五話 逃亡したその先で
五話目です。
休憩の後、私たちはお父様たちとの合流を目指し、移動を再開した。街から離れたことで襲撃される危険性が低くなったため、私たちは索敵範囲をさらに広げていた。すると、偵察を命じられていた騎士が何かを見つけたようで、隊に帰還し、アルベルトへ報告している。
「……以上です」
「分かった、おそらくお前の言う通りだろう。隊の進行方向をそちらへ向けよう。お前は先行して、可能であれば合流しろ」
「はっ」
アルベルトの命令を受けた騎士が、元来た方向へと走り去っていく。
「アルベルト、お父様たちが見つかったのですか?」
「ええ、おそらく。断言はできませんが、偵察に出ていた者が足跡を発見したようです」
「よかった、お父様たちは無事ということですね」
城を出てからずっと心配していたが、ようやく合流できそうでほっと胸をなでおろす。
「ええ、おそらく」
「では、早く合流しましょう」
「はっ!周囲に散らばった騎士たちに召集をかけよ!進行方向をわずかに右にずらし、陛下との合流を急ぐ!」
アルベルトは私の要望に応えるように、騎士たちへと素早く命令を下す。
「姫様、少し速度を上げようかと思いますが、よろしいですか?」
アルベルトがこちらを見て声をかける。
「はい、問題ありません。体力も回復しましたから」
「承知しました。ニール、姫様を頼む」
私の後ろに控えていたニールがアルベルトからの命令を受けて、私へ身体強化をかける。
その後、私の身体にうっすらと光が纏ったのを確認したアルベルトが再度私へ声をかける。
「では、陛下のもとへ向かいましょう」
「はいっ!」
私の返事を合図に、隊全体が動き出した。
「見えました!」
先頭を走っていた騎士がお父様たちと思われる集団を見つけ、叫ぶ。
「速度を落とせ!念のため、警戒しつつ前進する」
アルベルトの命令で隊全体の速度が低下し、目標へゆっくりと近づいていく。騎士たちは警戒態勢を敷き、剣に手をかけた状態で進む。すると、誰かがこちらに手を振っているのが見えた。
「隊長~!こちらです!」
先行していた騎士がこちらに向かって手を振っていた。
「全員、警戒やめ!」
アルベルトのその命令で、騎士たちは剣から手を放し警戒を解除する。敵ではなく、お父様たちの集団に合流できたようだ。
「アイシャ!アイシャはいるか!?」
直後、少し奥のほうから聞きなれた声が聞こえた。
「お父様!私はここに、ここにいますっ!」
私は返事と同時にお父様の声がする方向へと駆け出す。すると、騎士たちが左右に分かれ、その先にお父様とお母様の姿が見えた。
その瞬間、私は全力で走り出し、お父様の胸へ飛び込む。それが淑女としてはしたない行為だと分かっていても、足を止めることはできなかった。
「お父様ぁ!!」
飛び込んできた私を受け止めたお父様は、ゆっくりと抱きしめ、私の頭をなでる。
「アイシャ、よく頑張ったな」
「おとうさまぁぁぁ!」
やっと再会できた安心感から涙が溢れてきて止まらない。お父様を抱きしめる力も強くなる。すると、聞き覚えのあるやさしい声がもう一つ増える。
「アイシャ、本当によく頑張りましたね」
お母様が私たちを包むように抱きしめ、私の背中をやさしくなでてくれる。その手のぬくもりにまた涙が溢れてしまう。
「おかあさまぁぁぁぁ!」
数刻ぶりの再会だが、とても長い間離れていたように感じる。今が非常事態であることは、すっかり頭から抜け落ちてしまった。それに代わって、再会の喜びと安堵が頭を埋め尽くし、それ以外のことは考えられなかった。
「やっと…やっと会えましたぁぁぁっ」
私はしばらくの間、お父様たちの腕の中で泣き続けた。その間、お父様たちは私を抱きしめ、なで続けてくれた。私は束の間の幸せを噛みしめながら、この時間が永遠に続けば良いのにと心の底から願っていた。
私が泣き止み、落ち着いたのが分かるとお父様たちは名残惜しそうに私から離れた。
「あっ…」
幸せな時間が終わってしまうことに寂しさを覚えた私の口から、おもわず言葉が漏れた。後ろ髪をひかれるように、私の手が宙をさまよう。しかし、現実に戻る時間だと自分に言い聞かせ、意識を切り替える。すると、私の気持ちが切り替わったのを感じ取ったのか、アルベルトがこちらに近づいてくる。
