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相棒

心に闘志という火を灯すのはいつだ──?

 Eランクの強さ。

 それを質問された時、様々な声が存在するだろう。


 一体で十数名を虐殺できる恐ろしい怪物だとか、逆にプロたちの戦いで言えば下から数えた方が早いランクだとか。


 しかし、たとえ誰にそう呼ばれようが、Eランクとは、スライムやゴブリン程度の雑魚と呼ばれるレベルを逸脱した存在。


 伝承的に言えば、何かしらの能力、逸話、地位がある。


 例として月夜で戦闘力が上がる狼男や、旧家に現れる女の亡霊シルキー、更には冥界の女神ヘカテーに使えるエンプーサなどが存在するのだ。


 駆け出し冒険者の印象としては、Fランクモンスター十体で同時に攻撃しても倒せるか怪しい相手という所だろう。

 

 最初の強敵。

 最初の壁。



 そして、その佇まいを見て、とある冒険者は思っただろう。


 ──あれは、怪物モンスターだ、と。


**


「退くぞッ──!!」

 

 記憶が間違いでなければ、あれはEランクモンスターの白狐。

 妖狐の一種である、強敵だ。

 

 強敵。

 その言葉には冒険心がくすぐられるが、現実的に考えて俺たちが勝てる確率は低い。


 最善の選択はあの帰還ゲートに向かって突っ走る事。


「カバーを頼む!!」

「了解です!」

「命令通り、時間を稼がせて頂きますわ」


 俺が出口前に到達してリリィとアンナと合流した後に、身体の接触によってモンスターカードに戻し、そのまま脱出する作戦だ。

 

 リリィが前方に、俺が中央、そしてアンナが後方という陣形を組み走り始める。


 後ろから響く、唸るような吠え声と氷塊が地面に打ち付けられる音。


 戦況は分からず、ただ走る事の一点に神経と体力を傾ける。視界から目視で測る距離を確認し、完璧なペース配分を決めて行く。


 百メートル。九十メートル。八十メートル。七十メートル。六じゅッ──


「来ます──!!」


 ズサァ。

 雪が右から左へ跳ね上がるように飛び散り、巨体が目の前に立っていた。


 二十メートルは後方に居たはず。

 その上、後方のアンナの牽制を受けながら大きく回り込みながら来たのだ。


 威圧。

 脅威。

 恐怖。


 押しつぶされそうになる。

 息切れし、酸素が回らない脳でも自然と選択肢は一つに絞られた。

 

 ……戦うしか、ないだろう。


「申し訳ありません。氷矢で牽制していたのですが、効果が薄かったようですわ」

「気にするな」


 息を吸い込み、言葉を続ける。


「──道は切り開けばいい」


 リリィが地を蹴った。


 振るわれたナイフは白狐の首元を捉える。

 白狐は想定以上の速さに目を開けるも、すぐに反応を見せた。


 後ろへと交わそうとする白狐を、リリィは冷酷を携えた顔と、獲物を捉える赤い眼で返す。


『感電』


 避ける事に転じていた白狐の動きが封じられた。

 多少の効果があったのだろう。


 顔を苦痛に歪ませ、目が半開きになる。


 ──今だ。


 誰もがそう思った。

 当の白狐を除いて。


水砲ウォーターカノン


 どこからともなく現れた水の大砲が、噴射された。


「ぐッ!」


 避ける暇もなくリリィの胴体に直撃したそれは、軽い身体をいとも簡単に吹き飛ばす。


 な……!!

 リリィは無事か!? 

 生死に関わるような重症ではない筈だと信じたい。

 

 クソ、クールタイムはどのくらい長い?


 ……ダメだ、ゆっくりしている時間などない。

 

 いくしかない!!


「うらあ゛ァ!!」


 俺はリリィに続いて白狐に斬りかかった。


 攻撃を途切れさせてはならない。

 必ず、仕留める!


