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異世界来訪譚  作者: yu-ki
7/12

七話 合流と

七話目です。


ちらっと小説情報を見たところ、ブックマークが1件と総合評価は2ptついていました!

とても嬉しいです、ありがとうございます。七話目もお楽しみください~!

 暗闇の中を進むこと半刻、私たちは着実にアリナ湖へと近づいていた。

道中、何度か魔物に襲われたが、騎士たちによって即座に討伐されていた。そのおかげで隊全体の歩みは止まることなく、一定のペースで進み続けている。

そんな中、私の頭の中で一つの疑問が思い浮かんだ。

「アルベルト。アリナ湖へはもうすぐ着くと思いますが、ここからどうやってギリアン様を探すのですか?」

アリナ湖周辺をしらみつぶしに探していては、時間がかかりすぎる。場合によってはギリアン様達に合流できず、朝になってしまう可能性もある。そんな私の質問に反応したアルベルトは、その歩みを止めることなく、こちらを向いた。その顔には少し得意げな表情が浮かんでいた。

「それはですね…こいつに案内してもらおうかと」

そう答えたアルベルトは、自分の左肩を指さした。指の先を目で追うと、そこにはギリアン様からの手紙を運んできた伝令鳥がとまっていた。

「…なるほど、伝令鳥に案内してもらうのですね!」

私はアルベルトの考えを瞬時に理解できた喜びから、つい声が大きくなってしまった。少し前に勉強したことも役に立ったため、余計に嬉しかったのだ。

一般的に伝令鳥には、帰巣本能を持つ鳥類が用いられる。つまりは、その習性を利用し、伝令鳥の主であるギリアン様のもとへと案内してもらおうというのだ。

「ええ、その通りです。アリナ湖が見えてきたあたりで、こいつを飛ばして後を追おうかと。そこからは少し駆け足になるかと思いますが、問題ありませんか?」

「私は問題ありません」

アルベルトの問いに答えた私は、そのまま後ろを振り返った。

「お父様とお母様も問題ありませんか?」

「あぁ、私は大丈夫だよ」

「私も大丈夫ですわ」

私の後ろにいるお父様とお母様が、頷きながら笑顔で答えてくれる。

「問題ないようです」

私はそう言いながらアルベルトへと向き直る。

「ありがとうございます」

私達の了承を得たアルベルトは、軽く一礼し、感謝の言葉を述べてから前へと向き直った。その会話からほんのわずかの後、アルベルトのもとへと伝令役の騎士がやってきた。

「報告します。先頭部隊より、アリナ湖を視認したとの知らせです」

伝令役の彼はアルベルトへの敬意を示すように、右手を胸に当て、軽く頭を下げている。

「承知した。伝令、ご苦労」

アルベルトはその敬意に答えるように騎士を労りつつ、報告を受け取る。伝令役の騎士は、いえ、と一言言うと顔を上げた。

その騎士が顔を上げたのを確認したアルベルトは、彼の目を見て、新たな指令を下した。

「では、隊後方の騎士へその情報を伝達。それに加え、後方の騎士から順に速度を緩め、停止するように伝達を頼む」

「はっ!」

アルベルトから新たな命令を受けた彼は、私達へ最敬礼を捧げてから、隊後方へと消えていった。


伝令役の騎士が隊後方へ消えてからすぐに、隊全体が停止した。その後、私たちは少しの休息を取ったのち、再出発のために準備を進めていた。そこに、周囲の確認をしに行っていたアルベルトが戻ってきた。よく見ると、彼の後ろにはニールの姿もあった。

「両陛下、姫様、間もなく動き始めようと思います。準備はよろしいでしょうか?」

アルベルトは敬礼の姿勢を保ちつつ、そう聞いた。その問いに、代表してお父様が答えた。

「ああ、私たちは問題ない」

お父様の言葉に同意するように、私とお母様はアルベルトへ頷きを返す。

「承知しました。では、出発したいと思います」

そう答えたアルベルトは敬礼の姿勢を解き、後ろにいたニールへと合図を出す。ニールの左肩にはギリアン様の伝令鳥がとまっていた。そして、アルベルトの合図を受けたニールは、左腕を肩の高さまで上げた。すると、伝令鳥がニールの左腕へと移動する。それを確認したニールが、アルベルトへ声をかけた。

