②令嬢と人形、出版する
うさぎのロップイヤー人形プイは、コハクが立派な令嬢になっても、自室に飾り続けられていた。
しかし、コハクがルワーノに殺されたとき、コハクの血が偶然コハクの手元にいたプイにかかってしまい、プイも怨霊化してしまう。
ゲーム内で怨霊となったコハクはプイを手下として使い、プレイヤーをびびらせる。
特に赤い目は暗闇の中らんらんと光るため、かなり怖い。
プレイヤーに倒されると、プイは、泣いているような姿で砂になって消えていく。
それがゲーム内のプイ。
けどこの世界線のプイは違う。アタシ四宮ミナモは、その人形のプイに今転移しているのだ。
■■■
「おじい様、おばあ様。おはようございます。」
「「おはよう、コハク」」
コハクが祖父母に挨拶し、祖父母は応える。
コハクが祖父母の家に来てから、半年が立っていた。
祖父母達はコハクにひどい罵倒をしたり、理不尽な要求や拒否など一切しないので、コハクは安心して生活できていた。
だが社交界では「実娘が追い出され、妾腹が令嬢として扱われている」「しかし妾腹の方が優秀」と噂されている。
ユーリの秀才設定はゲームで知ってる。
ユーリの母親はユーリ出産時死亡しており、ルワーノによって密かに別館で蝶よ花よと育てられてきた。
別館にある書庫を退屈しのぎに読んでいて、それによりディンやコハクより上の学習能力があると判明したため、本家に迎えいれようとルワーノが考えたのだ。
冷静に考えればこの状況は、正当なデュモッセ家令嬢 コハクの地位が危ぶまれている。
だが、この半年間何もしていなかったわけではない。
今やコハクは、社交界で話題持ち切りなのである!!
「そうだ、コハク。お前が出した本が欲しいと、こないだ公爵に言われたよ。」
「私もサロンでご夫人方に言われたわ。本に載っているレシピを食べてみたいんですって!」
「ありがとうございます。おじい様とおばあ様のおかげです。」
『 やったね!コハク!』
アタシは物陰からそっと見ていながら、コハクに言った。
半年前アタシは、コハクが今まで趣味で集めていた色々な料理レシピを本にしないかと提案した。
コハクは昔から食に興味があった。
メイド達が食べているまかない料理でも、味見させてもらい、レシピを聞き、作る工程を見て、自分でも作っていた。
行く先々で食べた料理はレシピを聞き、工程を見るために足を運んだ。それがたとえ小さな村の郷土料理でもだ。
聞いて見て作ったレシピは紙に書き出し、丁寧に保管していて、コハクが17歳になる頃にはかなりの量になっていた。
「昔からレシピを聞いて見ては料理していると、ルワーノからは聞いていたけど。
あんなにわかりやすくまとめられているなんて、知らなかったわ。」
「ありがとうございます。おばあ様。」
この世界線軸では近年、庶民の家庭に石窯が普及し始めた。
手のかかった料理は貴族家庭のみでしか作れなかったのが、庶民でも手が出る石窯が誕生し、普及したことで、「ちょっと手のかかった料理」を庶民でも作れるようになったのだ。
だが、大抵のレシピは口伝で伝えられている事が多く、本としてまとめられていたものなど全くといっていいほどなかった。
そこで、コハクの収集したレシピ達の出番だ。
東洋のとある城主は、自ら腕をふるい客人をもてなしていたことがあったらしい。
その教えに乗っ取り、母から厨房での料理を小さい頃から許されていたコハクが、作り手目線で分かりやすい、図解入りのレシピ本を出版した。
もちろん、父親のルワーノに阻止されぬよう、出版前に民衆を味方につける方法をとった。
まず母の実家が経営してる会社の食料品店で、レシピを配る。
たとえばリンゴの陳列棚に、コハクが書いたアップルパイのレシピチラシを近くに置いておく。
誰でも取れる為、アップルパイの絵に興味をもった人物が、レシピを実行するためにリンゴを買っていく。
こういったレシピを母のシユ、祖父母達が経営する領地や店に置いてもらった。
配布者が誰か、すぐにはわからないようにしつつ、確実に母の一族と祖父母に利益がいくようにする。
そのうちに、管理が乱雑になってしまうバラでのレシピよりも、一冊にまとまったレシピ本を人々は欲する。
