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①令嬢と人形、邂逅する

ホラーゲームでラスボスの悪役令嬢と、ゲーム本編ではその手下だった人形に転移する話です。

楽しんでいただけたら幸いです。



ーーーお嬢様を、まもってくれ。すくってくれ。どうか…


誰かが泣いている。

誰の声?



『 あれ?!まさかあなたは、コハク?!

コハク・デュモッセ伯爵令嬢?!』


目の前のコハクに、アタシは話しかける。

アタシに話しかけられたコハクは、アタシの声に驚く。


「はぁ?!」


アタシだってびっくりしてる。

キノコ食べたら突然吐き気がして激痛、体が動かなくなったと思った瞬間、さっき泣いているような声が聞こえた。

そして、気づけば目の前に推しのコハク・デュモッセがいたのだ。


たぶんアタシ、四宮ミナモは毒キノコを食べ死んで、ホラーゲーム「星見草」の世界に転移したんだろうか。

自分の体を見てみる。

ゲーム中ではコハクの手下としてクリーチャーになっていた人形、プイの体だった。

つまり、魂が人形の体に転移した?



「え、プイがなんで喋って…」

『 人形だし口動かせないから喋ってないよ。

今、あなたの脳内に直接話しかけています…』

「ぎゃあああああああああ」


人形のプイとは、コハクが小さい頃、父親の

ルワーノからもらった白い体に赤い目のうさぎ、ロップイヤー人形のことだ。


コハクが立派な令嬢になっても、コハクの自室に飾ってあった。ゲームをプレイしてプイの真実を知るアタシは複雑だけど。


「なに?!私はおかしくなってしまったの?!

お父様、お母様!」

『 待って!今どの時系列にいるの?!』


東洋の島国の血筋をもつ母親譲りの美しい黒髪に、父親譲りのつり目。

ゲーム内ではコハクはラスボスで、長い髪が武器だったりした。


けれどこうしてコハクの腕にしがみつき見ると、とても美しいことを改めて感じた。


「お父様、お母様!」


慌ただしくコハクは、両親の寝室の扉をノックしようとすると…


「シユ、私は正式にこの子をデュモッセ家の一員にしようと思っている。」

「なんですって?!」

「あの…私…ユーリって言います…」


暗がりの夜の廊下の中、

父様(ルワーノ)とお母様(シユ)

愛人の(ユーリ)との会話を、

アタシと一緒にコハクは聞いてしまった。


「え?」


突然の事実に驚くコハクは、その場で大きな声をあげてしまった。


「なんだ?」

「その声は…コハク、どうしてあなたが

ここに?!」


コハクに聞かれていたことに気づいた両親は、娘の姿を見てぎこちなくなる。


「お父様、お母様、私…」

青ざめているコハクに、アタシはまた直接

脳内に語りかける。


『 お父様、お母様、聞くつもりはなかったのですが、聞いてしまい申し訳ございません。

私からはなにもいえませんが、明るい時に

明るい場所でそういった話はした方が

よろしいかと。では失礼。


ああ、ユーリさんでしたっけ?

おやすみなさい。って、いうのよ!!』


「え?ちょっと?」


動揺するコハクを他所に、振り落とされないようコハクの腕にガッチリとアタシはくっつく。


娘の挙動不審にルワーノは呆れたように言う。

「まったく。17にもなって人形など持ち歩いて。

ユーリを見習いなさい。ああ、この子は今日からお前の妹だ。」

ルワーノに促され、ぎこちなくユーリはコハクにお辞儀をする。


「お、お父様!プイが、人形が喋って!あの!」

父親にアタシのことをわかってもらおうと、

コハクは話しかけてしまう。

アタシは嫌な予感がした。

『 だめ、聞いちゃダメ!』

「え…?」


「何をおかしなことを。ああ、それはユーリに昔買ったが、いらないと言われた人形か。

捨てるのも忍びなくて、お前にあげたことも

あったな。」


だから聞かせたくなかった。


「そん、な…」

愕然とするコハクをよそに、「あなた、その頃からこの小娘に貢いでいたの」とコハクの母シユは金切り声を上げる。


『 コハク、泣かないで。泣かないで。』


アタシはこの真実をコハクに聞かせたくなった。

悲しい気持ちにアタシはなったが、早く…早く切り替えないと!