 手を緩めず、臆さず、許さず。

 すぐそこまで迫っていた俺の剣が、白狐を切り伏せよう空を滑る。


「グゥッ!」


 が。

 感電が解けた白狐の前足が払われ、俺は剣と共に横へ吹っ飛んでしまう。


『氷矢』


 俺は倒れて動けないが、アンナは打ち合わせ通り作戦を決行している。

 しかし、よくよく見ればその表情からは焦りだけが肥大化しているようだった。


 アンナの放つ鋭く、大きく、研ぎ澄まされた矢が白狐の頭部目掛けて撃ち抜かれる。


 当たると思った刹那、白狐が再び動いた。

 

火岩矢ファイアーロックアロー


 迎え撃たれた火を包んだ岩の矢によって魔法は相殺され、氷の矢は砕け散った。

 火属性と土属性の混合魔法。それが意味することは、その両方の属性魔法を持っているという事。

 

「なら──」


 アンナが己の判断で頭を回す。

 己のマスターと、先ほど出来たばかりの戦友の倒れる姿を見て、白狐に敵意の感情を向けながら。

 

 アンナが腕を広げる。 


『氷槍』


 魔法を発動し、氷槍が出された。


 魔力で操りながら、氷の槍が白狐目掛けて突かれる。


 ヒラリと交わす白狐に怯むことなく、すぐに追撃が行われた。

 しかしそれを苦にせず、躱し続ける白狐。


「『氷矢』ッ──」


 使用制限クールダウンの短い氷の矢が、槍の連撃の合間を通るように放たれる。

 槍が、矢が、重なるように、敵へと向う。



 行ける!


 アンナが確信する。

 我ながら完璧に決まったと思った。


 槍との交戦の最中に放たれた矢は白狐に避けるを事を許さず、あと一メートルというところまで届き……


 矢が白狐を撃ち抜く光景がアンナに沸いた。

 

 だが、目を凝らし再び確認すると。

 その刃先が撃ち抜こうとしていたのは



──黒髪の少年(相沢颯太)だった。



「ッ!??」


 矢が、槍が、止まる。

 それはマスターへ攻撃出来ないモンスターとしての反射的な行動なのか、自主的な行動なのか。

 どちらだとしても関係ない。


「──擬態だ!!!」


 気づいた瞬間にはもう遅い。

 

 皮の剥がれた白狐は、彼らのマスターの姿を辞め、元へと戻り、止まった矢を槍を叩き落とす。


「くそっ……化け狐め!」 


 苛立ちと闘志に任せ白狐を睨みつけるように俺は吠えた。


「『感電!!』」


 立ち上がり駆けつけたリリィが、不意打ちで感電を放つ。

 しかし二度目は無かった。


 感電は油断のない白狐へと当たるも、混乱や痛みでの行動阻害は薄く、ナイフも受け止められる。

 悪寒がした。

 

「ッ、不味い!

 ──避けろッリリィ!!」

 

 俺の叫び声と共に、白狐の爪が細く華奢なリリィの身体を貫きに掛かる。

 リリィもそれを感じ取ったのだろう。すぐに防御の姿勢に入る。


 が、爪が振られた。


「──ッア゛!!!!」


 ナイフで受け止めきれず、爪は腹部を薄くながらも切り裂き、リリィから血がボタボタと溢れる。


 リリィの声が響き、伝わる。

 心の底から痛みと、恐怖に対する助けを足掻く声だった。



 背筋に寒気が走る。

 全身に恐怖心が流れる。



 ……脳が危険信号に縛られる。





 致命傷なのか?

    

     助けに行かなければ。

                                        

        危ない。

     

                   早く。



    動け。


                          嗚呼           

                            

           でも



                 情けないほど

                                      

                                  



    ──怖い





『「──氷槍ッ」』


 アンナが槍を放つ。

 この状況だと言うのに、彼女は冷静に判断を下す。


 風を切る音に一瞬だけ期待してしまう俺がいた。


 しかし白狐には当たらない。

 ヒラリと躱された後、白い獣は次なる標的をアンナに向けたのが分かった。


 襲いかかる白狐に後退りながら。

 アンナは必死に何本も急造で氷の槍を産み続け、その度に幾度となく破壊される。


「ぁ」


 俺から掠れた、情けない声が漏れ出た。

 無理だ。

 

 人間としての本能が、危機のアラームを鳴らし続ける。

 

 どうすればいい?

 打開策は何だ?


 リリィの治療は手持ちのポーションで十分か?

 リリィの復帰が無理だった場合、俺とアンナだけで倒す作戦は?


 何をすればいい?