「アルベルト様、準備ができました」

「よし」

ニールへ頷きを返したアルベルトは、大きく息を吸い込むと隊全体へ命令を下した。

「これより、伝令鳥を放ち、ギリアン様との合流を目指す!先頭部隊は伝令鳥を追え!中央部隊、後方部隊はそれに続く!」

「「「「「はっ!」」」」」

「各人、隊から遅れぬように注意しろ!」

「「「「「はっ!」」」」」

アルベルトの命令に呼応して、騎士たちの一糸乱れぬ声が周囲に響き渡る。

「ニール、頼む」

命令が隊全体に伝わったことを確認すると、アルベルトはニールへ再び合図を送る。

「はっ、承知しました」

そう返事をしたニールは、伝令鳥が乗っている左腕を勢い良く振った。すると、伝令鳥はその勢いに乗るように、翼をはためかせ空へと飛び立った。伝令鳥は、上空で大きな円を数周描いた後、アリナ湖がある方角へと進路を定めた。それを見ていた先頭部隊は、行動を開始し、伝令鳥の後を追い始める。彼らに続いて、隊全体も行動を開始した。

「では、我々も」

アルベルトの一言で、私たちも前を向き、周囲から遅れないように走り出した。


その後しばらくの間、私たちは走り続けていた。その間、耳に入るのは周囲の皆の息遣いと、力強く地を蹴る足音だけだった。その均衡を破ったのは、先ほどと同じ伝令役の騎士だった。

「報告します!先頭部隊より、前方に複数の明かりを確認したとのこと。伝令鳥もその明かりに向かって飛んでいるようです!」

彼の口からもたらされたのは、待ちに待った吉報だった。

「アルベルト!」

それを聞いた私は、思わずアルベルトの名を呼んでいた。突然名前を呼ばれ、少し驚いたアルベルトは、声の主が私だと分かると顔を綻ばせ、やさしく答えてくれた。

「ええ、ギリアン様だと思われます」

アルベルトの言葉を聞いた周囲の皆からは歓喜の声が上がる。勿論、私も例外ではない。

「よかった、これで…」

少しは安心できると、周囲の空気が和らいだ。お父様とお母様の表情も、これまでに比べ、明るいものになっていた。和らいだ雰囲気の中、アルベルトは顔を引き締め、伝令役の騎士に新たな命令を下す。

「先頭部隊は、本体より先行し、明かりの正体を確認するように。予想通り、ギリアン様であった場合は、先んじて合流し本隊を待て。そうでなかった場合は、すぐに離脱し本隊に合流せよ。良いか?」

「はっ!」

命令を受けた騎士は、先頭部隊を目指し、走り去った。彼が走り去ってから少しの後、別の伝令役が報告をしに来た。その内容は、明かりの正体がギリアン様率いる難民団だと判明したということ、また、先頭部隊の騎士はすでにギリアン様と合流しているということだった。その報告を受けたアルベルトは、本隊の速度を落とすよう、号令をかけた。最終的には徒歩程度の速度となり、私たちはゆっくりと難民団へ近づいた。こうして、私たちはギリアン様率いる難民団との合流を果たしたのだった。


 合流後すぐに、ギリアン様が私たちのもとへと訪れた。ギリアン様は、お父様を見るや否や片膝を着き、頭を垂れた。

「陛下、よくぞご無事でっ…」

そう話す彼の肩はわずかに震えており、安堵と歓喜の情が体から漏れ出ているように見える。彼はお父様の無事を心から喜んでいるようだった。その様子を見たお父様は、笑みを浮かべ、彼の震えている肩に手を伸ばす。

「あぁ…お前こそ、よくぞ無事であったな。こうして、お互い生きて再会できたことを嬉しく思う」

お父様は彼の肩に手を添えて、言葉をかける。その言葉は、彼に添えられた手よりも優しく、彼との再会を心から喜ぶものだった。その喜びは、私と合流した時のものとどこか似ていた。まるで、血を分け合った家族との再会のような。

「っ、もったいなきお言葉」

お父様の言葉に、より一層深く頭を下げるギリアン様。それに合わせて彼の肩も、より一層低くなる。お父様は小さく笑うと、片膝を地面につき、ギリアン様の肩をポンポンと軽く叩いた。すると、ギリアン様は、少し慌てたように口を開いた。