ここが本当にあのホラーゲーム「星見草」の世界なら、この後逆上したコハクはルワーノに突き飛ばされ、打ち所悪く死んでしまう。


そしてその後、怨霊となってしまい、ゲーム内でのクリーチャーとしてラスボスと化す。それは阻止せねばならない。


『 コハク、逃げて…逃げて!殺されちゃう!

逃げてー!!!』


両親が喧嘩する中、コハクはアタシの声が

届いていないのか、しばらく固まっていた。

けれど。


「私を…バカにしないで!」


ゲームでの、生前のコハクの最後のセリフと同じ言葉を叫んで、そのまま自室へと走り出した。


なんだと、と叫ぶルワーノがコハクの肩を

掴もうとしたので、アタシは瞬時にコハクの肩に移動し、阻止した。



そのままアタシたちは、コハクの自室に戻った。


呼吸が荒くなっているコハクの背中を、アタシはさすった。

あれ、でも人形の手だからモフモフで効果ないかな…



「あなたは誰?」


コハクは、アタシをじっと見つめる。


「悪魔?それとも呪いの人形?


ふと目が覚めてしまってなんだかこわかったから、久しぶりにプイを持って廊下を歩いていたのに!なんなの!?」


恐怖と怒りの目でアタシをじっと見つめる。


『 悪魔ではないよ。呪いでもない、と思う。

でもアタシは、あなたを幸せにしたくてここにいると思うよ。

アタシは、あなたが今生きていてくれて、本当に嬉しい。』


アタシはカッコつけて、部屋にあった人形の体に少し大きすぎる椅子に座って、ハッキリいった。

コハクの死という惨劇を回避したので、アタシは胸がいっぱいになっていた。


ホラーゲーム「星見草」。

ゲーム内容としては、祖父が住む家へ友達とともに招待された主人公(コハクの兄の娘であり、プレイヤーのアバター)が、招かれて早々に祖父の惨殺死体を発見、現れた怨霊のコハクから逃げ回り、最終的には退治し成仏させる話だ。


アタシが生前ゲームプレイしていた時は怨霊コハクのホラー演出や行動、攻略が難易度高くちょっとイライラしていた。

でもゲームクリア後、明かされたコハクの生前を知ってからは、コハクが幸せになる二次創作をいっぱい創作サイトに投稿していた。

アタシの推しになったのだ。



アタシの言葉を聞いたコハクは案の定キョトンとした顔になり、自分が病気になったんじゃないかと疑い始めた。


『 コハクは病気ではないよ!