 考えろ考えろ考えろ。


 これは試験じゃない。シミュレーションでもない。

 現実だ。


 失敗は許されない。

 俺は、失敗出来ない。


 何か。

 何か思い出せないのか?

 

──成功する冒険者とは、全ての場面において正しい選択をすることが出来る人間です。それが例え、何かを捨てることだとしても。だから、冒険者はカードに情を入れない。


 冒険者ライセンス取得の際、教員が放った言葉が頭に流れた。


 こんな時に限って思い出してしまった言葉は、己の中で酷く嫌悪を感じた言葉だったのに。



 ふと、気がつくと。

 倒れ伏したリリィ。白狐に押されるアンナ。そして、俺の目の前に出来た、出口までの道筋。


 意図せず脳は廻り出す。


 アンナに白狐の相手を命令させれば、自分は生き残るだろう。

 アンナの近くに倒れたままのリリィは回収出来ない。ならば冒険者として、模範的な回答は自分の命を優先し、カードを捨てて出口に走る、だ。


 それに、アンナだけであれば、なんとか失われずに戻ってくるかもしれない。

 嗚呼。


 悪魔的な考えが脳を巡る。


 よろめきながら、どうにか立ち上がれた。

 でも立ち上がった俺は彼女達に背を向けてしまっていた。

 

 背を向けると、出口は目の先にあった。短絡的に、思考がすべき事を伝える。




 逃げ──

 


 ……逃げるのか?



 己の考えに疑問が浮かんだ。


 それは本当に相原颯太の思考か?

 俺はこんな、情けなくてみっともない自分優先の人間だったのか?


  ……違うんじゃないか?

 

 

 いや、まさか。

 逃げるのが正解だ。逃げないと死ぬ。ここでリリィを助ける理由はない。

 

 逃げないと。

 


 ……逃げる?

 俺が?


 ……気持ち悪い。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 

 反吐が出る。


 負けを認める?

 小鳥遊 翔を目指している人間が?

 この程度の絶望で?




 何より。

 相棒になると誓った筈の。



 彼女を置いて?


 

 俺は……嘘付きになるのか?

 


────死ぬのは嫌いなんです


 

 彼女を思い返した。優しい声、こちらを捉える綺麗な瞳。途端、彼女の姿が脳から離れなくなる。

 浮かんだの彼女への思いが、判断を『間違い』の一色に染め上げていた。



 ……おい。



 自然と、溢れていた涙を素早く拭って振り返る。



 同時に悲しみよりも最初に浮かんだのは。

 自分と、敵への。


 憤怒。


 

 倒れたままの彼女リリィと、必死の形相で戦い続けるアンナが目に映った。



 俺は彼女達を置いて、逃げようとしたのか?



 怪物モンスターである彼女。

 死を恐れる彼女。

 頼れる彼女。



────リリィと呼んでください



 微笑み、幸せそうにする彼女が脳裏に浮かぶ。

 彼女はきっとこれまでたくさんの辛い思いをしてきたのだろう。


 あの時花のような美しさで笑ってくれた彼女を、その時の感情を、忘れてほしくない。



 だから。


 答えは、



 驚くほど簡単に、求めていた答えは見つかった。


 愛した()()を守る為なら。




 一択だろうがっ!!




「あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁ──っ!!」




 咆哮を上げた。

 心臓を捧げる覚悟で、喉が潰れるほど自身を鼓舞する。



 燃えたぎる闘志で、悲鳴を上げる身体を突き動かす。



 駆け抜けながら、白狐に向かいながらも、頭だけは冷静に冷静に、落ち着かせようとする。



 氷槍が砕かれたアンナ。その命を奪う筈だった白狐が、その雄叫びに惹かれて少年に目を奪われた。




 おい、人のモン傷付けといてのうのうと逃すと思ってんのか?



 お前が強かろうが、関係ねぇだろ。

 テメェは、テメェだけは。



 俺がかつて死ぬほど嫌った、逃げ腰の弱者にさせたお前だけは、俺の手でぶっ殺してやる!!!