ルワーノがバラのレシピの製作者を突き止めた時には、すでに人々のニーズが高まっていた。
手軽に手にとってもらえるよう、出版本の厚さは薄く、価格帯は庶民でも買える金額にして出版した。
「本が無事出版出来たのも、お二人のおかげです。父の説得もしてくれて…本当にありがとうございました。」
「ここに乗り込んだ時は驚いたなあ。
ルワーノは横暴すぎるんだ。
すでに民衆から求められているのに、在庫を抱えてデュモッセ家の恥になる前に本を出版させるな、なんてバカげている。
私の付き合いが長い出版社で出版しなければ、他の出版社が出版したいと言い出すに決まっているだろう。
大したことはしていないよ。」
「コハクのおかげで、ここの領内の売上もかなり上がったのよ。こちらこそ、本当にありがとう。」
2人に感謝されたコハクは、仲良く三人で朝食をとっていた。
『 コハク、本当に頑張ったよ…!すごい!』
アタシは物陰でコハクを見守った。
ここまでの道のりは長かった。
出版社と出版経費はコハクの母、祖父母の協力でメドがたったが、本を実際に買ってくれる人はある程度確保しなければならない。
そのために社交界やサロンでの挨拶回り、レシピ本に出てくる料理を陳列しお茶会やパーティの開催、市場での売り込みを、コハクは念入りに行なった。
最初は少ない発行部数だったが、今では続々重版し、レシピ本第2弾の話も持ち上がっている。
昨日、社交界で色々な方々に絶賛され嬉しかった、と語っていたコハクを思い出し、アタシは幸せな気持ちになった。
コハクは最初こそアタシを怖がっていたけど、最近はアタシの提案を受け入れつつ、自身の考えや疑問を話してくれるようになった。
今では2人で話す時、アタシを膝の上にのせて話してくれるようになった。
『 …?!あ、しまった人が来る!!』
給仕の人間がこっちにむかっている!
人形のアタシが動いているとこを見せるわけにはいかない!
アタシが物陰にいることを気づいたコハクは、慌てて立ち上がろうとする。
『 んぬ?!』
気づくと、アタシは人には見えない、天井の高い部分にいた。またこれだ。
この屋敷に来て、人間に見つかりそうになると、見えない糸で吊り上げられたように、必ずこうなる。
忍者でもいるのかなあ。
コハクはアタシが給仕に見つからなかったことがわかると、安心して祖父母と朝食の続きをとっていた。
■■■■
「あぁ…緊張するわ…」
『 コハクならできるよ!大丈夫!』
予定通りデュモッセ家本家で昼食をとるため、コハクは馬車で本家に向かっていた。
アタシはというと、コハクのドレスの一部となって、そばにいた。
遡ること数刻前。
アタシは、コハクが昼食時に着ていくドレスに忍び込めないかドレスを物色していた。
すると、アタシの赤目部分が胸元のアクセサリーとしてごまかせそうなドレスがあることに気づいた。
『 これなら、問題ないよね!』
アタシがドレスの胸部にいることになるが、コハクのデリケートゾーンに触れないように、アタシが入るスペースもある。
『 てやっ!』
アタシが勢いよくそのスペースへ飛び込んだ直後。
コハクが部屋に入ってきた。
『 コ、コハクー!』
「…」
コハクに見つかってしまった。けど、アタシを引っ張り出さずそのままにしてくれた。
「あら。
このドレス、いい感じにプイを隠してくれるのね。本家に行くドレスはこのままにしようっと。」
『え?!コハク、いいの?
アタシがいうのもなんだけど万が一、ルワーノに見つかっちゃったら、また嫌味いわれちゃうよ!』
だから、本当はついて行くかどうか、ギリギリまで悩んだ。
それでもコハクが心配で、忍び込むことを決めたのだ。なんたってあのルワーノとユーリとも顔合わせしなければならないんだし…
「ふふ。プイ。
私は今でも、あなたは悪魔かもしれない、はたまた私が妄想で作り出したものかもしれないと思っているわ。
でも、一つだけ言えるのは、あなたが父様やユーリのことで怒っている時、私は自分を冷静に見ることができるのよ。」
『 ぬ?』
ーーーそして今。
本家に着くと、母のシユと、兄のディンが使用人達と共に迎え入れてくれた。
「お母様!お元気そうでなによりです。」
「コハクも元気みたいでよかったわ。…人形の件は、大丈夫そう?