…あ、コハク、さっきのルワーノの言葉

気にしないでね。コハクはあんな奴より

尊いんだから!!』


アタシの言葉に若干嬉しくなったのか、コハクは照れている。

コハクの山吹色の瞳が揺らぐ。


「あ、ありがとう…まぁ、お父様は昔から

私のこと嫌いだからもういいの。


あなたがしがみついてたから、早く自室に戻りたくなっちゃってたし。みっともなくお父様に抗議しなくてすんだわ…」


本当はゲーム本編のようにコハクは怒るべきだったかもしれない。でも、それだと殺されてしまう。



『 ごめん、ごめんなさい…コハクには幸せな

気持ちでいてほしかったのに…』


アタシはコハクに傷ついてほしくなかった。

泣きたい気持ちなのに、涙が出ない人形の体は辛いことを実感した。


「謝らなくていいのよ。…もういいの。

もういいの」


そういってコハクはアタシをプイ専用置き場に置くと、ベッドにダイブした。


その手は震えていた。


プイの経路を知ってしまったコハク。

この調子だとアタシは燃やされてしまうかもしれない。


コハクは、愛人の子のいらないものを譲り受けたようなものだ。

しかも直接脳内に話しかけてくるときた。

そんな人形そばに置きたくないだろう。


『 おやすみ、コハク』


コハクはそのまま眠りについたようだった。


ひとまずコハクの命は守ることができた。

アタシの「推しが幸せになる世界線」には一歩前進したかもしれない。

もしアタシは明日コハクに燃やされても、恨んだりしないよと思った。


■ ■ ■ ■


次の日。昼になっても、コハクはアタシを燃やしたりしなかった。


『 コハク、燃やさないでくれてありがとう!』

「…やっぱり夢ではなかったのね…」


アタシが話しかけると、コハクはゲンナリした。

朝『 おはよう』と話しかけた時は一瞬固まった後素通りされてしまったけど、今は反応してくれた。

コハクは朝弱いのかな?


「昨日も思ったけど、プイの声は私にしか届いてないの?」

『 そうみたい。頭に直接話しかけてるし』

「そうなの…」

『 それより、ユーリを遠ざけようよ!』


ゲームストーリーではこの後、ルマーノがコハクの死体隠蔽後、ユーリを本家に迎えいる。

シユはルワーノのコハク殺害を告発しようとするが、ルワーノにより無理やり田舎の病院へ入院させられてしまう。


しかし愛人の子という噂はすぐに広まり、シユが入院、コハクは表向き謎の失踪、その直後入れ替わりにきたユーリを、コハクの兄 ディンは不信に思い疎みはじめる。


そのうちに、シユが療養先の環境下で廃人同然になってしまったこともあり、ゲーム内では怨霊になったコハクにユーリは殺されそうになるが、見かねたディンの執事と駆け落ちして結婚、出産後死んでしまう。


ちなみにこの時産まれた子が、ゲーム本編で主人公と一緒に行動する友達だったりする。(なお主人公と友達は自分たちが従姉妹同士であることを知らない。)


ここはコハクが死ななかった世界線になっているとはいえ、怨霊になった世界線で執拗に殺そうとしているところを見る限り、ユーリの存在はコハクにはマイナスだ。


ゲーム本編でも、ユーリに似た顔の主人公の友達を、ユーリと勘違いし(ユーリの娘なのだからしかたないところはあるが)惨殺しようとしている。


「…プイ。どうしてそう思うの?」


『 このままだと、あのクズルワーノはコハクとユーリを比較し続けるよ!!

ユーリよりもコハクの方が勝ってることいっぱいあるのに…!

色々な国や村の家庭料理レシピを集めてるから、料理は物知りなところとか!笑顔が素敵なとことか!あと』


「気持ちは嬉しいけど、私、お父様達によばれているから。それに、私には何もできないわ。じゃあね」


コハクは少しむず痒いような顔をしながら、部屋から出てしまった。

コハク、もしかして照れた?


ちなみにコハクが趣味で様々なレシピを収集しているのは、ゲーム本編で知っていた。

怨霊コハクはそのレシピ通りにプレイヤーを調理しようとするのだ。



ーーーそして、しばらくたった後。


コハクが部屋に戻ってきた。

そして言った。


「今日、お父様は正式にユーリをデュモッセ家の一員にすると言ったわ。

お母様からの提案で、私はお父様のご実家にしばらく移住することになったの。


お父様は断固拒否したけど、お母様がなんとか納得させたわ。」


コハクの話だと、ルワーノの両親は、愛娘の生き写しのコハクをよく可愛がっていたらしい。

前々から女の影を感じとっていたシユは、何かあった時、娘におかしな矛先がいかないようルワーノの両親とやり取りし、コハクの逃げ道を作っていたのだ。


『 コハクがおじいちゃん達の娘に似てるなんて初めて知ったよ!本人とはよく似ているの?』


「叔母様とは会ったことないわ。お父様が14の時、病死しているもの。お父様は叔母様の話をあまりされないから…きっと、あまり好きではなかったのでしょうね。」

『 え!!』


これはゲームになかった設定でびっくりだ!


