アンナ後編
三度目の迷宮攻略は前回から二日後の事となった。
「調子はどうだ?」
「悪くはありませんね」
召喚すると一番に寄ってきたリリィが答えた。
「よし、今日は潜れるところまで潜ろう」
十一層からのスタートとなった俺たちは、草原の中を歩き始めた。
上空は晴天。青すぎる空と、照らすような太陽が輝いていた。
だが元々の気温が低いのか暑さはあまり感じない。太陽の熱は暖かいのだが、涼しい風が調和するように吹いていた。
「ここからはE-ランク以上のモンスターが出現し始める。前回戦ったミズチやアースワーム、大蜘蛛などとはまた一段レベルが上がるだろう」
ふと、白狐が前回の探索を思い出させる。その言葉に面々の顔が顰める。明らかに思い出したくない光景だったのだが、どうしても強烈なインパクトを残した彼らを忘れる事ができなかった。
そう、あの日前々回の相手がミズチだった事もあって舐めていたのだ。その結果として最悪な目に遭った。気持ち悪く蠢くクリーチャー達は圧倒的な虫感が強調されていた。普通の人はモザイクをかけないと巨大な姿で近づいてくるそれらを見ただけで吐き気を催すだろう。ちなみに俺もガッツリ催した。
「いや、何でわざわざ封印したあのきっもいミミズと蜘蛛の事思い出させるんですか」
土系のモンスターだけあって、ワームや大蜘蛛は雷系魔法が通りにくく、接近戦を嫌がったリリィは白狐とアンナに仕事を丸投げしていたのだ。
リリィが嫌がったせいで、白狐達が嫌な役回りを押し付けられた。大方、その八つ当たりの意味も含んでいるのだろう。実際、効果は抜群である。アンナは可哀想だったが。
「まあまあ。前回大分楽に進めたおかげで、今回のステージは随分と涼しくて景色も綺麗だろ?」
「確かにそうね」
後ろを歩いていたアンナが相槌を打った。
その言葉に嘘はなさそうだ。
前々回は失敗してしまった。
リリィと白狐が小競り合いを起こし、少々喧嘩になってしまった為仲裁に回ることになってアンナに構う余裕が無かったからだ。
一応リリィと白狐は仲直りは出来たっぽいのだが、ご覧の通り少し溝は残っている。
今現在、マスターとして不安は多々ある。アンナが今厳しい状況に置かれているからだ。
だが酷な事を言えば、彼女には適応して貰わなければ成長しない。
自分より強い相手と戦う事、そして試行錯誤をしてアイデアを生み出すという事に。それこそが今白狐やリリィには出来ず、アンナにしか出来ない事なのだから。
「さあ、敵だ。行くぞ」
サアッ、と風が吹いた。
木の葉が吹き荒れ、草の匂いが鼻をくすぐる。
すぐさま、俺たちは敵を視界にとらえた。
──ブモォア!!
獣の鳴き声を上げ、目の前に相対するのはソードボア。等級はE-である。
体長一メートル半ほどの平均的な体格で、剣を牙に持った猪だ。ギラつく視線は野生の目であるが、その顔に未知を恐れる気配は無く、こちらへと迷いなく突っ込んできた。
まさに迫力満点といった様子だ。
「リリィ」
「はい」
俺はリリィに命じ、戦闘の用意をさせる。
言葉に応じるように彼女の紅の眼が輝き、手に持ったナイフが踊った。
姿勢をやや低くし、ナイフを構えたかと思うとリリィは一瞬でその場から消え去る。
スッと加速したリリィは、いつの間にかソードボアを切り裂いていた。
血が吹き出し、バタンとソードボアは倒れる。
そして直ぐに光の粒子となり消え去った。
瞬殺だ。
「問題ありませんでしたよ」
「凄い……流石だな」
やはりE-でも格下に当たるリリィは難なく倒して見せた。
直ぐに魔石を回収し、次のモンスターを探しに歩く。
「じゃあ次は白狐だが……大丈夫か?」
「ああ、問題ない。了解だ」
俺が白狐に問うと、特に緊張の様子も見えず平然といつも通り彼女は凛々しくそう答えた。
その言葉に俺も安心する。
彼女なら大丈夫、というそんな漠然とした頼り甲斐があった。