 俺はアイツらのマスターだ。



 あの時本気でそう思ったのなら。

 その責任を果たすべきだ。



 だから。

 今がどれだけ怖くても、誓いなんて捨ててしまう方が正しいと今思ってても。



 見捨てるなんてあり得ない。



 何度だって、命を賭す覚悟は出来ている。



 さぁ、行くぞ──


 受け止めてみろよ、なぁ



「──白狐!!」


 

 剣を振るった。

 防御を全くとしていいほど気にていない型で、捨て身の攻撃を仕掛ける。



 突然立ち上がり切りかかってきた少年に対し、白狐は頭を回す。


 首だけは守られていて狙えない。

 胴体は一撃では切り落とせない。

 最早避けられない。

 魔法では間に合わない。



 白狐は、捨て身の少年をどう対処するか、一瞬の迷いが生まれた。



『「氷槍ッ!!」』



 意識外から槍が白狐を貫く。

 それは初めて、白く美しい狐の毛が赤く滲む時だった。

 咄嗟に急所は外されたが、アンナの氷の槍先からは抜け取った血がポタポタと白い雪地を赤く染める。



 そして手負の白狐にとどめを刺す為、俺は剣をそのまま振った。



 瞬間、



 『水砲』



 油断を、制裁が襲った。

 至近距離で喰らい、相手の残り少ない手札はしっかりと効果を発揮してしまった。


 胴体に大きな衝撃を感じて、吹き飛ぶ。


 クールタイムが回復していたのか……!


 アンナの氷槍が放たれる様子を見ていた時間が、遅れを生んだのだろう。

 当たると確信を持ち、信じきれなかった俺の失策だ。


 まだ手札を隠していたとは。


 ……届かない。

 倒れながら振るった剣は掠りもせず、地に伏っした俺はそれでも立ちあがろうとしていた。


 くそ、くそ、クソォっ!


「マスター!!」


 アンナの苦しそうな叫びが聞こえた。


『氷矢』

 

 アンナが氷の矢で白狐の気をを引こうとする。

 けれど。


『火岩矢』


 瞬時に、矢は全て相殺された。

 何一つヘイトが向こうに向くことはなく、白狐は最優先で殺すのはこの少年だと確信した。


 氷槍も氷矢もクールダウンが残っていて、何も出来なくなったアンナに興味は無いと言わんばかりに。


 最早誰も動かなくなった戦場で、勝者の余裕を持ちながら、白狐はゆったりと近づいてくる。



──立て。

 


 感情は、己を鼓舞する。

 思考は、諦めろと呟く。

 身体は、限界だと言う。

 


 上手く呼吸が出来ない。酸素が回っていないからだろう。吸って吐けない。呼吸し続ける身体は、冷たい息をひたすら吸い込む。息を止めて、大きく息を吸って呼吸を整えようとする。しかし、逆効果だったのか、身体は大きなアラートを発した。



 腹から吐瀉物を吐きたい。身体をたった少し動かす度に、足や胴体の骨の数箇所が悲鳴を上げる。



 カバンから回復ポーションを取ろうとするが、体は全くと言っていいほど動かなかった。



 ……これが、俺の限界か?

 

  

 死にたくない。死ぬことなんて考えてなかった。


 死んだら……いや、考えなくて良い。考えたくない。


 どうなるかなんて。

 

 ……不味いな。

 本当に不味い。死にたくない。


 目を閉じれば、意識が死の恐怖へと沈む。


 死んだら全部消える。

 何もかも。動けなくなって、考えられなくなって、喋れなくなって、食べれなくなって、それから……。


 怖い。

 想像した全てが、今近づいていると云う。


 いやだ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。



 探索者になった瞬間から死ぬ覚悟を決めた筈なのに。

 でも死にたくない。



 絶望に血濡れる思考と同時に、もう一つの思考は不思議と後悔はなかったと思う。

 