「バルバハート様、エレン様、ご無事で何よりでございます」
私たちのそばまで来たアルベルトは、片膝を地面につけ、お父様たちに頭を垂れる。
「頭を上げよ、アルベルト。貴殿こそ無事でなによりだ」
「はっ!ありがたきお言葉」
お父様の言葉を受けたアルベルトは、片膝をついたまま、頭を上げる。
それを見たお父様は、ふっと笑みをこぼした。
「膝もつかんでよい。私たちの宝を守ってくれた男に膝をつかせたとあっては、グロリンデ国王の名が泣いてしまうわ」
「ふふっ、そうですわっ。ほらっ、立ち上がって!」
お母様も笑顔を浮かべ、アルベルトを急かす。
「し、承知いたしました」
両陛下からそういわれたアルベルトは、少しうろたえながらも立ち上がる。
「そう、それでよい」
立ち上がったアルベルトを見た二人は、満足そうにうんうんと頷いた。満足そうな二人に対して、立ち上がったアルベルトは周囲を見渡していた。警戒しているという言うよりも、誰かを探している様子だ。
「陛下、一つお聞きしたいことが」
和やかな雰囲気の中、アルベルトの顔つきが真面目なものに変わる。その雰囲気から、お父様とお母様は、アルベルトが何を言いたいのか察したようだった。
「……シュタークのことか」
お父様は小さな声で一言つぶやいた。
「…はい」
アルベルトも、お父様のその一言で何があったのかを悟ったようだ。お母様も悲しそうな表情を浮かべている。そして、全員の雰囲気から私も理解してしまった。シュターク様が、グロリンデ最強騎士が死んだのだと。
「お父様…本当なのですか?」
信じられない、信じられるはずもない。王国最強であり、世界で五本の指に入ると言われたシュターク様が死んだなどと。
「ああ、本当だ。シュタークは死んだ。……王国最強は死んだのだ」
無情にもお父様の口から出た言葉は、その想像を確定させるものであった。それを聞いたアルベルトはお父様へと向き直り、口を開いた。
「陛下、お聞きしてもよいでしょうか。シュターク様の……我らが騎士団長の最後を」
それを聞いたお父様はお母様と目を合わせる。するとお母様は背中を押すかのように、お父様の目を見て頷いた。
「よいだろう、私の口から話そう」
その言葉を皮切りに、お父様の口から、ことのあらましが語られた。それは私たちとお父様たちが二手に分断された時まで遡った。
お父様たちも私たちと同じように、城と街からの脱出を目指していたのだという。しかし、城を脱出せんとした時、下級悪魔たちの召喚主に見つかってしまった。その召喚主こそが、この国が滅びの危機に瀕している原因であり、諸悪の根源とも言うべき存在であった。
その最悪に見つかってしまった状況で、シュターク様がその選択をしたのは必然であった。お父様もその選択に賭けるしかなかった。お父様はシュターク様に、必ず生きて帰れ、勝たなくてもよいと命令を下したのだと言う。
そこからは、私たちと同じだ。城を脱出し、街からも脱出し、追手が来ないように街から遠く離れた。そこでシュターク様が追いつくのを待っていた。しかし、いくら待ってもシュターク様は現れず、代わりに私たちが現れたのだという。
「……ありがとうございます、陛下」
お父様の口から語られた真実は非情なものであった。しかし、シュターク様の最後は騎士としての役割を果たした上での死だった。
「騎士としての誇りをもって死んだのであれば、シュターク様も本望でしょう。……私たちにできるのは彼の安らかな眠りを祈ることだけです」
アルベルトはシュターク様の安らぎを祈るように、空を見上げた。
「ですがお父様っ、まだシュターク様が生きている可能性も!」
そう、誰もシュターク様が亡くなるところを見たわけではない。
「いいかい、アイシャ。シュタークは死んだ。これは紛れもない真実だ」
私の主張を聞いたお父様は、私に言い聞かせるように、シュターク様の死は事実だと断言した。お父様が断言するということは、それ相応の理由があるはずだ。そう考えた私が口を開こうとしたその時、先にお父様の口が開いた。
「その証拠に…これをごらん」
そう言うとお父様は、ポケットから小さな水晶玉を取り出した。
「お父様、それは?」
お父様の掌に乗った小さな水晶玉をみて、首をかしげる。
「これは、ねじれ石という石でね。少し珍しい特性をもっているんだよ」
