③令嬢と人形、失踪する
『 コハク、具合どう…?』
「プイ…心配してくれてありがとう…」
アタシがロップイヤー人形のプイに転移して1年くらい経った頃だった。
ユーリが出版した本の宣伝や、レシピ本第2版の原稿執筆作業、社交界でのさらなる人脈作りと慌ただしくしていたところ、昨日コハクが熱を出したので、顔面蒼白になった祖父母が医者を呼んだ。
診察してもらったところ、風邪だとわかった。
疲れとストレスによる発熱だろう、ということだったが、祖父母はかなり憔悴していた。
「レーナ!コハクを連れていかないでくれ!」
「レーナ、お願いよ…コハクを守ってあげて…!」
こんな感じで狼狽した二人から、コハクは看病を受けた。
コハクの叔母にあたるレーナは、嘘か本当かわからないが、噂では現在の王様の従兄の婚約者だったらしい。
婚約成立後の4年後に病気で亡くなってしまったこともあり、祖父母としては気が気でなかったようだ。
とはいっても、コハクの具合が悪くなったのは、今までの頑張りの反動がきたものだ。
元からコハクは、商品の売り込みや人脈作りは得意な方ではない。
だが、ユーリの出現により、自身の地位や誇りが脅かされたので、なんとかするため、かなり勉強や練習を必死でやった。
ただでさえ普段やり慣れていないことを無理してやっているところに、そのユーリとの共同著作の本を出版したことで、どうしたって彼女と行動を共にしなければならない予定が増えてしまった。
ユーリはユーリで、本の出版は自分で発案したものではないので宣伝活動にそこまで乗り気ではなく、むしろ家で勉強の続きをしたいといってコハクを困らせる。
(この辺はコハクの都合にユーリを付き合わせている部分はあったので、想定内ではあった。)
またユーリの無自覚にコハクを馬鹿にする言動は、かなりのストレスであり、それもコハクを疲弊させた。
そういった事情で熱が出てしまったのだが、祖父母は一大事と考えたようで、さっきまでつきっきりでコハクの看病をしていたのた。
時間が経つにつれ、コハクの熱も下がってきたため、なんとか祖父母も落ち着きを取り戻し、先ほど自分達の部屋へ帰って行った。
『ユーリの本の部数もある程度目標達成したし、しばらくはユーリと行動しなくて大丈夫だよ。
今日はゆっくり休んでね。
明日には熱も下がるよ!』
「そうね…兄様達が持ってきてくれたメロンパン、明日食べたいわ…」
心配したのは祖父母だけではなく、この家の使用人達、それとコハクの母シユと兄ディンも心配してくれた。
二人とも忙しいのに、朝早くにお見舞いにやってきてくれて、メロンパンを差し入れてくれた。
(なお、ユーリもお見舞いに行こうとしたらしいが、コハクの負担がかからないよう、ハヅキがやんわりと止めた、とディンから聞いた。)
「ねぇ…プイ。お願いがあるのだけど…聞いてくれる?」
『なあに?』
「今日の夜は、私の枕元にいてくれないかしら。なんだか、心細い気持ちになっちゃって…」
『わかった!』
コハクはアタシの返事に安心したのか、アタシをプイ専用置場から枕元に移すと、すぐに寝てしまった。
アタシはコハクの枕元にちょこんと座る。
これは毎日のことだが、コハクが寝ている間、アタシは暇になる。
その間は鏡に向かって可愛いポーズや、起こさないようでんぐり返しを化粧台でしたり、突きの練習をしたり、一日の反省をしたりして、時間をつぶしている。
今日はふと「あれ、アタシ最近言動や行動が幼くなってきてない?」と思った。
現世のアタシは20代前半だが、どうしてもロップイヤー人形プイの姿に引っぱられてしまう。我に返って、注意しよう、と思った。
なんだか恥ずかしい気持ちになったので、コハクを起こさないよう立ち上がると、アタシは突きの練習を始めた。
突きは、力の方向を前方の1点にこめ、前に突き出すことで、武術素人でもそれなりに効果があることを、幕末に登場する浪士隊の小説で読んだことがある。
コハクになにかあった時、少しでも戦力になれるようこうして毎日モフモフの手をシュピッ、シュピッ、と前に突き出し続けている。
この体は疲れることがないため、朝までシュピシュピしている。