「それでね…この家を出る前に、プイのことを…専門家のところに持って行ってもらおうと思って。」


悲しそうな顔のコハクの後ろに、コハクの母のシユと、陰陽師のような白装束の人が部屋に入ってくる。


「連れていきなさい」


シユが指示すると、陰陽師のような人がアタシをプイ専用置き場から外す。

シユは東洋出身だからか、こういったツテもあるのか…!


『 乱暴に触らないで〜痛い〜』


ジタジタと痛がっていると、さすがにその場にいた全員が戦慄した。


「コ、コハク!人形供養したいとは言っていたけど、まさか動くとは聞いてないわよ!」


「お母様。プイはさらに直接脳内に話しかけてくるのよ。」


「はぁ?」


慌てた陰陽師みたいな人にアタシは布でグルグル巻にされ、札を貼られる。

物理的に身動きがとれなくなった。

アタシは呪物とかではないはずなんだけど…


『 そっか…そうだよね。コハクにとってアタシは嫌な気持ちにさせる人形だもんね。

…うん。

コハクの幸せを願ってるよ。』


「…!」


布でグルグル巻にされたからコハクが今どんな顔してるか見えないけど、ここはコハクが幸せな世界線だといいな。


そのままアタシは布袋に入れられたようだ。

悲しいけど、これは昨日から覚悟していたことだ。ぐっぱい、この世界線…。


「それでは奥様、またご贔屓にしてください。」


陰陽師みたいな人がそう言ったようで、アタシは物理的にコハクから引き離されーーー


「待って!」


アタシが覚悟を決めていた時、コハクの声が聞こえた。


「あ、あの、燃やしたりしなくても、お祓いってできますか?!」


コハクの勢いある声に、陰陽師みたいな人は驚く。


「か、簡易的なものなら今できますが…」

「それでお願いします!」


布袋から出され、その場でオンならたらかんたらと呪文が唱えられたが、何も起こらない。


『 コハク?』


陰陽師みたいな人は言う。


「お嬢様、この人形には特に怪しいものは感じられませんでした。ですが、先ほどの人形の様子だと安全なものとは言えません。おあずかりいたしましょうか?」


「…考えさせてください。お母様も、ありがとうございました。」


心配するシユを横目に、アタシは布や御札を剥がされた状態で、コハクに返却された。


「本当に大丈夫なの?コハク?」シユの心配を読み取った陰陽師みたいな人が、「奥様、お嬢様。念のため、お守りを渡しておきます。なにかありましたら、すぐにお呼びください。」と言った。


そういうと、陰陽師みたいな人とシユは部屋から出て行った。



コハクはそのままアタシをいつものプイ専用置き場に置いた。


部屋にはアタシとコハク、2人きり。


「プイは…自分が消えてもなんとも思わないの。」


『 そんなことはないよ。でも、アタシが消えてコハクが安心するなら、いいよ。』


よく考えたら人形の体が動いて話しかけてくるって怪奇現象でもある。

精神衛生上よくないよね。


「…プイが私になにか酷いことをさせたり、家族を傷つけたら、その時はさっきの人たちにすぐ連れて行ってもらう。」

『 わかった!』


まだ痛む体をさすりながら、コハクの後ろ姿を見た。

コハクは振り返り、言った。


「それから、もう、自分のこと消えてもいいなんて言わないで。私のためにそう言ってくれてるのかもしれないけど、そんなこと言わないで。」


『 あ…ごめん、コハク…』

「私もごめんなさい…」


そしてコハクはモフっとアタシを撫でてくれた。

アタシは少し嬉しくなった。




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