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⑤令嬢と人形、戦う


『ッコハク、逃げて!!』


アタシっていつもコハクに逃げるよう叫んでるなとー、場違いなことを妙に考えてしまった。


「えっ」


そしてアタシの叫びに、コハクはいつも素早く対応できない。

コハクはそんな俊敏な子じゃないからしょうがないんだけどね!!


瞬間、コハクとコハクのドレスにいたアタシは宙に浮く。


『浮いたあああ』

「わああああああ?!」


コハクとアタシが悲鳴を上げている中、


「ゔぉぉぉおおおおおお!」


気持ち悪いルワーノの雄叫びが、響き渡る。


風圧みたいなもので、コハクとアタシはどこまでも飛ばされる。


先ほどいた会場から、だいぶ離れた場所にある森が見えたころ、透明な糸が絡みつく。その糸のおかげで、アタシ達は綺麗に着地する。


『あ、イズモの糸かな?助かったー』

「?プイ、イズモって誰?…あ」


無事なアタシ達の前に…先ほど王室の護衛に取り押さえられていたはずのルワーノが立っていた。


体が透けているが、黒くて禍々しい。

まさか、これは生霊?!


コハクを守るように普段は姿を見せないイズモが現れ、ルワーノに立ちはだかる。


アタシは少しでもコハクを安心させるため、ドレスの胸元から這い出てコハクの肩へと移動する。


「お嬢!早くお逃げください!」

イズモはコハクを守るようにして前に出るが、


「え?!誰」

コハクは状況をよく飲み込めていない。


『コハク、イズモの言う通りだよ!早くここから逃げて!』

アタシは慌ててコハクに逃げるよう言った。


「そこをどけぇぇええええ」


肉体なきルワーノの生霊が、体を霧散させてイズモに襲いかかってくる。


けれど、陰陽師の人から(こないだシユがイズモに派遣するといってた人達だろう)顔面にお札を受け、動きが一時停止したところをイズモと他の忍装束を着た人達が、それぞれ糸でくくって動きを止めていた。


その隙にとイズモは、コハクに短刀のようなものを投げた。


「お嬢!これを!」

「わ?」


うまくキャッチできなかったコハクの代わりに、アタシが顔面キャッチした。

『痛い!でもちゃんと受け取れた!』

受け取った短刀をコハクに渡す。


イズモはその場を白装束の陰陽師の人達と、忍装束をきた人達に頼んで、


「お嬢、今のうちに逃げるぞ。

儂は貴方様の味方。

殿は儂が務める!」


そう言って、先陣をきる。


『コハク!走って!』

「は、走るってどこに」

『前に向かって走って!』


突然の事態にコハクは戸惑っていたが、アタシの叱咤で転びそうになりながら、短刀をしっかり持って、イズモについていった。


「プイは、この人達と知り合いなの?」

『うん、イズモはコハクの用心棒だよ、前に話した「天井さん」だよ、味方だよ、大丈夫だよ!』


アタシはコハクを安心させるため、コハクの肩から落ちないようにしつつも手でハートマークを作った。


ーーーいくらかルワーノがいた位置から距離をとったと思われる場所についた。


イズモは、コハクに休憩をとろうと提案してくれた。


「お嬢。申し遅れた。儂はお嬢の用心棒のイズモだ。

今、主様…お嬢の母上に伝令を送った。

少し休め。

儂は見回りをしてくる。ここで待っていてくれ。」


そういうと、イズモはコハクを切り株の上に座らせた。


アタシがコハクの肩からモフっとコハクの膝元に移動すると、コハクは安心したのか笑ってくれた。


イズモは「…人形よ、お嬢のそばを離れるな」とアタシにいうと、もう次の瞬間には見えなくなっていた。


アタシとコハク、二人だけになった。

さわさわと、暗い森の風声が響き渡る。


「…私達をここに連れてきたあれは、お父様なの?