アタシがコハクをかっこよく守って敵を返り討ちしたイメージをしている頃には、深夜になっていた。
音もなく、誰かが入ってきた。
『誰?!』
「うん…?プイ…?」
『コハク、起きて!逃げてぇ!』
黒づくめの2人は、静かに短剣や吹き矢を取り出すと、コハクに向かってくる。
青ざめて起き上がるコハクに、アタシは慌ててコハクの首付近や胸部をアタシの体でガードする。
『あうち!痛い!』
「プイ?!」
案の定、コハクの首めがけて吹き矢が飛んできた。
アタシでガードしたからコハクは無事だったが、人形の体は、毒が回らなくても矢の部分の尖端が尖っているので、痛みは感じる。
『い、いたい〜!ほんっと痛いーーーーー!』
「プイ?!しっかりして!」
上半身部分を負傷したため痛みにもだえていると、コハクの悲鳴が聞こえた。
振り返ると、短剣を持った男の剣が、ふりおろされている。
突きなんて繰り出してる暇はなかった。
『あわ、コハク、避け』
「わああああ!」と悲鳴をあげるコハク。
このままではコハクが殺されてしまう。
せっかく死ぬ運命を打ち破ったのに、この世界はそんなにもコハクを殺したいのか。
『そんなことさせない!』
アタシは少しでも衝撃が相殺されるよう、前に出た。
つぷ、と、体に剣が入ってくるのがわかる。
『 あ 』
コハクの泣き声が聞こえる。
その時に、アタシが初めてこの世界に来た日のことを思い出した。
「自分のこと消えてもいいなんて言わないで。私のためにそう言ってくれてるのかもしれないけど、そんなこと言わないで。」
これじゃ、またコハクを泣かせてしまう。
そう思ってアタシが固まっていた時に、ある事に気づいた。
吹き矢使いの黒づくめの男が、いつの間にか虫の息になっている。
よく見ると、目の前の短剣使いの男も、剣を構えたまま微動だにしていない。
次の瞬間、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「え…」
『あれ?』
気づけば、いつからあったのか、アタシには見覚えのある糸がくくられていた。
…もしかして、アタシは自分の意思でコハクを守るため動き回ったと思っていたけど、吹き矢から守れたのも剣の斬撃から守れたのも、この糸のおかげだったりする…?
「プイ?!プイ、大丈夫?!痛いとこはない?!」
『うーん…上半身とハートが痛い…』
「大丈夫?!」
なんだか恥ずかしくなったアタシは反射的にコハクに抱きついてしまった。
コハクは大声で使用人を呼び、駆けつけた使用人たちの手により保護される。
アタシはコハクの胸の中で、羞恥心に悶えながら、自分を責めた。
アタシはさっき、自分は消えてもいいからコハクを守ろうとした。
でも、そんなことはコハクは望んでいない。
アタシ自身も守らなきゃ、だめなんだ。
「お嬢様、何があったんですか?!」
「お願い、プイをなおして!」
そんなことを思っていると、コハクは使用人にアタシをたくし、ほつれた部分を縫うよう指示した。
ーーー直後、コハクは過呼吸を起こし、倒れた。
『コハク…大丈夫かなぁ…』
倒れたコハクは、自室ではなく、今は厳重な警備がある部屋へ移動している。
刺客に襲われたことは、コハクへの心身にかなりのダメージだったようで、また寝込んでしまったようだ。
『コハクのトラウマにならなければいいけど…』
アタシはというと、コハクの自室で待機していた。
コハクの枕元に仰向けとなり、天井を見つめる。
ガチャッ
『コハク?!』
ドアを開ける音が聞こえる。
コハクが戻ってきたと思い、立ち上がるとコハクの母シユだった。
アタシは慌てて枕元に座った体勢にし、人形のフリをする。
「…イズモ」
シユは、部屋に入って早々に、ある人物の名を呼んだ。
『え?!イズモって…』
イズモ。
それは、ホラーゲーム「星見草」のゲーム内に登場するキャラクターの名前だった。
「ここに。安心しろ。この部屋には今、儂とおぬし、そこにいる人形しかおらん。」
天井から声がするかと思うと、イズモと呼ばれた高齢の女性が、漆黒の忍装束に身を包み、音もなく現れた。
「すまない、主様。外の刺客を屠っている間に、お嬢の部屋にも刺客を侵入させてしまった。