「へ、陛下っ、お召し物が汚れてしまいます!」

それを聞いたお父様は、打って変わって大きく笑った。

「服など、後で洗えばよい!それより今は、大切な家臣を労うほうが大事に決まっておろう」

「そ、それはそうかもしれませんが…」

お父様の言い分に反論できず、戸惑うギリアン様。それに追い打ちをかけるように、お父様はおどけて言う。

「それに、だ。お前がその重たい頭を上げてくれれば、私の膝も汚れずに済むぞ?」

それを聞いたギリアン様は、顔を上げ、はっとした表情を浮かべる。

「た、ただいまっ!」

ギリアン様は、そう言うと頭を上げ、姿勢を起こす。

「そうそう、それでよい。お前はいつも、頭が重すぎるからな」

そう言って、またも笑うお父様は、膝を地面から離した。

「お前もグロリンデ王国の宰相という立場なのだ。公の場で、あまり頭を下げるものではないぞ」

「はっ、承知致しました」

お父様の言葉を聞いたギリアン様は大きく返事をした。しかし、同じくその言葉を聞いたお母様はふふっと笑いをこぼした。

「エリン、どうしたのだ?」

その反応を不思議に思ったお父様が、お母様にわけを尋ねた。

「いえ、大したことではありませんわ。ふと、似たような光景を思い出しまして」

そう言うと、お母様は視線をアルベルトへと送った。お母様からの視線とその言葉によって、何か気付いた様子のアルベルトはバツの悪そうな顔をしていた。

「なるほどの」「なるほどですね」

お母様の言いたいことがなんとなくわかったお父様と私は、アルベルトを見つつ、納得の表情を浮かべる。それに対して、置いてけぼりになっていたギリアン様が、頭に疑問を浮かべている。

「アルベルトが、どうしたのでしょうか?」

ギリアン様の疑問に答えたのは、お父様だった。

「ここに来る前に少しな。簡単に言えば、私たちと再会したアルベルトが、お前と似たような状態になってな」

「な、なるほど…」

お父様の一言で、状況を理解したギリアン様が小さな声でつぶやいた。

「まぁ、そんなことはよい。ギリアンお前も早く立て、必要であれば手を貸すぞ?」

少し意地悪そうな表情で、ギリアン様に手を差し出すお父様。

「い、いえ。陛下のお手を煩わせるわけには」

ギリアン様はそう言うと、素早く立ち上がった。その様子を見たお父様は、差し出していた手を引いた。

「改めて、ご無事で何よりです。陛下」

ギリアン様が、軽く一礼をする。

「ありがとう。だがこれもすべて、騎士たちのおかげだ。……騒動が収まり次第、褒美を考えねばならんが、貢献に値するものが与えられるか…」

少し先の未来を思い、頭を悩ませるお父様。民思いの良き王としての姿がそこにはあった。

「さすがは陛下。ですが、今はいつ来るかわからない未来よりも、これからについて悩むべきかと」

差し出がましいかもしれませんが、と付け加え、ギリアン様は言う。

「いや、お前の言う通りだ。そのためには、まず情報の共有が必要だな」

「ええ、私もそう思います。まずは、陛下がお持ちの情報からお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ああ勿論だ」

お父様の口から、私たちの今までが語られた。城での襲撃、二手に分かれての逃走、その後の合流、伝令鳥による手紙、そして、シュターク様―王国最強の死亡。

それらの情報を聞いたギリアン様は、苦々しい表情を浮かべていた。最後の一つに関しては特に。

「っ、薄々分かってはいましたが、やはりシュターク様はもう…」

彼の反応は、私たちがそれを知った時と同じものであった。それほどまでに、彼―シュターク様の存在は大きかったのだと痛感する。

「分かっていたか…」

お父様が息を吐くように言う。

「…ええ、陛下たちと合流した際、シュターク様の姿が見えませんでしたから。おそらくは…と」

ギリアン様も重い表情のまま呟く。

「やはりお前は聡い。さすがだな」

お父様はギリアン様の聡明さを称賛し、それに対しギリアン様は、いえ、と謙遜を返す。

「私たちの持つ情報はこれくらいだ。次は、お前たちの持つ情報を聞かせてもらえるか?」

お父様がそう尋ねると、ギリアン様は彼らの今までについて、話し始めた。

「アルス共和国を出た私たちは、まっすぐグロリンデ王国へと向かいました。その道中、各国から逃げてきた難民を保護し、共に行動していました。予想より難民が多く、気付けばこのような大所帯になっておりました。この人数ともなると、早々に水が底をつきてしまい、アリナ湖で水を補給しようとした次第です」

