六話 生きるために
六話目です。
ストックが心もとなくなってきました。
GWでストックできると良いのですが…。
お父様の鼓舞激励によって高揚した雰囲気は、時間が経つことで落ち着きを取り戻した。そのタイミングを見計らい、アルベルトが口を開く。
「陛下、これからどうなさいますか?」
お父様たちとの合流を目指していた私たちの目標は、達成された。さしあたって、次の行動方針を決めなければならない。アルベルトに問われたお父様は、少し考えを巡らせたのち、口を開いた。
「……このままここにいても、いづれは奴らに見つかってしまう。どこかに避難するべきだが……国が滅びた以上、我々にそのような場所はない。それに情報も足りておらん。滅びたのがわが国だけであれば、同盟を結んでいる隣国に駆け込めばよい。しかし、隣国も我らと同じ状況の可能性もある。その場合、自ら敵に首を差し出すようなものだ」
お父様は頭を悩ませながら、口を動かす。考えを口に出すことで情報を整理し、より良い案を絞り出そうとしているのだろう。すると、お父様の考えを聞いていたアルベルトが疑問を口にする。
「恐れながら陛下、奴がグロリンデにいたことは先ほどのお話からも明白かと。そうなると、襲撃されたのは我が国のみであり、隣国は無事だと推測できますが…」
アルベルトの疑問は当然のものであった。いくら王国最強を倒す力があれど、一人で複数の国を相手取るのは不可能だろう。しかも、同時にとなるとさらに難易度が上がる。しかし、その疑問に答えたお父様の顔色は、明るいものではなかった。
「…実はな、王城で奴に襲撃される直前、ギリアンから連絡があった」
それを聞いたアルベルトは、驚愕の表情を浮かべる。
「宰相ギリアン様から、ですか?…どのような内容かお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ギリアン様というのはこの国の宰相閣下、つまり、この国の頭脳である。お父様の右腕がシュターク様であるならば、左腕はギリアン様になるだろう。今はたしか、隣国のアルス共和国で久々の休暇を過ごされている、と噂に聞いた。アルベルトからの申し出を受けたお父様は、了承の意を示すように深くうなずいた後、知り得た情報について話し始めた。
「ギリアンからの連絡によると、アルス共和国でも大規模な襲撃があったそうだ」
「なっ⁉」
お父様の口から衝撃的な情報を聞かされた私たちは、驚愕した。グロリンデ王国が襲撃されたとほぼ同時に、アルス共和国も何者かに襲撃されていたというのだ。想定外の事実に驚き、固まっている私たちをよそに、お父様は話を続ける。
「本当かどうか定かではないが、前触れもなく王城が吹き飛んだという情報も聞いた」
さらに衝撃的な情報がお父様の口から語られる。もしそれが事実なのであれば、我が国よりも悲惨な状況かもしれない。
「ギリアン様は無事なのですか⁉」
ギリアン様の身を案じたのだろう、アルベルトがお父様へ詰め寄る。王の右腕たるシュターク様が死んだ今、ギリアン様までいなくなったとあれば、グロリンデ王国の復権はいささか厳しいものになる。アルベルトは、そうなった時を想像し、気が気でないようだ。しかし、そんなアルベルトとは対照的にお父様は落ち着いていた。お父様は、アルベルトを落ち着かせるように、彼の肩に手を置き、言葉をかける。
「まぁ落ち着くのだ、アルベルト。幸い、ギリアンは都市を離れ、郊外にいたため無事とのことだ。その証拠に、ギリアンのねじれ石も輝きを失ってはいない。しかしだ、郊外と言えど危険なことには変わりない。ギリアンには急ぎ、アルス共和国を離れるように命じておいた。…ただ、アルス共和国同様、この国も襲撃されてしまったからの、それ以降は連絡が取れておらん」
お父様の言葉によって、ひとまずはギリアン様が無事だと分かったアルベルトは、落ち着きを取り戻した。
「な、なるほど、状況が理解できました。取り乱してしまい、申し訳ありません」
アルベルトは自分の行動を謝罪し、頭を下げる。その様子を見たお父様はけらけら笑いながら、気にするなと口にする。
「よいよい、私もギリアンから連絡をもらった時は焦ったものだ」
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
アルベルトはお父様へ感謝を述べた後、顔を上げる。その顔には不安や焦りは感じられず、いつものアルベルトへと戻っていた。この切り替えの早さは、さすがこの国の副騎士団長というべきなのかもしれない。私が心の中で感心していると、アルベルトが再度お父様へと問いかけた。
「それで陛下、これからどういたしますか?」
「お前はどう思う?」
お父様に意見を尋ねられたアルベルトは、少しの間をおいて自分の考えを口にした。
「そう、ですね…まずはギリアン様との合流を目指すべきかと考えます。人手は多いほうが良いかと。ましてや、それがギリアン様ともなれば百人力でしょう。……しかし、ギリアン様の所在は不明。むやみやたらに探しまわれば、無駄に体力も消耗してしまうかと」
