はいあかむさきの脳細胞の事件簿〜「さがすな」の置き手紙〜(超獣仮面タスマニアマスク 出張版)
本格ミステリ!
コアラの少年、コ・アラモードには好きなものがある。
野球に、ヘヴィ・メタル。カレーとハンバーグ。
おさななじみの美少女、コ・アラモ子さん♡
そして、かっこよくてたよりになるおにぃちゃん。マフラーの似合う、レノックスである。
兄弟のおうちに半分同居している、美女コアラである師匠、トレスが出張とゆう名のラーメン食い倒れツアーに出かけてしまったため。ふたりのきょうの修業は自習となり、それぞれの性能に応じた課題が与えられることとなった。
おにぃちゃん:レノックスのほうは、人気マンガのノベライズを読んだ読書感想文を、原稿用紙5枚に手早くまとめ。とっとと課題をクリアした彼は、マンガ版の続きを読みはじめていたが。
弟のアラモードは、じぶんの課題である漢字の書きとりに苦戦していた。
それでも、なんとか。プリントに列をなす、ルビのふられた四角いマスの空白を、つぎつぎと埋めてゆく。
【天空】【疾走】【至高】【超絶】【降臨】
熟語のチョイスが、微妙に中二病くさいのがポイントで。意外と難しい漢字もあるみたい。
そして、ついにのこったのはさいごの1問。
だが、どうしたことか。
この二文字の漢字がどうしても出てこない。
辞書をひけばいいのだろうが、ふたりの家の本棚に並ぶのは、おもにマンガとラノベである。
ここは、すでに課題を終えて、おなじ部屋でくつろいでいるおにぃちゃんに教えてもらうのが良策か。
「おにぃちゃん、教えてほしい漢字があるさっ」
調べずに、ひと(コアラ)に訊くだなんて、いんちきだと言うなかれ。
教えてもらった漢字はもとより、調べなければわからなかった漢字だって。あとでちゃんと10回ずつ、漢字ノートに練習をしてきちんとおぼえることになっている。師匠であるトレスの教えに、抜け目はないのだ。
「よし、おにぃちゃんにまかせるがいい。
でも、あとでちゃんと練習するんだぞ。……どれどれ、なんて字だ?」
プリントをのぞきこんだレノックスであったが、その頼もしい表情が刹那にして凍りつく。
「さばく」——こいつは、難しい漢字である。
「おにぃちゃん、この紙に書いてほしいさっ」
いくら難しい漢字とはいえ、期待のまなざしで見つめる弟を裏切るわけにはいくまい。
渡された紙にレノックスはえんぴつを走らせると、それを弟へと渡さず。なぜか、机に伏せた。
そして、めくってひっくりかえすことで、書かれている文字をたしかめようとする弟にこう告げたのだ。
「アラモード、めくるのはちょっと待て。
そうだな。もう10分、じぶんで考えてみるんだ。
そしたら、思い出すかもしれないぞ」
がたんっ。
弟によく言いふくめてから、兄は席を立って、部屋をあとにした。おおかた、ほかのマンガでも取りに、べつの部屋へ向かったのだろうと考えたアラモードは、言いつけを守り。10分のあいだ、「さばく」の漢字を思い出そうと悪戦苦闘したのだけれど。ついに、プリントのそのニマスが埋まることはなく、時間は過ぎた。
——席を立った兄:レノックスが、戻ってくることもなく。
「おにぃちゃん?」
兄が帰ってこないのを不思議がりながらも、10分経過したからと、アラモードは伏せられた紙をめくる。
そこには、たしかに兄の字で(さきほど、目の前で書いたのだから、あたりまえだが)こうあった。
「さがすな」と。
(おにぃちゃん!?)
そこに書かれた指示を無視するかのように、アラモードはおうちじゅうの部屋に、兄の姿をさがしたのだが。
レノックスがみつかることはなかった。
もちろん、おうちのなかにいないとすれば、つぎにさがすべきはおうちのそと、となるわけだけれど。
そのまえに、アラモードはこの書き置きの意味をきちんと考えてみることにした。
さがすな。
そのまま理解すれば、そりゃあ、そのままの意味である。
みつかることが、レノックス本人にとって都合が悪いのか、みつけたアラモードのほうに危険が及ぶのか。それを知るには、あまりに判断材料が少ない。
でも、けれども!
コ・アラモードは、ただのおとぼけコアラではなかった。彼の頭脳には名探偵の素質として充分条件である、はいあかむらさき色の脳細胞が詰められていたのだから。
(おにぃちゃんは姿を消した。そしてこの書き置き。これだけぢゃ、それ以上のことはなにもわかりませんな。
ですが、もうひとつ。
これらに先立って、伏線となる出来事が起きていることをお忘れですかな?)
それっぽい口調で、思考をはじめるアラモード。
(おにぃちゃんのまえに、もうひとり。
姿を消していた、コアラ——師匠!
もしも、彼女の不在が本人の言葉どおりの食い倒れツアーではなく、なんらかの危険な任務におもむくためのものだとしたなら?!)
トレスは美人なだけでなく、超強いコアラである。
このご近所に不穏な悪の影が蠢けば、まっさきにそれをわしづかみに向かうはず。
そして、そのトレスにさえ手に負えない事態になったとすれば?!
まだ未熟な兄弟ふたりを巻き込まないように、食い倒れツアーだと嘘をついた師匠の意に反して。一番弟子である、レノックスは救援に飛び出すことだろう。
理にかなってはいるが、それでも憶測の範囲は超えていない。
トレスは最近 (いつもだが) 、ダイエットをしているし。ラーメンの食い倒れツアーの誘惑に負けて、のこのこ出かけるはずがないこと(ほんとか!?)。
そんな師匠へのあこがれが、おにぃちゃんからは、だだ漏れなこと。
そのふたつのカードを組み込んでさえ、役を完成させるには札が足りなくて。はいあかむらさき色の脳細胞をもつ名探偵は、結論をいそがずに、つぎなる局面が顔を出すのを待つことにした。せっかちすぎないことも、名探偵の資質のひとつなのである。
まあ、結局は。
その、のんびり屋体質が、この事件を解決させることとなった。
——すなわち、この事件を「事件としておおごとにしないこと」。それこそが、正解だったのだから。
「さがすな」
その意味するところは「探すな」ではなかった。
よく思い出してくれたまえ。
アラモードのどんな問いへの返事として、レノックスは紙にえんぴつを走らせた?
弟は、漢字を教えて欲しかったのだろう? そして、その熟語は「さばく」。
それに対してのレノックスのこたえが、この四文字だとするならば。
「探すな」ではなく「【さ】が【すな】」
これが、真の意味するところだったのである。
いや、【漠】はわからなかったのかよ?
てゆうか、せめて、【砂】は漢字で書いてやれ!
晩ごはんの時間には、料理登板であるアラモードのもとに、デザートのプリンとアラモ子さんから借りた辞書を持って、レノックスが帰宅した。ずいぶん遅かったのは、辞書を貸してもらうかわりに。雑用として彼女から、いろいろこき使われたらしい。
食後にはふたりして、【砂漠】の漢字をノートに練習したことを追記しておこう。
数日後、食い倒れツアーから無事に帰還したトレスの、苛酷さを増したダイエットに。修業の名目で、兄弟ふたりもつきあわされることになるのは、どうでもいいか。
なんだかんだで、ご近所は平和な毎日。
そうそうぶっそうな事件など、起こるはずもない——そんな油断の裏側で。
幾つもの企み、幾つもの手さぐり、幾つもの狙いすまし。
悪はたしかに、腹式呼吸をしていたのだった。