ギリアン様の口から語られた内容は、手紙に記されていた情報と概ね一致していた。

「伝令鳥で受け取った手紙の内容と一致しているな」

お父様もそう頷きながら、他に情報がないかと聞く。

「他に、ですか…。そういえば……難民の中に女神教の巫女がいます。その者曰く、女神様からの信託があったと話しておりました。詳細は聞けていませんが、確かこう話していたかと」

―『邪悪が近づいています。この世界が滅びかねない程の』

それを聞いた周囲の人間は、みな一様に不安そうな表情浮かべた。それは、私やお父様も例外ではない。

「不穏な信託だな…。ギリアン、その情報は正しいものなのか?」

女神教の巫女が偽物という可能性もある。お父様はそういった点を気にしているのだろう。

「おそらくは正しいものかと。巫女だけでなく、女神教の司祭もいました。それに、連れている教徒の数もそれなりのものでしたので…」

「…そうか」

お父様は短くそう呟くと、思考を巡らせ始めた。

この国の中で、ギリアン様ほど権謀術数に長けている者はいない。彼がそう言うのであれば、おそらくその情報は正しい。

すると、ギリアン様がお父様へ一つの提案をした。

「その者に直接話を聞きますか?」

「そうだな…。そうするか…、お前も機を見て話しを聞くつもりだったのだろう?」

お父様はその提案を聞き、ギリアン様へ質問を返す。

「ええ、そのつもりでした」

ギリアン様の回答を聞いたお父様は素早く決断する。

「では、そうしよう」

承知致しました、とギリアン様が返答すると、近くの騎士に声をかけた。ここからではうっすらとしか聞き取れないが、おそらく件の巫女を呼んだのだろう。騎士がギリアン様から離れ、群衆の中へと消えていく。

「今、騎士を向かわせましたので、少々お待ちください」

そう話すギリアン様の言葉に対し、お父様は頷きを返した。

私はその巫女が来るまで少しの猶予があると考え、ギリアン様へと話しかけた。

「お久しぶりです、ギリアン様。ご無事で何よりです」

私は一歩前へ出て、軽く一礼をする。

それに答えるように、ギリアン様も体の向きを変え、深く頭を下げた。

「アイスティア様、御身こそ、ご無事で何よりにございます……それと私に敬称は不要にございます。ギリアン、とお呼びください」

「ありがとうございます。ですが、あなたはグロリンデ王国には不可欠なお方です。それに、お父様の左腕と言われるあなたを、呼び捨てにしては不敬に当たります」

私はギリアン様の言葉に感謝を述べた後、いつもの笑みを浮かべながら、いつもの返答をした。

「…姫様はお変わりありませんね。そろそろ、様付けもやめていただきたいのですが…」

ギリアン様は、困ったような表情を浮かべながらも、いつものやり取りに少し嬉しさを感じているようだった。

「私がギリアン様よりも立派になったら、やめるつもりです。それまでは我慢してくださいね」

私はふふっとお母様譲りの笑みを浮かべ、同時にお父様譲りの意地悪を披露する。

「姫様には敵いませんね…。分かりました、いつか訪れるその日まで、我慢すると致しましょう」

こめかみを押さえたギリアン様は、頭痛の元を振り払うように左右に軽く頭を振る。

「それよりも姫様、私に何か用件があったのでは?」

ふと、思い出しようにギリアン様が話を切り出す。

「あ、そうでした。ギリアン様に聞きたいことがあったのです」

「何なりとお聞きください」

先ほどの意地悪への仕返しなのか、先ほどより深く、芝居がかった一礼をするギリアン様。表情は見えないが、彼が笑っているように見えるのは気のせいだろうか。私はコホンと咳ばらいをすると、彼への質問を口にした。

「ギリアン様は難民を保護して、ここまでたどり着いたとおっしゃいましたが、難民の数はどれほどなのでしょうか?…ぱっと見るだけでも、百は超えていそうですが」

私の質問を聞いたギリアン様は、顔を上げると、顎に手を当てた。

「正確な数は私も把握していません。何しろこの人数ですので。……ですが、おそらくは二百から三百と言ったところでしょうか」

「なるほど…」

想像していた以上の人数ではあるが、ギリアン様であれば、御するのも可能なのだろうと思う。

「情報を付け加えますと、難民の半数がアルス共和国の国民です。残りは、その他周辺国からの難民で、人族、獣人族、エルフ族、小人族など、種族もバラバラになっております」