アルベルトはそう言うと、一度話を区切った。そして、自分の顎に置いていた手を離し、代わりに自分の左肩を力強く握った。グロリンデ王国式の最敬礼だ。
「そこで具申します。騎士数名を用いて情報収集を行いつつ、ギリアン様が滞在していたアルス共和国方面へと歩を進めるというのはいかがでしょうか」
「ふむ、なるほどの…」
アルベルトの意見を聞いたお父様が考えを巡らせる。お父様の言葉を待つように、この場には少しの静寂が訪れた。だがしかし、その静寂もすぐに破られた。
「あれは、なんでしょう?」「あら、なにかしら?」
その静寂を破ったのは、お父様―ではなく私とお母様だった。ふと、視界の端で何かが動くのを捉えた私とお母様は、考えるより先に自分の疑問を口に出していた。
私たちが話し出すことを予想だにしていなかったお父様とアルベルトが、それぞれお母様と私を見た後、私たちの視線を追う。
すると全員の視線が夜空へと吸い込まれていき、全員の目に同じものが映り込む。
―鳥だ。
それは私たちの真上をぐるぐると、大きな円を描くように旋回していた。羽を広げ、何度も何度も旋回し続けている。その鳥の行動は、大きな意味を持っていた。
「伝令鳥か!」
そのことに気付いたアルベルトが大きな声で叫ぶ。次の瞬間、お父様がアルベルトに向かって命令を飛ばす。
「アルベルトッ!」
「はっ!」
その言葉を受けたアルベルトは、自身の左腕を空へと掲げた。するとその瞬間、私たちの真上を飛んでいた鳥がアルベルト目掛けて急降下を開始し、羽をばたつかせながら彼の腕に止まった。よく見ると、その鳥の足には小さな筒状の入れ物が装着されている。アルベルトはそれを手際よく外すと、その中身を取り出した。
「誰からだっ!」
アルベルトがその紙を広げたと同時に、お父様がアルベルトへと確認する。
「…ギリアン様からです!」
手紙を確認したアルベルトは顔を上げ、喜びの表情を浮かべながら返事をする。
「やはりか、ギリアンは何と!?」
「はっ、今読み上げます!」
再度手紙へと視線を戻したアルベルトは、その内容を読み上げ始めた。
「『陛下、急ぎの連絡ゆえ、字が乱れていることをお許しください。まず、私は無事です。我が護衛隊も、誰一人かけることなく傍にいます。私はあの後、アルス共和国を出立し、グロリンデ王国を目指しました。その道中、逃げてきた難民たちを保護し、共に行動しております。保護した難民の中には、アルス王国から逃げてきた者だけでなく、他の国からの難民がいることも確認しました。おそらく、この手紙が着くころにはグロリンデ王国を含め、周辺国すべてが襲撃されていることでしょう。一刻も早く、陛下のもとに馳せ参じたく思いますが、難民の数が多く、思うように進めておりません。我々は一度、アリツォナ平原にて夜営をし、日が昇り次第、グロリンデ王国へ向けて再出発する予定です。陛下、どうかご無事で。再びお会いできる時を心待ちにしております』…とのことです!」
ギリアンからの手紙を読み終えたアルベルトは、手紙をもとの形に戻しつつ視線を上げ、お父様を見る。
「そうか…無事であったか」
ポツリと零すように言葉を発したお父様は、顔を上げ、夜空を見上げる。
「あなた、よかったですわね」
お母様がお父様の手を握り、やさしく声をかける。お父様もそれに答えるように、お母様の手を握り返す。
「ああ」
心の底から安堵したのだろう。お父様の表情が、ひとりの友人を心配するただの男のものになっている。それは、先ほどまで皆に見せていた国王としての顔ではない。そんなお父様の表情を見たお母様が、ふふっと笑う。
「あなたのそのような顔は久しぶりに見ましたね」
お母様にそう言われたお父様は、少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「す、すまない。少し情けないところを見せてしまったな」
その様子を見て、再びクスッと笑みを漏らすお母様。
「私は王としてのあなたに惚れたのではないのです。王であるのに、自分よりも他人を案じる。他人の不幸にも、心からの涙を流す。そんな優しい普通の男性に私は惚れたのですよ。今更、少し情けない姿を見たところで、幻滅したりはしません。しいて言えば、愛おしい、そう思うくらいです」
そう話すお母様の顔はとても幸せそうで、とても綺麗だった。
「エリン…」
「あなた…」
お父様がお母様の肩を抱き、二人の距離が徐々に近づいていく。そこには、誰にも立ち入ることのできない甘い空間ができていた。二人の顔が近づき、唇が重なろうとしたその時、私は耐えきれずに叫んでいた。
「お父様っ!お母様っ!」
急な大声にビクッと体を震わせたお父様とお母様は、私のほうに顔を向ける。自分の両親の甘い雰囲気を見たくないのは、全人類共通の常識だろう。勿論、私も例外ではない。両親の仲が良いのに越したことはないのだが、良すぎても困ってしまう。
「仲が良いのは分かっていますが、時と場所を考えてくださいっ!私だけでなく、他の皆さんもいっらしゃるのですから」