それに…この刀は、たしかお母様に以前渡された護り刀。

プイは…何か知ってる?」


コハクは不安げに言った。


『うーんとね…その短刀を、今の生霊ルワーノに刺せば正気に戻ってくれると思うよ。


イズモは丸腰のコハクを心配して、万が一のために持ってきてくれてたんだろうね。』


ゲーム「星見草」本編では、怨霊コハクを倒す武器だった短刀。(生前のコハクの部屋でゲットできる)。


『なんでも法師様の和歌から名がつけられた短刀の模造刀らしいよ!退魔の力も一応あるらしいから、コハク、突きの練習しよ!突き突き!』


アタシはコハクの肩から降りて、着地失敗したけど、なんとか地面に立つ。

コハクの前に立って、シュピシュピと手を前に繰り出す。


「プイ、盛大に転んでたけど大丈夫?!それに、突き?ってなに?!」

『コハク、アタシを信じて!突きは手をこう、前に出して、一点集中で攻撃するの!』


アタシは日頃練習してきた突きを、ここぞとばかりに披露した。

こういう時は恐怖に縛られるよりも、頭や体を使って状況の打開策を一つでも実践した方がいい。



コハクは突然のアタシの突きのレクチャーに戸惑いながらも、覚悟を決めた顔で短刀を持ち(危ないので抜刀しない状態で)一緒に練習した。


「プイ、あなたのこと、信じるわ。」

慣れない手つきでコハクは短刀をつきだす。


『コハク、ありがとう。』


そうしてアタシ達は誓った。


「『絶対に生き残ろうね!』」


コハクが一生懸命突きの練習をしていると、イズモが戻ってきた。


「ルワーノ伯爵が来るぞ!逃げーーー」


そのまま、イズモの体が宙に浮く。

コハクを庇ったのだ!だが、イズモは華麗に着地する。


「みつけた、みつけたぞぉぉぉできそこない」


黒い(もや)になったルワーノの体は、ゲーム本編の怨霊コハク同様、目がらんらんと輝いていた。


『陰陽師達や忍装束の人達は?!ああっ』


生霊ルワーノの後ろには、倒れた陰陽師、忍装束がいた。


生霊ルワーノはそのまま、また突進してくる。


「お嬢!」


イズモがルワーノに糸をくくりつける。が、生霊ルワーノは、どうやら陰陽師が貼った札がなければ実体しないようで、こちらかの攻撃を素通りする。


…生霊ルワーノは、こちらに攻撃できるようだ。


「ぐわっ」

『イズモー!』


イズモは生霊ルワーノにより、森の大木に思いっきり叩きつけられる。

そしてトドメとばかりに、両腕を尖った石を投げ、潰した。


イズモが小さく唸ったのを見たコハクは、周囲を見渡した。


「だ、誰か」

コハクは、助けを求める。


生霊ルワーノは、言う。

「お前を助けてくれる者なんていない。」


『なんだと!そんなことない!』


アタシは、コハクの前に立って、生霊ルワーノに立ちはだかる。


「プ、プイ!ダメよ!逃げて!」


ルワーノが生霊になるとはさすがに思ってなかったので、アタシもイズモ達も、たいした対策はしていなかった。


コハクの悲痛な叫びを聞いた生霊ルワーノは、にたぁと笑い、アタシに近づく。


『コハク、今のうちに逃げて!』

「いや、いやよ!…プイに近づかないで!」


わああああと叫んで、コハクは生霊ルワーノに突撃する。

だが、突き出した短刀ごと吹っ飛ばされてしまう。


「わあっ」


コハクは小さな悲鳴を上げ、両腕を潰されたイズモはなんとかして武器の糸を使おうとするが、負傷のせいでうまく動かせないようだ。


「お嬢…!」


『コハク!コハクに何するの!バカバカ!』


コハクが傷ついたことに激怒して、アタシはつい生霊ルワーノへ考えなしに直進する。

人形の手で実体のない生霊ルワーノの体をポカポカ叩く。



「おっといけない、できそこないにはじっくりと恐怖を味わってもらわなければ」


ルワーノがそう言った瞬間、

『バカバカ!あわ?!』

アタシの体がふわっと浮く。アタシは、生霊ルワーノに片手でつかまれたのだ。


「はは、この人形、本当に動くんだな。

あの夜お前が言ったことは本当だったんだな。


…できそこないよ。

よく見ておけ。お前は何も出来ない、不要な存在だと、思い知らせてやる。」


ぴ、っと嫌な音が聞こえる。


「…っ

プイ…?