私は、難民の大半がアルス共和国からのものだと思っていたが、実際には半分しかいないのだという。

「その情報を聞く限り、やはり襲われたのは私たちやアルス共和国だけでは無いようですね」

「ええ、おそらくは」

ギリアン様は私の言葉に頷き、肯定を返してくれる。複数の国での同時襲撃となると、相当大きな組織によるものだと考えられる。しかし、私の知識の中にそれほどまで大きな組織は存在しない。勿論、私が知っている情報など、たかが知れている。もしかするとギリアン様やお父様であれば、おおよその検討が付いているのかもしれない。

「首謀者に心当たりは―」

そう思った私は、ギリアン様に尋ねようとしたが、

「失礼します。巫女殿をお連れいたしました」

戻ってきた騎士の言葉によって遮られてしまった。彼の隣を見ると、私より少し年上だと思われる若い女性が立っていた。彼女は、純白の修道服に身を包み、顔をベールで覆っている。纏う雰囲気も異質なもので、王族のものとは少し異なるが威厳のようなものまで感じられる。

「貴殿が、女神教の巫女殿で相違ないか?」

お父様が、彼女へ声をかけた。

「はい、私が女神教の巫女で間違いありません。グロリンデ王国国王、バルバハート様」

彼女は、お父様の問いかけに対し、肯定を示すと同時に、深く一礼した。その動作も洗練されたもののように見え、気品に溢れていた。どこかの国の女王と言われても納得してしまいそうなほどだ。

「なるほど、これはどうやら本物のようだな…」

お父様も、彼女の雰囲気や所作から、ただならぬ人物―本物の巫女であると認識したようだ。するとお父様の言葉の直後、思わぬところから声が飛んできた。

「本物とは失礼ではありませんかっ!巫女様を偽物だと疑っていたのですか!?」

その声の主は、巫女の後ろに控えていた壮年の女性であった。おそらく、巫女の付き人―侍女のような立場なのだろう。だが、いくら女神教の巫女、その付き人と言えど、一国の王に向かって発して良い言葉ではなかった。

「やめなさい、リンダ」

その侍女を窘めるように、巫女様が素早く言い放つ。

「で、ですが、ブラン様」

「黙りなさい。このお方は、グロリンデ王国の国王陛下です。私の付き人と言えど、あなたには苦言を呈する権利すらありませんよ」

少しの抵抗を試みた侍女であったが、巫女様の正論に打ち砕かれ、少し落ち込んだ様子で引き下がっていった。巫女様はそれを確認すると、お父様へと向き直り、頭を下げた。

「申し訳ありません。身内の不始末、いかようにも」

それはどんな罰でも受け入れるという意思表示で、最大級の謝罪であった。引き下がったはずの侍女が、またもやなにか言いそうになっていたが、他の女神教徒に引きずられ、奥に消えていった。その様子を見た巫女様は、頭を下げたまま、再度謝罪をした。

