかし、忘れることのできなかった記憶。
死に瀕していたルーカスを見て、引き起こされた遠い昔のこと……
これから先のことはまだ彼にも伝えない。
これはきっと彼自身が到達する記憶だから———
◇ ◇ ◇
大陸の戦争が終わり、ある男の役目も終わりを迎えていた。
その男は大陸で最優の剣士として名を馳せていた。
その男の漆黒の眼には吸い込まれるように、世界のあらゆる情報が映っていたと言われている。
金獅子のようなその男は人々がフィストリアを恐れ、フィストリアが部屋に篭りきりになった頃から毎日フィストリアの元を訪れだした奇人だった。
フィストリアは彼のことを知らなかったが、男は自身を公爵家の当主だと言った。
腰には特徴的な黒と金の剣があった。
男はフィストリアの元を訪れては彼女に愛を囁いた。
しかし、彼女はその男の言葉に耳を傾けず、魔術と知識を磨き続けた。
男はよく声を聴かせて欲しいと願うので、いろんな曲を聞かせてあげた。
やがて楽器にも手を出すようになり、練習するのは彼のためになりつつあった。
じきに男も魔術に興味を持ったらしく、共に魔術を学ぶようになるのに時間はかからなかった。
男は人の魂に関する魔術が気になっていたようだ。
それは使い方を誤れば禁術になるものであったが、彼の好奇心を刺激したようだった。
そんな男がフィストリアの元を訪れなくなったのは、男が初めてフィストリアの元を訪れてから1年近く経った頃のことだった。
自分はもはや人ではなくなってしまったと、人から興味を失い、外界と隔絶された人生を過ごそうと考えていた彼女の元に男が訪れなくなったことを彼女は寂しく思っていた。
1年の間に少なからず情が生まれていたのだ。
しかし、フィストリアは考えないことにした。
どうせ、あの男とは永遠を共にはできない。
これでよかったのだと言い聞かせ、彼の来なくなった部屋で日々涙を流し自分を慰めていた。
◇ ◇ ◇
悲しみに暮れる彼女の耳に男が病を罹っていたという情報が入ったのは、彼が終わりを迎えるほんの数刻前のことだった。
男は情報を統制して彼女の耳に入らないよう尽くしていたらしい。
その情報を聞いたフィストリアはすぐさま、覚えたばかりの転移魔術を駆使して、男の屋敷に転移した。
男は寝台に横になっていた。肌が割れ、血が溢れ出している。
フィストリアはその様子に見覚えがあった。
「あ、あなた…の、その病って…」
フィストリアは声が震え、涙が溢れる。
寝台の側まで来たフィストリアに男は苦笑して答える。
「ああ、フィストリア…来てしまったのか…、どうやら俺も…君と同じ奇病にかかってしまったようでな…」
この奇病に治療法は見つかっていない。
側に治癒術師が常にいなければあっという間に失血死してしまう。
フィストリアは幸運にも常に治癒術師が付ける環境が整っていた。
しかし男はそうでもなかった。
男はフィストリアと比べて"不幸"だったのだ。
それでも男はそばに来てくれたフィストリアを見て嬉しそうに微笑みながら問う。
「なあ、フィストリア……魔術を介せばやはり人の魂は維持保存できるのか?」
これは男がフィストリアと魔術を学ぶ中で男が常に疑問に思っていたことだ。
魂という人を存在させる核、これと魔術の関係を知りたがっていた。
フィストリアは男の言葉に涙ぐみながら答える。
「そんなこと…今聞くんですか?———可能ですよ…技量によると思いますけれど…例えば、あなたの技量だと200年から300年くらいは保存できるはずですよ……これで、満足しましたか?」
「ああ、それが聞けたのは嬉しい。」
男は覚悟を決めたかのような顔でフィストリアを見つめる。
彼女の頬に手を伸ばす。
「なあ、フィストリア———愛している」
そう伝える男にフィストリアはさらに涙が溢れる。
「なんで…こんな、最後に…そんなことを言うんですか…」
いつも男はフィストリアに同じように愛を囁いていたが、いつもフィストリアは断っていた。
永遠を生きるであろう自分について来れる人はいない。
彼女は途中で大切な人を失うくらいならそんな人、作りたくないと思っていた。
それでも1年を男と過ごすうちフィストリアは彼に小さくない想いを抱いていた。
喪失は辛い、そんなことを今更ながらに気付き、彼が死に瀕している事実を悔やんでいる。
「いや、いやです…ここで想いを告げても、あなたのいない世界を生きたくない……」
フィストリアは男に告げる。
男はその言葉を聞いて悲しそうな、嬉しそうな表情をする。
「くくっ、そう言ってもらえて嬉しいな……俺も君と永遠を共にしたかったんだが、どうにも常人には難しい…らしい。」
フィストリアの言葉を待たずに男は絶え絶えの息で続ける。
「だが…俺は…次の機会に賭けるさ…300年後、次の…機会……」
フィストリアは男が呟いたその言葉で今までの違和感、全ての線が繋がった。
「あ、あなた…もしかして……」
フィストリアの気づきに男は微苦笑する。
「君は、やっぱり賢いな…、俺の計画に勘づくなんてな。」
男は300年後の『黄金の果実』を利用して何かをするつもりなのだろう。
私と永遠を生きるのか
私に終わりを与えてくれるのか
しかし、フィストリアはその危険性を伝える。
「あなたがしようとしていることは、自然の摂理を無視したものです……もし、もし成功しても、魂に欠陥が生まれるかも知れませんよ……」