そして、次に現れたのはオーガだった。
同じくE-ランクのモンスターである。
実力的にはソードボアと大差ないだろう。
『水砲』
まずは一発。
白狐が敵を見た瞬間に放った一発に、オーガは鳩尾に相当な衝撃を喰らって悶えた様だ。
グッと当たった所を押さえ、膝を突きかけるが直ぐに起き上がって白狐へと向かってきた。
確か水砲のクールタイムは一分ほど、と言っていただろうか。
直ぐに同じ攻撃で追撃をかける事は出来ない。しかし問題ない。勿論、彼女の手札は一つではないからだ。
『火岩矢』
動けなくなったオーガに、火に包まれた隕石が矢となって降り注ぐ。
オーガは全く持たずに、塵となった。
「おお……圧殺だな。良くやったぞ、白狐」
「……ああ、ありがとう」
白狐を褒めるが、あまり気にした様子はなく業務的に魔石を取りに行っていた。
少し思うところはあるが悪い距離感ではないし、当面はこのままで良いだろう。そう判断して俺は最後、アンナへと向き合った。
「最後はアンナ──やってみてくれ」
「……私に出来るかしら」
「俺が指揮する。倒せなくてもリリィ達もいるから、大丈夫。心配しなくていい」
「……そこまで言うなら、分かったわ」
進んで歩き、そして探知出来ていた敵の正体を視界に捉える。
相手として立ちはだかるのは、サンダーバード。
インディアン部族の間に伝わる未確認生物だ。
「ま、マスター! Eランクのモンスターよ、交代を!!」
「いや、続けるぞアンナ」
「わ、私では無理よ」
「指揮するのは俺だ。俺を信じろ。お前の力量なら可能だと判断する。恐れるな」
「でも」
「リリィも白狐もいる。絶対に安全だ。行くぞ、アンナ」
返事を聞かず、強引にアンナを戦闘に出させる。
「鳥は撃ち落とすのが定石だ。アンナ、氷矢を」
「え、ええ」
『氷矢』
牽制の為に放たれた矢は空を飛ぶサンダーバードに軽々と躱された。
中々厄介な機動力だ。俺は内心、舌打ちを打って再びアンナに声をかける。
「相手の速さを脳に刻め。当てるぞ、アンナ」
『「氷矢」』
氷の矢が研ぎ澄まされる。
魔力で形成された氷の物質は矢の形へと変形していった。
「ふぅ」
息を吐き出したアンナは精密に敵へと照準を合わせる。流れるように彼女は狙撃し、恐るべき速さで氷矢はサンダーバードが飛ぶ軌道に突入した。
『放電』
が、パリン、と氷が割れた。
黄色く輝く雷が、サンダーバードの周りを駆け巡っていた。
上手く防がれたのだろう。想定よりも手強い相手に、アンナがこちらを見て助けを叫ぶ。
「効かないわよ、どうすればいいのよマスター?!」
「気にするな。攻撃は当たりさえすれば効くだろう。もう一度行くぞ、杖を構えろアンナ」
慌て気味の彼女を落ち着かせるため、強い口調で指示を下す。
その言葉に逆らえないのか、彼女は言われるがままに杖を構えた。
「『氷矢』」
短い間隔で複数の矢が放たれる。
予め魔力を貯めておき、使用制限を短縮する方法だ。チャージとも呼ぶ。
氷矢がショットガンのように敵に襲い掛かる。
『放電』
同じように、最初の矢が撃墜する。
次に、二つの目の矢が。
三つ目、四つ目。
そして最後の四つ目が、消え去り──
「今だ、放てアンナ。氷槍だ!!」
『「氷槍ッ──!」』
氷の槍は、空飛ぶ鳥を落とさんが為に空へと舞った。
グングンと伸びる槍は、『放電』で撃ち落とされるかと思われたが、勢いは止まらない。
牽制に出力を使いすぎたのだろう。
だが。
相手は、格上だ。
『雷撃』
氷の槍は焼き焦がされた。
まだ手札を隠し持っていたのだろう。見事にこちらの切り札を返され、彼女の手札では最早対抗する術を持っていない。
「……あ」
気持ちの途切れたアンナを、サンダーバードは見逃さない。
『電撃』
稲妻が、落とされた。
少女に、アンナに向かって。
「リリィ!!」
「仕方ありませんね」
『雷撃』
