戦力差
「──優勝する」
そう言い切った俺は、やはり目標が高すぎるかもしれない、という自覚があった。
が、しかし決して無謀で言ってるわけではない。
この目標を達成すれば県予選の優勝はただの通過点になるし、次の目標は全国大会の優勝になるだろう。それに今の戦力なら不可能ではないと思っている。これは確かな自信と己の能力を信じた上での目標なのだ。
「優勝……ですか?」
「ああ。期限は五ヶ月。その間に俺自身のレベルを最低五まで。加えて戦力を追加で最低六体確保し、パーティーメンバー三体のランクをD以上に引き上げる事が目標だ」
「それは理解できるわ。ただ、基準の理由は何かしら?」
アンナに疑問を投げかけられ、俺は用意していた答えを返す。
「まず俺のレベルについてだが、これは勿論シンクロシステムの解放が目的だな。レベル5になると俺たち人間は特殊能力が扱えるようになる。それを可能なら大会の二週間くらい前に習得して練習を積みたい」
「同意ね。私も勝手が分からないから慣れが必要だと思うわ」
「それにレベルが高いほど高ランクのモンスターを使いこなせるからな。レベルが高くても損はない」
「ええ」
「次に君達のランクについてだ。過去の大会のデータを見る限り、使用されるモンスターのランクはF-からCまである。ただCランクのモンスターを持っているのは相当やり込んでいる奴か、よっぽどの金持ちかの二択だ。ランク別のグラフを調べたが、基本的にF+からD+ランク辺りのモンスターが相手になると考えるべきだろう」
F-は記念や参加実績としてエントリーしたみたいな連中で、数は多くない。
多くはFからDランクのモンスターを持ち込み挑んでいる。確率から考えても、序盤に当たるのはそういう連中だ。まあ勿論優勝を目指す限り、さらに強いランクのモンスターを手持ちに持っている奴らとは当たることになるだろうが。
よく迷宮は金さえあれば何でも出来る場所、と言われるが俺は世間が言うほどそうであるとは思わない。
まず戦力の目安の比重において最重要となるモンスターカードの強さ。これは高いランクのモンスターを持っていても、召喚者のレベルなどが低ければモンスターは召喚に応じない。
故にどんなに金を持っていてもレベル一の探索者は扱える最高ランクであるF+ランクのモンスターしか買わないし、そこから始めるしかない。まあ装備品自体は別だが、マスター本人の強さが上がったからなんだという話だ。
もちろん、シミュレーションルームへのアクセスがあるほど裕福な子供とはある程度経験値の差が出るだろうがそれはいずれ埋めていける。
迷宮はまるで誰かが仕組んだバランス調整のように、全ての人にチャンスが与えられるようにバランスシステムが上手く作られているのだ。
あまりにも人為的なので、ネットではこういう現象のことを「迷宮さんさぁ」と親しみを込めて呼ばれている。
「しかしなあ……リリィ、白狐。お前ら強すぎないか??」
「この程度なら相手にならない」
「当然でしょう? 私、ヴァンパイアですから」
移動しながらスラスラと目の前に出現した敵が瞬殺されていく。
もう三十体近く倒されただろうか。
どれもゴブリンやスケルトン、スライムといったモンスター達なのだが、呆気なく何も出来ずに散ってゆく姿を見ると、アイツらの存在意義について考えさせられる。
哀れだ。
「……と言うか。私向こうが凄すぎて戦いに入っていけないわ」
「アンナ……。心配するな。俺も、っていうか今俺はマジで何一つ仕事をしてない」
今まで倒した総数は三十二体。
内十六がリリィ、十四が白狐でアンナは二体である。
俺は後ろから無駄に指示の声を出しているだけで、別にいなくても問題ないから活躍はゼロ。
アンナは少なくとも混戦の間とはいえ二対は倒している。
アンナは戦闘力的に一番劣っている自分を気にしているようだったが、俺もまた自分の存在意義を問われていたのだった。
「とっととボスまで行って次に階層に進もうか。このままだと俺たちマジで出番ないからな」
「そうね。私からもお願するわ」
俺とアンナの悲痛な叫びは兎も角、ヴァンパイアになったリリィは見違えるほど強かった。
風魔法を習得し、雷魔法も格が違うほど強くなっている。
白狐とリリィについては心配は要らないだろう。
となると、問題に見えてくるのは……やはりアンナだ。
パーティーに入った当初は最大戦力だったのに、今では正直一番下。
五層までは三体制限のパーティーの中で、一人だけ戦力が低い。
ランクの関係から仕方がないとはいえ、数値だけ見れば、パーティーによっては戦力外として見られてもおかしくない。
俺はせっかくアンナを育てているのだから、と言う気持ちでアンナより多少戦力が高い程度のモンスターが入っても変える気は無いが、アンナはそうは思っていないだろう。それに俺の考えを伝えてしまって、アンナが努力をやめてしまうことこそが、彼女の育成における最大のバッドエンドだ。
今の彼女には心のどこかに大きな焦りがあるはずだ。
許せとは言わない。でもその焦りを少しだけ泳がさせてほしい。
「はあっ!」
アンナが敵に攻撃を放つ。
氷矢が刺さったゴブリンは力が抜けたように膝から崩れ落ち、消滅した。
「っ……こんなのに、手間取るなんて……」
彼女は一人、戦闘が終わった後も下を向き考え事をしているようだ。
そこにリリィが近づき声をかける。
「アンナ、そんなに気にする事でもないですよ」
「……いえ」
アンナは一言だけそう言い、キッとリリィに厳しい視線を向けてからまた歩き出した。
共に行動をして気づけた事があるのだが、彼女は案外プライドが高い。
劣等を感じる現状には、きっと彼女も思うところがあるだろう。
だからこそ、彼女は成長できると思っているし、成長して貰うためにもこの状況に耐えながらしばらく戦い続けてほしい。
アンナには何回も助けてもらったし、何度も命を張ってもらった恩がある。
ならば、彼女を育てる事こそが恩を返すのに最も最適な手段なのではないか?
どちらにせよ先程ドロップした三匹のゴブリンとニ匹のスライムを含めても最大戦力の三体は白狐、リリィとアンナなのだ。
アンナ自体は向上心を持っているし、是非とも強くして上げたい。
「マスター、私今このパーティーに必要ないんじゃ無いかしら……」
「バカな事を言うな」
彼女は確かめるように、俺に問う。
その言葉は彼女を擁護しろと言うのと同義だ。
俺の答えを確信した上で、敢えてそう聞いたのだろう。
そして俺は望み通りの答えを出した。
しかしそれでも彼女の表情には暗雲が見えた。
「……でも私今、足手纏いじゃない」
悲しげな顔で、彼女は俺に呟くようにそう言う。
アンナは想像以上に自分の現状を気にしているらしい。
「そんな事ないさ」
良い方便が見つからず、励ますように彼女にいう。
やはり彼女の顔色は晴れなかった。
俺が思っている以上に事態は深刻のようだ。
当事者でないからこそ、彼女の気持ちは彼女にしか分からないだろうし、寄り添いたいと願ってもそれは簡単な事ではない筈だ。
アンナにやる気を無くしてもらいたくはない。
大会までのリミットは五ヶ月。
何か手立てを考えなければ。