 あの時。コイツらを助けようと思った事は間違いじゃなかった気がするんだって。

 そう思ってあげることで、絶望の中から希望を見出している。



 そうだ。



 俺はバカだった。

 勝てる筈のない勝負の為に引き返してきた、とんでもない大馬鹿だった。


 きっと、一時の気の狂いだった。

 今日初めて会ったばかりの道具を、失いたくないと思った。



 ああ。本当に。

 バカで良かった。




 これは。

 自分の決定だからかもしれないけれど。


 このグチャグチャの感情に、本能のまま従っただけだったけど。

 見捨てるという事。

 俺にはその大罪に刃向かう覚悟があった。



 命を賭ける理由なんてその程度で十分なんだ。

 人は結局何も成し得ないのだから。



 死を恐れなくなったんじゃない。

 死ぬことよりも、欲しかったものがあったんだ。



 出会ったばかりの奴らだった。

 俺は彼女らについて、何も知らないのだろう。



 それでも分かることがある。

 それは、助けを求める彼女らを見捨てるのは、違うと言う事。



 俺は彼女らの相棒だと言う事。



 俺が、マスターだという事。






 泣き喚く方の思考を押さえ込むようにして、目を瞑った。



 少し眠るだけだ。

 生きろ!と心の中でドアを必死に叩く自分を慰めて。


 強く目を閉じる。


 そう。


 ちょっと失敗しただけじゃないか。

 いや、せっかくだ。成功と言ってこう。



 まあ、もういいや。



 意識が暗闇に沈んだ。

 まるで、死を待っているかのように。



**


 私は何をしているのだろう。


 大事な臓器が傷付いたのか、血が止まらない。

 立つ気力もない。


 冷たく柔らかな雪の感触を頬に感じながら、薄い意識の中で恐怖を感じていた。


 また、死ぬのだろうか。

 私は弱い。


 恐らく、ずっと前から。



 この、少しだけ居心地の良いと思ったパーティーでさえそうだ。

 アンナが入って、私が一番弱い存在になった。


 掠れる視界の中で、颯太様は戦っていると言うのに。

 人間ですら、私より頑丈だ。


 インプだから?

 私が強かったら、何か変わったのか?



 昔の私は、きっと鎧を着ていた。

 見えない鎧だった。



──私偉いでしょ?

──問題ありません。任せてください



 弱い自分を守るため、自分に言い聞かせる何かを演じ始めた。


 それは新たなマスターへと届く前からだった筈だ。



 私は強い自分に憧れを抱いていた。

 なりたい自分を持つ対象に嫉妬するのだと、いつかのマスターが言った筈だ。



 私はどこに行っても、弱く、ハズレと呼ばれる存在だったのだろう。

 だから、私は自分に自信がなく、弱気で、従順で、臆病だった。


 記憶はなくとも、心が証拠として示している。


 初めてスキルを習得したのはいつだったのだろう。

 分からない。

 その時、初めて頼られる存在になったのかもしれない。



 自信という感情を覚えた。

 それを鎧にした。



 言葉遣いも、振る舞いも、弱さを見せない自分にした。

 そんな自分に酔いしれて憧れた。


 本当の自分は見せないように。



 それで、今みたいな居心地の良いパーティーに出会えたのだと思う。

 そのパーティーで変われたのかは分からないけれど。


 颯太様に召喚された時の私は、自分の自身で鎧を纏っていたんだ。



 このパーティーにいた時、私は既視感を感じていた。

 心地の良い感覚を、私は知っていた。

 

 そして、今のように

──自分を置いて、マスターが失われる感情さえも。



 心にこびり着いたあの女性の声の特徴だけが脳の奥底に刻まれている。



──$"&!"$*A|生き|~"~!



 視界に映るのは、倒れて動けない私のマスター。

 白狐という恐怖の相手。

 

 何故颯太様は逃げなかったのだろう。

 何故颯太様は戻ってきてくれたのだろう。


 違う。

 

 ……分かっていた。



 自分達を助ける為に戻って来てくれたのだと

 その咆哮が響かせる、彼の感情をどうしようもなく理解していた。


「あ゛あ……いや……だ」


 彼は可愛らしく、愛おしい……私が今誰よりも愛しているマスターだ。


 そうだ。

 何度も彼は言っていたのに、気づかないふりをしてきた。


 私はちゃんと必要とされているじゃないか。


 死にたくない。

 この暖かさを忘れてたくない。



 普段より色濃く、強くでたその感情が燃えるように心臓を熱くする。



 視界が滲んだ。

 頬に伝う涙がこの気持ちの証なんだ。



 そして、それは私が感じた生まれて初めての感情。



 助けたい。

 私が、助けたい。



 その為なら、命だって賭けれる。



「……颯太、様の、為……なら……!」



 私は、魂だって売ろうと思えるのだから。



 滲んだ視界の先にぼんやりと何かが見えた。

 尻尾が生えていて、背中には蝙蝠の羽がついている。



 自分とそっくりの特徴を持つその人は、酷く不可思議に見えた。



 顔には霧が掛かっていて見えないけど、おそらく女性なのだろう。

 