!お父様、なにをやって」


吹っ飛ばされた衝撃から立ち直ったコハクが見たものは、ルワーノによって真っ二つに裂かれようとするアタシだった。


『う…うう、痛い…痛い痛い、痛い…!』


人形の体がゆっくり破壊されていく感覚が、裂かれる度に感じていく。


『うっ、あああ…』


頭の部分から少しづつ、裂けていく。


「お前みたいなできそこないは、産まれてくるべきではなかったのだ。

お前ができない分、他の人間はどれだけ迷惑をかけられていると思っている。


現に私は、お前のせいでやらなくてもいい尻拭いをたくさんしてきたんだぞ?」


生霊ルワーノはコハクに何か言ってるが、アタシは痛みのあまり聞き取れなかった。


「やめて…やめて…」


コハクの悲痛な声が聞こえる。


「誰か、誰か助けて!プイを助けて!」


コハクはイズモや陰陽師達に必死に訴えるが、誰も動けない。


ああ、コハクには幸せでいてほしいのに。こんなことになるなら、ゲームで使ってた回復アイテムとか武器の類似品見つけておくんだった…


『コ、コハク…』


震えているコハクに何か言ってあげたいのに、痛くて何も考えられない。


『このまま、アタシは消えちゃうのかな…』


その時、コハクに最初に会った日の夜のことを、ふっと思い出した。


「自分のこと消えてもいいなんて言わないで。私のためにそう言ってくれてるのかもしれないけど、そんなこと言わないで。」


…ああ、そうだ。

そうだったね、コハク。


『 いやだ!いやだいやだあ!

消えてたまるか!』


アタシは、さっきまでなかった怒りが突然沸き上がる。


コハクはアタシが消えたら悲しむ。

それがわかっていたのに、アタシはあきらめて消えようとした。



『そんなのだめだ!

アタシがアタシを守らなくてどうする!』


突然動き出したアタシに、生霊ルワーノは驚く。


『プイパンチ!プイ突き!プイキック!』


けれど人形の身でシュピシュピ動くだけでは、生霊ルワーノへダメージを与えることはできない。


「なんだ?こいつ。ふんっ、一気に真っ二つに…」


それでも。


『負けるもんか!負けるもんか!』


アタシは渾身の力を振り絞って、ジタバタ動く。


そのうちに、どこからかお札が生霊ルワーノの頭に貼り付けられる。


「なんだ…糸?!…体が…動かなく…」


イズモの糸だ!

イズモがお札を貼ってくれたんだ。

さっきまで気づかなかったけど、アタシがそんなに裂かれてないのは、イズモが自身の負傷をかばいながら動かした糸のおかげかもしれない。


『コハクーーー!今だよーーー!』

「わあああああああああああああああああああ!」


コハクは全力疾走で生霊ルワーノの元へ駆け、中央部をめがけて鞘を抜いた短刀を突き出す。


「あ…ぎゃあああああああああああああああ」

生霊ルワーノの絶叫が響き渡る。

反動でアタシは地面に落ちる。


『コハクーーー!』

すばやくコハクのもとへ駆け、アタシはコハクの肩へとたどり着く。

「プイ!」

『コハク、アタシがいるよ!アタシがついてるよ!』

「そうね、プイ!一緒に行きましょう!」

『うん、コハク!一緒に行こう!』


アタシは、もふもふの手をコハクの短刀の持つ手にそえる。

コハクの手には、一層力が入る。


「で、できそこない、できそこないのくせにぃぃい」


『コハクはできそこないなんかじゃない!コハクは自分のできないことでも努力してやっていたし、できなくても自分のできることをやっていた!』


生霊ルワーノの暴言に、アタシが反論すると、コハクは目を潤ませた。


「プイ…!」


すると、背後にイズモが来て、アタシと同様にコハクの手を支えてくれた。


そしてイズモはルワーノに堂々と告げる。


「ルワーノ伯爵よ…お前は自分のできることが他人にもできると思っている、それこそが傲慢だ。

そして…自分のできないことは認めず、できる他人を妬み、消そうとする。


その咎を、お嬢に押しつけるな!