儂のせいだ。
…刺客は前回同様、皆ルワーノの手先だった」
「…っ!夫の実家だからと遠慮した私の責任よ…!護衛を増やしましょう。」
「ああ。…昨日のことが、お嬢の心の傷にならなければいいが。」
「今…お義父様とお義母様が見てくれているわ。うなされているみたい。…起きてしまったことは仕方がないわ。今後のことを話しましょう。」
それから、アタシはシユとイズモの会話を聞いていた。
今シユと話しているおばあちゃん忍者イズモは、ゲーム内では怨霊コハクに追われ逃げ惑うプレイヤーを一番最初に助けてくれる人物だ。
本編中ではすでに故人であり、怨霊コハク同様、霊なのだが、イズモの場合は地縛霊のような存在だった。
プレイヤーにアイテムをくれたり、食糧の場所などを教えてくれたりする。
戦闘時は武器のワイヤーでプレイヤーの援護をしてくれる、心強いサポートキャラだ。
なぜプレイヤーである主人公とその友を助けてくれるのか、生前コハクとは面識がないようなのに、なぜコハクを時折「お嬢」と呼ぶのか。
ゲーム本編では、イズモの生前は詳しく明かされないまま終わってしまう。
わかることは人知れずコハクを守っていたのに、コハクより先に死んでしまい、最後まで守りきれなかったことを無念に思っている、ということだけだった。
ゲーム内ではコハクを主人公達とともに退治し無事成仏したことを確認すると、イズモ自身も成仏し、物語はエピローグへと進む。
多くのプレイヤーの中で「結局あのおばあちゃんはなんだったんだ」「おばあちゃんはもしかして黒幕だったのでは」と話題になっていたのだが、先ほどの会話と今行なわれているシユとイズモの会話で、真実がわかった。
ルワーノは、故人の姉レーナに顔が似ているコハクを、なぜだか疎ましく思っていた。
コハクに専属のメイドや従者すらつけさせない横暴っぷりで、狂気を感じたシユが、夫には内密にイズモを派遣し、コハクの護衛をさせた。
イズモはシユの実家と主従関係を結んでいた家の出身のようだ。
しかしイズモの存在はルワーノに気づかれたようで、アタシがこの世界に転移した日に、イズモはルワーノが雇った刺客に襲撃されたらしい。
この様子だと、ゲーム世界線ではルワーノの手配した刺客により、コハク死亡前にイズモは殺されたようだ。
そうならなかったのは、コハクアタシの出現に驚いた声で、刺客が油断をしイズモは逆転勝ちしたようだった。
「…コハクが大事にしている人形は、その後どうかしら?
あの子は何もないとは言っていたけど。」
「夜中に前転をしたり、朝が来るまで手を前に突き出す動作をしたりはしている。
だが、お嬢に何か害をなすことはしていない。
基本的にはお嬢の膝元にいたり、踊ったりしている。」
『今までのアタシの珍行動が見られてた〜!意味もなく前転してたのもばっちり目撃されたのかぁ〜!』
アタシは、穴があったら入りたい気持ちになった。
その後イズモは、アタシが動いているのを人に見つかりそうになった時、天井に吊り上げていることや、アタシがドレスの飾りとして擬態できるドレスを作ったことを、シユに報告した。
「報告は以上だ、主様。」
『コハクに迷惑がかからないようにするためとはいえ、技術力がすごい…』
「…わかったわ。怪しい動きがあったら、最悪始末してちょうだい。念のため、陰陽師も待機させておくから。」
「承知した」
そういうと、シユはコハクの部屋を出ていった。
部屋に漂う緊張感が薄れ、少し安堵していると、気づけばアタシの首元にはクナイが向けられていた。
『うわ〜?!イズモ?!急になに?!』
「…人形よ。お前はお嬢の敵か。」
『敵じゃないよ〜!あ、しまった、アタシの声はコハクにしか聞こえないんだった!』
イズモの問いかけに、アタシは必死で首を横に振る。
「お前が呪物の類か、魔除けの類かは儂にはわからん。だが、お嬢に何かしたら許さん。」
クナイに当たらないように、アタシは必死で首を縦に振る。
「それと…お前が手を前に突き出す動作を夜にやっているのはなんだ。」
『護身術ですってどう伝えればいいんだろう…』
ひとまず、手でハートマークを作ってみせた。
「…お嬢に危ないをしていないということか…?