当たる、と思い稲妻に目を瞑ったアンナは、その瞬間を見逃す。
黄色の稲妻は、リリィの放ったより大きく強力な青白い雷によってかき消されたのだった。
格の違い。
魔力の違い。
計り知れないほどの、実力差。
サンダーバードはリリィを恐れて、攻撃を中断する。
距離を取るように上空へ戻り、こちらの様子をじっくりと伺っていた。
「駄目……よ。私……やっぱり、無理だわ。……出来ないもの……」
その隙にアンナは自暴自棄になったのか、サンダーバードとリリィを見て、嘆くように俺のだけ聞こえるように呟いた。
その瞬間、悟る。彼女は諦めようとしていた。
虚な目で虚空を見つめて、全身から力が抜け落ちているのが分かる。
へたり込むように崩れ落ちた彼女を、俺はかろうじて支える。
「どうして……」
掠れるような声で、彼女は俺に向かったそう言う。
まるで自分を支える必要なんてない、そう懇願するかのような言葉だった。
リリィだけが全てを手に入れた。
アンナだけが、自分の手のひらから欲しかった物を貰えず、溢れ落ちた。
なあ、アンナ。
その感情を、心に刻め。
「立て、アンナ。ここがお前の正念場だぞ」
俺は、鼓舞する。
彼女は諦めようとしているけれど。
俺は世界で誰よりも今、彼女の才能を開花させたいと願っている。
何故か?
彼女は嫉妬心を持った。
羨ましいという気持ちを知った。
どこか傲慢で、高飛車で。それでいて孤高、いや孤独に思えた彼女は二度の挫折を得て、今、変わろうとしている。
俺が彼女に足りない、と分かっていた物を彼女は今覚えた。
誰かが言った。
嫉妬するのは、その相手が自分のなりたい姿でいるからだと。
彼女の『心』に植え付けられた、その原動力は才能になる。
希望が見えないから。
ならば、今こそ、彼女が変わる時なのでは無いだろうか。
「だから……無理、よ」
「出来ないのか?」
「………………ええ」
彼女は誠実に答えた。
今だ。本能的にそう思う。今が、そのタイミングだ。
俺は確認するかのように、彼女に聞いた。
「なら何が欲しい? 何があれば出来る?」
「それは……」
「答えろ。自分の答えを出せ」
指示に従う傀儡ではなく、己の決意で動け。
アンナ。これは、君への試練だ。
「──力」
「アンナ。力は突然強くなったりしない。お前から見たあの日のリリィは、突然何もかもを手に入れたように見えただろう。だけれど、彼女が力を貰ったのは契約だ。条件を飲む覚悟があった。力は、対価の上に成り立っている」
「……ええ」
「アンナ。お前は、対価を支払える覚悟があるか? この場所にいる理由があるか?」
**
私はこのパーティーに入った当初、ここに特別な気持ちを持っていた訳ではなかった。
リリィはマスターを気に入っていた様子だったが、当初のマスターの印象は特別な好感を感じるほどでは無かったと思う。
私はそのパーティーで一番強かった。故に一番信頼されていた。
居心地は悪く無かったと思う。
ただ、そういうのは一時的な物に過ぎない。こういう物は簡単に壊れる物なのだ。
あの日。
マスターが私達のために戻ってくれた事に、何も感じなかった訳じゃない。
嬉しかった。
心底。
だけれど、命が途絶える寸前だと言うのに何を期待しろと言うのか。
諦めがあった。
どうにもならないと思っていた。
でも、リリィだけは違ったけ。
彼女は、ヴァンパイアとなった。とても羨ましいと思った。
それはきっと彼女の才能なのだろう。
私には備わっていない力だ。
そんな事は理解していたのに、もう一度信頼という名の居心地良さを求めたくなった私は、奇跡を願った。
覚醒、神のお告げ。
そういう力を支えにしてしまった。
私が一番の足手纏いになった。
心は、私はまだやれるとほざく癖に。
嗚呼。
力が欲しい。
その覚悟は、この身に宿している。
才能がなくとも、力を得る事は、その機会が与えられる事はあるのだろうか。