「……謝罪のしようもございません」

身内の恥をさらしてしまい、苦虫を噛み潰したような気持ちなのだろう。そんな様子の巫女様を見ていたお父様は、笑いながら言い放った。

「心配せずともよい。このような些事で、巫女殿を咎めるようなことはせぬ。元々は、こちらが巫女様を疑ったのが原因。私からも非礼を詫びよう」

お父様も巫女様に対して、頭を下げ、謝罪の意を示す。暗に、これでおあいこにしようと言っているのだ。

「陛下のお心遣い、感謝いたします」

「なに、お互い様だ」

二人はそう言い、顔を上げた。小さな騒動はこれで決着のようだ。

「それはそうと、本題に入ってもよいか?」

お父様が、話題を変え、本筋へと話を戻す。

「はい」

それに対し、巫女様も短い返答で承諾する。

「それでは、本題に戻ろう。私から巫女殿に確認したいことがあるのだ」

「はい、何なりと」

「先ほどギリアンから聞いたのだが、女神様からの神託があったというのは事実か?」

「はい、事実でございます」

「なるほど。…その内容が、あまり良くないものだと聞いたのだが、詳しく説明して貰えるだろうか?」

お父様と巫女様の間で、淡々と会話が進んでいく。

「はい、問題ありません」

巫女様はお父様の要求に対し、間髪入れずに返事をした。おそらく何を聞かれるかは予想できていたのだろう。その後、巫女様の口から、神託の詳細が語られた。

女神様曰く、この惨事は世界中で同時に発生しているという。

女神様曰く、襲撃の犯人は、この世界の者ではなく、理の外からやってきた者たちなのだという。

女神様曰く、このままではこの世界が滅ぶことは止められないという。

「以上が、神託によって得た情報のすべてになります」

巫女様の話を聞いた私たちは、どのような反応をすればよいかわからず、その場にただただ立ち尽くしていた。

私たちの間には、沈黙の時間が流れていったが、その沈黙を破ったのはお父様であった。

「……どうやら、私たちの想定を大きく上回る事態のようだ」

そう呟いたお父様は俯き、暗い表情を浮かべていた。それを見たお母様が、お父様の右手を取り、やさしく握る。それに答えるように、お父様もお母様の手に自分の左手を重ねる。私も無意識のうちに、隣にいたアルベルトへと手を伸ばし、震える手で彼の手を握っていた。

「大丈夫ですよ、姫様」

私の右側から聞こえたその声は、一切の揺らぎがないものだった。彼は私の顔をしっかりと見て、続きを口にした。

「私が付いております」

とても短い一言は、その短さとは裏腹に、とても心強く、安心感にあふれた言葉であった。アルベルトのその一言によって、私の中で暴れていた不安や恐怖と言った感情が鳴りをひそめ、気が付くと手の震えは止まっていた。

「ありがとうございます」

私は心からの感謝をアルベルトに贈った。これも短い言葉であったが、アルベルトには十分に、いや、十二分に伝わっただろう。私は、彼からもらった言葉を胸に、一歩前へ進んでお父様へと声をかける。

「お父様、これからどうするかを考えましょう。…世界が滅ぶという神託を変えることはできないかもしれません。しかし、お父様も言われていたではありませんか。最後の最後まで諦めるなと」

皆が不安に飲まれている状況の中、私は胸を張って堂々と言い放つ。すると、周囲にいる全員の視線が私に集まる。彼らの不安そうな表情は、みなの前に立つ私を見たことで、驚きを含んだものへと変わっていた。お父様とお母様も、皆と同じような驚きの表情を浮かべていたが、私の顔を見ると、その表情を温かなものへと変化させた。それは、子どもの成長に気付いた親の表情であり、幸せという感情が当てはまるものであった。

「やはり子は、親の知らぬうちに成長するものなのだな」

お父様は、笑顔を浮かべたままポツリと呟いた。その呟きに、答えられるのはお母様だけだった。―だけのはずだった。

「んなこと知らねぇよ。俺には親も子供もいねぇからな。…って俺に聞いてねぇか」

突然、知らない男の声が上から降ってきた。その声は少し枯れていて、荒々しい雰囲気を纏っていた。その声に引き寄せられるように、その場にいた全員の視線が上空に向いた。そこには、全身黒色の服に身を包み、黒く禍々しい羽を生やした一人の男がいた。彼は宙に浮かび、こちらを見下ろしていた。

「貴様っ、何者だ!」

周りの皆が驚きに体を固くする中で、アルベルトだけは剣を抜き放ち、彼に向かって叫んだ。アルベルトは、私をかばうように前へ出る。

アルベルトの行動によって、周囲の騎士たちは意識の硬直から抜け出すことに成功する。彼らも素早く抜剣し、警戒状態に入った。

「俺か?俺ぁ、うーん。まぁ、いわゆる犯罪者だな」

アルベルトの問いに対して、あいまいな返答を返す男だった。しかし、その舐めたような態度にアルベルトが再度吠える。

「ふざけるな!」

アルベルトは、短く叫ぶと同時に、剣を素早く振り下ろす。その剣筋から、半透明の魔力波が生み出され、男めがけて飛んでいった。その魔力波は、目で追えるギリギリの速さで男に迫る。しかし、その攻撃が男を傷つけることはできなかった。男はその場から動かずに、羽だけを動かすと、アルベルトの魔力波を簡単に弾いてしまった。