「ねじれ石、ですか。これがシュターク様の死と何か関係があるのですか?」
私の目には普通の水晶玉にしか見えない。
「この石には少量の生命力を込めることができる。そして、その生命力を込めた人間が生きているうちは光り続ける。……つまり、ねじれ石が輝きを失うということは、生命力を込めた人間が死んだということなんだ」
「もしかしてその石は…」
「そう。シュタークによって生命力を込められていたねじれ石なんだよ」
お父様の掌にあるねじれ石は光ってはいない。つまりそれは、シュターク様の死を意味している。
「シュターク様はもう……」
「分かってくれたかい?」
お父様は光を失ったねじれ石を大事そうにポケットへと戻し、私の肩に優しく手を置く。
「…」
私は何も言うことができなかった。シュターク様が死んだという事実と王国最強の死という絶望が心を埋め尽くす。しかしそれ以上に、お父様の気持ちを想像すると辛くてたまらなかった。あの石が輝きを失う瞬間を見ていたお父様の気持ちは、私には計り知れない。
「アイシャ、辛いのは皆同じだ。あいつ―シュタークは、騎士にも、民にも慕われておった。シュタークが負けた以上、私たちでは奴に勝てん」
お父様にとっても認めたくない事実なのだろう。私に肩に置かれた手がわずかに震えている。
それほどにシュターク様への信頼は厚く、強かったのだ。彼を失った今、勝てないと諦めても誰もお父様を責めることはできない。
そうして、私の心にも諦めの感情が生まれ始めたその時、お父様の手が私の肩をポンポンと優しく叩いた。それによって、私が顔を上げると、お父様と目が合った。その顔には、諦めなど微塵も感じられなかった。お父様は静かに息を吸い込むと、それを力強い言葉に変えて、吐き出した。
「しかし、しかしだ。勝てなくとも良い。負けなければ良いのだ」
私の肩に置かれていた手が離れ、それと同時にお父様の声が徐々に大きくなっていく。私だけでなく、周りの騎士たちにも聞こえるように。
「我々が負けを認めない限り、奴が勝つことは永遠にない!であれば、今は耐え忍ぶとき!」
周囲の警戒をしていた騎士たちまでもがその声に気付き、お父様のほうへと体を向け始めた。
「今の我々にできることは生き延びることだけだ!生きてさえいれば、いずれ奴に勝てるものが現れる!時にはみっともなく逃げることも必要となるだろう。この中の誰かが犠牲になることもあるだろう。しかし、我々は歩みを止めてはいけない。諦めてはいけないのだ!」
お父様の口上に合わせて、騎士たちが雄叫びを上げる。中には武器を抜き、掲げている騎士もいる。
「これまでに死んでいった民や仲間たちの犠牲の上に我々は立っている!おいそれと死ぬことはこの私、グロリンデ王国国王―バルバハート・リ・グロリンデが許さん!この場にいる全員、その命尽きる瞬間、最後の最後まで諦めるでないぞ!よいか⁉」
お父様の問いかけに答えるように、騎士たち全員が武器を天に掲げ、雄叫びを上げる。この場に、諦めている者はもう誰もいない。全員の顔からは、運命に抗って生きてやるという魂の叫びが感じ取れる。もちろん私も例外ではない。
もうだめだと折れかけていた心には、いつの間にか希望と活力がみなぎっている。
お父様の発する言葉一つ一つが心に響き、顔が、体が熱くなっているのを感じる。一国の王というのはこうあるべきなのだろうと憧れる一方で、私はお父様のようになれるのだろうかと僅かな不安が湧き上がる。
(いや、なれるかではない。なるんだ)
私たちを囲み、雄叫びを上げている騎士たちは、私のために命を懸けて戦ってくれている。不安を持ったまま彼らを率いるのは、彼らの信頼に対する侮辱になるだろう。何より、私が彼らの立場であったならば、不安そうな主には仕えたくない。であればどうするか、一つしかない。
それは自分自身を信じ、彼らを率いるにふさわしい王になること。
(お父様、どうか見ていてください。私は必ず、あなたのような王になります)
私は心の中で決意を固め、目指すべき目標を定めた。
その気持ちを知ってか知らずか、お父様は私に視線を戻し、いつも通りの朗らかな笑みを見せてくれた。
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