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⑥人形は眠り、令嬢は進む


「もうきのこ採りなんかしないでね。

症状が軽い毒きのこだったとはいえ、あんたけっこう重症だったんだからね。」


病院から出ると、アタシは姉に怒られた。


「買い物から帰ってきたら、あんた倒れてるんだもん。急いで救急車よんじゃった。


そっからあんた三日三晩寝込んでさー。

新種の毒きのこだったから、医者は最悪の場合を想定してくださいって脅すしね。


あー疲れた。」


ゲーム「星見草」世界でコハクと一緒にいた時間は長かったけど、現実世界では三日だったらしい。


「お姉ちゃん…本当ごめんね。

心配かけてごめんね。」


大切な人に死んでほしくない気持ちは、今のアタシには十分理解できた。


「本当だよ!心配したんだからね!

今日の晩御飯、あんたがおごってね!」

「うん…」


その日は約束通り、姉に晩御飯をおごった。


「お姉ちゃん、コハクが主人公のダウンロードコンテンツっていつ発売なの?」

「え〜と…今、URLあんたに送ったよ」


「ありがとうお姉ちゃん!コハクがあの後どうなったか、知りたいな…」


レストランで姉と料理を待っている間、アタシはコハクが主人公というダウンロードコンテンツの予告内容をスマホでみてみた。

すると、こんなことが書いてあった。


『 ゲーム本編では怨霊になってしまったコハクが、もし生存できていたら?

ーーーこれは、うさぎのロップイヤー人形のプイが起こす、奇跡の物語。』


え、プイの物語ってなにーとか思っていると、ふとレストランの窓側に人がいることに気づく。


「え?!陰陽師の人?」


見覚えがある白装束を見て、突然立ち上がったアタシに「はぁ?あんたどーしたの」と姉は不思議がる。


気づくと陰陽師の人…イズモとともにコハクを守っていた人は、いなくなっていた。


呆気にとられているアタシに、姉は心配して言った。


「なに?陰陽師の人って。あ…そういえば」

「何か知ってるの、お姉ちゃん?」


「いやさー、倒れたあんた見つけて救急車呼んだ後、家の窓から変な人見えたんだよね。」

「変な人?」


「そ。白装束でなんかこう…陰陽師みたいな格好した人。」

「ええ?!」


「気づくと見失っちゃったから黙っていようかと思ったんだけど…気をつけなさいね。」

「う、うん」


ゲーム本編の「星見草」には白装束の陰陽師の人なんて出てこなかった。



でも、なぜか怨霊コハクや手下のプイに効くお札が、ゲーム舞台のデュモッセ家の館にはたくさんあった。


主人公であるコハクの兄ディンの娘とユーリの娘は、それで何度も命拾いした。


もしかして、あれらはゲーム本編では詳細に明かされなかったイズモのように、コハクを守ろうと奮迅していた人達が残したものだったのだろうか。


アタシは、ダウンロードコンテンツの発売を待った。



■■■■■■


それから三ヶ月後。

アタシは公式と解釈違いが起きないか緊張しながら、ダウンロードコンテンツ「パラレルドール」のプレイを始めた。


私がプイとなって過ごした日々は夢だったのか。

陰陽師の人はアタシになにかしたのか。

アタシがロップイヤー人形のプイから消えてしまった後、コハクはどうなったのか。


コントローラーを持つ手が震えた。



「ああ…ああああ…!」


ダウンロードコンテンツプレイ後、アタシは泣いた。

ダウンロードコンテンツの内容は、次のようなものだった。


ゲーム本編で、実は霊になってもコハクを守ろうとした陰陽師がいた。(イズモ同様に本編ではルワーノの刺客に襲撃され、死亡している)