私を見た後、周囲を見渡すお父様とお母様。アルベルトをはじめとした家臣たちは、みな一様に気まずそうな顔をしている。周囲の様子から、自分たちが二人だけの世界に入り込んでいたことを悟った二人は、お互いに一歩下がり、距離を取った。照れ笑いを浮かべている二人の顔は、うっすらと赤みがかっていた。
「ははっ、少し恥ずかしいところを見せてしまったな」
「ええ、そのようですわね」
二人とも渇いた笑いを浮かべながら、言葉を紡ぐ。周囲には微妙な雰囲気が流れるが、それを断ち切るかのように、誰かが咳ばらいをした。咳払いの主―アルベルトは一歩前へ出ると、お父様へ問いかける。
「陛下、この後はいかがしましょう」
お父様はアルベルトと同じく咳ばらいをして、調子を戻してから答えた。
「ギリアンからの手紙にあった野営地を目指そう。確かアリツォナ平原だったか?」
「はい、その通りです」
お父様の質問にアルベルトが肯定の意を示す。
「でもあなた、アリツォナ平原はとても広大ですわ。野営地の詳細な場所が分からないとギリアン様との合流は難しいかと思いますわ…」
お母様は二人の会話に入り、もっともな疑問を口にする。
「確かにな。だが、おそらく大丈夫だろう」
お父様はそう言うと、アルベルトへ目配せをした。それに対し、アルベルトは頷きを返し、その理由を話し出した。
「確かにエリン様のおっしゃる通り、アリツォナ平原はとても広大です。しかし、ギリアン様が野営地として選ぶであろう場所は、おそらく一か所に絞られるかと」
お母様と私は、いまだ疑問を浮かべている。
「続けよ」
私たちの様子を見たお父様が説明の続きを促すと、アルベルトが再度口を開く。
「ギリアン様の手紙には、多くの難民と共に行動している旨が書かれておりました。具体的な人数までは分かりませんが、おそらく数えきれない程度にはなるかと思います。そうなると、飲み水が大量に必要になってきますので…」
「分かりましたっ、アリナ湖ですね!」
アルベルトの説明の途中だったが、思い当たる場所が頭に浮かんだため、つい口を挟んでしまった。説明を止めてしまったのにも関わらず、アルベルトは私の顔を見て、笑みを浮かべた。
「お見事です」
そう告げたアルベルトは、お母様たちのほうへ顔を向ける。
「姫様の言う通り、野営地はおそらくアリナ湖周辺かと思われます」
説明が終わり、アルベルトは軽く頭を下げる。
「そういうことであれば、ギリアンとの合流も難しくなさそうですわね」
アルベルトの説明を受けたお母様は、納得の表情を浮かべている。
「それにしても、アイシャ、良くわかったわね。すごいわ!」
納得と同時に、驚きと嬉しさが入り混じった表情をしているお母様。私が、野営地の場所を言い当てるとは思ってもみなかったのだろう。
「ありがとうございます、お母様。ちょうど昨日、王国周辺の地理について勉強していたところでしたので、そのおかげだと思います」
自分でも当てられるとは思ってもいなかったが、日ごろの勉強が役に立った。こんな形で役に立つとは思ってもみなかったが。
「ちゃんと勉強しているのですね、その調子で頑張るのですよ」
嬉しそうな表情を浮かべるお母様は、私に近づき、やさしく頭を撫でる。心地よい感覚に目を細めそうになるが、今はそんなことをしている場合ではない。
「お父様、移動しましょう。早くギリアン様と合流しなければ」
私がそう言うと、お母様が手を止め、お父様へ振り返る。
「そうだな、アイシャの言う通りだ。アルベルト、号令をかけよ、ギリアンのもとへ出発する」
お父様は私の言葉に深くうなずき、アルベルトへ指示を出す。指示を受けたアルベルトは、お父様へ敬礼をしてから、兵士たちに命令を出す。
「総員、配置に戻れ!次なる目的地に向けて出発する!」
「「「「「はっ!」」」」」
アルベルトの指示を受けた騎士たちが慌ただしく動き出し、素早く陣形を整え始める。私の護衛隊と、お父様たちの護衛隊がひとつになったことで、大所帯になっている。そのため、配置に時間がかかると思われたが、そんなことは無かった。この場にいるのは、王族の護衛を任された精鋭ぞろいの騎士たち。彼らが個々に連携を取ることで、みるみるうちに陣形が整っていった。ついに陣形が整い、準備が完了したのを確認したアルベルトは、地面が揺れるかと思うほどの大声で号令を下す。
「目標、アリナ湖!ギリアン様の野営地を目指す!全体っ、進め!!」
アルベルトの号令と共に、隊全体が動き出す。
私は、お父様とお母様、アルベルトと顔を合わせた後、隊の前進に合わせて一歩を踏み出す。今度はお父様もお母様もいる、それだけでこんなにも安心感が違うとは思わなかった。一方で、その安心感の大きさから、自分がまだ親離れできていない子どもなのだと気づかされる。
(しかし、今の自分にできるのは歩くこと。生き延びて自分の目標に近づくこと)
今、こうして歩いている一歩一歩が、自分の成長に繋がると信じ、私は前に前に進んでいく。たとえそれが、どんな暗闇の中であろうとも。
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