「おいおい、いきなりだな」

男は攻撃を受けたというのに、平然とした態度で笑っていた。

「やはり、この程度では傷一つ付かんか」

それに対し、アルベルトは少し苦い表情を浮かべ、剣を構えなおしていた。宙に浮かぶ男が、アルベルトに対して話しかけようと、口を開く。

「お前、判断早すぎだろ。俺が敵じゃなかったらどうするんだよ」

笑みを浮かべつつ、そう話す男に対し、アルベルトは鼻を鳴らて答える。

「そのような風貌で、味方なわけないだろう。それに俺の勘が言ってるんでね、お前はは危険だと」

アルベルトの返答を聞いた男は、クックックと楽しそうな笑い声をあげた。

「いいねぇ、お前。気に入った、気に入ったぞ!今日は人生で最高の日だな!まさか、二人もお気に入りが見つかるとは!」

男は嬉しそうに叫ぶ。しかしその言葉を聞いた瞬間、アルベルトからすさまじいほどの怒気が発せられる。

「…様…か?」

彼の口から洩れた言葉は、とてもとても小さなものだった。

「はぁ?聞こえねぇよ、もっとでけぇ声で喋れや」

しかし、その言葉にはとてつもない程の怒気が込められていた。

「シュターク様のことかぁぁぁ!!!!!!」

その叫びと共に、アルベルトは地面を蹴った。一瞬にして、男の眼前まで迫ったアルベルトは、男を真っ二つにせんと剣を振り下ろした。

「死ねっ!!!!」

鬼気迫った叫び声を上げながら振るったその剣は、男に命中し、その体を後方の地面へと吹き飛ばす。

その後、アルベルトはお父様の近くに着地し、それと同時にお父様へと声をかけた。

「陛下、あいつで間違いありませんか?」

「ああ、間違いない。あいつが、我が国を襲撃し、シュタークを殺した張本人だ」

お父様は、アルベルトの端的な質問の意図を理解し、彼が欲している回答を即座に返した。

「やはりそうでしたか」

お父様とアルベルトは、男が吹き飛んだ方向を見やる。すると、土煙の中から男が姿を現した。その体に目立ったような傷はなく、男は鬱陶しそうに土埃を手で払っていた。

「陛下、私が奴を食い止めます。そのうちに、皆様を連れてお逃げください」

男の無事を確認したアルベルトが、再び剣を構え、戦闘態勢を整える。

「……分かった」

お父様は心苦しそうな表情で、アルベルトの申し出を受け入れる。この場で、あの男を止められるのはアルベルトしかいない。しかし、シュターク様が負けた以上、アルベルトでは結果も見えている。

アルベルトは男がいつ攻撃してきても対処できるように、意識を張り巡らせており、彼の視線の先では、男がゆっくりと近づいてきているのが見える。

「これはシュタークにも言ったが、お前にも言っておく。必ず……必ず生きて帰ってこい、死んではならん。お前が死ねば、アイシャが悲しむ。そんな娘の姿を私に見せるでないぞ」

お父様の力強い言葉に対し、アルベルトも力強い意思で返答する。

「ええ、はなから死ぬつもりなどありません。姫様を悲しませるなど言語道断。……それに、あいつに勝てば師匠を超えることができますので」

お父様はその返答を聞いて、小さく笑った。

「よく言った。……ではアルベルト、頼んだぞ」

「はっ!」

アルベルトは短く答えると、男のほうへと歩を進めた。それと同時に、お父様は逆側に歩を進め、大声で叫んだ。

「アルベルトが時間を稼ぐ!総員、この場から逃げるのだ!!」

その号令と同時に、騎士たちが動き出す。しかし、私はこの場から離れたくはなかった。アルベルトを残して逃げたくはなかった。

「アルベルトっ!」

私は自然とアルベルトの元へと走り出していた。しかし、どこからか伸びてきた腕によって止められる。

「ニールっ!離しなさい!」

私を止めたのは、ニールだった。ニールと私とでは力が違いすぎる。私が前に前に進もうとしても、びくともしなかった。

「姫さまっ、いけません!危険です!」

そう言うとニールは私の身体を無理やり抱きかかえ、地面を蹴った。私はニールの腕の中で必死に手を伸ばすが、アルベルトとの距離はどんどん離れていく。

私が、その場を離れた直後、アルベルトとあの男が激突し、激しい戦闘を開始した。

目で追うのも難しいその戦いを見ながら、私にできたのは、アルベルトの無事を祈ることだけ。そうして、私の胸の中に残ったのは、誰も守れない無力感と、守られてばかりいる自分への嫌悪だった。

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