「ふっ、それくらい、全て承知の上さ…」
男はしっかり、フィストリアを見つめる。
「それでも……いや、それぐらい、俺は君を愛しているんだ…」
フィストリアは涙がとめどなく溢れている。
「なあ、フィストリア……待っていて…くれないか…」
男の声が掠れている。
フィストリアは大粒の涙を流し、すぐさま首肯する。
「ええ、たとえ…何十年、何百年でも、あなたを待ち続けます…」
「あなたを忘れても私は生き続けますよ。絶対に来てください。それか、分かりやすいところにいてください………」
男は最後に笑う。
「くははっ、それは俺も必ず…戻らないとな……フィストリア、長い…時間だ———頑張れよ———」
フィストリアは男の手を握る。
「大丈夫です……安心してください…余裕ですよ…」
男はそれを聞き満足そうに目を閉じた。
◇ ◇ ◇
あれから290年近くが経ちました。
その間私は多くの不安に苛まれた。
『たとえ悠久を超えることになっても忘れてはならない』
私は心魂に刻んだ。
その言葉はいつかの自分も覚えているだろうか。
『自分の想いを伝えれたらどれだけ楽だっただろうか』
私はついぞ叶わなかった未来を思い描いた。
今それは相手に届かないと知りながら。
『いつか自分を恐れてしまうだろうか』
私は不安を吐露した。
もはや戻れないと知っているにもかかわらず。
『流れていく時間は多くのものを変えていく』
私はそれを見ていた。
ただ1人変わらない、変われないまま。
『だからこそ自分はただそれだけを願う』
私は変化を希求した。
かつて変えてくれた果実のような、その存在だけを。
時間が過ぎる間に、アンバラシア帝国は滅び、あなたの公爵家はあなたの弟が継ぎ、じきに王国となった。
あなたは結局誰とも結婚しなかった。
新しく当主となったあなたの弟はあなたの名を騙り別の皇女を貰い、公爵家を存続させました。
これもあなたの計略の一部なんでしょうね。
あなたの計略は自分の死を騙し、世界に再び舞い戻ることだった。
あなたは戦乱の世を生き抜いた大陸最強の剣士として、初代当主として伝わっています。
あなたの剣も公爵家に伝わり———今は国宝になっています。
あなただけが居ない世界———
あなたの名前も、歴史も———新しく生まれた戦火に飲まれて今はほとんど残っていません。
私の記憶も長い時間で摩耗して、あなたのことも何故か思い出せなくなっていました。
それでもなんとか辿り着きました。
"遥か彼方より"
"現在此方に"
そうそれは、あなたにもう一度会った時……あの時計塔であなたに出逢った時……
『「そう、ただあなたの帰りを……」』
『「……待っていました」』
———薄れていた記憶は鮮やかさを取り戻しました。
昔のあなたと変わらない姿、声
掠れていたあなたの名前も、もう2度と忘れたりしません。
魂が一緒だからですかね……あなたと名前までも同じだったなんて……
——————ねぇ、ルーカス。
あなたを初めて見た時、私、とっても驚いたんですよ。
ぼんやりとした記憶がはっきりとしていく感覚。
それはあなたと過ごすうちにたびたび感じていました…
国宝、アルカディアを構えたあなたの姿———
漆黒の瞳にアルカディア———
あなたを象徴する2つのもの
私は昔の面影を見たかのようでした。
あなたはその後、戦争に赴きました。
あなたならきっと無事に帰って来てくれると無意識に思っていました。
でも、あなたは魔族との戦闘で傷だらけになっていた。
私があの時、どれだけ焦ったか…あなたは知る由もないのでしょうね……
あなたは長い時間の魂の保存で魔術を使えなくなり、今は記憶も欠落してしまったようです。
でも、安心してください。
魔術は私の得意分野ですし、記憶はいづれ戻ると思います。
あの記憶は良くも悪くも強烈ですからね。
あなたが記憶を取り戻した時、一体どんな表情をするのか…
それが、今はただ、楽しみです。
私は息も絶え絶えなあなたの状態を見て、全てを、思い出したんです。
最後のあなたの姿と重なったんでしょうね。
辛すぎて忘れかけていた記憶も全て……
それも全部思い出しました……
彼にあの時伝えれなかった言葉……
私はずっと抱きかかえて生きて来ていました……
あなたが生き残ってくれた時……
あなたがまた、私に愛を伝えてくれた時……
私もようやく言えました……
「私も、あなたを愛しています」って……
長い時間……1人で生きて来ました。
今では懐かしいあの時間も、記憶も、歌も、
今では私と、あなたの魂に刻まれているだけです……
ああ、懐かしい……
思い出すと涙が溢れてくる……
あの歌はあなたのために覚えたんですよ……
……ねえ、ルーカス………
私は…フィストリアは——————
あの時から……あなたをずっと……、あなただけをずっと——————
——————愛していました
なんとこの話で1章が一段落となります!
次に幕間を挟んで2章に入っていきたいと思います!
個人的に作者が1番書きたかった話はこれなんですよね…(いわゆる名前回というやつ…)
とは言え、これからも2人の関係と大陸の情勢、書いていきますので、駄文ながらお付き合いいただけると幸いです!
続きを読みたい! と思って頂けましたら、
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