自分自身で背負え!」


コハクの手には、アタシとイズモ…計三人分の力が乗っかる。

その影響で、短刀で突き出した力は強く、さらに生霊ルワーノを苦しめる。


「ぎゃあああ…あああああああああああああああああ!」


みるみる小さくなる生霊ルワーノ。

弱々しくなったが、それでもコハクへの罵倒を続ける。


「で、できそこない、お前、お前達がいなければ、私は幸せだったのに」


父親の愚かな戯言を聞いたコハクは、どこか吹っ切れたように言った。


「私、お父様は偉大で素晴らしい人間だと思っていました。」


生霊ルワーノを突き刺している間に、生霊ルワーー本人から出た突風は、力強くコハクの髪をなびかせる。


「でも、本当は、傲慢で、自己愛が強くて、他人を思い通りにできると思っていて…

どうしようもない人だったんですね」


飛ばされてしまいそうなコハクの小さな体を、アタシとイズモは懸命に支える。


コハクはアタシたちのぬくもりに応え、短刀を持つ手を緩めない。


「お父様が、私を…嫌いでも…

私は、お父様が大好きでした。」


コハクがぽつりぽつりと語る言葉とは裏腹に、生霊ルワーノへ向けた刃は中央部の奥へと深々と入っていた。


「お父様に愛されたかった。

認めてほしかった。

だけど今は、私が私自身を認めています。

もう私はお父様には何も求めません。」


そしてーーー最後の一突き。


「あああああああああああああああ…」


コハクは渾身の突きをくり出す。



「さよなら、ルワーノ・デュモッセ伯爵。」



そう別れを告げると、生霊ルワーノは霧散した。


コハクはそのまま後ろに倒れこんだ。


『コハク〜大丈夫!?』

イズモがなんとかコハクを受けとめてくれた。


「大丈夫よ…ちょっと、疲れただけ」

「お嬢、すまない…!私がいながら…」

「あなたもありがとう、腕のケガは…大丈夫…?」

『コハクもイズモも手当てしてもらわないとー!』


ぐったりしているアタシ達に、母のシユや兄のディン、王室の兵隊がやってきた。


「コハク!無事なの?!」

「怪我はないか?!ああ、そんなにドレスが汚れて…」


心配され、帰る支度を支持する家族を横目で見ながら、コハクはアタシを抱きしめてくれた。


『わぁーい、コハク、どうしたの?

ギュッてしてくれて、アタシはすごく嬉しいよ!』


コハクはアタシを見つめ、言った。


「ふふ。さっきお父様に私が私自身を認めていますって言ったでしょ?

プイのおかげで、そう思えたのよ。

あなたが、私を認めてくれたから。」


『えへへ〜そう言われると照れるなあー』


コハクの腕の中で、アタシは喜ぶ。

まだ切り裂かれた部分は痛いが、今はコハクと生きている、それが大事だったので、そんなことどうでもよかった。



「ねぇ…プイ、私とこれからも…一緒にいきましょうね。」

『 』


うん、って言いたかった。

これからも一緒にいこうって。


それなのに、声が出なかった。

気づけば、体が、魂が、ロップイヤー人形プイから離れてしまっていた。


コハクの動揺する声が聞こえる。

コハクが泣いている。



嫌だ、コハクを泣かせたくなのに。


「うわああ…」


アタシは気づくと、小さく声を上げ涙を流していた。

見えるのは、病院の天井らしきもの。



「あ?!ミナモ、起きたの!!

ちょ、看護師さーん!看護師さーん」


アタシの姉が大声で人を呼ぶ。


「うわああ、コハク、コハク…」

「ミナモ、あんた私のことわかる?具合どう?どっか痛くない?」

「あーんコハクぅっ!」

「…うん、大丈夫そうね。そうだ、あんたの推しのコハク嬢だっけ?なんかダウンロードコンテンツで、コハク嬢主人公の話出るらしいよ。」

「えぇ?!」



その話で、アタシ四宮ミナモは死んでいないこと、

自分のいた世界に帰ってきたことを実感した。

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