怨霊になってしまったコハクを成仏させるため、ディンの娘とユーリの娘をサポートするかたわら、陰陽師は禁術に手を出した。


まず、術で時空を遡り、別の世界線を作りだす。


そして、コハクが持っているうさぎのロップイヤー人形プイに、別世界から持ってきた魂を入れこみ、コハクを襲う脅威を回避させる。


ゲームではプイに誰の魂を入れたか描かれていなかったが、別世界線にいるゲーム「星見草」をプレイしたアタシの魂を、陰陽師は入れたのだろう。


ーーーお嬢様を、まもってくれ。すくってくれ。どうか…。


アタシがプイに転移した時、一番最初に

聞いたあの声は、陰陽師の人の声だったのだろう。


そしてアタシがプイとして行動した結果、コハクは死という運命から逃れることができた。


ただ…ダウンロードコンテンツをプレイしてわかったことは、それが本当にコハクにとって幸せだったかはわからないということだ。



コハクは最終的にはプイの消失から立ち直り、レシピ本第二弾出版の傍ら、とある公爵伯爵と結婚する。そして、ディンやユーリとは少し遅れて、子どもを二人出産する。



悲しみを受けいれ、立ち上がり、前に進む…一見そう見えるが、それでも、夫との関係、長女を病気で失う…など、さらなる悲しみがコハクを襲った。


そのせいで長男と確執が生まれ、時おりルワーノのように長男へ声を荒らげる自分に気づき、コハクが震えるシーンも描写された。


愛娘の突然の死による悲しみ、父親のようになっていく自分への絶望…


それでも。コハクは前に進む。


内なる自分の狂気や苦しみに立ち向かい、自分に尽くしてくれる人達、大切な人達に感謝し、時に助言をもらいながら。


そして、うさぎのロップイヤー人形のプイなら、なんて言うのか考えながら。


コハクは懸命に夫と息子に向きあい、負の連鎖が生まれぬようたくさん話し、接していく。


最後には生前出版していた「プイの大冒険」というシリーズを、息子が引き継ぐシーンで終わる。


「アタシ、アタシのせいなの?

アタシが助けなければ、コハクは自分の娘を失うことなんてなかったの?


息子とギスギスすることなんてなかったの?」


エンドロールが流れてくる。

アタシはゲーム画面を見て、さらに泣き崩れる。


「コハクには、幸せになってほしかったのに…!」


アタシはそのまま嗚咽が止まらなかった。


すると…いつの間にか、白装束の陰陽師の人がそばに現れた。


「あのゲーム星見草の出来事は、この世界とは別世界で起きたこと。それを禁術を使って人を操り、ゲームとしてこの世界に配布した。」


泣きじゃくるアタシに、陰陽師の人は淡々と話す。


「君が人形に転移していた記憶は、今から消える。

お嬢様が恨みなく、天寿をまっとうできる世界線を作り出すことができた。」


「…アタシ、アタシはコハクのことを幸せにできなかった!」


アタシは陰陽師の言葉に、首を何度も横にして否定した。


「そんなことはない。君のおかげだ。

我の都合でお嬢様を大切に思う君を、転移させてしまった。


すまなかった。」


アタシを慈しむ、優しい声だった。


「きのこでアタシが死にそうになったのは、たまたまだったの?」


「たまたまだったが、臨死状態だと転移させやすくなっていたのはあった。

…すまなかった。」


涙でぐしゃぐしゃになりながら、アタシは陰陽師の人をよく見ると、陰陽師の人の足元が段々消えていっているのがわかった。


「待って!あなたはこれからどうなるの!」


「我の魂は、もうすぐ消える。禁術を使ったんだ…元の世界には帰れない。」


「コハクに、あなたのこと知ってもらわなくていいの?!


せめて、名前を教えて!」


「いいんだ…お嬢様があんな風に死なずにすんだ…怨霊にならずに済んだ…お嬢様を救ってくれて、ありがとう…」


そのまま、陰陽師の人は、消えた。




「あれ?」


アタシは、さっきまで何をしてたんだっけ?なんでこんなに泣いてるんだっけ?


呆然と立ちつくす。


「えっ…と。ああそうだ、推しのコハクのダウンロードコンテンツをプレイして…」


そのまま、コハクの新規スチルを見返そうと思い、画面を動かした。


「あ…」


新規スチルには、コハクが人形のプイを膝に置いて笑っているものがあった。


その人形を見た瞬間、何かがこみ上げてきた。


誰かを幸せにしたいと思う気持ち。

自分を大切にしようと思う気持ち。


昔、どこかでそう思ったような…忘れたくないものだったはずなのに、はっきりと思い出せなかった。


「…プイを買うぞ!」


その日のうちに、アタシは公式サイトで人形プイを衝動買いした。


どうしても手元に置かなければいけないものだと、なぜか思ったのだ。

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