 悪魔が手を伸ばした。

 意図が分からない。天へのお迎えだろうか。



 いや、違う。

 だって相手は悪魔じゃないか。


 なら、契約を成すのだ。



 


 刻み識れ。

 私よ。悪魔よ。迷宮よ。


 ()の覚悟を。





 ──力をよこせ悪魔アクマ

 代償は、悪魔インプの魂だ。









 契約が為された時。


 最早そこに、悪魔の姿は無かった。



 


 

**



 闇に包まれた光が、闇から逃れんと必死にもがいていた。

 それを覆い込むように、闇は光と取り込む。



 ──。



 闇は消え、その中心にいたはずのインプは最早存在せず。

 

 

 立ちはだかるのは、ヴァンパイア。


 インプと比べ、何倍も大きくなった蝙蝠の羽。背も伸び、大人のように見える。

 対照的に角はない。


 赤い眼は紅色の輝きを増し、月夜に照らされた吸血鬼は神々しく、白狐の視線を惹きつける。



 鋭い犬歯が牙を剥き、手に持った一本のナイフが月の光を反射させた。

 そのヴァンパイアの顔立ちは──


「……リリィ」


 E+ランクのモンスターへと成った彼女は、空を駆けた。


 存在感が、格が、()()と違う──。


 白狐は自身の中の警鐘が鳴らされたのを感じ取る。

 目の前の少年に構っている暇などないと判断し、女を切り裂く為に脚を振るう。

 

 リリィは空を自在に飛んだ。

 地を這う白狐の攻撃が届く事はなく、次の手段が取られる。


『水砲』


 出し惜しみはしないと言わんばかりの、今までよりもより巨大な水の砲撃が発射された。

 瞬間、空に浮かぶ吸血鬼は手をかざす。


「『風砲』」


 風の砲撃が水の砲撃を向かい撃って。


 散った。

 水は分散し、幾ばくか残り、吹き荒れた風は、降っていた雪を吹雪にさえ変える。


 威力は風砲の方が若干上だっただろうか。


 空で不敵に笑うヴァンパイアと、余裕が消え睨みつける白狐が目線の先で火花を散らしたようだ。


『火岩矢』


 白狐から魔力が練られた。


「へぇ」


 ヴァンパイアはその魔力に感心の声を上げる。

 が、その余裕が消え去ることはない。


 まるで押されているかのような感覚に包み込まれる白狐は、激情を顔に宿し、大出力の魔法を展開する。


 だが、


「颯太様。貴方が私を救ってくれました。だから、たとえこの身が、記憶が、命が、途絶えたとしても……立ち上がると誓いましょう。だって、私は貴方の相棒なんですから」


 白狐により放たれた、全ての火の矢がナイフによって切り落とされた。


──ガァ!!


 本物の闘志を今宿した白狐は、ヴァンパイアを切り裂く為、空へ飛び掛かる。


 実力差は明らかだった。


「喚くな、化け狐如き」


──グゥアアア!!


「刻みつけろ。私が──」


 紅の眼に、刻印が刻まれる。

 バチりと青白い閃光が辺りに輝いて。


『雷撃』


 閃った。

 

「──リリィだ」



 雷の如く雷撃は白狐へと命中した。


 

 あの言葉は、自分にも向けられているのだと察して。

 心の奥底で渦巻いているこの歪な感情を整理させる。


 

 強力な電撃により、焼き焦がされた白狐は消え去った。

 替わり、変わって、換えられたヴァンパイアの前に、なすすべなく。


 苦しみながら踠きながら。白狐だったそれは焼けながら、のたうち回っていた。

 そしてやがてピタリと止まり動かなくなる。

 

 粒子は空に散りゆき、魔石とカードが宙から落ちて、ポトンと雪の上に落ちた。



 そして白狐を倒したヴァンパイアは、ゆったりと羽ばたきながら、地へと足を付けて。

 彼女は、ボロボロになりながらも立ち上がって見せたマスターに視線を向けた。



 そのヴァンパイアは見た目的にはインプと大きな差は無かった。

 黒髪で、角はなく、蝙蝠の羽は一段階成長し、紅い眼は輝きを増している。



 ただ、種として百八十度、彼女は別物になっていた。



 酷く、自分の知るインプとは、何もかもが違った彼女は別人にしか見えず。

 強烈な違和感を覚える。

 


──お前は誰だ?