わかった。ひとまずお前を信用しよう。
それと…お嬢を守るためとはいえ、お前を使って刺客の攻撃を阻んだのは悪かった。
…お前が傷つくと、お嬢が泣くのもわかったしな。もう二度としない。」
そういうと、もう次の瞬間には居なかった。
潜伏先の天井に戻ったのだろうか。
■■■■
『コハク、大丈夫?』
「プイも大丈夫?!」
『私は大丈夫だよ!』
「よかった!私も大丈夫よ。」
次の日。
コハクはアタシを迎えに来てくれた。
そのまま一緒に警備が厳重な部屋へ移動した。
「実は…刺客が来た夜のことは、熱が出ていたこともあって、あんまり覚えてないの。
誰の命令で私を襲ったのか…お母様達が調べてくれているわ。
プイは、あの後何かあった?」
『天井さんとお話してた!』
「?そうなの、プイは天井ともお話ができるのね」
嘘は言っていない。
コハクは警備の人がいてもお構いなしにアタシと話す。
そんな様子を見ている警備の人は、一昨日の刺客の件でコハクは疲れているのだろうと判断しているようだった。
「ねぇプイ、これから料理をしに一緒に厨房へ行かない?おじい様達からの許可はとっているの。」
『いいよー!』
「ありがとう。じゃあ私、厨房に行ってくるかわね。」
そう警備の人にいうと、コハクはアタシを抱っこして、部屋から出た。
『ねぇコハク』
「なーに?」
『なに つくるの?』
「ハンバーグを作ろうと思って」
『そうなんだ!アタシ ハンバーグ好きだよ!』
「そうなのね。どんな味つけが好き?」
『トマトベースの味つけ!』
「ふふ、じゃあそうしようかしら」
アタシは、コハクが汚れないよう置いてくれた調理場の安全な場所にいながら、コハクと話す。
コハクは慣れた手つきで、玉ねぎをみじん切りにする作業をしている。
包丁の動きに迷いはない。
『コハク…あまり無理しないでね。』
アタシの言葉にコハクの手が止まる。
コハクは包丁をまな板に置いて、下の観音扉からボウルを取り出す。
「無理なんかしてないわ。」
『してるよ!だってコハクは一昨日こわいめにあったんだよ。
今日もゆっくり休んでいいんだよ』
「私は大丈夫よ。それにさっきも言ったでしょう。一昨日のことはよく覚えてないから、こわくないわ。」
『でも』
「大丈夫だっていってるでしょ!」
コハクはダン!っと音をたててボウルを机に置いた。
「こわくなんてないわ…でも…」
コハクは力いっぱい拳を握りしめて言った。
「私は…この状況にものすごく怒っている。」
『コハク…』
コハクは言葉を続ける。
「最初は…悲しいって思ったの。ああ、誰かが本気で私を消したいんだって。
どうしてって。
でも、だんだん腹が立ってきたわ。
どうして私が殺されそうにならなければいけないの?
私はお兄様みたいに商売はうまくないし、ユーリみたいに頭は良くないわ。
…なんの取り柄もない人間は、いない方がいいのかもしれない。
だけど!だからと言って、殺されてやる義理はない!
たとえ誰かが私の死を願っていても、それがお父様であっても、私は生を手放すつもりはない!」
そう言うと、コハクはハッとした表情になった。
「あ…プイ、ごめんなさい。あなたにあたるような真似をしてしまって…」
『大丈夫だよー。安心したよ』
「え?」
『だって、アタシと出会ったばかりのコハクは、自分を責めてばかりで、そんな風に誰かに怒ったりしなかった。
でも最近は、自分のために怒れるようになったよね。
よかった。』
アタシは知ってる。
前にルワーノに怒号を浴びせられた時もそうだ。
コハクは自分が違う、嫌だと思ったことは、感情的にならずに相手へ伝えられるようになっている。
今だって、自分の怒りを我慢せず、爆発させた。
アタシ相手にならそれは構わないし、一人で抱え込むよりはよっぽどマシだ。
「プイ…。ありがとう。あなたのおかげよ。
あなたがいつも、私をほめてくれたから。私の代わりに怒ってくれたから。
私は、自分を好きになれたの。自分を守れるようになろうって、思えたの。」
『そう言われると照れちゃう〜』
アタシが手を後ろにして自分の頭をかいたとき。
ノック音がしたと同時に、祖父母が入ってきた。
「コハク!大変よ!」
「おじい様、おばあ様。どうしたのですか、そんなに慌てて。」
「実は…!」
「…!!」
祖父母が語る話にコハクが、息を飲む。
アタシは、固まる。
「ねぇ…プイ、私と一緒にいきましょう。」
『うん…!一緒に行こう。』
ーーーその日の夜。