嗚呼、そうだ。
答えは決まっている。
**
「──勿論よ」
「なら、約束だ。俺はお前に機会を与える。だから、その覚悟を俺に寄越せ」
「ええ。約束するわ、マスター」
彼女は俺が差し出したカードを手に握った。
光が彼女を包み込む。
「──これが」
「水光姫。日本神話の水の神だ」
大抵の才能とは、持って生まれた物と後天的に生まれたものがある。
大抵の才能とは、単純な巧さではない。根本にあるのは情熱だ。
勉強もスポーツも音楽も、それを苦と思わないからこそ、楽しめるからこそ、一生の『努力』が可能となる。
大抵の才能には原動力が必要だ。
その才能という花を美しく咲かせるのは、俺の役目だと。
そう、決めたのだから。
**
時は遡り、俺は換金の為にギルドへと訪れていた。
「ミズチの涙が、ですか?」
チューブ状の容器に入って落とされていたドロップアイテムを見せると、受付の人は少し驚いた様子で対応していた。
「はい。こちらレアアイテムとなる為、換金の確認をさせて下さい」
「ちなみに、いくらなんですか?」
F+ランクのモンスターのレアアイテムとなると数十万は行くだろうか?
「ミズチは水中に住む竜類の妖怪でして、実はその涙には強力な希少性と高位の水系魔道具を作る際の必須材料となるんです。その量なら五十万円ですね」
「ご、五十万!?」
思わず目が飛び出るような金額に驚く。
五十万となると、相当な稼ぎだ。二ヶ月分くらいの給与にはなる。
勿論、私財とするなら手取り分は減るだろうけど、その金があれば何でも買え…
だが、
(確かミズチの討伐を担当していたのはアンナの筈)
感謝としてアンナ用に使う金もあるべきだ。
「はい。どうなさいますか?」
「あ、換金でよろしくお願いします」
「では、全て合わせて五十六万五千五百円ですね。振り込みは探索者カードでよろしいでしょうか」
「はい」
「他に要件はありますでしょうか?」
「モンスターカードの購入をしたいのですが、こちらでも対応可能ですか?」
「はい。こちらの窓口からでも問題ありません。お希望は?」
「雪女の在庫はありますか?」
俺はE+ランクモンスターの雪女について尋ねた。
モンスターを進化させる方法は二つ。
一つは極稀に起こる自立進化。
もう一つは、進化先のカードを与える方法だ。
「いえ、すみません。現在こちらには在庫はない状態ですね」
「そうですか。すみません、えっとその、雪娘の進化系統のモンスターで在庫があるのは何ですか?」
「雪娘ですか。随分と珍しいカードをお持ちですね。現在はDランクの水光姫がありますが、こちらスキル等があまり無く比較的安値でご購入頂けますよ」
Dランクか。
三体の戦力を合わせる為にもなるべく近くのランクの物を購入したかったが、スキル等の差を考えれば許容範囲内だろうか。
だがどことなく嫌な予感がした。
「えっと、その、いくら……ですか?」
「七十万ですね」
「……………あ、はい」
**
「アンナ。行け!!」
「はい!!」
『水剣』
百の水で作られた剣が生成された。
だが、止まらない。
「力が溢れてくるわ……!!」
アンナは更なる魔法を展開する。
『氷結』
百の水剣は氷漬けにされた。
そしてその断面が並の強度の氷でない事を示している。
「喰らいなさい!!!」
剣は、あっさりとサンダーバードを貫いた。
無数の剣が突き刺さり、サンダーバードを地面へと墜落させる。
放電は全くと言っていいほど剣を撃墜出来なかったようだ。
あっさりと終結した戦いに、アンナはしかし、口角が吊り上がっていた。
光の粒子に変わっていくサンダーバードを見届けると、俺はアンナに向き合う。
「よくやった」
「……ありがとう、マスター」
「その力は信頼の証だ。これからも頼むぞ、アンナ」
アンナは自信に満ちた顔で答え返す。
「──ええ!」