 


 己の中の『変化』を拒否する感性が、不自然なほど強力な『エラー』を発した。



 進化を為したモンスターは別人のように見えると知っていたのに。

 思ってしまう。



 違う。

 そうじゃない。


 これは、彼女とは違……




 そう思った時、彼女の姿が揺らいだようだった。


 紅の色に輝く眼は煌めきを失い、凛とした強者の風格が緩やかに消えていく。


 彼女の、その雰囲気はとても知っている誰かに近かった。




「──颯太様……!」




 そうだ。



 だが、ああ、そうだ。例え姿形が変わったとしても。

 彼女の不安げな表情も、挙動も、掠れる声も。


 悪魔の癖に、純粋で、透明で、咲き誇る白百合(リリィ)の花園が誰よりも似合う美しさ、その全てを俺は知っている。



 彼女は、

 俺が誰よりも美しく、格好良く思った、アイツなんだ。



 彼女を()()()()()愛しているから。



「……リリィ、ありがとう」



 少し固まったリリィは、だが徐々に彼女は口元を綻ばせた。

 そしてはにかんで、可憐で泣きかけの笑みを見せる。








「はい……!」

 

 



 

これにて、第一章のパート1「絆」は完結となります。

次回パート2は「強さ」です。引き続き投稿を頑張りますので、応援よろしくお願いします!!



...え、応援?

ポイント乞食って事だよ!!(本音)


ということで面白いと思っていただけたら、是非、高評価ブクマをお願いします!!!



TIPS

百合リリィ

・白百合の花言葉は「純潔」「無垢」「威厳」、また「無邪気」「高貴」「自尊心」「栄華」です。白ユリは聖母マリアの象徴であることが花言葉の由来とされているだとか。

・逆に黒百合の花言葉は「復讐」「呪い」。また、インプであった時のリリィは全体的に黒をイメージしています。

・他にもオレンジ、ピンク、黄色などがあるが割愛。



白狐はピクシ○百科事典の画像をイメージとして動かしました。


TIPS

『自立進化』

・通常の進化は進化先のモンスターカードを使って進化させるが、稀に自立進化が行える個体がいる。その場合は大抵数段階のランクが上がる場合が多い。仕組みは40年経った今でも良く分かっていないが、トリガーの要因の一つはモンスターは自身の種族、生態、存在を変えてまでも得たい何かがあると本心から思う必要があると言う事。また一説にはマスターとモンスター、両方が互いの為なら『命』を捨てても構わないと思った時もトリガーの一つなのではないかと囁かれている。



ちなみにここまで聞いて、作者は相当考えて名づけしたのだろうと思った方へ。

きっかけ自体は適当でに英語の名前一覧から選んだだけです。つまり設定や物語は後付けです。



TIPS

『吸血鬼/ヴァンパイア』

吸血鬼はヨーロッパの民間伝承に伝わる架空の悪魔である。

しかし契約によって対価を得る悪魔と違い、吸血鬼は恐怖の対象だ。故に、悪魔と吸血鬼は全くの別物だと言う見方も多い。


TIPS

『悪魔』

 悪魔あくま悪魔インプは同じモノとして捉えられがちだが、インプは悪魔の種類のうちの一つに過ぎない。日本人が『人間』と指されるように、インプのような悪魔が【悪魔】に祈る時、それは人間が【人】と言う全体に祈るようなものだ。作中ではインプたるリリィが悪魔に祈るようであったが、実際はアクマとして分類される鏡の向こうの自分に祈っていただけである。つまり何が言いたいかというと、自分自身を『アクマ』と『インプ』として分類することで『アクマ』を呼び出し『インプ』として契約を交わしたと言うことだ。


*ウィキ様より引用

腕力は人間を超え、体の大きさを自由に変えたり、コウモリや狼などの動物、霧や蒸気に変身でき、どんな場所にも入り込む。また、催眠術やフクロウ、コウモリ、狼、狐、昆虫といった動物、嵐や雷などを操るとされる。




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