あれから妙なことは起きてない?」
シユはアタシのことを、小声でコハクに
確認した。
『うぐ!やっぱりアタシの存在は心配だよねえ…』
「大丈夫です。心配してくださり、ありがとうございます。」
「そう…それならいいの。何かあったら、すぐ相談するのよ。」
シユはそう言って微笑んだ。
『ふぅ…わかってくれたみたいでよかった…』
アタシは少しほっとした。
少し遅れてやってきた兄のディンは、紙袋をコハクに渡す。
「コハク、ほれ。土産のメロンパンだ。」
「ありがとうございます!」
『 いいな〜メロンパン!アタシも食べれたらなぁ…』
優しい笑みを浮かべるディンから、コハクはメロンパンを受け取った。
このメロンパンは、ディンの商会で大好評販売中のものだ。
値段も手頃な、歩きながら食べることが出来るため、身分関係なくバカ売れしている。
もともとメロンパンは現世でのアタシの大好物で、この世界に転移して間もない頃、なつかしさのあまり、メロンパンの話をコハクにしたのだ。
今のアタシは口が動かない人形だけど、味や食感、おおまかな素材は覚えている。
それらをコハクに話すと、以前からパンやクッキーの販売事業を行っていたディンに商品開発を依頼してくれた。
ただでさえ表面のクッキー生地のサクサク感、中はフワフワのパンを作り出すのは、現世のパン職人でもかなりの技術を要する。
そのためこの世界で作るのも、大変だったようだ。
ディンとディンの商会のパン職人が何度も試作し、何度も失敗を重ねながら改良を重ね、ようやく商品化した。
短期間で商品化し販売できたのは、ディンの商会の今までの技術の成果だ。
今では、メロンパンはコハクの好物になっている。
喜ぶコハクを横目に、先ほどの微笑みとは打って変わって、ディンは言いづらそうに言った。
「あー…コハク、来て早々に悪いが、本館でご当主様がユーリ君と一緒にお待ちだ。俺と母様は入るなと言われている。」
「わ、わかりました。」
シユはその話題になるとキッと怖い顔になり、コハクには緊張が走った。
『うわ〜!ついにルワーノ&ユーリへの交渉第二弾開幕かぁ〜!
行こう、コハク!!』
コハクはこくりとうなずき、心配する兄と母に見守られながら貴賓室へと歩き出した。
コハクは緊張した歩行で貴賓室に到着する。
震える手で、ノックをする。
「お父様、失礼いたします。」
「コハクか。入れ。」
貴賓室に入ると、奥でルワーノ、隣にはユーリがいた。
着席するよううながされ、着席すると、ルワーノはさっそく本題に入った。
「お前のレシピ本を元にしたユーリの本が、1ヶ月後出版されることになった。ユーリの本の宣伝を頼む。」
「かしこまりました。お父様。」
次期当主ディンが立ち上げた商会は事業好調、長女のコハクは出版したレシピ本も売上好調…そんな中、ユーリだけ実績を残せていない。
だが、ユーリは秀才で、特に物理学や化学の分野に強かった。
そのことをディンから聞いた後日、コハクとアタシは考え、ある取り決めをルワーノとした。
それは、コハクがレシピ本出版後、ユーリに自身のレシピ本を元に、料理に化学を絡めた本(たとえばパンが膨らむのは熱膨張が起こっているから、とか)を執筆させることを約束だ。
この条件で、最終的にルワーノから本の出版を許可してもらえていた。
ちなみにこの取り決め時、転移初日アタシがいたせいでコハクが嫌味を言われたことを考慮し、アタシはその場に行かなかった。
取り決め終了後、コハクから無事出版の許可がもらえたと聞いて、アタシはコハクの自室で喜びの踊りをしたものだ。
この取り決めの利点は、コハクとユーリの共同著作であれば、ユーリは社交界での地位向上にもなるし、コハクは「デュモッセ家令嬢は妾の子にまで気を配っている立派な女性」と印象づけられることだ。
だが本当の利点は、コハクが執筆したレシピ本の上位変換本をユーリに出版させないことだ。
コハクとアタシが一番に懸念したことは、レシピ本反響後に、ルワーノがユーリを使ってコハクの悪評をひろめることだ。
悔しいがユーリはコハクより頭がいいので、文章をより理解しやすくかつ論理的な文章がかけるだろう。読者は質のいいユーリの本を支持するようになってしまう。
そうすると、コハクの本よりユーリの本が売れた頃には「コハクはひがんでユーリに嫌がらせをしている」などという根も葉もない噂でも、貴族達は信じてしまう。
それを阻止するために、あえてユーリを味方側に引き込んだ。
共同著作といっても基本的にはユーリに好き勝手書いてもらい、最終チェックのみコハクが行った。
「昨日、最終稿を出版社に渡しました。原稿の最終確認、本当にありがとうございました。
コハク姉様は、使用人の仕事もできるなんて素晴らしいです。」
『 うわあ!悪意なく侮辱してくる!ひどい!』
ユーリは褒めたつもりだろうが、完全に裏目である。
「誤解しているようだけど、私はデュモッセ家の令嬢として、私自身がいつか客人をおもてなしできるよう、料理を学んでいただけよ。
使用人の仕事をしているわけではないの。
あなたも伯爵令嬢として、使用人の仕事はどういったものか、そして客人のもてなしはどのようにするべきか、勉強しておいた方がいいわ。」
淡々と、しかし声は無機質にコハクはユーリに言い放った。
「はい!」とユーリは元気よく返事をする。
『 くそぅ!嫌味だって気づいているのかいないのか!どっちなんだー!』
アタシが頭を抱えたくなる気持ちでいると、ルワーノから怒号が飛んだ。
「なんだ!コハク!