アタシとコハクは、姿を消した。
■■■■■■
「ルワーノ様。御息女のコハク嬢のこと、聞きましたぞ。今だ見つかっていないとか…」
「ご心配痛み入ります。
妻はショックで田舎の病院に療養してしまってね…。
息子もかなりまいってしまって、気晴らしに妻の祖国に留学させております。
娘がこんなことになるなら…実家に娘を預けなければよかったと…今は悔いております…!」
できそこないの元に刺客を送り込んで、一ヶ月が経っていた。
表向きは、できそこないは突然失踪していることになっている。
できそこないが寝込んだ日に送った刺客は、失敗した。
ならばと三日後、さらに強力な刺客を送り込んだ。
次の日親父から、できそこないがいなくなったと連絡を受けた。
それを聞いた妻は倒れ、しばらく寝込んだ後、自分から田舎の病院に療養すると言ってきたので許可した。
妻が寝込んでいた日は、何かしていないかと思ったりもしたが、あの様子で外を出歩くなど不可能だ。
息子のディンは、できそこないの失踪を聞くとすぐに王室へ相談しようと言って聞かなかった。
私が刺客を送ったことがバレたら困る。それに…私のできそこないの姉の件も調べられたら厄介だ。
デュモッセ家は王室へ輸入品を献上する貿易商をやっているが、だからと言って王室に迷惑をかけてはいけないと、なんとかディンを説得しようとした。
それでも聞かなかったので、毎年孫達の顔を見たがっていた妻の両親に話を通し、無理やり妻の祖国に留学させた。
ユーリはというと…ただただ起こっていることに戸惑い、部屋へ閉じこもった。
目つきしか似てないディンやできそこないと違って、ユーリは愛おしい子だった。
髪は私と同じ茶色で、目元はユーリの母親そっくり。
私に似て頭もよく、この子が本来のデュモッセ家の子として生まれてきてくれればよかったのに。
妻とは政略結婚で、冷えきっていた。
愛を教えてくれたのは、ユーリの母だった。
(ほとぼりが冷めれば…ユーリ達も世間も、あのできそこないの存在など、どうでもよくなる。…あいつが出版したレシピ本のことも…すべて忘れる。)
できそこないの娘。
あいつの名前を、私はつけなかった。
妻が代わりにつけたが、名前すら呼びたくない。
私のできそこないの姉に顔がそっくりで、何をやってもダメ。
できそこないだった姉を思い出させ、見ていてむしゃくしゃする存在。
世間の役にも立たない。
ならば、いない方がいい。
そう思ってきたのに、なかなかいなくならない。
どこかに嫁がせようと思った時もあったが、万が一できそこないの姉の時のような婚約があったら困るので、できそこないに来る縁談はすべて断った。
それなのに…あのできそこないは私の知らぬ間に本を執筆し、あろうことか私に条件をつけて本を出版した。
ユーリのために条件を飲んだが、ユーリの本もそれなりに売れた後、あのできそこないの利用価値はなくなった。
だから、始末することにした。
できそこないを始末した刺客からは、遺体は完璧に処理したと連絡があった。
失踪したかのように部屋に工作もしたといっていたし、実際に部屋も、そしてあのできそこないの遺体もみた。
何も不思議な点などなかった。
(ああ…あのできそこないがいなくなってせいせいした。こんなに爽やかな気持ちになるなら、もっと早くに始末すればよかった。…できそこないの姉の時のように。)
今日のパーティーで、たくさんの貴族からできそこないの心配をされる中、私の心は清々しい気持ちでいっぱいだった。
(ん…?なにやら騒がしいな…)
前を見ると、なんと王と王妃達、王族が会場に現れている!
周囲がざわつく。
私は他の貴族同様、事前に知らされていなかったため、固まる。
「皆の者、静粛に。」
王が語り始める。
「突然のことだが、我はこの場を借りて、皆に伝えたいことがある。」
会場が緊張に包まれる。
「今日ここにーーールワーノ・デュモッセ伯爵の悪事を、我の名のもとに明らかにする!」
(な?!)
私が動揺している内に、王国直属の兵士に両側をおさえられる。
(なぜ…?!できそこないの姉のことは、きちんと始末したはず…!)
「証人よ、ここにまいれ。」
王に呼ばれるとーーー王の従兄と、そして。
妻、息子、ユーリ…そしてかしたはずのできそこないの娘が、そこにいた!
(で、できそこない!なぜ始末したはずのお前がここに?!)
「お父様、あなたの罪…ここで暴きましょう!」
『年貢の納め時よ!!』