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過去

 激戦の後、リリィに収納袋マジックバッグから中級ポーションを取ってもらった俺はそれを飲み、傷を癒すことが出来た。


 リリィも深い傷を負っていたと言う事で同じく中級ポーションを渡そうとしたら、傷口はヴァンパイアに進化した影響なのか無くなっていたようで、とりあえず初級ポーションを飲ませる。モンスターは人間よりもポーションの効き目が悪いそうなのでそれでも心配ではあったが。


 アンナも傷はないようだったが、魔力の消耗が激しく、カードに戻して休んでもらう事にした。


 ……結果として、今回の探索はかなりの赤字に終わった。


 中級ポーション一つで八万円、初級ポーション一つで二万円。

 白狐のカードは大きな利益だが、売るつもりは当然ない。


 そう考えると、雪男の魔石十二個、角兎の魔石一個、角兎のツノ一つ、での計22100円は相当なロストだろう。


 というか、リリィの助けが無ければ十中八九お陀仏だった。少なくと軽傷で帰れる可能性は低かっただろう。

 今回の探索は随分と運が悪い。


 昇級迷宮に加え、昇級ボスなんて正気の沙汰じゃない。凡そではあるが、昇級迷宮の確率も昇級ボスの確率も1%ずつ。一万分の一の確率を引いて死ぬ事になったなんて本当に笑えなかった。


 脱出経路も把握していて、指示も間違いは無かった…と思う。

 だが白狐の素早さが厄介だった。


 いや、速さの代わりに耐久やパワーの脆さのおかげで倒せたと考えたら妥当なのか?


「眠い……」


 時刻は十時。

 同居している姉はまだ帰って来ないようだ。


 俺は十二の時に、腐り切った家から五つ年上の姉に引き取られた。その為、現在は二人暮らしだ。

 学費を負担してくれている姉は、毎日のように金を稼ぎに仕事に出かけている。


 姉にこれ以上の迷惑はかけられない。

 そんな想いが日々自分の中で積もり続けている。


 姉の相沢飛鳥アイザワアスカは一年前親との不仲が原因で家を飛び出した。

 何処となく、クソみたいな家庭に嫌気が刺したのだろう。



 けれど姉が出て行った事に対しても、親は探索者として稼いでいた姉が家に金を入れて貰えなくなる事を心配していたようだったけど。むしろ好きでも無い子供の養育費を出さなくて良くなった、とほざくほどである。



 嫌な記憶だ。

 けれど、問題はそんなことじゃなかった。


 その日から苦しむことになったのは、紛れもなく俺なのだから。


 姉がいなくなった事で俺に待ち上けていたのは地獄だった。

 一つ上の兄は親からの愛情を一身に受けて育ったと思う。



 俺は違った。

 生まれた時から愛着なんて湧かなかった、と母や父に言われた時の事が今でも頭から離れない。


 罵倒、贔屓、暴力。


 愛されている子供がされない事を経験して来た。


 罵倒は本心で。

 贔屓は純粋な愛情の優劣で。

 暴力は親のストレスの捌け口で。


 子供の頃は純粋だった。

 父に殴られた後も、うんざりした顔で「あれは教育の為だ」と言われれば、無理に自分を納得させる事が出来た。俺が悪い。彼に責任はない。だから、耐えないと。……耐えないと。



 でも中学になった辺りから、その言葉は酷くなった。

 


 お前なんて産みたくなかった。

 お前に期待はしていない。

 金を使わせるな。


 

 日常会話ですら、心を抉られる言葉の数々だった。否定され続けた。

 機嫌が悪い時は殴られ、蹴られ、叩かれた。昔は暴力に参加することのなかった母も、姉がいなくなった辺りからすっかり無抵抗になった俺を殴ったり、蹴ったりするようになった。その時言われる罵倒は聞かないようにしている。聞いてしまえば耐えられなくなるから。



 裕福な家庭に生まれて、英才教育を受けて、高い学校に通わせてもらって。

 結果を残して。親に褒めて貰いたい気持ちを隠して。


 どんな事をしても。

 どんなに頑張っても。


 まるで他人事のように、興味がないように。

 愛着のない子供の褒めて貰いたい言動なんて、五月蝿い雑音にしか過ぎないのだと知った。


 どうしてこうなったのだろう。



 ……俺がダメだったんだろうな。俺がもっと可愛げがあって、マトモな子だったら。そうしたら、ちゃんと愛せてもらえたのに。



 地獄が終わったのは、姉が迎えに来てくれたからだろう。

 姉は、遅くなってごめんと、痣だらけの自分を見て泣きながら謝っていた。






 俺は子供の頃から姉を誰よりも尊敬していた。

 聞けば姉も、兄が生まれる前はそれなりに大切に扱われていたらしい。



 だが、四年経って兄が、男児が生まれてから姉の環境は変わったのだと言う。



 姉を差し置いた、明らかな兄への贔屓。

 それでも姉は十分な環境を与えて貰っていた。


 四つの歳の差があるのも原因だろうが、姉は優秀で、嫁がせるだとか、良いとこに働かせるだとか、そう言う事を常々話し合っていたらしい。



 俺自身の姉の印象は、とても優しい人、だった。



 甘える相手はいつも姉で、それなりに気が合っていたのだと思う。


 お小遣いを貰えなかった俺に、いつも少しばかりのお金を内密に渡してくれていた。そのお金で、今まで断るしかなかった友人との遊びに行ける事が、何よりも幸せだった。

 

 子供ながら、単純にも姉に一生着いていくと約束して物だ。



 俺への暴言も、度々姉が仲裁に入ってくれていた。

 俺の家庭内の状況を、姉は誰よりも理解してくれていた。



 だけれども、姉が探索者になりたいと言ってから、全てが変わり出したと思う。



 大人しめだった姉が、親と激しい言い争いを何度も繰り返した。



 親の姉への言動が荒々しくなっていた頃だったと思う。

 姉が一人暮らしをすると、衝動的に言って家を飛び出した。



 その後、帰ってくる事はなく、姉のいなくなった俺は初めて暴力を振るわれ始めた。



 全身に青痣が出来て、一年間と少しの空白の後、姉が姿を見せた。


 想像以上の俺の現状に、久しぶりに話した彼女は、やっぱり変わらず、無鉄砲にも俺を引き取ると言って見せた。


 俺は引き取られた。


 高校を卒業した姉は本格的に働き詰めで家に帰る時間が遅くなってしまったが、それでも姉との暮らしは幸せそのものだった。



 別に自分が世界で一番不幸だなんて思わないけど。

 それなりに苦しんで泣いたりした。


 そこから救ってくれた姉は、当時は良く自覚してなかったけど、振り返って見ると彼女は間違いなく恩人だ。



 それに、迷宮災害で迷宮からモンスターが溢れ出した時、真っ先に姉が駆け付けてくれた。

 姉にはずっと、感謝の気持ちしかない。



 家族というものが本来どういうものなのか、彼女のお陰で今なら理解できる。



 探索者への強い憧れを抱き始めたのも彼女がきっかけだった。



「ただいま〜。あ、颯太。ケーキ食べた?」


 姉がスーツ姿で帰ってくる。

 姉は自分が探索者になった事を知らない。

 十五歳の誕生日に、死にかけの思いをした事も知らない。


 いつか。

 姉に返しきれないほどの恩を返せるような人間になる日が来るのだろうか。





「お帰り、姉さん」





 

 

 


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