まだ令嬢となって日が浅いユーリを責めるとは、なんたることか!
お前が使用人の真似事をしているのは本当だろう!」
『 クズルワーノ!うるせー!』
「…お父様。私は…知識を深めるよう、ユーリに助言をしただけ、ですわ。
ユーリが無事出版できることがわかりましたし、私はこれで、失礼させていただきます。」
今回ルワーノは、ユーリの本の出版日の報告とコハクへの罵倒をしたかっただけで、コハクと談笑しようなど思ってもいないことが見て分かる。
足早にコハクが退室するのを、気にも留めていないようだった。
コハクが部屋から出ると、外で先ほどの話を聞いていたディンが、執事のハヅキとともに待っていた。
「コハク、最近少し強くなったな。
以前は父様に言われっぱなしだったのに、最近は言い返せるようになってきたじゃないか。」
「ふふ。
そう見えますか?
ねぇ兄様、泣きたい時怒りたい時に、自分の代わりに怒ってくれる人を見ると、逆に冷静になる時ってありません?」
コハクは笑みを絶やさずにディンにいった。
言っていることは本当なのだろう。
しかし、本当は前に重ねた手が震えていることを、アタシは見逃さなかった。
『無理にしないで!コハク!』
ディンも同様にそれは見抜いていた。
「コハク…俺は、ユーリ君を妹とは認めていない。俺の妹は、お前だけだ。」
「ありがとうございます。でも、ユーリはユーリなりに頑張っています。せめて、君づけはなしにしてもいいかと。
ハヅキもそう思うでしょう?」
コハクはそう言って探りのため、チラリとハヅキを見る。
話を振られたハヅキは、表情を変えずに返す。
「私からは何も言うことはありません。ディン様は一度決めたら曲げないお方ですし、そこが長所だとも思っております。」
『お!ユーリの味方をしない!』
コハクが祖父母の家にいるにも関わらず、「ハヅキとユーリは仲がいい」という噂は耳にはしていたが、噂が本当だとしても盲目的にユーリに肩入れするつもりはハヅキにないのだろう。
「さぁコハク。今日は疲れただろう。別室で少し休んでから帰るといい。」
「はい。そうさせていただきます。」
「それから…」
ディンは、コハクにそっと耳打ちする。
「前から発見していた…ご当主様の怪しい出費金額や使用用途先を、母様とともにさらに突き止めつつある。
勘づかれないよう動いてるが、お前も注意しろ。」
「…わかりましたわ。私は私のできることをします。」
その後、コハクは案内された別室に入った。
ディンやハヅキが完全にいなくなった後を確認すると、声をあげぬよう静かに泣き出した。
『コハク、ルワーノに怒鳴られて、怖かったよね。でも、コハクはちゃんと言い返せてえらいよ。頑張ったよ…!』
コハクは、父親が自分たち家族に偽り、多額に愛人や愛人の娘に多額の出費している事実もだが、先ほどのルワーノの怒号に傷ついていた。
「ありがとう…プイ…。
あなたが私の代わりに怒ってくれたから、私は言い返せたのよ…。」
コハクは嗚咽を漏らし、アタシに触れた。
「…でも、お父様のことをその…クズとか、いわないでね…」
コハクに小声でそう言われてから、今後はクズルワーノと呼ばないようアタシは心に誓った。
コハクが少し休憩した後、アタシとともに馬車に乗り祖父母宅へ帰宅した。
ーーーその後、アタシは入っていたドレスから抜け出そうにも、いい感じにハマってしまい、コハクに引っ張って抜け出せるまで2時間かかった。
抜け出せた後コハクがお腹を抱えて笑ってくれた時、アタシは少し恥ずかしく思いながら、今日ルワーノに言われた言葉を少しでも忘れてくれればいいなと思った。




